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《十二話》クリスマスパーティー

 秋の行事も終わり、中間試験、期末試験と怒涛のように押し寄せ、どうにか無事……かどうかはともかく、乗りきった。

 那津は相変わらず、教室ではあたしにべったりで執事をやっているし、クラスの子たちも慣れっこで、いるのが当たり前、になってるけど、改めて考えると、やっぱりおかしな状況よね。

 そして、文化祭が終わってから、立花センセはぱったり、あたしのことを呼ばなくなった。その代わり、薫子さんが頻繁に家庭科準備室を出入りしている姿を見かけるようになった。それならそれで、全然構わないんだけど。なんとなく釈然としないのは、どうしてなんだろう。

 家庭科の授業はなぜか助手として薫子さんがついてる。英語の授業はどうしたの? それはやはり、他の生徒も思っているらしく、たまにひそひそと話している声が聞こえたりする。

 そして、家庭科の授業はそれまではそこそこ楽しかったのに、薫子さんが助手になってからつまらなくなった。気のせいか、立花センセも元気がない。これに関しては、ファンクラブのみなさまがやはり黙っていなくて、たまたま家庭科室の前を通った時、激しく言い合っている声が聞こえて来て、それも何度も言い争っているらしいことを知った。


「これなら、まだあのチョコレート頭が助手をしていた方がよっぽどましじゃない!」


 と本人が預かり知らないところで、あたしのことを引き合いに出してる。いえ、あたし、助手からはずされたことで安心していたんですが。


「あらぁ、あなたたち、わたしに妬いてるの?」


 あー、もうっ! 聞いてらんない。

 立ち聞き状態だったので、急いで教室に戻る。なんと申しますか、おモテになる人は大変でございますわね。

 席に戻ると、那津は那津でクラスの子たちに囲まれていた。だけど、あたしが席に着くと、さーっと浜辺の潮が引くように、いなくなった。いつも思うけど、なんで?

 二学期も終業式を終え、これからは一大イベント? のクリスマス!

 え? 圭季、実家に帰っちゃう……の?

 クリスマスケーキを作って、と思っていたのに。


「チョコ、そんなに泣きそうな顔をするなよ」


 圭季の服の端を持って、思わず涙目で見上げる。


「まだ続きがあるんだけど」


 続き?


「橘製菓は毎年、社員を招いてクリスマスパーティーをしてるんだよ」


 クリスマス……パーティー?


「毎年、雅史さんも誘ってるんだけど、亡くなった奥さんを思い出してつらいから、と断わられ続けてたんだけど、今年はチョコは来てくれるよな?」


 ?

 ??

 頭の中にはクエスチョンマークしか浮かばない。


「チョコは覚えてないかもしれないけど、おれたち一度、そのパーティーで会ってるんだよ」


 ……はいっ? それっていつの話っ!?


「十年以上前の話」


 ………………はいっ?


「覚えてないのも無理ないよな。チョコは三歳だったから」


 三歳? 三歳の記憶なんて、ほとんどありませんよ。

 だけど。

 三歳、クリスマス……。そのふたつのキーワードがなにかを訴えている。頭の片隅でなにかがツンツンと主張している。なんだろう?

 うーん、と頭をひねって思い出そうとしたところに、


「チョコちゃん、クッキーちょうだいっ!」


 と能天気な声がして、思考が途切れた。

 もうっ! と思いつつも、那津にクッキーの入った袋を手渡す。


「今日のはこれだけよっ!」

「えー、チョコちゃんのケチっ!」


 ケチ、じゃないわよっ! お菓子の材料代がどれだけ食費に食い込んでいるのか知っているのかっ!?


「パーティー当日、那津を迎えに来させるから、準備しておいてな」


 といきなり言われてもっ! 服なんてどうすればっ!


「お、お父さんっ!」


 困った時の父頼み? 父の部屋に行くと、すでにグーグーと寝ていた。

 ……お邪魔いたしました。

 あとは……朱里を頼るしかないか。えーっと……朱里さまぁ~!

 ケータイ電話を取り出し(一応、持ってるのよ……。あまり必要性はないんだけどねっ!)、朱里にメールをする。


『父親の会社のクリスマスパーティーに行かなくてはならなくなったんだけど、ドレスとかどうすればいいんだろうっ!?』


 そんなに待たないで、朱里から返事がきた。


『明日、買いに行くの付き合ってあげるから、朝十時に駅で待ち合わせね』

『ありがっと~!』


 ということで、いきなり明日の予定が入ってしまった。ドレス代を父にもらわなくては。


。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *+


「いってきまーす」


 父にドレス代を要求し、圭季には朱里とドレスを買いに行ってくる、と伝えて駅に向かう。駅に着くと、まだ朱里は来ていなかった。しばらく待っていると、朱里がばたばたと走ってやってきた。


「ごめんっ!」


 と言っても、待ち合わせ時間ちょうどである。

 モカ色のダッフルコート、かわいいなぁ。一方のあたしは、ダークグリーン色のモッズ・コート。


「そんなにあわてなくても大丈夫だよー」


 圭季に早く出ろ、とせかされて出てきたから、時間には余裕だったのよね。

 電車に乗り、圭季と最初にデートに行った水族館が入っている複合ビルへ。ここに来るの、あれ以来? ……ほんと、どれだけあたしは引きこもりなんだ。


「こっちこっち!」


 朱里に引っ張られて、ついたお店はパーティードレスをたくさん取り扱っているお店。入口からしてきらびやかで、なんだか場違いな気分になってくる。


「あ、朱里……」


 不安になって、朱里の腕をギュッとつかむ。


「もうっ! お客さんなんでしょ、遠慮しないで入るわよっ!」


 朱里はあたしの腕を引っ張り、中へと入った。うぅ、ひとりだったら絶対に入れない、こんなお店。

 店頭にはかわいいのからセクシーなドレスまで、さまざまな種類のものが飾られている。

 だけどどれも高校生の自分には似合わない気がしてきた。

 朱里は中に入り、いろいろ見ている。朱里は大人っぽい服を着てるからいいけど、あたしなんてもろ高校生です! という恰好だからなぁ。もうちょっと考えて服を着てくればよかった。


「チョコも見てよ。そうしないとアタシの好みの服にするぞ!」


 いやああ、朱里さま、それだけはご勘弁をっ! 朱里が着たら似合うだろうけど、あたしが着たらいかにも借りてきましたっ! というようなドレスになるのは目に見えている。

 『パーティードレス』という札の下にあるドレスたちを見ることにした。

 肩から背中まで丸出しのセクシーなのだとか、どうみても細い人じゃないと着られないようなドレスばかりで、それだけでげんなり。

 そんな中で、これいいかも、と思った一枚を見つけた。


「それなんか上品でいいんじゃないの? すそのギザギザカットがかわいいじゃん」


 幅広のショルダーに胸元のレースと刺繍とパール。ハイウエストで後ろのリボンがかわいい。そして光沢のあるサテン風のストライプの生地がきれいな、ドレープがきいたヴィクトリアンドレス。

 店員さんが奥からやってきて、試着しますか? と聞いてくれたのでそうしてみることに。

 色はシャンパンゴールド。


「おおお、髪の色にもあってていいじゃん」


 試着して、朱里に見せるといいと言ってくれた。鏡に全身を映してみると、気持ち、細く見えるし、このスカートのギザギザカットのすそが脚のラインをすっきりと見せてくれて、なかなかよい。だけど……二の腕のぷにぷにが気になる。


「それでしたらこのあたりのボレロなんてどうでしょう?」


 そう言って出してくれたのは、二段に重ねたフリルの袖のオフベージュのボレロ。羽織ってみると、二の腕をカバーしてくれるし、なによりもこのドレスに合う。花がたくさんついたかわいいシャンパンゴールドのバッグもコーディネートしてくれて、なかなかいいじゃないですか。

 値札を見て、とりあえず予算内だったので購入決定。思ったより早く決まって、よかったー。


「いいなー。アタシもパーティーに行きたいわ。そしてそこで……白馬の王子さまに出逢うのよ」


 ……そっちかいっ!

 あ、靴を買ってないことに気がついた。ドレスに合うような靴を出してもらい、試着してからそれもお願いした。

 かなりの荷物になったけど、満足。

 少しぶらぶらして、お昼を食べてからふたりで最寄り駅に帰ってきた。


「朱里、ありがとうね。助かった」

「いえいえ。どういたしまして。髪とメイクはきちんと美容院でしてもらうんだよ」


 と言われ、そんなことまで頭が回っていなかったので、指摘してくれて助かった。

 朱里の行きつけの美容室に連れて行かれ、予約を取ってくれた。最近はだいぶ平気になったとはいえ、まだ怖くて美容院に行けてなくて、髪の毛も伸び放題の状態になっていて、かなり伸びてきている。


「まあ、きれいな髪の色ね。これくらいの長さがあれば、いろいろできるわね」


 日時を確認して、美容院の外であたしは朱里と別れた。

 そういえば、美容院に行くとやたらと髪の色をほめられるんだよね。なんだか不思議。

 家に帰ると、だれもいなかった。

 那津は年末だから、と家に帰っているし、圭季は仕事、父ももちろん仕事。暇しているのはあたしだけか。

 先ほど買ったドレスを出してクローゼットにつるしておいた。かわいいドレスが見つかって、よかったよ。

 仕方がないので冬休みの宿題をする。めんどくさーい。つまんなーい。


 そうして、圭季はクリスマスの数日前に実家に帰って行った。



「お父さん、会社のパーティーには行かないの?」

「ボクは行かないよ。仕事もあるし。それに……」


 と父は少し困ったような、泣きそうな表情であたしを見て、


「母さんのことを思い出すから、ボクは行かないよ」


 父は思ったより感傷的な人だったらしい。


「チョコが三歳の時のクリスマスパーティーの帰りに母さんが倒れたからね」


 父に言われ、ある場面を思い出す。


。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *+


『お母さん、こんなところで寝ないでよ』


 手を繋いで歩いていたはずの母が急にその場に崩れ落ち、横たわったのでそう言って起こそうとした。父はまだあいさつ回りが残っている、といって会場に残っていた。あたしと母は先に帰ろうとした矢先の出来事だった。

 パーティーもまだ中盤ぐらいだったのだろう、帰る人もいなくて、どうすればいいのか分からなくて母をゆすって起こそうとするくらいしかできなかった。

 それからどれくらい経ったのか覚えていない。ホテルの従業員が倒れた母に気がついてくれて、救急車を呼んでくれた。

 搬送先の病院で、母は亡くなった……らしい。死因がなにだったのか、知らない。

 母が倒れるまで、とても幸せな気分だったはずなのに。

 三歳だったあたしはどうすればいいのか分からず、母の横に座って泣くことしかできなかった。あの時、泣いていないでだれかを呼んでいれば、結果は違っていたのかもしれない。母のチョコレート色の髪の毛だけが、記憶の中に色鮮やかに残っている。



「ボクがあの時、あいさつなんてしないで一緒に帰っていれば……と何度も悔やまれて仕方がないよ」

「だって、お父さん……」


 お父さんが悪いわけではないよ。と言いたいのに、言葉にできない。

 父が悪いわけではない。だけど、そう言ったからといって、父が救われるとも限らない。結末が変わったかもしれない──そう思うと、余計に。


「チョコが圭季くんと結婚したら、ボクもクリスマスパーティーには出るよ。そうすることで、母さんへの弔いになるような気もするから」


 なっ、なんてことを言うの、お父さまっ!?


「チョコは圭季くんのこと、大好きだったのに、忘れてるんだもんなぁ」


 ……はい?


「覚えてないのも無理はないよなぁ、三歳だもん」


 しみじみと遠い目でおっしゃいますが、どういうこと?


「おーっと、会社に行かなきゃ」


 仕事に行く前にちょっとした雑談を、と思って振った話が意外な方向に進んでしまい、戸惑ってしまった。


「じゃあ、戸締りはしっかりね。今日も遅くなるから」


 父はそう言い残して会社へ行った。

 もう、子どもじゃないんだからっ!

 クリスマスパーティーは明日、かぁ。圭季、あのドレス、喜んでくれるかなぁ。


。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *+


 そして、待ちに待ったクリスマスパーティーの日。

 朱里と一緒に買ったドレスを着て、美容院へ。

「まあ、素敵!」

 とドレスをほめられた。

「髪の毛もやりごたえがあるわぁ」

 と言われ、久しぶりに他人に頭を触られるドキドキを感じつつ、お願いした。身を固くして覚悟をしていたけど、身構え過ぎていたのもあるからか、なんともなく、するするとセットされ、お化粧もしてもらえた。

「あらぁ、いいじゃない」

 と全身が映る鏡の前に立って、驚いた。

 こ、これが……本当にあたし? なんだかあやしい広告に乗っている使用前・使用後のような状況で、一番驚いているのはきっとあたし。

 シャンパンゴールドのドレスに錆色のきれいにセットされた髪、それにお化粧を施されたあたしは……別人みたい。

「はい、気をつけて行ってらっしゃい!」

 お支払いを済ませ、美容室を出て、家に帰る途中、なぜか見知らぬ男の人、何人かに声をかけられた。な、なんなのよっ!?

 マンションに戻ると、エントランスに那津が立っていたから目の前に行っても、にっこり微笑まれるだけだった。

 ……もしかして、気がついてない?

「那津?」

 声をかけると那津は首をかしげ、あたしの顔をじーっと見つめる。

 最近は見慣れていたのもあったけど、久しぶりにそんなに見つめられ、こっちが恥ずかしくなる。

「ち、千代子……さま?」

「そうだよ」

 本気で分かってなかったの?

「馬子にも衣装……とはよく言ったもので」

 なんて言うから、バッグで後ろ頭をはたいておいた。

 だけど、那津の執事服姿を久しぶりに見た。最近は制服か私服しか見てなかったからなぁ。改めて見ると、那津の執事服姿、ものすごくさまになっていてかっこいいんだよね。梨奈が惚れるのも分かるわ。

「それでは、改めて。千代子さま、お迎えにあがりました」

 そう言われ、手をさしだされたのでかなり躊躇しつつ、その手を取る。にっこりと微笑まれ、那津がエスコートしてくれる。何もかもが久しぶりすぎて、ドキドキする。


 那津と最初に会ったときに乗ったリムジンが止まっていて、中に入ると、

「梨奈!」

 リムジンの中の梨奈は、あたしを見て、首をかしげている。そうしてしばらく悩んで、

「……チョコちゃんっ!?」

 そうだよ、あたしだよ。なんでみんな、分からないの? そんなに違う?

「……馬子にも衣装」

 ぐはっ! 那津と同じセリフを言うなっ!

 梨奈はかわいらしいピンクのシフォンドレスを着ている。ふわふわの黒い髪をきれいに垂らし、きらきらと光る髪留めで横の髪を結んで、いつも以上にお嬢さまみたい。

「梨奈もパーティーに出るの?」

「うん。母が橘製菓の役員やってるから」

 ……はいっ?

「圭季さんのお父さんと義父は仕事上のパートナーで、それでうちの母と知り合ったらしいのよ」

 はぁ。それで……那津は圭季にひっついてる、というわけなの?世間は広いようで、狭い。

 そんな話をしていたら、あっという間に会場についたらしい。

 那津がドアを開け、あたしと梨奈に降りるように促す。車を降りると、圭季が待っていた。けど、やっぱり。あたしのこと、気がついてくれない。

「あれ? チョコは?」

 と言って、あたしのことをじーっと見つめる。

「そのチョコレート色の髪の毛。まさかと思うけど」

「そのまさか、で悪かったわねっ」

 と言った圭季も、タキシードを着て、髪の毛をオールバック風にしていて、かっこいいんですけどっ! お互い、顔を見合わせ、どちらからともなく顔をそむける。たぶん、ふたりして顔が真っ赤だ。なんだか気恥しくて、顔をまともに見ることができない。

 スッと手をさしだされ、手を繋がれた。ふと顔を見上げると、圭季の顔もまだ少し赤かったけど、いつものふんわりとやさしい笑顔を向けられた。

「行こうか」

 会場につくと、中央に大きなもみの木が立てられていて、そこに橘製菓のお菓子がたくさんぶら下げられていた。そのもみの木を囲むように大きな丸テーブルが並べられている。周りには椅子が置かれていて、社員さんだと思われる人たちが座って思い思いに楽しそうに話をしている。子どもの歓声があちこちから聞こえてくる。わー、なんだかクリスマス、という感じでいい。

「チョコは思い出さない?」

 圭季に言われ、首をかしげる。

「おれと一緒に会場内を走り回ったのに、覚えてないのか……」

 全然。

 だけど、父と話をして、少しだけ思い出したことがある。

 あたしが三歳の時のクリスマスパーティーの帰りに、母は倒れた。そしてそのまま、帰らぬ人になってしまった。

 だからあたし、その時の記憶が悲しくて、忘れていたみたいだ。

「もう少しで始まるみたいだから」

 そう言って、なぜか圭季は一番前に行き、一番端の関係者席にあたしを座らせ、その隣に圭季は座る。

 ……ここって?

 口を開こうとしたら、会場が急に薄暗くなった。

『今年もやってまいりました、橘製菓クリスマスパーティーのお時間となりました』

 今年で何回目、だとか司会が説明しているけど、あたしの耳にはさっぱり入ってこない。そういう話はもういいから、早くご飯にしようよー。

『それでは、社長よりあいさつを』

 社長、ということは、圭季のお父さま? そういえばまだ、挨拶してないよね。

 同じテーブルの斜め前の人が立ちあがった。席に着くなり、薄暗くなったから顔がよく見えないけど、ここってもしかして……?

 前に立ち、挨拶をしている人を見ると、圭季に似ているところがあるような、ないような。

 と、急に横に座っていた圭季が立ちあがった。な、なにっ!?

「チョコ」

 横に立たれ、手をさしだされたので素直に手を取ると、立つようにぐい、と手を引っ張られた。

 え? え? なに??

 圭季に引っ張られるようにして、社長の横に連れ出されたあたし。

『息子の圭季の婚約者である、橘製菓の部長の都雅史くんのひとり娘の千代子さんを紹介します』

 はいっ? き、聞いてないよっ!

 いきなりのことで、頭の中が真っ白。社長がなにを言っているのか、なんて聞こえていない。よろしくお願いします、と頭を下げるのがやっと、だった。

 ようやく席に戻ることができ、しばらく放心状態。

 乾杯をしてもあまりのことに呆然と椅子に座っていた。

 会場内の照明は元に戻り、わいわいと周りのざわめきがようやく聞こえてきた。

「チョコ、いきなりでごめんな。驚いたよな」

 全然驚いてないような表情の圭季を見て、口をへの字にしてにらむ。

「知ってたのなら前もって教えておいてよ!」

「おれも知らなくて、いきなり話を振られて口から心臓が出るかと思った」

 全然そんな風に見えなかったよ? むしろ、堂々としていた。

「チョコちゃん、お久しぶりね」

 圭季に抗議をしていたら、いきなりそう声をかけられた。ふと見ると、黒い髪を美しく結い上げ、友禅染の美しい着物を着た美女が立っていた。

「母さん」

 ……圭季のおかーさまっ!? あたしは驚き、椅子から立ち上がった。

「こっ、この度はお招きいただき……」

 カチカチに固まって挨拶をしようとしたあたしをくすっ、と笑い、

「そんなにかしこまらないで。十四年ぶり、かしら?」

 すみません、おかーさま。覚えておりませぬっ!

「パーティーから帰る途中にお母さまがお倒れになったのよね……」

 そうしんみりと言われ、泣きそうになる。

「チョコちゃん、わたくしのことを本当の母と思って、頼ってくれていいからね」

 ……はい?

「あの頃から愛らしいと思っていたけど、こんなに可愛く育ってくれて、わたくし、うれしいわ」

 大きな瞳をにっこりと細め、微笑んでいる。ああ、この笑い方、圭季と同じだ。圭季は母親似なんだ。

 あたしは髪の色以外はどちらかというと父寄りなのよね。母に似たら美人だったのに、と父を何度、恨んだことやら。かわいい、なんて初めて言われたかも。

「チョコレートのようなその髪の色も、お母さまそっくりね。素敵だわ」

 お母さま、ほめすぎですっ!

「ああ、まだここにいたのか」

 先ほど、社長挨拶の時にいたおじさん……もとい、圭季のお父さまがやってきた。あたしはお辞儀をして、口を開こうとしたら、

「いきなり話を振って、申し訳なかったねぇ。だけどなかなか堂々としていて、感心したよ」

 いえ……堂々としていたのではなく、どうすればいいのか分からなくておろおろしていただけですっ!

 そうして、お父さまとお母さまはなんだか勝手に話をまとめ、嵐のように去って行った。

 え? 今さっき、お正月は年越しで泊まりにいらっしゃい、と言われたような気が。

「け、圭季?」

「泊まりに来いってさ」

 まじですかっ!? そうしたら、父ひとりじゃないのっ!

「雅史さんも泊まりにくればいい」

 あっさり言うけどっ!

 ということは。あたしが結婚したら、父はひとりになってしまうのか。いや、まだ結婚だとか先の話だけどっ!

 どうしよう。

 なんだか自分の知らないところでどんどん話がすすんでいるような気がする。このままでいいんだろうか?

 ふと自分の座っていた席を見ると、いつの間にかたくさんの料理が置かれている。考えるより先にご飯よ! 食べないともったいないっ。

 席に座ろうとしたら、だれかが横に立ち、椅子を引いてくれた。

「ありがとうご……。那津?」

「どうぞ、千代子さま。お座りくださいませ」

 執事スマイル(とあたしが勝手に命名した)で那津は立って椅子を持っているので、腰を下ろした。那津は圭季の横に移動して、同じように座るように促していた。その様子がものすごくさまになっていて、思わずぽかん、と見惚れてしまった。

 そういえば、圭季と那津、じゃれてるのしか見たことない。正装して、こういうことをしているのを見たら、少女マンガじゃないけど、なんだか後ろにバラが見えたよ。いいものが見られた。顔がにやけるのは気のせいです。

 那津が顔を寄せて来て、

「千代子さま、前菜はこちらでございます。フォークとナイフは外側からお使いください」

 ……うっさいっ。それくらい、分かってる!

 とそこで、先日、家庭科でいきなり、パーティーでの食事のマナーなるものが授業されたことを思い出した。

『期末試験も終わったし、冬休み中はパーティーや正月と外で食事をすることが多くなると思う。そこで、高校三年生になって食事のマナーを知らない、は恥ずかしいと思うので、簡単にだが授業しようと思う』

 と言いながらプリントを配っていた立花センセを思い出した。その時は『パーティーなんて雲の上の世界の話じゃん』と思っていたけど、それでもそれなりに真面目に聞いておいて、よかった。珍しく立花センセには感謝、だわ。

 ちらり、と圭季を見ると、優雅に料理を口に運んで食べている。おお、すごいかっこいい。

 一方、あたしといえば。箸が基本なので、ナイフとフォークの使い方はいまいち、である。うぅ、これは恥ずかしい。あたしが恥ずかしい、というより、圭季に申し訳が立たない。要練習、だわ。

 ちらちらと圭季を盗み見しつつ、どうにかナイフとフォークを使い、食事は終了。セ、セレブへの道は遠くて険しいわ。


 食事の終了を見計らって、子どもたち向けのゲームが始まったみたい。

 舞台近くに子どもたちを集めて、じゃんけんなどの簡単なことをやっている。

 決勝に男の子と女の子のふたりが残っていて、最後はふたりがじゃんけんをして、勝った人が景品をもらえる、ということをやっている。

 何度かあいこになり、最後には男の子が勝っていた。

 負けた女の子は悔しいらしく、大きな声をあげて泣き始めてしまった。

 男の子は周りにおめでとう、と拍手をもらって景品をもらっていたけど、すぐにその中身を開けて、ごそごそと取りだして女の子にあげていた。

 サンタクロースのぬいぐるみをもらった女の子は、ぴたり、と泣き止み、受け取って男の子に満面の笑みを向けていた。あの子、やさしいなぁ。

 にこにこしながらそのやり取りを見ていたあたしの横に急に圭季がやってきて、


「チョコも昔、じゃんけんに負けて悔しくて大泣きしてたの覚えてる?」


 覚えているわけないじゃない。


「おれ、じゃんけん弱くて、最初の頃で負けてたから、あの悔しい気持ちはよく分かったけどどうすることもできなくて困ったよ」


 最後まで勝ち残って景品をゲットした、という話ではないのか。それだとなんだか作り話みたいだもんね。


「あたし、もうそんな子どもじゃありませんっ!」


 ムッとして見上げると、赤墨色の瞳にいたずらっぽい光を宿し、


「じゃあ、おれとじゃんけんして勝ったら、あとでいいものあげる」

「いいものってなに?」

「それは勝ってからのお楽しみ」


 じゃあ、頑張って勝つ!


「三回先に勝った方が勝ちで」


 よし、がんばるぞ!


「じゃんけんっ!」


 ぐわっ。だれだ、じゃんけん弱い、と言ったのはっ!?

 次も圭季の勝ち。

 えー。あたし、じゃんけんこんなに弱かった?


「チョコ、次は勝ってくれよ」

「じゃんけん弱いと言ったの、だれよっ」

「おれ」


 余裕の笑みでそんなこと言うから、とりあえず横腹をどついておいた。


「うわっ、ちょっとそれ反則。痛いっ」

「圭季が手加減してくれないからでしょっ」


 圭季はわざとらしく脇腹を押さえていたた、と言っている。そんなに強くはしてないから、痛くない……はず。だけど、いつまでも痛い、と言っているのが不安になり、


「ごめんなさい……。大丈夫?」


 下を向いて、痛がっている圭季を覗き込むように下から見上げたら、にやり、と笑われた。


「なーんてね、冗談。びっくりした?」


 もうっ! びっくりした。冗談でもやめてほしい。

 いきなり倒れた母を思い出し、じわり、と涙があふれて来てしまった。


「あ……ほんと、ごめんっ」


 圭季はあせって大きな手であたしの頬を包み、涙をぬぐってくれた。


「チョコの勝ち」


 そう言って、ぽんぽん、とやさしく髪をなでてくれる。完全にあたし、子どもじゃない。


「公衆の面前で見せつけてくれるじゃない」


 いきなり、聞き覚えのある声がして、びくり、とそちらに目を向けた。そこには……なぜか薫子さんが。


「圭季、約束が違うんじゃないの?」


 今日の薫子さんは、胸元に大きなリボンがついている、ひざ上丈のバルーンスカートの黒のドレスを着ている。なんだかいつもと雰囲気が違って、ドキドキする。かわいい系を狙いました、といった感じ。


「約束もなにも、そんなものをした覚えはない」


 圭季の予想以上の冷たい声に、聞いているこちらがどきり、とする。


「そう。あなたがその気なら……」


 薫子さんはすーっと瞳を細め、圭季を見つめる。


「こちらにも考えがありますから」

「会社がらみでなにかしようと思っているのなら、その考えを改めた方がいい」

「あら。そんなものに頼らなくても、わたしはあなたの弱みを握っているもの。ね、先生」


 薫子さんはボルドーレッドの唇をつり上げ、あたしを睨みつけたまま圭季の肩に手を乗せ、耳元になにか囁いた。


「じゃあね」


 薫子さんは楽しそうに手を振り、あたしたちの目の前から去って行った。

 なにがしたかったの?

 せっかく、さっきまですごく楽しかったのに、思いっきり水をさされた気分。


「圭季?」


 いつまでもかたまったまま動かない圭季が心配になり、声をかける。


「あぁ……」


 覇気のない返事に心配になる。


「なにか言われたの?」

「大したことじゃない。チョコは心配しなくていいから」


 そういって無理やり微笑まれても……。ずきり、と胸の奥が疼く。

 きっと、圭季なりにあたしに心配をかけさせないように、と思って話してくれないんだろうけど。なんだか隠し事をされたような気になり、苦しくなる。

 薫子さんになんて言われたの?隠さないで教えてよ。そう素直に言えたらよかったのに。聞きたくても、そう言えない。聞いたら、圭季に嫌われるんじゃないか、と思うと……。

 楽しいクリスマスパーティーは、重苦しい気持ちのまま、気がついたら終わっていた。


【つづく】


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