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ただ、君を応援したかった  作者: 新川さとし
冬 12月~3月
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第12話 不幸せの幸せ

本日は珠恵視点です。

 一刻も早く一人暮らしをするためにはお金を貯めなくちゃいけない。それに、いくら国公立でも受験料を含めて入学までに百万は必要だ。


 だから土日のバイトは必須。でも、さすがに平日は学校を優先せざるを得ない。


 勉強を頑張らなければ「ゆー先輩との幸せ大学計画」は破綻してしまうのだから。


 何があっても、平日は机に向かう習慣が身についている。今は数Ⅱの問題集を開いたところだ。


 しかし……


 今日の珠恵は勉強どころではなかった。


『なんて嬉しいんでしょう!』


 悦びが爆発する。


「つかの間の幸せを喜ぶぐらい、いーよね!」


 慌てて口をつぐんだ。


『ヤバッ、ついつい声に出ちゃった。ま、父親(クソ)は、酒を飲んでの高いびきだから、様子を探るまでもないですけど』


 最近、仕事に行く日が明らかに減ってる。家計に入れていたお金も滞りがちだ。


『今日も机の中をあさりましたね』


 出かける前に付箋を引き出しの裏側に貼っておくのが習慣だった。普通に引き出しを開けたら、付箋が下の引き出しに落ちる仕組みだ。


 開けてなければ付箋はそのまま。誰かが開ければ、付箋は引き出しの中に落ちているってことになる。たまに机を開けていたのを、知らんぷりをしていた。


 けれども、もはや、そんなことをするまでもない。 

 

『隠す気持ちなんて、これっぽっちもないんじゃないですか? それともただのバカだからですか?』


 囮に置いてある百円玉や、わざと見つかりにくい場所に蒔いてある「お布施」代わりの千円札が消えていた。


『お前は、小学生か! ってくらいですよ。エサがあると思わせちゃったのもいけないんですけど、こうしておかないと、何をするかわからないですからね』


 娘の部屋を探し回って小銭をせしめて満足する親だ。お布施がなければ、それこそ何をするかわからない。


 以前なら、クズみたいな中身でも、一応は「親」っぽいことをしようとした。価値観は狂っていても、クズなクズなりの考えで娘の将来を考えていた気配はあった。それが、今では自分のことしか考えないゴミカスになっていた。


『ネットが使えたら、私の下着も売りかねないでしょうね』 


 幸いにして、そんなマメなことができる人間ではない。


『ヤツが探してるのは、絶対にバイト代を貯めた通帳とカードですよ』


 娘のバイトを確信したのだろう。とにかく、娘のカネを探している。


『あ~ 先輩に預けておいて良かった~。よくやったぞ、私』


 別の作戦も実行してる。カーペットの下に通帳を()()()()()のだ。


『これは今のところ無事ですね』


 そこには子どもの頃からのお年玉で4万円ちょっとの残高がついている。でも、カードでちゃんと引き出してあるから、持ち出されても百円単位しか損害はない。


 そのうち、これを見つけるかもしれない。


 そこまで行けば黄色信号。児相に駆け込もうと決めた。以前のいきさつがある分、上手くすれば高校卒業まで保護してもらえるかもしれない。


 そのときの父親(クソ)の顔が見物だと珠恵はドスのきいた笑顔になる。


「ホントはダミーのバイトをして、その給料を数千円なり振り込んである通帳を見つけさせるのが一番なんですけどね」


 残念ながら、そこまでの余力はない。


 ともかく、父親(クソ)を警戒し続けないと何をされるかわからない。ダミーの通帳を持ち出すくらいになれば、児童養護施設に入れてもらって行動制限を受けた方がぜんぜんマシに決まってる。


『おーっと、今は、あんなクズのことなんて考えてる場合じゃないですよ~』 


 今日、あったことを思いだしてしまう。幸せな記憶だ。


 確かに先輩が心配だけど、それはそれ、これはこれなのだ。 


「抱いてもらうのって、それに、先輩に甘えてもらえるなんて! あぁあ、こんなに嬉しいモノなんですね-」


 抱きしめてもらえた。胸の中で甘えてくれた。物欲しそうにお尻も撫でてもらえた。


 パーフェクト!


 初めて味わった強烈な多幸感が忘れられない。いつか、本当に「抱いて」もらえたら、どれほどの幸せを味わえるのだろう。


 期待は、マックスへと膨らんだ。


 自分の()で先輩が気持ち良くなってくれることを考えただけで、悦びで震えてしまうほどだ。


 ニマニマという笑いが止まらない。


 端から見れば、さぞヘンな姿だろう。数学の問題集を広げた女子高生の顔が緩みまくっているのだから。


 しかし、と珠恵は顔を引き締める。


『確かに今日は、とんでもなくハッピーな時間を頂きました。でも、あれを願うのは本来、間違いです。あれは偶然だからこそのご褒美プレイ。望んではいけない幸せなんですから』


 自分を(いさ)めなければならない。さもないと身分違いの幸せを望んでしまうから。


『何か起きるのは予想していましたよ? でも、あんな風になっちゃうのは絶対に違うと思うんです。先輩が、あんなにオカシクなっちゃうなんて、けして、あって良いことでありません』


 今日のゆー先輩は、予定以上におかしかった。


『理由は新井田先輩に決まってます。表面は「仲良し」してても、私にはわかります。ゆー先輩があっちを見る時、明らかに顔が強ばってますから」


 顔を合わせているときは笑顔。

 何かの加減で、一方的に彼女を見るときの顔は、とっても辛そう。


『その組み合わせが意味するのは』


 ずっと二人を見つめてきた珠恵だからこそわかる。


『無理やり、しかもモーレツに辛いことを我慢してますよね』


 視線を意識しているときは頑張れても、見られてなくて自分だけが見つめている時は、心の中の顔がでるものだ。


 あの時の先輩の目は「狂おしい」という目だ。


流行(はやり)のNTRですか? って、まあ、さすがに新井田先輩に限って別の男に走るわけもないですし、もしも、そんなことをされたら我慢する理由がないですものね』


 あまりに突飛な発想をしてしまうのが自分でもおかしくて、クスクス笑ってしまう。


 あまりにも幸せな感覚に溢れていて。ちょっとハイになっているらしい。 


『原因は、少しずつ探すとして…… ある意味で予定通り、ある意味で予定外って感じですね、今のとこ」


 そろそろ、何かあるとは思っていた。


 進路を決める時、たいていのカップルは揉める。しかも先輩は薬学で新井田先輩は音楽。


『それだけじゃないですよね、先輩』


 幼馴染みで、お互いを知り尽くしたと思っていたのに、彼女さんが今やアイドル以上に人気を集める存在となってしまったのだ。


 これで、すんなりいくわけがない。


『久し振りに現れた芸能界の大型新人でしょ? 美貌のJK歌姫は人気と実力を兼ね備えてるんだもん。間違いなく、この先、もっともっと売れますよね』


 先輩とのすれ違いは、必ず起きる。


『ケンカしてくれるくらいなのが、ちょうど良かったんですけど』


 その時、隙間にスルッと入り込めるだろう。


 もちろん、優しい先輩のことだ。どんなヒドいケンカでも自分の気持ちを抑えてしまう。どんなケンカをしたとしてもバランスを取り戻すのに、それほど時間はかからないはずだ。


『でも、大丈夫。1日か2日で十分。ううん。たった一晩でも良いんです。ケンカをした時に横にいれば、きっと「間違い」が起こるはずですから』


 ゆー先輩は、必ず「譲る側」になる。どれほど素晴らしい人だって、そんな時に気持ちのはけ口がほしくなるはずだ。


 その時に自分が役立てたら最高だ、というのが珠恵の望みであり、読みなのだ。


 少しヤケになっていて、雑に抱いてくれるんなら、それが最高のこと。


『無責任中出し、ヤリ捨て大歓迎ですよ。私の身体を好きなようにしてください。でも、絶対に「彼女にしてくれ」なんて言いません。この身体で先輩だけ気持ち良~くなってくれるのが本望ですからね!』


 優しいゆー先輩が自分を抱いた翌朝のことが目に浮かぶ。


『だって先輩自身が、女に溺れた自分を許すはずが無いんです。ひとときは私の身体に溺れてくれても、きっと朝が来たら後悔するはずです』


 二人でベッドに入ったまま、迎える朝を想像する。


『きっと、翌朝、困っちゃいますよね、こんなの彼女にできないぞって。でも、やさしーから、ちっとも困ったって気持ちを私に見せないようにして「ありがとう」って、頭ポンポンくらいはしてくれます』


 そうしたら、何も気付かないふりをして、朝日の差す部屋の中で、裸のままスルリとベッドを抜け出してみよう。


『きっと慌てちゃいますよね。でも、横目でチラッとくらいは見てくれるかな? 普段だって意外と見てくれますよね、オッパイ』


 自分が関心を向けてもらえるのは、心から嬉しい。


 だから、ヌードを十分に見てもらってから「血が着いちゃってるから私が洗いますね!」と恥ずかしそうに言って、先輩をベッドから追い出そう。

 

 洗濯機を回す時に「先にシャワーを浴びてください」ってお願いする。


『そのスキにタマちゃんは脱出するんです』


 堂々と逃げ出す自分の姿が浮かんで誇らしくなる。


『もー それだけで、私は、残りの人生分、お腹いっぱいになれますよ!』


 その後は、遠くもなく近くもない場所で応援していればいい。もしも、また自分を必要としてくれたら嬉しいけど。


 それ以上は望まない。


 それが、望める最高の幸せだった。


「それなのに今回はマズいです。先輩、追い詰められ過ぎてます」


 今日の様子だと、何か斜め上の事態が起きているに違いない。何か普通じゃないトラブルだ。


『さもなきゃ、あんなにすごい先輩が、あんな風になるわけがないんです』


 ゆー先輩が、死にそうなほどに辛い我慢って何だろう?


 あんなになってしまうトラブルが考えられない。


 確かに、今日みたいに甘えてくれるなんて、できすぎだ。たぶん、激レア、SSRを引き当てたに違いない。


 向こう5年くらいは幸せでいられる。


『でも、先輩が不幸になり過ぎるのは話が違ってきます」


 背筋を伸ばす。


『不幸になりすぎれば、先輩は私を手放せなくなってしまいます。私が1番になっちゃったら、それは先輩にとって不幸なんですから、そんなの絶対にダメです』

 

 珠恵だって、それなりに夢を持ちたかった。


 先輩との結婚だって夢見た。


 もしも、あんなにすごい人と結婚できたら、どれほど幸せだろうか。一生涯、ゆー先輩に尽くしまくってしまうに違いない。後悔なんてぜったいにしないだろう。


 先輩と結婚しての幸せな生活。


 そんな甘い夢を見るくらいは、女の子として許容されてもいいとは思った。


 でも、現実問題として自分が結婚することは考えられない。


「アイツが生きている限り、私は、絶対に誰とも結婚しちゃいけないんです」


 自分が結婚する相手に、父親(クソ)がどんな態度を取るか、考えなくてもわかる。すぐに寄生しようとするだろう。


 大好きな先輩に、そんな迷惑なんて絶対に掛けたくない。


『私は一番になってはいけないんです。先輩が幸せなら私も幸せなんだから』


 自分が不幸せのままでいることこそ、幸せでいられる理由なのだ。


 珠恵は、心からニマニマしていたのである。


珠恵は現実主義者です。

自分が結婚したら、相手に「マイナスを押しつけることになる」という現実を考えて、ゆー先輩との結婚を夢見ることすらやめました。

それが、珠恵の考える幸せのカタチです。 

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