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ただ、君を応援したかった  作者: 新川さとし
冬 12月~3月
143/169

第28話 さよなら の 「さ」


「ゆー」

  

 切なすぎるほどに切ない声。


 近すぎる。顔が見えない。


 チュッ


 祐太の頭を掻き抱くようにしてキスしてきた。その勢いに鼻白みはしても、愛する人のキスを拒むわけがない。


「ん?」

「愛してる」

 

 チュッ


 近すぎて、祐太には表情が見えなかった。


「オレも、愛し…… チュッ


 言葉を挟む隙間もまく、静香のキスが続く。


『どんな表情を?』


 首に回された手が緩まない。近すぎて、見えなかった。


 チュッ チュッ チュッ

 

『この情熱的なキスは何なんだ? しーは、何をしたい?』


 ニュル ニュル


 祐太の舌を飲み込む勢いで呼び込んいた。まるで口の中を蹂躙してほしいといっているかのように。


 脚を巻き付きるように絡めてるせいで、静香の細い脚が大きく広がっている。ミニが少しずつまくれ上がっても、おかまいなし。


 祐太の身体は、その足に挟まれて、のしかかるカタチだ。


『こんなキスを覚えさせられたのか? こんなの、オレはしたことないのに』


 嫉妬で頭が焼き切れそうだった。


 自分ができなかったことを年上の男に仕込まれた恋人が、ここにいる。


 チュポン


 舌を抜いた。


 うっとりと潤んだ瞳が見上げていると思った次の瞬間、静香の唇が持ち上がる。


「愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、あいしてる!」

「オレも、愛して…… チュッ チュッ チュッ


 何度もキスをした。熱烈なキスだ。


 全て飲み込みたがるかのように、またしても首を下から抱えこむキス。


 ほんのわずか唇を離せば「愛してる」と声を出し、祐太に声を出させる前に、キスで塞ぐ。


 静香が抱きつく手には力が込められ、身体ごと絡みつくようにして、一ミリでも近づこうとしているようだ。


 普通なら、このままエッチになだれ込んでもおかしくないだろう。実際、静香は拒むつもりはなかったし、その気持ちは祐太に伝わっている。

 

『昨日のことを気にしてる? いや、それにしたって、こんな()()()は初めて見る』


 今日の静香は異常なほどに情熱的なのだ。だからこそ、祐太の脳が灼熱してしまう。


『そんなに昨日は激しくヤッてきたのかよ。そんなに情熱的にヤられたのかよ!』


 あの男と裸で絡み合う恋人の姿が脳裏に浮かんだ瞬間、()()()()()()()()


『これって「上書き」をしてほしいってことか? ……もしも、上書きできなかったらどうするんだよ』


 そんな「恐れ」が祐太に踏み出させなかったのかもしれない。あるいは嫉妬の炎に焼き尽くされた脳が、考える事を拒否していたのかもしれない。


『あああ、しー オレは、どうしたらいいんだよ! どうしてほしいんだ!』


 このまま抱け、という心の言葉を頭のどこかが拒否して動けない。ただ、キスされるだけだった。


 一方、静香は自分を抱いてこない恋人に、悲痛な痛みを覚えながら情熱的なキスで「蹂躙」してもらうのを止められなかった。


 好きな男の腕の中で、今日のことを考えている。


『いなかったよ? 校舎を上から下まで全部見たのに。絶、いなかった。でも、じゃあ、なんで、わざわざあんなところのラーメン屋さんに入ったの?」


 諦めて帰ろうとしたところで、見てしまったのだ。


 最近、ぜんぜん見ないほど穏やかな顔をした祐太を。


 その顔を見た瞬間、静香は理解してしまったのだ。


『会ってたんだ』


 予備校にいなかったのは、なんとなくわかっていた。


 ずっと見ることができなかった、穏やかな表情をした恋人が予備校生で埋まるラーメン屋に入るところを見た時の絶望。

 

『私、何やってたんだろ』

 

 今の祐太がこうなってしまったのは自分のせいだ。留学を決めてショックを与えてしまった。


 申し訳なさと、何よりも愛する人にせめてもと、自分なりに頑張って料理してきた。あれこれ研究してきた。


 しかし、依然として細った食は戻ってない。


 頑張ることは、ぜんぜん嫌じゃないし、好きな人のために料理している時間は幸せを感じるほどだった。


 でも、ぜんぜん変わらない。無理して笑ってくれる祐太を見るたびに辛くなり、でも「辛いなんて感じる権利なんてないのに」と自分を嘲笑う繰り返し。


 お医者さんにクスリまで出してもらっているのに、相変わらず、ほとんど食べてくれない。「美味しいね」といつも言ってくれるけど、申し訳なさそうに大半を残してしまう。


『それなのにラーメンは食べられるの? お腹が悪いのに?』

 

 そもそも、本当に食べられないのであれば外食なんてするわけがない。まして予備校生で賑わうボリューム満点のラーメン屋さんだ。


 一瞬、佐藤さんを連れてきたのかと思ったけど、ひとりだった。


 その瞬間全てがつながった。


『佐藤さんとデートしてるから、食べられるようになったんだ……』


 自分と一緒の時は、あんなに食べられないのに、自分からラーメン屋さんに入れるという事実は、あまりにもショックが大きい。


 恋人の気持ちは既に自分になかったという事実。


 あんなにも穏やかな顔を、自分の前では決して見せない祐太は無理をしていたのだ。


『私に気を遣ってくれていたんだ。もうすぐ日本からいなくなる私に気を遣って、最後まで良い思い出を作ろうとしてくれてたんだよね?』


 優しい祐太なら、きっと、そう思うはずだ。


 思い切って外から覗いてみた。


 こんもりと載った野菜。


『ちゃんと食べてたよね。それにスマホから何かを送ってたもん』


 手の動きでわかる。メッセージを誰かに送ってる。


 自分のスマホは沈黙のまま。


『私には、予備校に行くってウソしか送ってこなかったのに? ただいまも言ってないのに。もう、私なんて、ぜんぜん気にならなくなっちゃったんだね』


 しかし、そこで祐太を責めるのは違うとわかってる。全て自分が選んだのだから。


 そして、今である。


 これだけキスを交わしているのに、祐太は求めてこない。


『そうだよね。ゆーは優しいし、真面目だもん』


 ずっと「求めてこない」のも勉強のプレッシャーのせいだと思っていた。


 けれども、真面目な祐太は好きな女性にしか手を出したくないのだろう。


 やっと理由が飲み込めた。


 優しいゆーの腕の中で、最後のキスでつながりながら、恋人が求めて来てくれないことを思い知ったのだ。


 どれほどの時間だったろう。


「ごめん、勉強の邪魔しちゃって」


 おそらく、止めるタイミングを計っていたはずの愛しい人の身体からゆっくりと離れる。


「おやすみ」

「あぁ、おやすみ」


 静香は、涙を見せないために、その一言だけが限界だった。


 祐太は、その背中を見つめるだけだったのだ。



静香は、ひとり、部屋に戻りました。

美紀さんは、掛ける言葉もなかったのです。

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