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ただ、君を応援したかった  作者: 新川さとし
秋 10~11月
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第21話 私が嬉しいんだゾ?

 集中している背中を、黙って見つめていたら、不意に肩のリズムが変わった。


 すかさず声を掛ける。


「休憩する?」

  

 数学のノートに赤ペンで修正を入れ終わったタイミングだったらしい。

 

「そうだね~ ちょっと休もうかな」

  

 くわぁ~っと背伸びしているところに、ツツツッと寄っていって、ちょっとだけ肩を揉む。


 ガチガチの肩。私の細い指では、ぜんぜん緩んでくれない。鉄の板を入れてるみたいだ。


 でも、頑張って、少しでも柔らかくしてあげたい。


 グリグリグリ


「お~ 気持ちい~ ありが()~」


 ぱふっと頭をのけ反らせて。膨らみに押しつけるみたいにしてくれるのは嬉しい。


 あ、ブラ、外しておけば良かったかな?


 でも、目を閉じて、うっとりとしてくれてる。


 優しい時間だ。


 両手でゆーの頬を包みながら聞いた。


「紅茶? たまにはコーヒーにする?」

「あ、サンキュ。紅茶を頼める?」

「うん」

「悪いね、いっつも」

「それは言わない約束だよ、おとっつぁん」


 クスクスと笑いながらキッチンに行った。


 ゆーは通常授業を受けた後、夕方までの講習を受けて帰宅する。その後も、予備校に行かない日は1日6時間、朝も登校前に1時間勉強している。


 もはや、いつ見ても勉強してる感じだ。


 最近のゆーが、まさに追い込みモードという感じになったのは、期末が来週に迫っているのと別の話。


 どのみち出るのは共通テストの過去問らしい。わざわざ準備するまでもない。


 どっちかというと、私達みたいな総合型選抜組や推薦組が最後まで勉強をサボらないようにという意味合いが大きいんだよと、担任が言っていた。


 ウワサでは、国立受験者は期末をウケなくても成績が変わらないらしい。とは言え、真面目な子がほとんどのフミ高では、サボる子はいない。


『あ、そーいち君はサボるかも』


 卒業さえできれば成績なんて関係ないと思っているから、宗一郎君は年明けの日本一周の旅に備えて、バイクをイジるか旅費のためにバイトをしているに違いない。


 期末も、おそらく赤点ギリギリのものだけ選んで受けに来るはず。


 担任は、半ば知っていても苦笑いで黙認するのが、大らかなフミ高らしさだ。 


 壁に貼ってあるスケジュールをチラッと目で追う。


『よかった。今のところ順調みたい』


 書き込んだ勉強予定が、着々と横棒で消されてる。


 英数はだいたいOK。生物が遅れ気味らしい。


 勉強予定の表を貼って、スケジュール管理の一覧性を持たせるのは学校がお勧めしている受験テクニックでもある。


『こんなところで律儀なのは、あなたのいーところだよね』

 

 基本、真面目なのだ。


 おかげで、見てるだけの私でも、今の様子がわかって嬉しい。


『私も少しは役立ってるのかな?』


 このところ、身の回りの世話をすることが増えている。家での様子を佳奈にうっかり漏らしてしまった。


「まるで新婚さんじゃん。ごちそーさまw」


 女バスの絶対的な元キャプテンは、心から嬉しそうな笑顔で、静香の背中をどついたのだ。


 セリフの後には、ぜったい草が生えてたよね?


 テヘッ。


『でも、そんなやりとりがあったことは、あなたにナイショ』


 ティーポットとお菓子のお皿を運んだ。


「なんか、(わり)ぃ」

「何言ってんの。私が嬉しいんだゾ?」


 それは本音だ。


『背中を見ているだけで幸せなんだよ? 一緒にいて、お茶を入れてあげて、ご飯を作ってあげて。そしてそして、()()()()()()()()をして、帰ってくる前にお掃除もしておいて。あなたは、疲れた時にこっちを向いてくれて、目が合ったら微笑んでくれるだけで、私は十分に幸せなんだからね』


 平凡だけど、すごく幸せな時間だ。女が家のことをやるのが当たり前だ、なんてゆーは言ったことも無いし、フミ高の子達なら、男子も女子も、そんな風に思ってない。


 でも、こうしてゆーのために生きてる時間がすごく嬉しいのは事実だ。


『毎日、一緒に寝ているもんね』


 ホンのちょっとのキスはしても、たいていは、ただ抱き合って寝るだけ。でも、たったそれだけのことが、とっても私を幸せにしてくれる。


 何気ない、短い会話をする時間も、たまらなくホカホカして嬉しかった。


『あなたったら、いっつもすご~く申し訳なさそうにしてるけど、こうして同じ部屋にいるだけで、幸せな気分になるのをわかってほしいな』


 束の間の会話のちょっとした冗談が嬉しくて仕方なかった。


『これで、もうちょっと求めてくれると、な~んて考えたら欲張りすぎだよね…… って! 違うのよ、私がエッチなんじゃなくて、あなたが気持ち良いと嬉しいだけなんだから!』 

 

 受験で神経をすり減らしている分、性欲が薄くなっているのだろう。最近は、ほとんど求めてくれない。


『だからって、時間と体力を使うアレを私から求めちゃだめだよね』


 疲れさせちゃダメだよねと思って、ときどきは「お口だけ」で発散してもらうこともあった。そんな時、ゆーは「自分ばっかり」と気にするけど、この程度のことでゆーに喜んでもらえるなら、と心から嬉しかった。


 何度も、それは伝えてきたけど、本当にわかってくれているのかは疑問だ。


『そういう優しさも好きだけど、たまに、あなたが思うまま、乱暴に抱いてくれてもいいのにナ。ワガママに、あなたが好きなように気持ち良くなってくれれば、それが嬉しいのに」


 それをわかってほしい部分は確かにある。かと言って、そうまでして「したいのか」と思われるのは恥ずかし過ぎる。


 今のところは、言い出せない。


 ……言い出せないと言えば、もっと切羽詰まったことがあった。


『やっぱり、もう限界。これ以上は延ばせない』


 話さなくちゃいけない時が来てしまった。


 二人のカップにアールグレイを入れながら「今日こそ話そう」と決意した。


 もう、一週間も悩みに悩んで、結局、ゆーと話してから決めようと思ってしまった自分がちょっと情けない。


「はい、どうぞ。あ、カステラはどうかな? ウチにあったのを持ってきたんだ」

「ありがと! でも、いいの? 勝手に持ってきて」

「いーの、いーの。どうせ、お母さんはそのつもりで買ってるんだから」

「じゃ、遠慮無く。おー アールグレイか。良い香りだ。カステラも美味そ」

「うん。食べて、食べて」

「あーうまい。四当五洛に染みる~」

「なに、それ? 五臓六腑じゃなくて?」

「昔の受験生にあった言葉だって。四時間しか寝ないで勉強すると受かるけど、五時間寝ると落ちる、みたいな?」

「ね、ぜんぜん、韻を踏んでないんだけど」

「ま、そうも言うね」

「もう~ なぁに、それぇ」


 クスクスクス


 くだらない会話を好きな人とする、ありふれた幸せ。


「いやあ、カステラって、こんなに美味かったんだ」


 夕食はしっかり食べてくれてるけど、やっぱり勉強していると甘い物が嬉しいよね。最後の一切れを口に放り込んだタイミングで、できる限りさりげなく誘ってみた。


「ね? 後でお風呂、入らない?」

「あ、うん、化学の、こっちが終わったあたりで切れ目にしようと思ったから、そのあたりかなぁ」

「じゃ、用意するね」

「ありがと。じゃ、それまでに、単語くらいはできるかな?」

「あ、ゆーのタイミングで良いからね? キリの良いところを見計らって声を掛けるから」

「おし。じゃあ、そこまでにもういっちょ、頑張りますか」


 早くも切り替えて机に向かうゆー。


『やっぱり無理かも。お風呂でなら言えるかもって思ったのに』


 その時、まるで私の心が見えたみたいに、ちょっとだけ首を傾けたゆーが、イスごと回転して笑顔を見せてくれた。


「ね? たまには、しーの手で洗ってほしいなぁ」


 珍しい。こんな風に甘えてくれるなんて!


「もちろん、いーよぉ。あ、でも手で良いの? ここじゃなくて?」


 ちょっと恥ずかしいけど、最近、またちょっと大きくなった胸に手を置く。


 アウンの呼吸で「オッパイで洗って上げよっか」が成立するのは恋人同士だからだよね。


「いーね。期待しちゃうよ。じゃ、お風呂まで、後ひと頑張りしちゃうね」

「うん、できたら呼ぶね~」


 既に、お湯を張るだけにしてあった。


 バスタオルだけを巻いた姿で、後ろからこっそり。


 ちょうど単語帳に付箋を挟んだところだ。


「おまちどおさま」


 振り向いた顔に驚きと、そして次の瞬間、エッチな顔になってくれたのが嬉しかった。


 とにかく、話さなくちゃ。 

  

   

   





これで通算100話!

UP予約分も入れれば、現在40万字弱です。

既に文庫本2冊を超えた作品となりました。

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