第22話 お風呂の会話
祐太視点
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『あぁ、これ、一緒に入ろうってことか』
机に向かった瞬間、やっと気付いた。
『ちょっと恥ずかしそうな表情をしていたもんなぁ』
それは誘いに違いない。
『でも、別にエッチしようってわけじゃないよな? まあ、こっちがその気になったら、それはそれでOKなんだろうけど』
少なくとも、エッチの誘いがメインなワケでは無さそうだ。
『たぶん、くっつきたいんだよね? くっついて話したいことがあるんだろ?』
おそらく、風呂の中でなら肌をくっつけて話せるくらいのつもりなんだと想像した。
『ダメだぞ、オレ。そのくらい察してあげないと』
机に向かっていた身体をイスごとクルン。
ウィンク。
「ね? たまには、しーの手で洗ってほしいなぁ」
静香がホッとした表情を見せる。どうやら、これが正解だったらしい。
「もちろん、いーよぉ。あ、でも手で良いの? ここじゃなくて?」
夏くらいからたまにしてくれる「オッパイで挟んで、あれをする」の提案も純粋に愛情なのだろう。
しかし、悪魔は祐太の中にいる。
『ヤツに教え込まれたんだぞ? F市にいる間、たっぷりと時間があったんだ。そのくらい、毎日してたっておかしくないからな』
瞬間的に、頭がクワッと燃え上がりそうになって、慌てて、もう一人の自分が火消しにかかる。
「いやいやいや。それだったらオレにはしないよ。うん、絶対にしない」
静香からしたら、あの男との関係を絶対に隠したいはずだ。
『仕込まれたテクをオレに使うはずないじゃん。だって何にも知らないふりをしてた方がバレにくいんだからな。そのくらいはしーだって計算するさ』
浮かんだ邪念を強引に押しつぶして、笑顔を見せる。
「いーね。期待しちゃうよ。じゃ、お風呂まで、後ひと頑張りしちゃうね」
「うん、できたら呼ぶね~」
しかし、問題集に向かいながら「いったいなんの話なんだろう」と頭が乱れがちだったのは当然だよ。
おそらくは「あの話」に違いないとは思う。そう思えば思うほど集中できるものではない。
バスタオル姿で「お迎え」が来た時、辛うじて単語帳を終わらせたふりをするのがやっとだったのだ。
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30分後。
賢者が誕生していた。
『負けた。完敗じゃないか』
瞬殺された。
浴槽の中に伸ばす身体には、途方もない快感の名残と、力が入らないほどの満足感。
しかし、男としては、心に悲鳴ものである。
『わぁああぁ、三分も保たないとか。いくらなんでも情けなさ過ぎだろ!』
溜めているつもりなど無かったのだが、ポヨンと包まれてしまったら、あっと言う間だった。
『ボディソープのヌルヌルが凶悪すぎだよ。あんなの耐えられるわけないじゃん!』
それは単なる官能ではない。
大きさと弾力。それに、見上げてくる潤んだ瞳に、半開きの唇。
視覚的にも、感覚的にもヤバかった。
もう、光速の勢いで背中を駆け上ってきた快感を止めようもない。
ブビャッ
ちょうど、顔を下げた瞬間だったせいで、おもいっきり顔をパックしてしまった。
一部は唇の中に飛び込んだはずだ。
「ふふふ。元気。い~っぱいだったね〜」
開けられなくなった目を、シャワーで流しがら「よかったぁ」とニッコニコだ。
怒る素振りをこれっぽちも見せず。嫌そうな表情のカケラもないのが救いだが、男として恥ずかしいのは変わらない。
『あ~ 最短時間で、特濃タイプを大量にかよ。情けね~』
流し終わると、静香も湯船に入ってきた。
柔らかな身体を後ろから抱えて、ふっと頭をよぎる。
『あの男なら、きっと、もっともっと余裕を持っていたんじゃないか?』
また、ヘンなことを考えかけてる自分がいる。
『いやいやいや。とにかく今、ヤツは身動きもできないケガ人なんだ。忘れよう。忘れるんだ。考えちゃダメだ』
本当は、巨匠と静香との関係を真剣に追求するべきだというのはわかっている。しかし、それをすれば「全てが終わる」とわかっているから、言い出せない。
見なかったふり、聞かなかったふりをしてしまった。もちろん、レセプションでの会話自体も、静香に言ってない。
それが「現実逃避」だとわかっていても、掘り起こす勇気は、どうしても出なかったのだ。
『しーが、オレのことを好きなのは間違いないんだし。あの男が言ったのは、ブラフの可能性だってあるんだからな』
では、なぜ、ホクロの秘密を知っていたのかと誰かに言われれば、祐太はきっと崩壊していただろう。
しかし、今、この瞬間に抱きしめている「実在」にすがってしまうのが恋というものの怖さ、あるいはエネルギーと言えるのかもしれない。
『とにかく、今は信じるんだ。しーがオレのことだけを好きだって』
妄想を腹の底に押し込んで、柔らかな身体を後ろから抱える腕に力を入れる。
けれども、やっぱり頭に浮かぶのはさっきの情けなさだ。
『だって、カップラーメンもできない早さだぜ?』
あまりに情けなかった。落ち込みそうだ。
ふと頭の中で「秒速でイク男」というヘンなキャッチフレーズが浮かんでしまったのは、もはや、現実逃避以外の何ものでも無いのだろう。
しかし、恥ずかしくて仕方がない祐太に対して、腕の中の静香は超ご機嫌の様子。
「よかったぁ。出してくれて、ありがとう」
チュッ
身体を半回転するようにして軽いキスをすると、クルンと元に戻った。自ら祐太の腕を取って、シートベルトをするかのように、抱きかかえられる形も同じだ。
『しーのことをぜんぜん気持ち良くさせてあげてないのに、なんで「ありがとう」なんだろう?』
疑問過ぎる。女は謎だ。
「オレだけ出しちゃったのを…… ありがとうって言われてもなぁ」
「ううん。いっつも言ってるでしょ? ゆーが気持ち良くなってくれると嬉しいって」
「う~ん。じゃあ、えっとクリスマス辺りは、ちゃんとしーも気持ち良くするから」
ヤツに負けていられない。いや、今は、ヤツとしてないはずだから勝ち負けもないか。
回した手に思わずキュッと力を込めてしまうと、その腕に優しく手を重ねてくる。
「ありがとう。でも無理しないで? 私はわりと平気だから。もちろん、ゆーがしたいときはいつでもいいんだけど今は大変なんでしょ? 受験が終わったら、いっぱいしようね」
「あ、うん、せめて共通テストが終わると、もっと楽になると思うんだけどね」
「いーの、いーの。今は受験が一番。ゆーは、自分のペースでね」
ふっと空気が止まった瞬間、祐太から切り出した。
「で、なんかあるんだろ? 話したいこと」
「ふ~ やっぱりわかっちゃうか~」
「そりゃ、まぁね。一応彼氏だし」
「話したいことって言うか、相談なの」
「何の相談?」
「酒井先生のこと」
その瞬間、腹の下がギュッと締め付けられるようなショックがあった。わかっていても、やっぱり、いざとなれば来るものがある。
幸い態度には出なかったらしい。
「どうしたの?」
知らぬふりで聞くのが精一杯。
「ちょうど、私達の期末が終わった後くらいかな? 12月に東京の病院へ転院なさることが決まったんですって」
第2週になるらしい。
「へぇ~ それは良かったね。転院ってことは、いよいよ怪我も落ち着いてリハビリになったのか~」
ルイさんからの情報は正しいようだ。いったん、東京の病院に移るかもしれないという話は聞いていた。
「でね? まだ歩けないんだけど、少しずつ体を動かせるようになってきたんだって。だから病室でレッスンをしてあげようと言ってくださったのだけど、どうしようかな?」
一瞬、なんと答えて良いのか迷った。しかし、ついこないだ死にかけたケガ人だし、手脚もギプス状態だと言う。
リハビリが始まるかどうかの中でのレッスンだ。妙なことになるわけがない。
『それに、病室なら看護師さんなんかもいるんだろうし』
自分の感情以外に問題はないと思えた。
「答え」を出すまでに1秒も経ってないだろう。
めいっぱい明るく、ノンビリを意識した声を出す。
「お~ 良かったじゃん。病院だとピアノも使えないだろうけど、きっと何とかなるんだろ?」
「そうね。全く立てないから何か工夫されるんじゃないかと思うけど。それに、そもそも、手のギプスも外れてないから、鍵盤も弾けないと思う」
「そっか~ じゃあ、お礼にリハビリの手伝いくらいは頼まれるかもね」
何気なく口にした言葉だ。
しかし静香が全身にビクンと力を入れたのがわかってしまった。
『なにかあるのか?』
時間にすれば、一秒もなかっただろう。しかし、確かに「刹那」のタイミングで何かを感じたのだ。
それがなんなのか答を見つけられないうちに、静香が言葉を出した。
「それでね、もう一つあるんだけど」
ん? これを言おうとして緊張した? いや、さっきの何かに反応した気もするんだけど?
流れが読めない。
知らず知らずのうちに、手に余るほどに大きくて、途轍もなく柔らかで、そのくせ軟式テニスボール以上に弾力のある部分を握りしめてしまっていた。
無意識のうちに、痛くないように力をセーブしている自分がいる。
形として、胸への愛撫のようになっている。
静香はそれを「答え」だと受け止めたのだろう。胸を祐太の手にを預けながら「とりあえず、病院のレッスンは行っても良いかな?」と確認してきた。
「そうだね。時間は短くてもタメになるんだろ? 行ってくれば良いじゃん」
「うん。勉強になるのは確かだと思う。ありがと。毎日じゃないと思うんだけど行ってみるね。ただ、ね? 行く時はゆーのご飯とか作れないかも」
「あ~ そんなのどうってことないって」
なあんだ。自分よりもレッスンを優先すること気にした結果だったのかと、ホッとするような、でも、それはホントなのかよとモヤモヤするような気持ちになる。
「それで、ね? それで…… まだ確定じゃなくてぇ。ゆーの意見を聞いてから決めようと思うんだけどぉ」
「うん。なに?」
言いにくそうにする、こっちが本題なのかと見当がついた。
『……ってことは留学の話か』
もう、この時点で覚悟を決めた。
『どうせ、答えは決めてあるんだ。いまさら、迷うなよ、オレ!』
何をどう控えめに考えても、自分には止めることなんてできないのだから、せめて笑顔で送り出してあげないと。
「あのね? 先生が順調だったら…… あくまでも回復が順調だったらなんだけど」
祐太は『ここで、オレの度量が試されるんだぞ? 笑顔だ、笑顔で『行っておいで』って言わないと』
無意識のうちに、コリコリと先端をイジっていた。
甘やかな声が浴室に響く。
「あぁ!」
欲望を誘うはずの甘い声が、なぜか、ひどく虚ろに聞こえてしまったのを、自分自身で意識できてはいなかった。
ところで
連載開始から、100話以上綴って参りました。
この辺りで、一度、伏線を見直しませんか?
意外と、巨匠が静香を最初にどう見たか
なんてことは忘れられていますよね。