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ただ、君を応援したかった  作者: 新川さとし
冬 12月~3月
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第31話 その日

 日本で積み上げられてきた「おまえは受験生なんだから」っていう洗脳は、すごいもんだと思う。


 年越しとか正月とかいう言葉をいともたやすく「受験生」の一言で吹き飛ばしてしまえ ……ないよなぁ。


 気にはなっても、しーに会うのが何となくためらわれて、ずっと会わずにいたから余計に怖くなった。


 だから「正月だから」って理由でニコニコ会いに行くなんて考えることもできなかったし、かといって、美紀さんに挨拶しないのも気に掛かる。


 結局うだうだしつつも、元旦は挨拶に行くことにした。


 行って良かったと思う。


 何時に行けば良いのか、その程度のことはわかってる。


 去年まではしーの部屋で布団にくるまってるのを起こされたのが、今年は装いも改めて同じ時間にピンポーンと鳴らそうとしたというだけの違いだ。


 え? 鳴らしてないよ? だってウチのドアを開けた瞬間に、あっちも玄関から飛び出してきたんだから。


「あ、お、おはよ」

「……おは、よ」


 ビックリした。


 ムチャクチャ、綺麗に見える。


「どうしたの?」


 首を小さくかしげて、オレを見る、その瞳も違う。


 オレの知っているしーじゃないんだ。元々整っている顔なのに目鼻がクッキリとして、唇が鮮やかだ。


『あ、化粧か』


 それはわかるんだけど、化粧くらいなら今までだってしていたはず。だけど目の前にいるのは「可愛い幼なじみ」じゃなくて「美しい女性」なんだよね。


「キレイだ」


 思わずこぼれた言葉だ。言っちゃったオレ自身が焦った。だって自然に出てしまったんだよ。


「え? あ、やっ、あっ、も、もう! いきなり!」


 だけど、反応はしーの方がひどい。


 真っ赤になってワタワタしている。こんな姿を見るのも久し振りな気がして。おもわず、クスッと笑ってしまった。


「あ! わざとなんだ! もう!」


 唇を尖らせて、胸にもたれかかったしーがジタジタとしている。


 ふわっと柑橘系の爽やかな甘さ。


 この匂いは変わってない。


「久しぶり」

「ほーんとだょ」


 チュッとキスを受け取ってから「じゃ、挨拶を」としーを促した。


「うん、お母さん、朝から待ってるよ」


 しーに押し込まれるようにして、久し振りの新井田家。


「ゆうちゃん、おめでとう。って、2ヶ月後もおめでとうって言わせてね」

「あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。頑張ります!」


 来て良かった。始めから、ちゃんとオレが来るように料理も席も三人分用意されてた。


 なんとなく「いつものお正月」っぽかった。


 今だけは「この後」を考えないようにしよう。


 そう言って、お屠蘇を一杯飲んでから、お袋の味となった雑煮を頂いたんだ。


「美味しいです」


 いつの間にか、オレは味が分かるようになっていた。


「よかった、いっぱい食べてね」

「ありがとう、美紀さん」


 不思議と会話が弾んだ。


 ほとんどが、小さい頃の思い出の話だった。オレが覚えているよりも、けっこうイタズラをしていて、叱られた話が山のように出てきたのに、心が温かくなった。


 もちろん受験生が長々とお邪魔するわけにもいかない。


「ごちそうさまでした」

「はーい。お正月だもん。後で静香を行かせて良い?」

「もちろんですよ」

「うん。じゃあ、今のうち、準備しちゃって。あと、ここの片付けをお願いね。お母さんが見送るから」


 しーが、小さく首をかしげたのは、後でオレの所に行く話を美紀さんが付けたせいなのか、それとも、まるで「見送りをするな」と言わんばかりに用を言いつけられたからなのか。


 ともかく、玄関に来たのは美紀さんだけ。

 美紀さんの目が、束の間、真剣だった。


 ホントにホントに小さな声で「ごめんなさい」と言ってから、美紀さんが深々と頭を下げる。


 慌てたけど、とっさに『これは、しーには見せてはいけない「ごめんなさい」なんだ』と理解したんだ。


『オレが()()()()()ってことに、美紀さんが気付いた?』


 そうとしか思えない。


 こんな時に使える言葉をオレは持っていなかったんだ。

 

 だから「ごちそうさまでした」と、意味がわからないふりをするしかなかったんだ。


 その後、ホントにしーが嬉しそうに来てくれた。


 二人で勉強するのは久し振りだった。


 いったん、こうしてしまうと「なんで、呼ばなかったんだろう?」って思えてしまうほどに、いるのが自然だったんだよね。


 いつの間にか、オレは意地を張っていたんだろうか?


 わからない。


 ただ、ものすごくキレイになったしーのキスが、前よりも情熱的になったことだけは、心が受け止めていたのは確かだった。


 そして、気が付いたら、共通テスト初日を迎えていたんだ。


 オレとは会場の違うしーが、 朝一番に届けてくれた美紀さんのお弁当を持って、試験会場に臨む。


 いよいよ勝負だ。


 不思議と、頭が澄み渡っていた。



心配していた共通テストは、なぜか「スッキリ」状態で初日を迎えられました。

文系の子は、初日で終わりますが、祐太のような理系は、2日目が本番です。

東京の高校3年生の場合、1つの学校で、受験会場が3~4会場に分かれます。選択科目が関係するため理系と文系は違う大学で受験するのが普通です。

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