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ただ、君を応援したかった  作者: 新川さとし
秋 10~11月
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第26話 いちばん



 一体何の、どこを見て推測したのかわからないが、目の前の美少女は、祐太の「苦しさ」に気付いているらしい。


 しかし認めるわけにはいかない。意地もあるし、祐太が認めさえしなければ事実ですらなくなるのだ。

 

「ホントに、何もないぞ」

 

 信じるとは思えないが、とにかく言い張ってみた。


「いえ、今は言わなくても良いんです。先輩の優しさだと、私を信じる信じないじゃなくて、きっと何も言えないだろうから。でも、私は何かがあるって知っています」


 何かを確信している目だ。


「あ、えっと、あの、いったいなんでそう思ったの?」


 珠恵は小首をかしげた後、笑顔を見せた。


「ん?」

「先輩って」


 ツンツンと祐太の胸を突く人差し指。コケティッシュな仕草。


 いつのまにか、片腕で珠恵を抱く形になっていることに焦る祐太だが、今さらだと諦める。


 腕の中の珠恵は、すっかり身体を預けている。


「新井田先輩と何かあると左目の下にシワができるんですよ? 知らなかったんですか?」

「え? マジ?」


 慌てて左目に指を当てた瞬間、珠恵のイタズラな視線に気が付いた。


 ニコッ


「あら? ウソ?」


 やられた。


「先輩の様子でわかるのはホントですけど、左目の下のことはウソです。ごめんなさい」

「あ、そ、そうなんだ……」


 どうやら、珠恵はテレパシー能力でも持っているってことにしておこう。さもないと謎すぎる。


 祐太の戸惑いをあえて無視して、珠恵の目は、まっすぐ瞳に向いている。


「この先も、静香先輩ときっと何かあるはずです。それも、もっともっと大きなコトが」


 テレパシーではなくて予言者?


 状況が状況でなければ、そうやって突っ込んだかもしれない。


「先輩のことだけをずーっと見てきた私には、その程度のことは、ちゃ~んとわかるんですからぁ」

「そ、そうなんだ?」


 珠恵の顔から笑顔が消えて、真剣な表情で見上げてきた。その雰囲気に当てられて祐太も背筋を伸ばした。


「だから、この先のために覚えておいてほしいんです」

「何を?」

「私は先輩の一番になれなくても良いってことをです」

「え?」

「本気なんですよ。私がさっき言ったこと(ヤリ捨てセフレに)って」

「ちょっと待って「待ちません!」えっと」


 意味がわからないが、珠恵の迫力はホンモノだ。冗談で返したり、逃げたりするのは、ダメだというのはわかった。


 膝を少し曲げて、視線の高さを合わせて聞く姿勢を取る。


 珠恵は真剣な顔で謝ってきた。


「ごめんなさい。この機会じゃないと、たぶん二度と言えないと思うので言わせてください。本気なんです、この気持ち」

「あ、う、うん、ちゃんと聞くよ」


 こんな目で見つめられたら、聞かないわけにはいかない。


「自分が先輩の一番になれないのは知っています。でも、もしもこの先、先輩が誰かを必要にするなら…… 抱き枕でも、オナホでも、ホントになんでも良いんです。誰かを抱きしめたくなったら、ううん、行き場を無くした何かを誰かにぶつけたくなったら、私を使()()()()()()んです」


 いつものノリとは全く違って、そこに冗談だととれる雰囲気は皆無だ。言っていることはメチャクチャな部分もあるが、真剣なのはヒシヒシと伝わってくる。


『それにしたって、使うって、そんなのなぁ……』


 気持ちは真剣なのだろう。だが「何かでヤケを起こすなら、自分を抱いて気を紛らわせろ」と言っているのだから祐太はどう反応すれば良いのか迷う。


 自分に対して、これだけ好意を向けてくれる女の子を傷付けたくない。


 どうするのが正解だというのか?


「シュガー、でも、それは」

「良いんです!」

「いや、そうは言っても」


 実は、自分がヤケを起こす可能性を意識していた。だが、意識しているからこそ、こんな申し出を受けてはいけないと思ってしまう。

 

『もしも、しーのことで耐えられなくなったら、シュガーを頼ってしまうかも』


 こんなにも「甘い場所」があると知ってしまったら、果たして自分が我慢できるのか?


 決して自分が聖人君子だとは思ってない。


『オレはこの子に逃げてしまうかも』


 ふっと、いつかの裸エプロンからこぼれた裸身が頭に浮かぶ。


『抱いてしまう? しーのことでヤケを起こして?』


 さすがに、そんなのはダメだ。しかし、思い浮かべてしまうのは、裸の珠恵を蹂躙し、むさぼっているシーンだった。


 そんなのダメに決まっているのに、珠恵が幸せそうな顔をしていた。


『バカ! そんなのおためごかしにすぎないってわかってるはずだ。シュガーの純粋な気持ちを踏みにじることになってしまうんだぞ!』


 しかし、フルフルと頭を振る祐太の気持ちを見透かしたように「ぜんぶ、私のためなんです」と少女が告げる。


「え?」

「だって、先輩が私を使ってくれたら、それで本当に幸せになれるんです。だから、それを覚えておいてほしいんです。お願いです」

「しかし、だな」

「あきれられちゃうのはわかってます。でも、この際、本音を聞いてください」

「本音?」

 

 珠恵の目が全力の本気だと訴えている。


「軽蔑されても仕方ないことをいいますね。怒らないでください?」

「あ、まあ、何かを言われて怒ったりはしないけど」


 一度瞬きをした珠恵は「ごめんなさい」から話を始めた。


「この間、せっかく助けていただいたんですけど、私、たぶん、またパパ活しちゃうと思うんです。どう考えても一人暮らしにかかるお金と学費を稼ぐのと勉強とでは時間がなさ過ぎますから」

「そ、それは」


 単なる道徳とか倫理観で「やめろ」と簡単に言えないのはわかってる。一人の人間が自分の未来を掛けて何かをしようとしているのだ。手段を選ぶ余裕がないと言われれば、それまでだ。


 珠恵が必死に生きていることは知っている。


 その必死な生き方について口を挟めるほど、自分はエライ人間ではない。


「ここからは脅しに聞こえちゃったらごめんなさい。でも、正直な気持ちなんです」

「脅し?」


 コクン。


「もしも、先輩のセフレにしてもらえたら幸せすぎます。だけど、そこまで大胆な幸せは望みません。ただ…… 一度でもこの身体を抱いてもらったら良いんです。ううん、抱いてもらえる可能性があるなら、話がぜんぜん別なんです」

「別って?」

「先輩に使ってもらえるって思えたら、この身体はぜったいに汚せません。だから私はパパ活なんてしないで済むんです」

 

 なるほど。ある意味で、脅しだ。


 これは「自分がパパ活をしないように抱いてくれ」と言っているのと同じなのだから。祐太が、珠恵のことを大切にしたいなら、あえて抱くべきだという理屈にすらなる。


 もちろん、そんなリクツに乗れるわけがない。


「あのな、シュガー」

「怒らない約束ですよ?」

「いや、怒ってないけど」

「お願いです。一度で良いんです。本当にヤリ捨てで良いんです。もちろん誰にも言いません。いつか…… いつか、何かを誰かにぶつけたくなったら、必ず思い出してください。私を呼んでほしいんです。私に夢をください!」

「シュガー あのな「お願いです!」」


 正面で抱き合う距離で見上げてくる珠恵の表情はあまりにも真剣だった。


 つまらない倫理観とか道徳心を持ち出して「そんなことはできない」と簡単に言えないのだということくらいわかる。


 祐太は、結局、折れるしかなかった。


「わかった。もしも、そうなったら、ちゃんと君のことを思い出すから」

「本当ですね?」

 

 祐太は返事の代わりにまっすぐ目を合わせて、一つ、頷いて見せた。


 その瞬間「約束ですよ?」と目を閉じて、そっと唇を突き出してきた。


 迷わなかったと言えばウソになる。


 しかし、ここで日和(ひよ)れば、もっと後悔するに決まっていた。


 これだけの決意を見せられて知らんぷりをするのは卑怯だとすら思う。


 唇を合わせるだけのキス。


 ためらいの分だけ唇の合わさった時間は短かった。


 それでも珠恵の顔に浮かんだのは、紛れもない幸せの形だったのを見て、なんだかホッとした。


「ありがとうございます」


 キスで落ち着いたのかもしれない。


 無理やりくっつけて来た距離感を直してくれた。


 やっと一息つける。


「私、先輩が行く大学に行きたいと思ってます」

「同じ大学に? オレまだ、最終的に志望校を絞ってないんだけど」

「先輩は国公立ですよね?」

「そうだけど」

「それなら大丈夫です。どんな分野でも良いです。全国、どこの大学でも良いです。ぜったいにその大学で後輩になって見せます」

「だって、それって君の将来はどうなる?」

「先輩」


 美少女は、最高の笑顔を見せる。


「ん?」

「大学に入ったら、好きな人と付き合ってください。()()()()()()()()()()、大丈夫ですから。私、邪魔しません」


 祐太は息を呑んだ。


 珠恵は重大なことを言っている。


 大学で付き合っている相手が「新井田先輩」ではないことを前提にしているのだ。


「えっと」

「その人が一番でいいんです。私を先輩のそばにいさせてください! 勝手なお願いです」


 ぺこんと頭を下げた。


「おぃ、しゅ、シュガっ」


 何かを言わなくちゃいけない。


 いったい、君は何を知っているんだ?


 声が出ない。


 そんな祐太に向かって、一度自分の唇に指を添えて目を潤ませてみせた。


「ありがとうございました。すご~く幸せです。先輩も、頑張ってください!」


 クルンと軽やかな動きで扉に向かった珠恵がドアを開けながら振り向いた。


「さよなら! 溜まった時はお早めに呼んでくださいね! 約束ですよ! いつでも待ってますから!」


 風のように走り出したシュガーに、祐太は声を(なく)したのだった。


「まるでつむじ風だな」


 祐太も遅れて部室を出た。


 廊下のどこかで窓が開いているらしい。


 ひどく冷たい風が吹きぬけて、祐太はブレザーの衿をかき寄せたのだ。


「もう、冬だったっけ。は〜 とりあえず、期末が終わってすぐか」


 静香がレッスンに行く日が決まったと言われたのは今朝のこと。


 キーン コーン カーン コーン キーン コーン カーン コーン


 ウエストミンスター寺院の鐘を模した音だ。


 あと5分で午後の授業が始まる。


 終わりを告げる予鈴が、のんびりと響き始めていた。




【秋の章 終わり】



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