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ただ、君を応援したかった  作者: 新川さとし
冬 12月~3月
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第30話 それぞれのイブ 

 しーかの様子が明らかにおかしい。


 確かに勉強しているんだろう。それはわかる。


 声を掛ければ嬉しそうに来てくれるし、ご飯だって作ってくれる。


 まあ、食欲は相変わらずあんまりなかったけど、自分でもあきれるほど現金なモノで「レッスンに行かない」ってことで心が軽くなった分だけ吐くことは少なくなった。


 クリスマスイブには多摩センターまでイルミネーションを見に行った。高校生になってからは毎年のことだったし、受験生でも気分転換はありだよね。


 恋人の時間を取り戻した感じで、すごく嬉しかった。


 それは良い。


 レッスンがないなら良いかなって誘った時のこと。オレとしては、ごく当たり前のつもりだった。むしろ、あっちに呼ばれるんじゃないかとヒヤヒヤもので「行ける?」って感じで声を掛けた。


 その時の最初の返事が「いいの?」だった。


「いくら受験生でも、その程度はありでしょ」


 だって、下手をしたら「恋人として最後のイブ」かもしれないんだ。いくら受験生でも、そのくらいは当たり前だと思った。


 ただ、反応がなんとなく違っていたというか、一枚ベールがある感じで「ありがとう」って言ったこと。あの表情が違ってたんだよね。


 何が違うって、うまく説明できないけれど、今までのしーとは明らかに違った。


 オレは、もうすぐ来る「別れ」のせいなんだなって受け止めたけど、何となく違和感があったんだよ。


 そして、もっと不思議なのは、イルミネーションを一通り見て、ちょっと話しただけで「そろそろ帰ろうか」としーから言ったこと。


 まだ7時前だった。


 もちろん受験生ってことを考えると、いつまでもダラダラとデートをしていられないのはオレだって自覚しているけど、まるで「早く帰らないといけない理由」があるみたいだった。


 その証拠に、オレの部屋に来る雰囲気を全く見せずに「じゃ、またね」って笑顔で手を振って帰ったんだ。


 ひょっとしたら、夜、あのオッサンところに呼び出されているのかもと疑いたくもなる。


 さすがにこっそりと行くようなマネはしないって信じてるけど、ふと我に返ったら「信じてない自分」がそこにいて、自分に呆然となったよ。


 それからオレはヘッドフォンを付けて勉強にのめり込むことで全てを忘れたんだ。だから、きっと、しーが出かけたとしてもわからなかったはず。


『やっぱり何かが違う』


 ことあるごとに浮かぶ、そんな疑問。


 たぶん、しーの何かが変わって、オレはそれを感じているんだと思う。


 もちろん、しーが泊まらないとか、声を掛けないと来なくなったとかいう表面的な違いじゃないはずなんだ。


 ただ、それを追及してしまえば、あのオッサンとしーの強い絆が見えてしまうから、オレは勉強にのめり込むしかできなかったんだ。


 つまりは、クリスマスから、しーとは会わない日が続いたということだった。


・・・・・・・・・・・


 イブに「行こう」と言ってくれた。高校に入ってから、毎年見てるイルミネーションだ。


 やっぱり、優しい。


 本当は佐藤さんと行きたいはず。でも、私と見る最後のイルミネーションを優先しようとしてくれたんだよね。


 あの時に出た「ありがとう」は、本気だった。


 あんなに優しいよ。ゆーってば。


 ふたりで行くのは三度目だけど、今までとは違う。今年は「デート」だったはずなのに……


 ううん、これもデートだよね。ごめん。


 それなのに、ゆーったら、心から楽しそうにしてくれた。あの笑顔を見てたら、本気で私のことをまだ好きでいてくれるって勘違いしちゃいそうだった。


 ひょっとしたら、私のことも好きでいてくれるのかもしれない。今だけ、そう思っても良いよね? 


 だから、私も精一杯我慢する。


 7時前。


『今からなら、一度帰っても、会うことができるよ?』


 そう思って、自分からは絶対に切り出せないはずの優しい人に「帰ろ?」って言えた。


 頑張ったぞ、私。

  

 部屋の前で別れるとき、笑顔だって見せられた。ホントは「今日は泊まれ」って言ってくれないかなって期待してる私がいたけど、それは隠せたはず。


 でも、さすがに自分の部屋に戻れば、もう限界だった。


 ホントはダメだけど、イヤホンを耳に入れて音楽を掛ける。ゆーがドアを開ける音を聞かないように。


 一晩、そうしていた。


 そして、やっぱり無理させちゃったんだなってわかったのは、翌日からだ。


 ゆーから「おいで」って誘われることがなくなった。


 時々メッセはくれるけど、顔を見ないまま年を越した。


 初めてのことだった。


 

・・・・・・・・・・・



「で、どうなっているんだ!」

「そう仰っても、やはり受験生ですし。お母様の強い意向であれば無理させられませんので」


 このやりとりは、もう何度目なんだと、さすがに温厚な前沢もイラッとしている。毎日毎日、十数回は同じ問答になっている。


 まして、今日はクリスマスイブ。前沢も本来なら休みたいところなのに。


「しかし、今さら受験勉強なんて必要ないはずだ! それよりもレッスンを休めば、それだけ世界が遠のくんだぞ!」

「はい。それは彼女もわかっているはずなので。でも、ほら、年が明ければテストもすぐ終わりますから、ホンの少しの間ですので」

「むむ~」


 そこで巨匠は「そうだ」と顔を上げた。


「はい?」 

「あやかだ」

「あの、えっと」

「前に来た時、呼んでくれって言ってたぞ。まあ、比べるのは無理だが、見てくれも良いし、ピアノもスジは悪くない。呼べ。今から来れるだろ」


『こうなっちゃうと、私では無理よね。まあ、本人が無理って言えば、さすがに諦めるでしょ』


 心の中で盛大なため息を吐きつつ、スマホを取り出す前沢であった。



・・・・・・・・・・・


オマケ編


 恵から連絡が来た。体調が悪かったとかで、学校を休んでいたから会うのは久し振りだ。


「ねぇ、今日ちょっと話したいことがあるの」

「もちろんOKだよ」


 このあいだ、警察に捕まって、その噂が出回ったから、もう恵だけになってしまった。


 だから、イブとは言え予定はない。考えてみると会うたびにヤルだけだったから、恵と普通のデートは久し振りだ。


 話が終わったら、どこかにイルミネーションでも見に行こうかな。


 それにしても、警察の時は大変だった。


 前沢さんが弁護士さんを連れてきてくれて、ようやく帰らせてもらえた。相手が14歳だったから、やっちゃってたらヤバかったけど「未遂」ということが良かったらしい。


 やっかいなのが、東京都は警察に補導されると学校にも連絡が行くってことで、弁護士さんに付いてきてもらって学校にも報告した。


 ムチャクチャ怒られた。


 どうにか謹慎だけですませてもらえて、大学にも連絡しないって言われた。


 助かった。


 それやこれやで、これからは恵を大事にしてやった方が良いのかもなと反省だ。大学に入るまでは恵だけになるだろうし。


 だから、ファミレスじゃなくて、ちょっと良い店を探したけど、イブのせいで全部満席だった。


 結局、国分寺の駅ビルの上の店になってしまった。


 まあ、良い。今度はちゃんとした店を探そう。


 とりあえず、オレは珈琲、恵はレモンスカッシュを頼む。


 モノが出てきたところで、オレは話を聞き出そうとした。


「で、話って?」

「単刀直入に言うね」

「おう、何でも良いよ」


 ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。この雰囲気はヤバい。


 そう言えば、最近は付けてなかった。一度、付けないのを覚えちゃうとかったるいもんな。でも、出しちゃった時は恵だって「大丈夫な時期だから」って言ってたじゃん!


 でも、今さら、それを言っても仕方ない。


「まさか?」

 

 オレの言葉に、恵はコクンと一つ頷いた。


「病院に行ってきたの。検査を受けた。陽性だって」


『あたぁああああああ!』


 もちろん、動揺を悟られないように珈琲を飲んでごまかす。


「あのさ、光輝は他の人とも遊んでたのは知ってたよ? でもね、いつか私のところに戻ってきてくれれば良いって思ったし、この間の噂も目をつぶってた」


 と、ともかく、ここはうまくなだめないとヤバい。


「オレもさ、恵のことが改めて大切だって気付いたんだよ」

「ありがと。でもね…… あ、そうだ」


 何かを思いついたように、恵が顔を上げた。


「信じてくれる? 私、思い当たるのって光輝だけなんだよ?」

「あ、もちろん信じる。恵はオレだけだもんな」

「信じてくれるんだ?」

「もちろんだぞ。信じないとでも思ったか?」

「ありがと。でも、あの…… 光輝は平気なの?」

「平気って…… そんなことないぞ。ビックリしてる」

「ビックリしてるだけ?」


 恵が目を丸くしてる。


 クソッ、ここでなんて答えるのが正解なんだよ。もったいぶってねぇで、堕ろすカネとか、そっちの話にしろよ。


 ま、その程度なら貯金で何とかなるだろうし。大事なのは「できちゃったから責任を取って結婚だ」とかほざかせないところだよな。


「男の人って、大丈夫なんだ」


 驚いた表情だ。


「いや、大丈夫って言うか、ほら、恵の身体を労らなきゃってことだろ?」

「ありがとう、やさしいね」


 ちょっと哀しそうに笑ってから「でもね、その優しさは、もうちょっと前に知りたかったな」と小さな声。


「いや、ほら、これから、ちゃんと優しくするからさ」

「ううん。もう、いいの。さすがに私もこれで吹っ切れたみたい」


 え? なんか別れ話? それって、ひょっとしてナイス? いや、大学生活まで、あと4ヶ月もあるんだ。今別れるのはちょっとなぁ。


 レモンスカッシュを飲み干した恵は、一つため息を吐いてから、手帳を取り出すと、何かを書いて、千切って折りたたんだ。


 そして、小さな声で言ったんだ。


「お別れよ。あと、これ。光輝も早く病院に行った方が良いよ。誰からウツされたか知らないけど」

 

 パッと差し出された紙を反射的に受け取った。


「あ、おい、ちょっと」


 振り向きもしないで出ていく恵を追う前に、渡されたメモを開いた。


 そこには恵らしい丁寧な字で「梅毒」と書かれていたんだ。


 えええええ!


 

多摩センターのイルミネーション。

モノレールを使うと、ふたりの家からは30分も掛かりません。

静香にとって、去年までは「一緒に見に行く」だったのが、今年は「デート」になるはずでした。

音楽を聴くとき、ヘッドフォンは音圧が高くなりやすいため避けるように言われるケースはけっこうあります。特にクラシック畑では「イヤフォン、ヘッドフォンは使用禁止」だっていう方が、けっこういます。


ちなみに、年越しは静香のおうちでというのは、中学3年生の時以来の定番でした。

書く余裕がないので、タマちゃん情報→バイトをやめる前の最後のイベントとして「ごしゅじんさまと、イブだにゃん」パーティーに参加していました。万が一のことを気遣って、タマちゃんからは連絡していません。


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