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ただ、君を応援したかった  作者: 新川さとし
冬 12月~3月
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第17話 ぬくもり

「しーはとっくに着いてる。巻き込まれてないのは良かった…… よな?」 


 今週から週3。月、木に土曜日が加わった。増えたのだ。


 昨日までの土日は、ずっと一緒にいたが、坂下先生の前で号泣してから、わりと自然体でいられた自分が不思議だった。


 ついさっき、新宿での人身事故で中央線は全線がストップした。おかげで電車の中はメチャメチャに混んでいる。たまたま開いていたドアから乗り込んだはいいものの身動きも取れないほど車内が混んでいた。


 次の駅でいったん降りようかと思ったが「信号が赤です」と車内放送が入って、駅がすぐそこに見えているのに止まったまま。


 単語帳の一つも見たいところだが、この混雑ぶりではカバンから取り出すこともできない。


 となると、ひたすら車内の広告でも眺めてボーッとしているしかないのだが、窓の外は既に夕闇が迫っている。


 頭に浮かんでくる「今ごろ」という言葉を懸命にかき消す努力が必要だった。


『あれ以来、勉強しているときの方がぜんぜんマシなんだけどなぁ』 

 

 思い出すのがひたすらに恥ずかしいが、号泣してしまった記憶だ。今は勉強に集中できる。頭から追い出すことができるようになっていた。


 しかし、あれが恥ずかしかったのは変わらない。


『いくら相手が先生だって言っても、まさか、オレがあんなになるなんて』


 今思いだしても顔を掻きむしりたいほどに恥ずかしさはあった。ただ、あの後、なぜかスッキリしたのは事実なのだ。


『先生は、またおいでって、言ってくれたけど。さすがになぁ。あれじゃ、まるで母親に甘えてるガキだろ』


 現実は何も変わらなくっても、子どものように声を上げて泣いたら少しだけスッキリした。


 人間の不思議さなのかな、と思う。


 今でもモヤモヤしたものがあるし、行き場の無い怒りと悔しさ、悲しみがあふれかえってる。


 しかし、それが「箱に収まった」感じがあるのだ。


『よくわからないけど、とにかく、意識が戻ってきた感じはあるぞ…… それにしても混んでる。そろそろ動かないかな』


 せっかく頭が動き始めたのだ。今は時間が惜しい。だが、この混雑では動くのも難しかった。


『仕方ない。リスニングか』


 学校で契約しているサイトで英語が聞ける。こういう時に有効活用するものだろう。


 幸い、イヤホンはしていた。音楽から切り替えれば良い。


『今月は、ほぼ使ってない。ギガはいっぱい残っているから、大丈夫だろう』


 ブレザーの胸ポケットから取り出した途端に、メッセが表示された。


「先輩、助けて」


 シュガーからだ。


「どうした?」


 フリックは最大速。打ち込みながら『助けに行くなら反対方向になるか。次の駅で降りれば15分だけど、これがいつ動くんだよ』と考えている。


「チカンです。先輩の後ろ」

「え?」


 首だけをねじるとサラリーマン風のオッサンが壁になっている。


「このカラシ色のコート?」

「はい。スカートに手が……  そこまで見た瞬間に祐太は強引に動いていた。


「おい! チカンしてんじゃねーよ!」


 カンで手を突っ込むと、見事に尻に伸びている腕があった。腕伝いに先に延ばす。

 

 祐太の声に一瞬で、シーンとなる周囲。


「君、何を! 勘違いだぞ! 失礼な!」

「勘違いも何もないだろ! オッサンのこの手がチカンしてただろうが!」


 ギュッと掴む手から逃れようと強引に動くから、祐太の手まで柔らかな感触に触れてしまった。


 その感触が「下着じゃん!」と思った瞬間、祐太の手は、オトコの親指を狙っていた。


『この野郎、スカートをめくって触っていやがったのかよ』


 怒りに燃えた祐太は最大限の攻撃に出たのだ。何かの本で読んだ「親指だけを握りしめる」作戦だ。


 思いっきり反対側にねじる。


「いてっ、やめろ、てめぇ、なにする」

「チカンしてた手を引き離してるんだよ!」


 相手のオトコが大声を出した分、祐太も負けじと大声を出した。


 その時、電車がゆっくりと動き出した。


 それから3分後、祐太は周囲の乗客達とオトコを駅の事務所に突き出していた。


 ・・・・・・・・・・・


「すみませんでした」


 警察で事情を聞かれたシュガーは、解放されるなり平謝り。


「それはいいんだけど。むしろ、なぜ、そこにいたのかを教えて欲しいな」

「つけてきました」


 シレッと答える笑顔に、絶句する。


「え? 何で?」

「お昼休みに気付いたんです。今日もお弁当を捨てたなって」


 あっと思った。


 この間、シュガーに助けられたときと、自分は全く同じ行動をしていた。


 食べられそうにない弁当をゴミ捨て場に持っていった。


 今日はおかしくならなかった。それだけの違いだ。


 どうやら「ストーカー」という告白は本当らしい。


 しかし、とてもではないが、それを咎める気にはなれなかった。むしろ、後輩に心配を掛けてたのかと思うと、申し訳なさで一杯になる。


「心配掛けたね。ごめん」

「そんな、謝らないでください! そのせいで、逆に私がご迷惑を掛けちゃったんですから」

「いや。こないだは本当に迷惑を掛けてたのに。ちゃんとお礼もしてなかったし」

「あのぉ。これはカンなんですけど、今日って新井田先輩はお出かけしてるんじゃないですか?」


 いや、この子やっぱりエスパーか? 一瞬返事にも戸惑うほどに驚いたが、もはやそれが「答え」になったらしい。


「何時に帰ってくるんですか?」

「たぶん8時頃だ。もっとも、今日は来ないと思うけど」


 この間、静香の食器類があるのをしっかりと把握されている。おそらく歯ブラシやその他の小物も見られてるはずだ。


 あれ以来シュガーがそこに触れてきたこともないから、いつも一緒だということを隠そうと思わなかった。「その方が諦めてくれるだろう」という計算もあって、一緒に暮らしているのも同然だが「今日()来ないよ」と率直に答えたのだ。


「わかりました。じゃあ、先輩? 今日の夕食はチカンから助けてくれたヒーローにご馳走しちゃいます。って言っても、もう遅くなったから、簡単なものになっちゃいますけど」

「いや、それは悪いよ」

「えー チカンに遭って傷ついた女の子を一人にするんですかぁ。ひどーい」


 祐太の優しさにつけ込んだ脅し方だが、わざと、それを使っているのが伝わってきて、ぜんぜん悪く感じなかった。


 むしろ、剥き出しの好意がまぶしいほど。


「き~めた。先輩のおうちのそばに、スーパーありましたよね? ちょっとだけ寄らせてください」

「いや、来てくれるのは良いけど、夕食なんて」

「ダメですぅ。おうちに招待してもらえる約束、頂いちゃいましたものね」


 イタズラな目で見上げながら「あ、手なんかつないじゃいます? 恋人つなぎが良いな」と大きな動作で手を握りに来る。


 なぜか動かせなかった手は、ぱっと柔らかな手に握りしめられた。


「わぁあ、先輩の手、冷たいですよぉ。ほら、タマちゃんの手で温めてあげますからね~」


 同じくらい冷たい指が絡んでくるのを、祐太は拒否できなかった。


中央線は、新宿で止まるとかなりヤバいですよね。

青梅当たりまで影響が出てしまいます。


シュガーは、マジで祐太を追いかけてきていました。

昼休みに見かけた顔色を見て、本当に心配だったのです。


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