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ただ、君を応援したかった  作者: 新川さとし
冬 12月~3月
134/169

第19話 れいのこと

 木曜日。


 静香が昼に帰った直後にスマホが震えた。


 RINEの着信だ。


 珍しい。レイさんだ。


 二つ離れたベンチでサンドイッチをかじるシュガーを見てからタップする。


「大変な時期にごめんなさい。授業は大丈夫?」


 ん? 声が上ずっている。すごく焦っている感じだ。


「はい。大丈夫ですよ。ちょうど今昼休みです」


 ネット通話だと国際電話でも関係ないのは良いが、いきなりの通話は初めてだ。


『あっちは、まだ夜明け前だよな?』


 声と言い、雰囲気と言い、よほどの緊急事態だろう。緊張した。シュガーがこっちを見て心配している。


「ごめん。悪いと思ったんだけど、ちょっとこっちもテンパっちゃったの。ね、あなたの学校にサトウタマエさんって、いるかな?」

「え? えっと、女の子…… ですよね?」

「そうよ。たぶん()()()()()()にしてる。けっこうな美人だから目立つてると思うんだけど」


 ロング? でも、この学校に「サトウタマエ」は一人しかいない。けっこうな美人ってのも合ってる。


 サンドイッチをかじりかけたまま、こっちを見てるシュガー。オレの視線にキョトンと視線を返してくる。


 一体何が? 


 相手がレイさんだけに、ある程度は大丈夫だろうと「たぶん後輩です」と答えた。


 雰囲気で察したのだろう。「わたし?」と自分を指さすシュガーに軽く頷いてみせた。


 髪の毛を指さしてから肩までの長さを示してみると、目を丸くしてから何回か頷いた。


 唇だけで「カ・ツ・ラ」と言っている。なるほど。ウィッグか?


 恐る恐るといった感じで近寄って来たシュガーを手真似で横に座らせた。


「髪型はちょっと、アレなんですけど、文芸部の後輩のことだと思います。それが何か?」

「あ! 知り合いだったんだ! わぁ~ 世の中狭いね。あのさ、兄がね」


 ちょっと言葉を切ったレイさんは「新宿駅で飛び込んだの。中央線よ」と普通の声で言いきった。


「え? いつですか?」

「そっちだと月曜日になると思うんだけど。夕方」


 この間の人身事故。あれは、レイさんのお兄さんだったんだ。


「遺書はなかったんだけど、警察は明らかに自殺だって結論よ。身体は昨日返されて、葬儀屋さんの方で、なんとかお葬式ができるカタチにしてくれてる」


 電車に飛び込むというのはそういうことでもある。


 大変そうだ。


「でもさ、やっぱり、なんで自殺なんてしたんだろうって思うじゃない? だから、何かわからないかと父が頑張ってくれたの」


 ん? 話が読めないぞ。それがシュガーと何の関係が? オレの緊張が伝わったのか真剣な顔で、こっちを見ている。


 その肩を「大丈夫だよ」って口だけで言いながら撫でると微笑み返してくるが、緊張の目は変わらない。そりゃそうだよ。オレの方が緊張してるもん。


「兄はフリーでSEみたいなのをやってたから、パスワードをメモしておく習慣があったんだ。それで助かったの。一覧で書かれたメモが見つかって、奇跡的にスマホが開けたのが昨夜のことだったんだって。そうしたらあなたたちの学校の名前と、女の子の名前や住所が出てきて」

「それがサトウタマエと?」

「そうなの」


 その瞬間に全てが見えた。あの時のストーカーだ。レイさんの本名は橋本美玲さん。そして、シュガーのストーカーは橋本徹と言うのを思いだしてたんだ。


『同じ「橋本さん」か。だとすると少々ヤバい。レイさんのお兄さんだとしたら、追い込んだのは間違いなくオレの仕業だ』


 背中に脂汗が流れながら、コートの上からシュガーの背中を優しく撫でる。


「それは、それは。あの、えっと、こういう時になんて言って良いか」


 しどろもどろとはこのことだ。でも、レイさんは「身内が亡くなった相手にかける言葉に困っている」と取ってくれたらしい。


「あ、いいの。気を遣わないで? どのみち兄とはもう10年以上も前から口をきかなかったし。個人的には、それほどの動揺はないかな。でも、出てきた写真が問題なの」

「問題?」

「一応は、ちゃんと働いていたのよ。それが、ちょっと前に家出して、まあ、いい歳して家出もないでしょ。それだけでもあきれちゃうけど、この事件だもん。家族としては大混乱なのはわかる?」


 レイさんの口調は、淡々としていた。確かに悲しみの色がない。


「それでね、スマホに残された写真が問題みたいなの。私は一枚しか見せてもらってないんだけど」

 

 もちろん、とっくに「何を言いたいか」はピーンときてる。


『シュガーをクスリで拉致した時にラブホで撮った写真が残っていたんだな』


 簡単に全部消すはずがないとは思っていたけど、こんな時に出てくるとは。まあ、ネットに流出してしまうよりもマシか。

 

「ひょっとして、ヤバい写真ですね?」


 答えはわかっていても、聞かざるを得ない。


「身内の恥なんだけど、実はそうらしいの。ゆー君なら口が硬いから話すけど、相手は未成年ぽいっていうか、その子はあなたの後輩なんでしょ? だとしたら兄の犯罪ってことね」

 

 答えに詰まったオレ。逆にレイさんが気を回してくれたらしい。


「あっ、私は、その人が本当にいるのかどうか確認したかっただけだから。これで忘れてくれる?」

「それって警察には?」

「ううん。言ってないわ。さすがに身内の恥を警察に言うのはちょっとね。でも、被害に遭われた方にお詫びをしなくちゃいけないと思う。知らん顔はできない。被害に遭った人へのお詫びは遺族の義務だもん。ただ、実家は商売をしてて、両親ともてんてこ舞いの状態だから、私も電話で知って何かしたいって思って。ゆーくん達の学校名が出てきたから、何か知らないかなって思っただけよ。今、日本に戻る手配をしてる。ね? 心当たりがあったら何か教えてもらえないかな?」


 心当たりが大ありではあっても、うかつなことが言えない。


 やば~


 まさか、こんなことになるとは。


『万が一、表沙汰になればシュガーのところに警察から連絡が行ってもおかしくないぞ』


 もちろんカタチとしては被害者への事情聴取になる。けれども「普通であれば」と考えてゾッとした。


 親に連絡が行ってしまう。あの父親(クズ)に!


『それはヤバい、マジでヤバい、激ヤバじゃん』


 さすがに狼狽(うろた)えた。あの親が知れば、どう動くのかわからない。


 周りを見回す。よし、ここにはオレ達以外誰もいない。


「レイさん、あのさ。その子の家、ちょっとワケありなんだ」

「ワケあり? そうなんだ。やっぱりそういう感じ?」

「えっと、なにが『そういう感じ』なのかはわからないけど」

「だって、パパ活…… 売春してたんでしょ? こんなに可愛いんだもん。どう見ても兄さんがお付き合いできるレベルじゃないわ。お金でも出さなきゃホテルなんて行ってくれるはずないし、ヘンな写真が撮れるわけない。そういう子の親なら面倒なのはわかるわ」


 一瞬カッとなりそうだった。でも、思い直した。「パパ活」は事実だし、細かい事情を説明してもどうせ分かるはずがない。


『なによりも、あの親は、そういう感じだもんな。そこは間違ってないんだし』


 むしろ、誤解を利用して警戒させて、直接親に連絡が行かないようにさせた方がいいと判断した。


「えっと、まあ、色々と抱えてる子だからさ。対応も考えた方がいいと思うんだよ。とりあえず、動くのを待ってもらえませんか?」

「今は動くに動けないのは確かなんだけど、どうして?」

「たまたま、オレは、その子の事情を知っているんです。だから、それを会って説明したいなって。それから考えてもらえませんか?」


 レイさんが黙った。


「……ね」


 低い声だ。


「はい?」

「あのさ、立ち入ったことを聞いちゃうみたいなんだけど」

「はい」

「ゆー君は、その子と大丈夫なの?」


 一瞬絶句してから「大丈夫って言うのは?」と返したら、いくぶん慌てたような声で「ううん。ごめん。余計なことを聞いちゃったね。忘れて?」と返ってきた。


 慌ててフォローしてくれるけど、ひょっとしたら何か誤解された? いや、ともかく下手に動かれるのはヤバい。あのクズにだけは話を持っていったらダメだ。


「ええ。オレがその子のことを知っている事情もお話ししますので。ただ、その子の親はホントにヤバいんで。それだけは頭に入れておいた方が良いと思います」

「わかった。ありがと。その子の親はヤバい人なんだね? じゃあ、ゆーくんのアドバイスを聞いてから対応を考えるから」

「そうですね、そうしてもらった方が良いと思います」

「ありがと。聞いて良かったぁ。ホント、頼りになるよぉ」

「いえいえ」

「あ、じゃあ、日本に着いたら、一度会って貰えるかな? 受験前にヘンなことに巻き込んでごめんね」

「いえ、ご心配なく」


 とにかく、親とか学校に連絡されたらマズい。場合によってはシュガーもつれてくか。


「じゃ、とりま、ウチの親には焦って動かないように言っておくから。そっちの子にフォローは頼めるかな?」

「佐藤さんにですね? もちろんです。後輩なんで」

「わかった。突然ごめんね。そして、ありがと。じゃあ、日本に帰ってから、また!」

「はい。またよろしくお願いします」


 シュガーの親バレだけは防がないと。


 とりあえずは、これで良かったんだよな?


「先輩。あの、何となく聞こえたんですけど、それってやっぱり、あのストーカーのことですよね」

「うん。あ、じゃあ、今わかってることを説明しておこうか」


 まだ、去年のこと。


 あの時、まるで酔っ払いが絡んでくるように、わけのわからない何事かを怒鳴り続けた、あのオヤジの顔をチラリと思い出しながら、レイさんのことを説明した。


 青ざめていくシュガー。


『あ~ これ、間違いなく厄介なことになるぞ』


 目の前の女の子は守ってみせると、心に誓っていたんだ。



タマちゃんは、静香の帰る日=レッスンの日は「見守るため」と言って裏門のそばにあるベンチでお昼を食べることにしました。

(節約のため自分で作っています)

「一緒にお昼を食べる」と周りの目が誤解するといけないのと、どのみち祐太がお弁当を食べられないのは計算のウチ。

少し離れたベンチで食べます。

最後に「食べきれないんで一切れだけ」を渡して食べてもらう作戦です。

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