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ただ、君を応援したかった  作者: 新川さとし
春 3月~6月
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第9話 祐太の怒り SIDE:静香

 静香は気にしてないが、本来「男の子を警戒する」と言うならば、今は十時を過ぎている。こんな時間に男の子と二人っきり。しかも一人暮らしの家の中で、並んでベッドに腰掛けているのだ。


 本当は、これこそを「危ない」と考えるべきだろう。


 静香だって年頃だし、バカではない。そんなリクツはわかってる。けれども、祐太に限ってそれはないと信じているし、何だったら母の美紀もそう思っている節がある。


 そういう信頼が生まれるのは「家族の歴史」が関係していた。


 お互いの家がきちんと機能していた頃……祐太が一人暮らしになる前……から、二軒は一つ家のように行ったり来たり。互いの母親は、お互いに我が子のように育ててきた。小学校までは、一緒の部屋で寝ることもしばしばだ。


 と言っても、二人っきりではなくて、見事に真ん中の線が一本多い「川の字」だ。両親に挟まれて二人が一緒に寝るカタチ。平和な家族のスタイルだった。


 男の子とか女の子とか関係なく、まさに家族にしか見えなかった。


 そして祐太の優しさは常に静香を守る方向で発揮されてきた。


 本人にも秘密にされているが、実は静香の初潮を発見したのは祐太だ。お腹が痛いという静香の立ち上がったスカートに血が滲むのを見つけてしまったのだ。

 

 ちょっとだけマセていた祐太は生理のことを知っていた。ビックリしたのは確かだが、自分の驚きよりも静香の気持ちを優先できた。その場では何も気付かないふりをしてみせて、美紀さんにこっそり告げたのだ。


 だから、母親は初潮に戸惑う娘に素早く上手に対処できた。もちろん、今でも、そのことを祐太は言葉にしたことも無い。ただ、そのころから、静香に生理があることを意識して行動するようになった。違いは、ただそれだけ。


 そんな一つの「事件」を持ち出すまでもなく、美紀の祐太に対する信頼は厚い。


 中1で互いの家が壊れてしまったが、意識の上では同じこと。いやむしろ、静香の母親としては「自分が祐太の母親代わりだ」という意識が強くなったのかもしれない。


 もちろん、それだけではなく、子どもの頃から見た祐太の人柄の良さと、娘との関係性を見てのことだ。


 ドア・トゥー・ドアで三秒の距離。


 たとえ深夜に黙って家を出ても、祐太の家に入る気配さえあれば、美紀は何も言わない。そんな関係が、いつの間にか当たり前になっていた。


 家族のような関係。そのくせ、ちゃんと「男の子」を意識しているし、静香の意識ではオンリーワンの相手。


 それが祐太だった。


 とにかく、並んでベッドに腰掛けていても絶対的に安心していられる相手。


 いや、ひょっとしたら「チャンスを生かしてね」くらいは、静香も心のどこかで思っていたのかもしれない。このところ、胸や素肌に視線を感じることだってあったし、そんな時に見せる祐太の切ない表情だって知っていたのだから。


 全くの子どもでもないから、男の子が自分の身体を見てしまうのがどういう意味なのかくらいは知っているつもりだ。


『祐太の視線だけは違うのよね~』


 普段はなるべく目立たないようにしている母親譲りの大きな胸。服でカバーしていても、まとわりつく視線を感じるのはよくあること。


 普通なら嫌悪以外の何物でもない。


 それなのに、祐太の目だけは許せるというか、見てほしくなるのが自分でも不思議なほどなのだ。


 自分は、やっぱり祐太のことが好きなのだと、いつものように確認しながら、今日の興奮を喋り続けた。


 ともかく、二人きりで肩を並べている。ベッドが沈み込み分だけ近寄ってしまうのも、全く気になってなかったのだ。


 静香は浮かれている。


「ふん、ふん、ふん、ふん♪ 巨匠、酒井光延に歌を聴いてもらえるんだよ! 世界の酒井に認められちゃったらどうしよ!」


 これを言うのは何度目だっただろう。


『でも、なんか、反応が鈍いよ?』


 さっきから、返ってくる言葉が極端に少ないのだ。こんな反応は意外中の意外だ。


 ついつい「ね、聞いてるの?」と唇をとがらした。


「あぁ」


 相変わらずの生返事。静香はとうとう業を煮やした。


「もっと、嬉しそうに聞いてもらえないの! ビッグチャンスなんだよ? こんなこと二度とないかもしれないのに」


 嬉しさのあまりハグし合う話なんてどこに行ったんだろう、と静香は妄想とのあまりの違いに頬を膨らませている。


「確かに、ラッキーだとは思うけど」


 祐太の静かな反応に「あれ?」と思った。


 一緒に喜んでもらえるのが当然だと思っていた。この「渋い」というよりも否定的な反応はなんだろう?


 戸惑いが生まれた。


 こんな祐太は初めてだった。


『え? ウソ、カジッてる!』


 気が付いた。


 祐太が人差し指の第一関節と第二関節の間を齧っている。


 それは怒っているときの、それも猛烈に怒っているときにする無意識のクセだ。


 何事であっても滅多に怒らない祐太が内心ですごく怒っている時に見せる特別なクセだ。


『久し振りに見たよね? 前回は…… 中1の時だっけ』


 あの時の怒りは静香に向けられたものでは無かったから、心配するだけですんだが、今回は違う。


 怒りの対象は静香自身だ。それは間違いない。でも、理由がわからない。


 普段は怒らないし、怒ったとしても絶対に怒鳴ったり、乱暴に振る舞ったりしない。でも、一度怒るとそれが凄まじいものであることをよく知っているだけに、静香はパニックになりそうだ。


『え? え? え? 何で怒ってるの?』


 せめて目を見て、考えていることを想像したいのに、こんな時にこっちを見てくれない祐太に途方に暮れるしかなかった。




第10話 「静香の困惑」とセットになっております。

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