第6話 その2
ちょっとガッカリしてしまったのは事実だったが「次回は静香と組めるじゃん!」と前向きに捉えるのを忘れてない。
しかも、意外に楽しかった。
『へぇ~ みんなから「おメグ」って言われるだけあるな。姐さん肌って言うのか、良く気が付くし、テキパキしてる。そのくせ、さりげなくオレのことを立ててくれてる。みんなが言うとおり、すごく良い子なんだなぁ』
一生懸命、気を遣ってあれこれしてくれる子だ。しかもアルトとは言え音域の広い恵と歌うとハーモニーが響くのも良い。
『それに、案外と警戒心のない子だったんだね』
狭い部屋でふと身体に触れてしまう。慌てて謝っても「気にしすぎ。狭いんだから当たり前だよ」と笑って流してくれる。
一度など、マイクを取ろうと手を伸ばしたところに、ちょうど恵が反対に手を伸ばしたせいで、モロに手が胸元に入ってしまった。
ダイレクトにブラの胸を触ってしまったのである。
事案発生、というやつだ。
「ごめん!」
触れた瞬間手を引っ込めようとした光輝と、手を避けようとした恵の動きがシンクロしてしまったせいだろう。触るなんてものじゃない。ムギュッと握る形になってしまった。光輝の大きな手で半分包まれてしまう、意外に大きな胸。
柔らかい。
いや、そんな感想などは後から思いだしたこと。その瞬間は、さすがにヤバいと顔色を変えて謝る光輝。触れたどころの話ではない。
悲鳴を上げられても、おかしくないのだ。
「ごめん、ごめん、ごめん」
「一緒に歌うんだから、そんなこと意識しすぎないでいいんだよ? 単なる事故じゃん」
謝り続ける光輝に、肩を一度すくめただけで、むしろ「ほら、気にしないで」と言って光輝の腕を抱えるように組んできてくれた。
「光輝に悪気があったんじゃないって知ってるし。私は嫌な気持ちになってないから、大丈夫だから」
光輝に気を遣わせないためだとはいえ、まるでカレカノで来ているかのような密着をして、一緒の写真まで撮ってしまうサービスぶりだ。
「ほら、こうして証拠写真を残しましょ? 私が嫌だって思ってなかった証拠になるから。でも、うっかり誰かに見せたりしたら、光輝のファンの子たちに、私が殺されちゃうからね?」
つまりは誰にも見せないし、後でツベコベ悪い噂を立てるつもりもない。何かあったら、自分は悪くないという証拠に使えと言ってくれているのだ。
遠回しにだが「だから、絶対に後で責めたりしないよ」という約束をしてくれたみたいなものだ。さすが、気働きのできる女の子はすごい。
「チカン」と言われかねないことをしてしまった光輝としては「助かった」と思ったのが正直なところ。
『ヘンな女の子だと、これをネタに付き合ってくれとか言い出しかねないもんな。その点で言うと、おメグは優しすぎだよ』
ただし、一瞬『この子はオレを好きなのか?』と疑ってしまった。悪いクセだ。自分と付き合いたがる女の子があれこれと「策略」を用いようとしてきた経験が悪い方へと考えさせるのだ。
だが、おメグはそんなニオイをつゆもさせない。しかも、一段落して持ちかけてきた話題がすごい。
「なんだったら、せっかくの二人きりなんだもん。普段できない相談も乗るよ? 光輝の好きな女の子の話とか」
目配せで隣の部屋を示している。
静香への気持ちがバレてるらしい。その上での振る舞いなんだと気が付いて、やっぱり芯から優しい子なんだと見直す光輝だった。
おかげで、心を開いて話ができた。思った以上に楽しかったし、《《収穫》》も大きかった。静香のことも含めて、いろいろと情報やらアドバイスやらを受けられたのだから。
『これはマジで良かったよ。最初が恵との組み合わせになったのは、天の采配ってヤツだったかもな』
普通なら静香が他の男と二人っきりになるシチュエーションは避けたいところだ。しかし相手が雷漢なら安パイである。声こそよく響くが、話し下手だし彼女を作ったこともない真面目派だ。静香を口説くとも思えなかった。
これが土曜日のこと。
いつもと違うことと言えば、帰りに駅で新入部員の長谷川さんとすれ違ったくらいだろうか。
もちろん、光輝は笑顔で声を掛けた。静香と恵も楽しげに声を掛けていた。春向きの軽やかなピンクのシャツブラウスに、ふわりとした白のスカート。高校生になったばかりの後輩ちゃんが目いっぱいオシャレしようとしてる姿だ。
雰囲気的にデートだと察する優しい先輩達である。サラッと挨拶だけ交わして、サラッと分かれる。
ヤボは禁物なのだ。
雷漢は、いつものように寡黙。むしろ苦笑いに近い表情だ。それはそれで、雷漢らしいとも言える。
ともかくも、あっちこっちに「春」が来ているのだろう。
『オレにも春が来て良いよね!』
そんな風に、幸先良く思えた翌日の日曜日。
楽しみにしていた。
静香とカップルルームで二時間過ごせる。
おメグの時のような「ラッキースケベ」までは期待しないまでも、それなりに《《何か》》を期待してしまうのが男の子というモノだった。