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ただ、君を応援したかった  作者: 新川さとし
冬 12月~3月
147/169

第32話 それぞれの苦悩

 余裕を持って会場に着いたはずだが、既に入り口には、なんとなしの列ができていた。


 受験票を見せて通過するだけだから列はどんどん進む。


「ライラーイ! 行ってらっしゃ~い!」


 人目をはばからず、大きく手を振って見送る美少女。全身で「好き」ッと言っているような姿だ。


 そこにコクンと一つ頷いた雷漢は、目線だけで笑って見せてから、片手を小さく振ってみせた。


 そのやりとりに視線を送っているのは、近所の男子校の生徒達だ。


 ぐぬぬぬと、屈辱と忿怒の擬音を口走る者までいた。


「もげろ」


 誰かが小さく言ったのは悔しさが隠せなかったのだろう。茉莉は、耳ざとく聞く付けると、そっちに向けて口元の笑顔だけをぶつけた。


 美少女の得意げな笑顔は「私の彼ってカッコイイでしょ」と雄弁に物語っている。


 その余裕ぶりを見せられると「女子の笑顔」に慣れてないせいか、顔を赤らめて下を向いてしまった。


 きっと、彼のメンタルは、試験前の緊張とは別のもので凍えてしまったに違いない。応援に来た後輩達は「あ、先輩、オワタ」と思ったのだろう。気の毒そうな笑顔を隠して、先輩を見送ったのだった。



・・・・・・・・・・・


 モノレールを降りたところで出くわしたのは偶然だ。


 お互いに走り寄る。


「しず~」

「おめぐぅ~」


 笑顔で抱き合って「おはよ~」と声を掛け合うのは、女子高生の特権のようなものである。


 ハグした部活の親友に「ひとりなの?」という声を、あやうく飲み込んだ。そういうことに疎い静香も、さすがに、このところの彼のご乱交は耳にしている。


 なんでも中学生とエンコーしたとかしなかったとか。話を半分にして聞いても、彼がしばらく謹慎させられていたのは事実だ。


 坂下先生は「もう、出入り禁止です!」って、なだめるのも大変なほどに激オコだった。


 あの優しい坂下先生すら怒らせるような何かをやったのは間違いない。それを考えれば、あれだけお熱を上げていたおメグが、こんな朝、一緒にいないのは「察し」なければいけないだろう。


『ケンカをしててもおかしくないよね』


 うかつに聞いて良いことではない。


 しかし、そんな気配りを敏感に察知したのか「別れたんだ」とサラリ。


 おメグは笑顔すら見せて「気を遣わないでね。もう去年のことなんだから」と眉を持ち上げておどけた表情だ。


「え?」

「クリスマスイブに別れたの。でも、もう、大丈夫だから」


 並んで歩くペースは変わらない。


「うん。わかった」

「ごめんね。朝から、こんな話題で」

「ううん。ぜんぜん。こっちこそ。知らなくて」


 お互いに謝っても、二人の空気感は変わらない。


 なにしろ、おメグは都内の名門女子大に推薦が決まっている。お互いに共通テストは形だけの三教科受験だ。その上、静香の留学のことも他の人以上に知っているから、ヘビーな話題を会うなり持ち出せたのだろう。


『考えてみたら冬休みの練習も参加してなかったし、始業式はゆーばっかりだったから、ずっと、話せてなかったもんね』


 大事な友達の一大事に、気付かなかったことに申し訳なさを感じている静香だ。


 二人とも進路に関わるわけでもないテストだ。緊張はしていても、久しぶりに会った友達との話の方が気になるのは当然だった。


 受験票を見せて構内に入る。受験番号は近いから同じ教室だ。緊張感に満ちた受験生の空気から逃れるように、部屋だけ確かめて隣の自販機スペースへと移動した。


「私よりも、あなたの方よ。古川君は優しいから、きっと大事にしてくれるんでしょ?」


 おメグの言いたいことは、何となくわかる。たぶん「留学しても、二人は付き合ったままなんだよね、良いな。羨ましいな」と言ってくれてるのだ。


 そこに悪意の一カケラも見えぬだけに、静香は作るべき表情に苦労する。


「うん。ゆーは、すっごく優しいから」


 哀しいほどの事実だった。


「そうよねぇ。わたしも古川君みたいな人を選べば良かったんだなぁ。彼ならぜったい、女の子のことを幸せにしてくれるよね」


 彼の浮気で別れたはずの親友から、心からの賛辞だ。


「姫と爺だなんて言う人もいたけど、シズしか見てない古川君なら浮気なんてしないだろうから、安心だよね」


 ズキン 


 痛む心の中で、おメグの言葉がリフレインしている。


『姫とジイかぁ』


 女子の間で、その「伝説」は、一種の憧れを持って広がっているのを、当の「姫」自身が知っている。


 フミ高は、ほぼ全員が大学進学だ。


 カレカノも少なくない中で、違う大学に進んで別れた話は、当たり前のように聞く。まして、静香の留学が長期になるのは合唱部のみんなも知っている。


 距離と時間が「違う大学に行った」なんてレベルとはケタが違う。信じられないほど隔たるのだ。


「普通なら別れて当然、でも爺なら、大丈夫」


 そんな風に言われている。


 二人が「幼なじみ」なのは知られていたし、カレカノであることも周知の事実。


 ところが、二人を直接知らない人ほど「姫と爺」という言葉を持ち出すのだ。ジジイのほうではなくて「ジイ」だ。


 世間知らずの天真爛漫な姫が町に出て、それを「爺や」がハラハラしながら世話を焼くイメージなのだろう。


 つまりは、二昔前のギャグ時代劇に出てくる「姫とジイ」という姿に見えるというのが祐太達の学年では、一種の名物として先生方にまで知られていたのだ。


 美女が好き放題にやらかして、幼なじみがあれこれ世話を焼くという姿は印象的だし、祐太の姿はそれほどに大変そうに見えたのだろう。


 それだけに「あの二人なら大丈夫」というウワサは、ほぼ定着しているのだ。


「ね?」


 声を潜めてきた。


「なに?」

「あのさ、ほら、別れる前に、あの、光輝から……」

「どうしたの?」

「立ち入ったことを聞くんだけど」

「どうしたの? なんでも聞いて?」


 一瞬、言い辛そうにしたおメグは「向こうに行ってから、酒井先生のお宅に住むってホントなの?」と耳打ちしてきた。


 今さら隠しても仕方がない。それに「父親の家に住むことになる同級生」の話くらい、その時の彼女に話してもオカシクはない。


「うん。先生が誘ってくださって。お言葉に甘えることにしたの」


 コクッと息を呑んだおメグ。


「知ってるの?」


 祐太が知っているのかと聞いているのだろう。


「うん。言ったよ?」

「あのね…… そっか。あのさ、私が言うのはダメってわかってるけど…… 光輝はパパに似てるんだって。いつか、そんな風に彼は言ってたわ」

 

 ドキン


「その意味、シズはわかってるよね?」


 その目は、真剣に心配してくれているのが伝わってくる。


 嘘はつけなかった。


 小さく、コクンとしてみせる。


「わかった。私が口を出す問題じゃないよね。でもさ、友達として言わせて?」

「うん」

「私だったら、それは言わないよ? だから、シズだけじゃないから。ぜんぜん悪くないからね」


 それは、正真正銘の「味方になるよ」という宣言だ。


『慰めてくれてるんだ』


 おメグの優しさが、今の静香にとっては辛かった。



・・・・・・・・・・・


「せんぱーい!」

「おはよ。来てくれたんだ」


 珠恵はニコニコと「ハートをたくさん入れておきましたから」とチョコレート菓子を差し出してくる。


 このチョコは「きっと勝って」というオマジナイで、バレンタインデーの次に売れるらしい。


「ありがと」


 素直に嬉しかった。


「あ、それと、あちらが」


 ピッと指さす道路側。


 フルフェイス、革ジャンの男がVサインを出している。


「おー 帰ってきたんだ」

「なんか、警備の人に注意されるんで、バイクから離れられないそうです」

「あ、そうなんだ」


 珠恵と一緒に走り寄った。


「宗一郎!」

「おぅ、やってるなぁ、それと、後輩ちゃん、あんがと」


 ん? 


 珠恵は「さっき呼び止められて。一瞬、逃げようと思いましたよぉ」と笑う。確かに、この姿で女の子が呼び止められたら、普通は逃げるだろう。


 怪しすぎる。


 しかし、そんなことは、気にもしない宗一郎は、シールドスクリーンだけ跳ね上げてカッカッカと笑った。


「ま、オレのエージェントとしちゃ合格点だな」

「ありがとうございまーす」

「お前も隅に置けねぇなー 一個下の連中のアイドルをかっさらいやがって」

「え?」


 珠恵がニコニコしている。


「あ、でも、私は先輩のファンなんでぇ、正妻は脅かしませんから、そこはゴリョウショーくださーい」


 宗一郎に釘を刺しつつも、見せつけるように祐太の腕を取って「でも、タマも忘れないでくださいね-」と胸に押しつけている。


「おい、おい、おい。オレの立場がねーじゃん」

「へへへ」

「あ、そうだ。今日からスマホ解禁にするからさ」


 宗一郎は旅に出る前に、スマホをわざと、新しいものにしていったのだ。彼なりの気遣いと、旅にのめり込むためらしい。


 だから、時折、誰かに届く絵はがきだけが宗一郎の生存証明だった。祐太の所には本四連絡橋を背景に、淡路島から送られてきている。


「ちょっと話したいことがあるんだ。お前も、まだテストを残しているのはわかるけど、これは急ぎだ」


 こんな表情をしたときの宗一郎から持ちかけられて、祐太が断れるはずがない。


 気の良いオッサンの表情を脱ぎ去ったときの宗一郎は、いつだって、他人の重大ごとに関わっているのを、親友として知っていたのだから。


「わかった。じゃ、帰りに」

「あぁ、連絡を待ってる。じゃあ、可愛いお嬢ちゃん、アバヨ」


 バルルルンとエンジンを一度だけ吹かすと、大型バイクはあっと言う間に消えていった。


 残ったのは、微かなオイルの匂いとため息だったのかもしれない。




今回は「それぞれ」の苦悩です。

読者様ご待望の宗一郎君。大型バイクで登場。

さて、もたらすモノは何なのか。

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