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ただ、君を応援したかった  作者: 新川さとし
冬 12月~3月
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第14話 夢に向かって


 翌朝のこと。


「おはよ」


 静香が、いつになく緊張している空気を感じつつ、お互いに知らん顔していつもの通りを演じてる。


「おぅ、おはよ。よく寝た?」

「うん。歌うと体力も使うからかな。グッスリだった」

「そうだよねー それに都心まで行くのも疲れるんじゃない?」

「ふふふ。同じ東京なのにね」

「同じって言っても、ここらは田舎だもん。都会に出ると疲れるだろ」

「それはあるかも。あ、朝ご飯は?」

「さっき起きたばっかりだし」

「あのさ、ほら、これを持ってきたの」 


 ティーコゼーを掛けたトレイを掲げてみせる。


「お母さんが作ってくれたんだ。はい、これ。フレンチトースト」


 お隣から持ってくるだけなのに、わざわざティーコゼーまで掛けてくるなんて。


 温かいモノをという気遣いなんだろう。


「これなら食べられるかな? いつもの通り、ゆー向けの甘さ控えめだよ」


 ラップを外しながら顔を見てくる。


「ごめん。わざわざ、美紀さんに頼んでくれたの? あのさ、疲れてるときは、いーからね。朝飯くらい、自分でなんとでもできるから。前はちゃんと自分でしてたのは知ってるだろ?」

「でも、ほら、このところ食欲ないみたいでしょ。お母さんの作ったこれなら食べられるかなって」


 なぜか、持ってきてくれたしーの方が申し訳なさそうな顔だ。


「あ、あとね、何か作ってって頼んだのは私だけど、フレンチトーストにしたのはお母さんだよ」

「そうなんだ」


 幼い頃から、たま~に作ってくれた「美紀さんのフレンチトースト」は、特別感があって大好きだった。だけど、わざわざ朝から作ってもらうのは違うとも思う。


「ちゃんと自分でやるから心配しすぎなくて大丈夫だよ」

「でもぉ、最近、顔色が悪いよ?」

「うーん。正直、このところ胃が痛くてさ。やっぱ受験が近づいてきたせいかなぁ。オレがこんなにデリケートだったなんて、笑っちゃうね」


 肩をすくめて見せたけど、しーはちっとも同意してくれない。


「うん。でも、ほら、ゆーにはめいわ「うわっ! 美味そうだね」」とぶった切る。


 シナモンが、うまいこと全体にうす~く広がっているのが美紀さん流。良い香りだ。


「もうちょっと様子を見て、ダメなら医者に行くよ」

「お願いね? きっとだよ」

「あぁ。オレだって受験前にぶっ倒れたくないし」

「少しでも食べてくれる?」

「もちろんだよ。でもさ、いくらオレの調子が悪くっても、朝から美紀さんに面倒を掛けるのはちょっと」

「ごめん。気に障った?」


 確かに、その時のオレの声はちょっと尖っていたと思う。だって「何にも知らないゆー」がイラついた声を出したんだもんな。


 だけど、そんな声を受け止めたのは、見たこともないほどにオドオドした顔だった。


「いや、そんなことはないよ。それに美味そうだし」


 オレは慌ててトーンを変えた。


 こんなに弱々しいんだ?


 空気を変えるためにもフォークを持った。


「あ、これなら食べられるかも」


 実際、これは子どもの頃から何度も食べてきたお袋の味だ。食べる前から「優しさの詰まっている味」だってわかってるんだから。


 それに、と考えてしまう。


『正直、しーが作ってくれてたら、身体が受け付けなかったかも』


 そんな心の声を、誰よりもオレ自身が否定したかった。でも、それが事実であることも知っていたんだ。


 さっき、オレの声が尖ってしまったのは確かだ。いつものしーらしくない、オドオドした態度にイラッとしてしまった。

 

 そんな自分を見つけて、さらにイライラしてしまった。


 反省だ。反省しないと。しーにこんな顔をさせるために、留学に賛成したんじゃないんだから。


「サンクス。温かいウチにもらうね」

「食べて。あ、そうだ。洗濯物、しておいて良いかな?」

「そんなの自分でできるよ」

「ううん、せめて、そのくらいさせて? 昨日は何もできなかったし」


 そうやって、しーが動き始めたとき、フレンチトーストを口に入れた。


 ふわっと広がるシナモンとホンの少しのバニラの香り。


 子どもの頃から、静香の分は甘く、祐太の分だけ砂糖はほとんど使わずに作ってくれた。


 変わらない味だった。


『懐かしいなぁ。小さいときは外でしーとケンカしてくると、なぜか、ちゃんと知っていて、必ずこれを作ってくれたっけ』


 必ず先に食べ終わるのが静香だ。


 祐太が食べているのを横からじーっと見ていて、ついさっきケンカをしていたことなんて忘れたようにニコニコと「一口ちょーだい」と言ってくる。


『で、ホントに「どうぞ」っていうと、オレのフォークであ~んと食べておいて、毎回、甘くな~いと困ったように言うんだよなぁ。あれって、今思うと、しーなりのごめんなさいだったのかもなぁ』


 幼い頃の、そんなクセを思い出すうちに不思議と、味がわかってきた。


 理由はオレにもわからない。ただ、テキパキと動くしーの動きが目に入って、なんだかフワッとした感覚が湧き上がったのもあったのかもしれない。

 

 自分で自分がわからなかった。


 ただ、口に広がる「子どもの頃」が、オレに優しさを取り戻させてくれる気がした。


 いつの間にか、全部食べていた。


 さすがに「ひとくちちょーだい」はなかったけど、久しぶりにちゃんと食べた。


 胸の内にフワッと温かいモノを包みながら、学校まで並んで歩く。


 ふと気が付いた。


『あ! 今朝はキスを求めてこなかった。そんなにオレってイラついて見えちゃったかなぁ、ヤバい、ヤバい』


 ただ、恋人になってから初めて「今はキスしたくない」って気持ちが起きているのもホントだったんだけどね。


 その時、しーがオレの方を見て、ちょっとあきれたように声を出した。


「寒~い。よくコート無しでいられるね」

「マフラーがあるし」

「いくらなんでも、それだけじゃ」

「まあ、何とかなるさ」


 お揃いのマフラーは去年の冬に美紀さんからのプレゼントされた。


 ペアルックなんてふつーは恥ずかしいじゃん? でも、フミ高だとまったく冷やかされないんだよね。この辺りはウチの学校の良いところだと思うよ。


 あ、宗一郎だけは「オレのヨシムラと交換しないか?」とイジってきたんだけど、吉村ってなんだろ?


 とっさに反応できないオレに、かなり残念そうな顔をしていたっけ。


 おっと、そんなことより目の前のこと。


 冷たい風が吹き抜ける中、オレは北風に負けまいと背筋を伸ばして反省したんだ

 

 今朝のイライラは我ながらいただけない。


『だって、無鉄砲なほどに真っ直ぐ自分の好きなことを追いかけていく、そんなしーを愛したんだもんな』


 顔が可愛いとか、オッパイが大きいとか、そんなんじゃない。オレは、歌という夢に向かって真っ直ぐに突き進む女性を愛したんだ。


 そうだよ、それがオレの全てじゃん。こんなところで負けてたまるもんか。


『負けないぞ。しーを応援するんだ!』

 

 ふと、校門脇の植え込みを見たんだ。


「お、すげっ、見ろよ霜柱だ」


 思った瞬間、オレの足はそっちに向かってた。


 ザクッ、ザクッ、ザクザク


「しーもやってみないか?」

「え~ そういうのは、ちょとなぁ」


 ザクザクザク


 いきなり、身体をくっつけるようにして狭い範囲の霜柱を踏みつけてる。


「やるんだ?」

「そりゃ当然」


 嬉しそうに至近距離から見上げてくる。


「な? 楽しいだろ?」

「うーん。ちょっと、同意」


 クスッと笑って肩をすくめる仕草は、そこだけ春が来たみたいに明るい空気になる。


『やっぱり可愛いんだよなぁ』


 狭い所に足を置いたために、ぐらついた身体。ちゅうちょなく捕まってくる腕。


 その自然な「信頼感」の仕草が胸を打つ。


 うん、今なら言える。きっと言える。


「なぁ?」

「ん? 何?」

「しーのこと、好きだぞ」

「な、何よ、急に! こんなところで」


 いきなりで顔を赤くしたくせに、抱きついている手は緩まなかった。


「どこが好きか、言ったことあったっけ?」

「え? ううん、言われたことない…… と思う」

「あのさ…… そりゃあ、しーは可愛い」

「も、もう! どうしたの! 朝から」

 

 手の甲で口元を隠すようにして恥ずかしそうな表情のしー。


「性格も良いし、ついでにスタイルも良い」


 急に黙ってしまった。オレを不安そうに見上げてくる。


「でもね…… 一番好きなところは、君の真っ直ぐなところだ」

「真っ直ぐ?」


 戸惑ったように瞬いてから、顔を何度も横に振る。


「わたし、ぜんぜん、真っ直ぐなんかじゃないよ」


 違うの違うのと、拒否しようと身体を引きかけた。それをギュッと捕まえた。


「聞け!」


 決して大声じゃないけど、命令形はめったに出したことがない。


 ビクンと反応したしーは、動きを止めてオレの目を見た。


「まっすぐに、自分のやりたいことに向かっていくしーが好きだ。好きなことを思いっきりしてるしーが好きだ。夢に向かって、真っ直ぐ、向こう見ずなくらい突っ走っていくしーが好きなんだ」

「ゆう……」

「覚えておいてくれ。オレに気を遣ってくれるしーも好きだよ? とっても嬉しい。だけどさ、オレは真っ直ぐ夢に向かって走ってく君が好きなんだ。ただ君を、応援したいんだよ。たとえ世界を敵に回しても、オレだけは君の味方だから」


 困ったような、泣きそうな、そんな目で見上げてきた。


「信じろ。オレに気遣いするよりも、しーには、今できることを思いっきりやってほしいんだ」

「うん。ありがと」


 オレの身体に捕まっている手にギュッと力がこもる。


 ウルウルとした瞳が見上げてきて、そっと瞳を閉じると、唇がゆっくりと差し上げられる。


 オレは唇をそこに重ね……


「ちょっとぉ~ おふたりさ~ん! こんなとこで朝からダメだよ~」


「あ!」

「坂下先生!」


 自転車に乗ったまま、すぐ横でニコニコして「朝から、ちょ~っと刺激が強いわね~」と笑って周囲に目線を向けさせてくる。


『ヤバッ』


 チラチラとこっちを見ながら通り抜けていくフミ高生がゾロゾロと。


 ま、そりゃいるよね。ドンピシャ登校時間だもん。


 思いっきり見られてたよ。


「続きは、あ、と、で。ね?」

「すみません」

「すみません!」


 頭を下げるオレ達に「おうちに帰ってからがラブシーンです、よ!」と肩をすくめてみせる先生だ。


 どうやら「おうちに帰るまでが遠足です」のネタを使ったらしい。


「それと、新井田さんに業務連絡よ」

「はい?」

「昼にでもちょっと来てくれる? 相談したいことがあるの」

「はい」

「あ、やだ。緊張しないでね。別にお説教するつもりじゃないから。ちょっとしたお願いよ」

「あ、はい」

「それと、今週末で一ヶ月前だよ? 古川君はともかく、新井田さんはちゃんと勉強できてる?」

「あのぉ、まあ、一応」


 総合型選抜を受験した生徒はギリギリまで勉強するようにと、フミ高では半ば義務として共通テストを受験することになっているのだ。


 もちろん勉強はしていても切羽詰まった感があるわけがない。どうやら、しーは「あ、そうだ」と初めて気付いたらしい。


「そーゆーわけでぇ、勉強も頑張ってね! じゃあ、チャオ~」


 笑顔で、颯爽と自転車置き場に向かう坂下先生を見送りながら、いつの間にか手をつないでいたことを二人とも気付いてなかった。




宗一郎君の言っていた「ヨシムラ」は、バイクのマフラー専門メーカーです。

後付けで、これに変えると、カッコいいことになっています。

もちろん宗一郎君のバイクもこれに変えてあって、彼なりに「二人のマフラーがカッコイイよ」と褒めてくれたみたいです。

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