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ただ、君を応援したかった  作者: 新川さとし
冬 12月~3月
116/169

第1話 冬の陽

 

 

 抑えようとしても抑えきれない甘やかな声が狭い部屋に響き渡った。


「はぁあん、っくぅううう」


 ビクン ビクン ビクン


 深々とつながった二人の身体が震えたのは同時だった。


 果てた後の余韻は、恋人同士にとっては至福の時間だ。


 普通なら、お互いに営みの満足を噛みしめる時間だろう。しかし、少女は、たゆたう時間を惜しむようにして「素敵」と言葉を絞り出した。


「はぁ~ ホントに素敵でした。ライライってば、ホントにすごかったぁ。ものすごかったです。最近、ますます、素敵になってる。恥ずかしいくらいです」

 

 薄らと汗をかいた背中を、幸せそうに抱きしめて撫で回す茉莉は言葉を緩めない。


「こ、こんなの、初めてですから、こんなに良いなんて。ホントなの! すっごく良くって、それにすごく優しいし、キスも素敵で、身体の奥までライライのものにしてもらったみたいで、すごくって。最後はどこかに飛んじゃうかと思いました」


 口をきくのも億劫なほどに感じた後でも、必ず、恋人を誉め称え続けるのがいつものこと。


 サッと外したアレをティッシュにくるんだ雷漢が「もう無理するな」と言いたげに軽いキスで唇を閉ざさせるのもいつものことだ。


 ふぅ~


 腕枕に、チョコンと頭を乗せた茉莉が、じっと見つめている。


「無理させてごめんなさい」


 ポツリと謝る恋人の唇を塞ぐ。


 チュ


 そんなことはないと言いたげに、優しく髪を撫でる手つきはガラス細工に触れるかのようだ。


 優しい手つきは、無言で「寝よう」と誘っていた。ようやく期末が終わったのだ。昨日は遅くまで勉強した分、強烈な睡魔の訪れは早い。


 微笑んで見つめ合ったまま抱き寄せた。


 小動物のような仕草で、素直に頭を腕に載せている茉莉だ。


 胸の中で安らかな寝息が聞こえるまでに時間はそれほどかからなかった。


 雷漢は、もう一度、大切な人が寝ていることを確かめてから、その顔を見つめ、悲痛な表情で唇をギュッと噛みしめたのである。



・・・・・・・・・・・  


 12月に入っている。


 フミ高の期末考査が終わった。


 ここから3年生は、一気に受験オンリーとなる。


 受験用の選択講座を受講しない者は答案返却日と終業式以外は登校自由。


 とはいえ、共通テスト対策の授業を受験科目に合わせて受ける生徒がほとんどだ。


 3年生の半分は午前中の講習を受けて、午後帰宅。国公立狙いの講座を午後に受ける3年生が残りの半分という感じだ。


 祐太や雷漢は午後も残るグールプであり、総合型選抜合格組の静香や、私立がメインの光輝やおメグは昼で帰るグループとなる。


 宗一郎は「風になる」ために日本のどこかをさすらっているはずだ。


 これからは全ての部活動が正式に3年生を除外して動くことになった。


 合唱部と吹奏楽部だけが例外中の例外だった。


 3月に「卒コン」が待っている。


 練習の中心は2年生以下であるのは間違いない。下級生達だけの練習が日々、本格化していく。


 卒コンと言うだけあって3年生も「客演」として参加する生徒が多い。進学校と言えども総合型選抜で受かった者や、私立オンリーにした者は受験が終了しているからだ。


 祐太や雷漢のように卒業式間際の最後の最後に本命の発表がある3年生達はフミ高と言えども、やや少数派となる。


 特に、前期に狙いを定めている人間は、第一志望の合格発表の翌日が卒業式となってしまう。


 もしものこと(全落ち)があれば、さぞブルーな卒業式となるだろう。


 しかし、神田雷漢の心配は、そんなことではない。


「まーちゃんが壊れていく」

 

 その理由に思いっきり心当たりがあった。


「気にするなっていっても無理だ」


 雷漢は茉莉を全力で救った。


 人脈もロジックも、そして警察官の前で大泣きまでして見せ「人情悲劇」を演じて見せる一大パフォーマンスも使った。


 持てる力を全部出した。


 その結果、茉莉を救えたのは良い。


 だが、その過程に問題があった。確かに、あれしかやりようがなかったのは事実だ。


 そこに必然的に起きてしまうことがある。


「被害の全貌を彼氏に知られてしまった」と茉莉が意識してしまったのだ。


 最短時間で結果を出すためには仕方のないことだった。しかし「仕方がない」の一言では済まされないのも事実だ。


 中年男の性のオモチャにされてしまった事実を愛する人に知られてしまったのだ。その時、少女が何を想うのか。どれほど傷つくのかはわかりきっている。


 もっと慎重に行くべきだったと後悔した。


 傷が同じであっても「好きな人に知られている」かどうかは、後でどれほどの重い枷となるか、男の雷漢でも想像に難くないことだったのに。


『神田雷漢、一生の不覚』


 ただでさえ、中年男の欲望のまま、半年近くもの間、身体をむさぼられ続けたという心の傷は深い。


 恋人として何をするにも、とにかく茉莉の気持ちを優先させるしかなかった。


 セックスだってそうだ。 


 本来、そんなの急ぐことではない。しかし、茉莉が必死に求めた。


 雷漢は応じるしかなかった。


 身体をつなぐごとに心の傷をえぐることになりかねないとは思ったが、傷があるからこそ雷漢に抱かれることを求めているのだ。


 これを拒否すれば茉莉は「自分が汚いから」だと思いかねない。


 例え、自分が抱くたびに相手が傷つくとわかっていても、茉莉が求めてくる以上、抱かないという選択肢だけはけっして取ってはならなかった。


 その結果、茉莉の心のもっていき様は切ない。


 恋人とつながることは嬉しいのに、女性の悦びを示してしまう後ろめたさ。


 だから、コトが終わるとすぐさま「雷漢のセックス」を賞賛し続けないと気が済まなくなっている。


 うっとりと潤んで、褒め続ける瞳の奥に辛さが残っているのがわかるから、言葉を聞く度に雷漢は切なくなってしまうのだ。


 しかも、だ。話は二人だけのことではすまされない。


 弁護士を頼ったとなれば、当然、紹介した「父」もそれを知るのだと茉莉は気付いている。


 将来のことがどうなるにしても、自分が汚されてしまったことを、愛する人の家族にも知られてしまったのだ。


 これを、カラリと無かったことにできる女はいないだろう。


 とにもかくにも、雷漢にできることと言えば、時間の許す限りそばにいることだけだった。


 受験勉強の合間を縫って、雷漢は意図的に茉莉の家に行く。


 たいていは一緒に夕飯を食べてくる。茉莉が作りたがった。食事をすれば、一緒に勉強して、そのまま泊まることも多かった。


 既に母子は二間の小さなアパートに引っ越している。


 財産関係の手続きが済み次第、あの家も含めて一切合切を売却の予定で、二度と、あの忌まわしき家に帰ることは無いだろう。


 母親は元の仕事を辞め、学校のある時間だけパートで働いている。当面は貯金を切り崩しつつ、豪太の弁護士との調停が終われば、生活に余力ができる見込みだ。


 紹介してもらった弁護士は敏腕だった。ほぼ全ての財産を慰謝料と損害賠償の対象にできそうだ。そうなれば金銭的な不安はなくなる。


 苦しい生活も、あと少し。


 しかし、つましい暮らしではあっても「茉莉の部屋」は意図的に用意されていた。雷漢が泊まれるようにだと、初めて部屋に入った時に気が付いた。


 二部屋しかないアパートで、高校生の彼氏が泊まれるように用意しているなんて、普通ではない。


 布団までもが用意されていたのは、母親が娘に対してできる、せめてもの気持ちなのだろうと思う。


 気付いてやれなかったことを悔い、母親も自分を責め続けているのだろう。


『それならば』


 自分ができる精一杯を、やってみよう。


 生まれて初めて、雷漢は「必死の努力」という言葉を自分に課した。


 こうして、受験と彼女と、そしてもう一つのことに雷漢の能力はフルに使われていた。


 もちろん、茉莉には言えない。さすがにキツイ。しかし、だからと言って優先順位を間違えてはならないのだ。


「たまには?」


 ウチに遊びに来たらとさりげなく持ち出しても、茉莉は頑なに拒んだ。無理は言えない。しかし、ここで乗り越えないと、いつまでも引きずらなくてはならないということも分かっていた。


 茉莉を救い出してから三週間、無理に無理を重ねて頑張った。


 彼の能力をして、これだけの全力を出し切ったのは、生まれて初めてだったかもしれない。


 そして期末考査の3日後だ。


 母が帰ってきたところを雷漢は正座して迎えたのだった。





冬の章のオープニングは、雷漢・茉莉の話からです。

心に深い傷を負った茉莉は、身体が開発されてしまったことにも傷ついてしまうわけです。それを知られるのは怖い。かといって雷漢に抱いてもらえないのも怖い。だから自分が反応してしまった分だけ、相手を賞賛しないと「開発された」身として不安になってしまいます。

雷漢君は、言葉で「過去を忘れろ」と言っても無駄なことを知っています。

さてさて、どうするつもりでしょうか。


※ライライ

 いつまでも「雷漢先輩」呼びもないだろうと、茉莉ちゃんが必死に「ライライ」を考えました。雷漢君は「近所のラーメン屋で飼っている犬が来々《らいらい》だったな」と密かに思いましたが、もちろん言うはずもありません。でも、けっこう楽しそうに「ライライ」と呼ばれています。


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