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ダンジョンランナー!〜前人未到の頂上目指して走る少年〜

作者: かず27

 「よっしゃぁぁぁ!この先を抜ければ997階突破だぁー!!!後2階でダンジョン制覇!ついに来たぞぉぉぉ!」


 歓喜の叫びを上げながら、俺は階層主のいる部屋を走り抜ける。


 「よくぞここまで⋯ちょっ、おい、待て!まだ名乗りの途中⋯(マタ)の間を走るなァ!」


 「バイチャー!!!待ってたら俺、倒されるじゃん!名乗りはまた今度!」

 

 そこらのビルよりもデカい階層主の股の間を走る。⋯⋯というか、なんだよ!あの(ヤリ)!あの(キバ)!目なんか六個くらいあったぞ!あんなの相手にできるかっての!


 「クォゥラァ!暗黙の了解というものがあるであろうガァ!」


 かなり後ろの方から声が聞こえてくる。さすがの巨体だ。声もかなりデカい。


 「そんな大声出せないから聞こえないと思うけど⋯ごめんねーー!暗黙の了解なんて気にしてたらダンジョン制覇なんて出来ないよ!」


 地球にダンジョンの入り口が複数箇所現れてから数百年。未だ、ダンジョンを制覇できた者はいない。どこからともなく現れたこのダンジョン。教科書によると、その当時の人々には突然、声が聞こえたらしい。


『頂上までこれたら何でも望みを一つ叶えてあげる。途中で倒れても入り口まで戻してあげるから安心して挑戦しに来てね』

 先人達は神様か悪魔の暇つぶしだと考えたらしい。


 もちろん鵜呑(うの)みには出来ないから希望者を募ってダンジョンの調査に乗り出た。すると、怪我をしようが体を吹き飛ばされようが入り口に戻されるだけで、声の主が言ってた事は事実だと確認できた。そのうえ、ダンジョン内で魔物を倒したり、時々出現するアイテムボックスを見つけると、魔法が使えるようになるアイテムが手に入る事が判明した。


 そうなると我先にとダンジョンに挑戦する人が増え、それまで様子見を決めていた大企業なんかもダンジョン攻略用の製品の製造を始めたらしい。


 結果、盾や剣を始めとした装備や、魔法を利用した魔道具、魔力を解析して作られた回復薬なんかも今じゃコンビニで買えるようになった。


 まぁそれほどに地球全体で力を入れているわけだけど、それでも頂上まで辿り着けた者はいない。

 最高到達記録が869階だったっかな。それ以上先は人類には未到の場所だった。⋯つい数日前までは。


 その記録を破ったのが他でもない⋯俺だ!


 物心ついた時、いや、もっと前かも知れない。とにかく、気づいた時には俺はダンジョン制覇を夢見ていた。

 なんせ、絵本やアニメでダンジョンの話が出てくるたびに赤ちゃんの俺が『バァブゥーーーー!バウワウゥ!バババ、バブー!』と叫んでいた、と親が笑い話でよく言ってるからな。


 もちろん初めて話した言葉も『ダンドン!ダンドンちぇいひゃぁ!』だったみたいなんだけど、まぁその話はいいか。

 

 ダンジョン制覇を夢見た俺には、その過程よりも結果だけが重要だった。

 要は、ダンジョンの頂上まで辿り着ければそれでいいのだ。


 先人達は皆、魔物達と闘うために己を磨いてきた。

 強い魔物に勝ち、さらなる上の階層へ辿り着ける事にこだわってきたとも言えるだろう。

 ⋯普通はそうなのかも知れないけど。


 魔物と闘う気はない、でも頂上には行きたい。そんな俺が無い知恵を絞って考えついたのが、全ての魔物を無視して、ただただ頂上まで走り抜ける、だった。

 

 そのために俺は走った。毎日、朝から晩まで走った。授業中も走った。『授業の邪魔になるから静かにしてくれない?』と学級委員長や先生から怒られても謝罪をしながら走った。その結果、教室の後ろに俺専用のランニングマシーンが設置され、その上を出来るだけ音を立てないように静かに走った。だからノートの文字がガタガタで、いつもテストの結果は散々だった。


 とにかく、俺は足の速さと体力をつける事、そして休日にダンジョンに通ってアイテムボックスから獲得した、身体強化の魔法を極める事にのみ専念してきた。


 愛飲の回復ドリンク、『マリョクモ!カラダモ!ヨクナールZ!』には感謝しかない。


 そして17歳になった俺は夏休みを利用してダンジョン制覇に乗り出した。

 途中、階ごとに用意されている休憩所−通称、セーフティールームで仮眠を取り、ダンジョン主が用意したであろうフードボックスに入った食事で腹を満たし、何とか11日目の今日、998階まで辿り着いた。


 「ふぅ〜、さすがにこの階までくると階層主の口上(こうじょう)も長くなってきたなぁ」


 800階の後半くらいまでは、階層主が『あ』と言う時間も与える事なく逃げ切ってきた。

 恐らく侵入者に気づいて振り返った時には俺の姿はなかったと思う。


 「500階くらいまでは気づいてたかも怪しいもんなー。⋯何階だったか忘れたけど、女性型の階層主が『イヤーン、スカートがめくれちゃったぁ』なんて言うから思わず超高速ターンで引き返して三周ほど回った事もあったな」


 全速力で走っても一瞬で止まる事が出来るほどストップとターンの練習はしてある。そのおかげで、あそこで少し時間を費やしてしまったけど後悔はない。三周目で『この風はなぁにぃ〜もぉぅ嫌になっちゃうー!』と言う言葉が聞こえて、流石に申し訳ないなと初めて足より上を視界に入れたら、かなりのゴリマッチョだったのは忘れたい。このダンジョンに入って唯一ダメージを負った瞬間だ⋯やっぱり後悔しているかも知れない。


 「おっ、セーフティールームか!どうしようかな〜ちょっとお腹は空いてきたけど⋯まだ走れるしなー」


 ここまでの事を思い出しながら、湧いて出てくる魔物をすり抜けて走っていると998階のセーフティールームが見えてきた。というか、もう入り口に着いてしまった。


 「んー、今回はいいや!次の階で食べるか!」

 

 どうせすぐに辿り着くだろうし、999階の階層主のいる部屋に行く前には休憩をした方がいいだろうしな。1000階⋯頂上に辿りつけばそこがゴールなのか、そこにも階層主がいるのかは分からない。最悪なのはそこの階層主を倒さなければいけない場合だけど⋯声の主は『頂上まで辿り着ければ』って言ってたみたいだから多分大丈夫だろう。


 「あ〜さすがに広いなー、、だけど星空を走るのは気持ちいい」


 997階までは洞窟とか森っぽいところ、それにマグマ地帯や海底トンネルみたいなところとかだったんだけど、998階に来てからは星空の中を走っている。見上げれば星空、じゃない。小さく光る星達が周りを漂う中を走り続けている。


 「宇宙に行ってもこんな体験できないもんな〜触れないのが残念だけど」

 星達は猛スピードで走る俺の体をすり抜けていく。まるで自分が光になった気分だ。


 「おっ、やっと階層主のいる部屋だな⋯よーし、気合いを入れて、ギアチェンジ!トリプルブースト(三段強化)!」


 900階を超えてからは階層主のいる部屋を通る時だけ、身体強化を重ね掛けするようにした。じゃないと捕まる恐れがあるからだ。


 「いくぞー!よぉーーーーーい、、ドンッ!!!!」

 一足目の踏み込みで、遠く(おぼろ)げながらに見えていた階層主のいる部屋の前まで辿り着いた。


 ⋯そういえば、階層主のいる部屋といってもバカみたいに広い空間があるだけで扉なんかが付いているわけじゃない。世間では『主の間(ぬしのま)』なんて呼ばれ方をしているけど、なんだか格好良すぎて、立ち止まらずに通り抜けるのが申し訳なく感じるから階層主の部屋と呼ぶようにしてある。


 「うわぉ⋯これは厄介なタイプだな」

  超巨大なところを除けば、顔は少し目がキツめの美人でスタイルもいい女性だ。問題は下半身。999階に繋がる階段への道を閉ざす壁のように、大きな尻尾が巻いて横に伸びてある。


 「蛇女って感じかな⋯おっと!危ない危ない!」

 止まると急な攻撃に対処できないから走りまいながら突破方法を考えていると、大きな舌が伸びてきた。こんな美人になら食べられても悪くないけど、あいにく今は頂上に行かなければならない。

 

 「ごめん、お姉さん!そこを通してくれたら助かるんだけど!」


 「ふふっ、通りたければ私を倒してみなさい?走り回っているだけじゃ退屈よ」 


 顔によく似合う色っぽい声だ⋯あ〜どうやって逃げようかな。

 

 「御自慢の、その足が速いのは分かったから早く他も見せてくれないかしら?」


 「お姉さんこそ、その綺麗な尻尾を動かしたらどうかな?舌が長いのは分かったからさぁ」


 挑発にのってくれないかな〜。無理だろうなー。


 「女は傷つけられないの?私はそんなに弱くはないわよ?」

 

 ん〜お喋りも飽きてきたなぁ。早く行きたいし⋯仕方ない、ちょっとリスクはあるけどやるしかないか。


 「⋯よっと!おっとっとっ⋯ぎゃぁぁぁ来たぁぁぁ!!!」


 秘技、伸びてきた舌の上に飛び乗って猛ダッシュ!を実行したところ案の定(あんのじょう)、舌を巻き込みながら飲み込もうとしてきた。今の気分はサーファー、それも台風級の波に飲みこまれるかギリギリの所を滑るあの感じだ。⋯⋯サーフィンと違うのは波に向かって走ってるんだけど。


 「ダーイー⋯⋯⋯ジャーンプ!」


 舌が巻き終わる寸前で右腕に飛び移る事に成功した。後は、肩目掛けて走るだけ⋯


 「あら、器用な子ね?振り落としてあげる」


 と見せかけて⋯お姉さんが腕を振る勢いを利用してもう一回、大ジャーンプ!


 「いぇーい着地成功!楽しかったよ!ありがとう、お姉さん!まったねー!!!」


 何とか尻尾の上に辿り着いた俺は、勢いそのままに階段を駆け上がる。一段でも階段を踏めば階層主は入って来れなくなるらしいんだけど、怖いから止まらない。どんな美人相手でも食べられるのとか嫌だもんね。さっきはちょっとハードボイルドを気取ってみた。


 「なかなか面白かったわよ〜また遊びにおいでねぇ〜次はパクンと食べたげるっ」

 後ろの方から声が聞こえる。だから、お姉さんが相手でも食べられるのはごめんだってば!


 「勘弁してくださーい!」


 さて、ようやく999階!ここを越えれば頂上だぁぁぁ!⋯まずはセーフティールームを見つけないとだな!


 「うぉっ、さすがにゴール直前は魔物も強そうだなー」


 あちらこちらから次々と襲いかかってくる魔物達。

 どれもこれも見るからに強そうだ。⋯まぁ走り抜けるだけだから問題ないけど。


 「おっ、あったあった、セーフティールーム!ガチャっとな!」


 階層主のいる部屋とは違って、セーフティールームには扉がついている。


 「ふぅ〜何回見ても、この光景は面白いな」

 セーフティールームの壁は透明な障壁のようなもので出来ていて、中から魔物達が見える。

 もちろん外からも丸見えで、入ってこれないのに魔物達はセーフティールームの前に群がり始める。


 「まるでゾンビ映画だな。もしくは動物園の動物になったみたいだ」

 魔物達は担当の階に一時間の間、人がいないと、どこかに消えていく。真っ当な攻略者はともかく俺みたいに闘えない場合は、最低でも一時間はここで過ごす事になる。


 「ちょっと仮眠もとるつもりだから丁度いいけど。さぁ、この階のご飯は何かなー!」

 ダンジョンを作ったであろう声の主が気を利かせてくれたんだと思うけど、用意されているご飯は階層ごとに違う。これが楽しみすぎて全階のセーフティールームに寄りたくなったんだけど、残念ながら夏休みが終わってしまいそうだから諦めた。


 「やたら横に長いな⋯初めてのタイプのボックスだ!さぁ何が入ってるのかなー!ボックスオープン!⋯うぉぉ!天ぷらに寿司にステーキに⋯1人バイキングな感じか!」 

 他にもラーメンやうどん、唐揚げにハンバーグ、色んな種類のジュースにデザートのケーキまである。


 「声の主が何者なのかはさておき、絶対悪い奴じゃないな⋯なんなんだこの霜降り肉は⋯あぁ⋯口の中がパラダイスだ」

 涙が出そうなほど美味い⋯涙が出るは言い過ぎたか。でも、こんな肉は食べた事がない。寿司も、アツアツでサクサクな天ぷらも、ダンジョンの外の世界では食べた事がない美味しさだった。


 「あ〜まんぷく満腹!⋯残ったの持って帰りたいなぁ」

 親にも食べさせてあげたい。頂上で声の主に会ったらお願いしてみようかな。


 「よし、ご飯も食べたし、体を綺麗にして寝るかぁー」

 残念ながら、流石に風呂やシャワーまではついていない。その代わりに、押せば体や服の汚れがとれる謎のボタンがある。更に、スイートルームかよ!って言いたくなるくらい立派なキングサイズのベッドもある。しかもアラーム装置付き。まさに至れり尽くせりなセーフティールームである。


 「ふぅ⋯⋯落ち着いて考えたらもう後一階しかないのか⋯嬉しくもあるけど、少し寂しくもあるな」

 思い返そうとすればいくらでも思い返せる。だけど⋯


 「感傷にひたるのは俺らしくないか⋯ゴールの感動まで走り抜けるだけだな!」

 ここまで走ってきた。走り続けてきた。後は頂上まで走るだけだ。


 「どんな気持ちになるかはその時の俺に任すかー!感傷にひたるよりは楽しいだろーな!」

 その方が俺に合う。とにかく、今は999階を抜ける事だけを考えるとするか。


 「さて、寝るとしますか」

 キングサイズのベッドに転がって、頭元のアラームを30分後にセットする。お腹もいっぱいになって目を閉じた途端に眠気を感じてきた。

 「⋯⋯すぅぅ⋯すぅぅぅ⋯」


 ・・・


 ぱんぱらぱっぱー!時間だよー!冒険にでよう!冒険に出よう!冒険にでよう!


 「んっ⋯うるさいアラームだ⋯毎回毎回、さっさと行け感が凄いな」

 まぁおかげで寝過ごさないで済むけど。


 「うぅー⋯⋯あぁ、早く行きたい。けどベッドから出たくない⋯このベッドが1番てごわい魔物だ」

  ダンジョン最大の強敵はキングサイズのフワフワベッド、これで間違いない。俺が制覇した暁には教科書にそう書いてもらおう。⋯⋯かっこ悪いかな?


 「⋯くだらない事を考えてないで、さっさっと行くとしますか」

 その前にストレッチしてトイレ行って⋯ふぅ、これで準備は万端だ。


 「待ってろ1000階!行くぞ999階!!」

 ワクワクする気持ちを叫び声に変えて俺はセーフティールームを飛び出した。



 「⋯近っ。」

 セーフティールームを飛び出した俺は少し直進した後、すぐに曲がり角を曲がった⋯曲がったら目の前に階層主のいる部屋がありました。


 「⋯感傷にひたらなくて良かった。ひたってたら絶対に落ち込んでた」

 頂上がゴールだとすると、最後の最後の階であろう999階が、こんなに狭いなんて考えてもみなかった。


 「⋯しかも階層主が見えないし⋯ここに来て罠か?⋯考えても仕方ない、階段まで走るだけだ!ギアチェンジ!トリプルブースト!行くぞぉぉぉぉ!!!」

 部屋の中に階層主の姿は見えなかったけど、罠だとしても突っ込むしかない。まぁ倒されたとしても入り口からやり直しになるだけだからな。とりあえず突っ込んじゃえっ!て感じで右足を踏み込んだ。


 「まじで階層主いないの!?⋯どう言う事なんだ?正直テンションガタ落ちなんだけど⋯はぁ⋯登るしかないか」

 部屋の中には本当に誰も何も居なかった。それでもゴールは目の前だ。自分を奮い起こして階段目掛けて走り出す。


 「うぉぉっつぃぃぃ⋯なんだよ!いったいなぁもう!!」

 階段の一段目と階層主のいる部屋の境目に、透明な壁がある。思いっきり走り出した俺は、思いっきり突っ込む事になった。


 「なんなんだ、この部屋?こんなの初めてだぞ」

 階層主もいなけりゃ階段も登れない。どうしろってんだろ?


 『ようこそ、挑戦者。長い、とても長い時間、ここまで辿り着く者を待ってたんだ⋯キミのやり方は予想外だったけどね』

 ハハハハッと笑いながら現れたのは小学校高学年くらいの男の子だ。これは⋯もしかしてダンジョンの声の主か?


 「この階段を上がればゴールなんだけど⋯正直迷ってるんだ。キミのやり方は間違いじゃない。むしろ、よく思いつき、それを実行できるまで頑張ってきたね!って褒めたいくらいなんだ」


 ⋯こそばゆい気もするけど⋯素直に嬉しかった。だけど、それなら何を迷ってるんだろう?


 「僕がダンジョンを地球に繋げた時、『立ち塞がる障壁を乗り越えて頂上まで辿り着いた者に、何でも一つ望みを叶えてあげる』って言ったんだ。キミたちの世代には後半だけしか伝わってないみたいなんだけど」


 確かに、最初の文章は知らなかった。俺が習った教科書にはその後に、『途中で倒れた者は入り口まで戻してあげるから安心して挑戦しに来てね』って言葉が続いていた。ダンジョンを進むには闘う事が常識になった今、重要な方を強調して子供達に教えてきたのかも知れない。

 

 「キミたちに伝わっていない、『立ち塞がる障壁を乗り越えて』ってところが問題なんだ。僕としては勿論、全ての階層の主達や道中で出会う魔物達を倒してって意味だったんだけど、キミのやり方でも言葉の意味は通るんだ」


 ⋯まぁ文字通り乗り越えては来たからな。飛び越えたり、股の下くぐったりしてだけど。


 「間違えでもないし、正解でもない、僕が思いつきもしなかった方法で上がって来たキミにはご褒美をあげたい気持ちもある。そこで、キミには今からここの階層主であるエンシェントドラゴンから3分間逃げ切って欲しいんだ。」


 エンシェントドラゴン⋯漫画やアニメ通りならば相当やばい、古代龍のはずだ。しかも3分⋯あまりにも短い時間設定が、その強さを物語っている。


 「慌てないで。一方的に新しいルールを追加したんじゃ公平じゃないからね。この勝負をキミが受けないと言うなら、今すぐ階段を登れるように魔法を解くよ。その代わり、キミが受けてくれて3分間逃げ続ける事が出来たならば望みを三つまで叶えてあげる。もちろん、何でもね」


 なるほど⋯受けなくても望みは叶うし頂上に行く事もできる。受けた場合は、倒されたら入り口からやり直す事になる代わりに成功できれば三つも望みを叶えてくれる、って事か。


 「あっ、これも言っておかないと公平にならないね。キミのやり方で、もう一度一階からやり直す場合は階層主たちもそれなりの対策をとるはずだから今回みたいに上手くはいかないと思う」


 確かに、前半はともかく後半の階層主達に二度も同じやり方では通用しないだろうな。


 「それも踏まえた上で、キミにはどちらかを選んで欲しいんだ。僕としては勝負を受けてもらいたい気持ちが強いんだけどね。キミがどうやってエンシェントドラゴンから逃げるのか見たいからね」


 どちらかを選ぶ⋯うん、これは迷う必要もない選択だ。もちろん、

 「やるに決まってるー!ここですんなり頂上まで通してもらっても制覇した事になんないじゃん!そんなの、つまらないにもほどがある!」

 

 正直、望み云々(うんぬん)よりも階層主を振り切ってゴールしたい!!


 「ハハハッ、そっちかぁ!やっぱり面白いね、キミは⋯もしかしたら、もうここまで来れないかも知れないんだよ?」


 「ずっと過程よりもダンジョン制覇って結果だけを求めて来たから、このままゴールしてもいいんだけど⋯このままゴールしても、その先が楽しくなさそうじゃん!」

 

 俺はその先も楽しみたい!


 「ハハッ、もう頂上まで辿り着いた後の事を考えてるのか!油断しているわけじゃなさそうだし⋯それなら僕も楽しみにしているよ。⋯楽しませてくれるんだろう?」


 「そんなこと聞かれても分かんないけど⋯楽しんでくれたら嬉しい!」


 「⋯⋯そうか⋯ふふっ、そうか。それなら期待だけさせて貰うとするかな。それくらいはいいだろう?」


 「それは嬉しい!期待と、出来れば応援してください!!!」


 「あははっ、古代龍君。申し訳ないけど、そう言う事になってしまったよ」

 声の主⋯ダンジョンの主は虚空に向かって話しかけている。


 「⋯この雰囲気で勝ったら我は悪者ではないか?」

 何もなかったはずの空間から現れたのは誰がどう見ても強大な力を持つであろう雰囲気を放つドラゴンだ。


 「⋯えっとエンシェントドラゴン⋯さん?ですか??今日は宜しくお願いします!」


 「そうではあるが⋯調子が狂う」

 まぁそうなるか⋯これから二人で闘わなきゃいけないんだもんなぁ。


 「よろしく⋯でいいのか?⋯これ以上、話が進む前に我としては闘いたいのだが」

  

 エンシェントドラゴン⋯古代龍の顔は、困ったような、疲れたような、何とも言えない表情になっていた。


 「⋯じゃ、そろそろはじめようか!2人とも準備は⋯よさそうだね!それじゃぁ、、ゲームスタートォォ!」


 身体強化の魔法は既に重ね掛けしてあったから準備は出来てたんだけどぉ!


 「⋯まじか、まじか、まじかぁぁぁぁぁ!しょっぱなからクライマックスじゃん!」

 開始の合図と共に高く上空へと飛び上がった古代龍が何かの呪文を唱えた。その瞬間、俺をグルリと囲むように空間に無数の大きな穴が開くと、丸いマグマの塊、隕石みたいなもの、物質化したブラックホールのような真っ黒な魔法がこれでもかと降り注いでくる。


 「ドラゴンなのに魔法かよぉー!ブレスだと思ってた!完っ全に予想外!」

 

 ほんの(わず)か、数秒の落差により生まれる一瞬の隙間を駆け抜ける。しかし、これで終わるほど古代龍は甘くなかった。


 「くぅっ⋯⋯ブレスも来るのかよぉぉぉ!なんだこの無理ゲー!」

 古代龍の口に光が集まっていく。あれを放たれたらどうしようもない。降りそそぐ魔法を避けるので精一杯だ。


 「だけど、こっちにも奥の手はあるもんねー!ギアチェンジ!フルバースト(最大強化)!ぅぅぅひゃっほぉー!」

 古代龍の狙いが定まらないように、残像が残るほどのスピードで部屋中を駆け回る。


 「さぁ、いつ撃ってくるかだな⋯もう少し近づいておくか」

 降りそそぐ魔法と強烈なブレス、それらを同時に避ける方法は一つしかない。


 「ブレスのスピードによってはギリギリの勝負になりそうだなー」

 確実に安全な場所、古代龍の頭に乗る事だ。


 「問題は俺のジャンプ力じゃ、飛んでいる古代龍さんまで届かない事か⋯⋯集中して見極めろ、一手間違うと詰んじゃうぞぉぉ」


 視界を無数に降りそそぐ魔法、その中の一つに集中する。


 「グゥゥゥ・・・グガァァァァァァア」

 古代龍がブレスを放つモーションに入った。


 「今だ!一瞬の勝負だぞ⋯よっ、ほっ、くっ、あぁらよっ、とぉー!」

 降りそそぐ隕石を踏み台にして高度を上げていく。まだだ、もう少し上に行かないとブレスに()れてしまう。


 「カスリでもしたらゲームオーバーだぞ⋯くっそぉー!スピードで負けてたまるかぁぁぁぁぁぁ」


 俺は限界を振り切るように足を踏み込む。一歩、一歩ごとに全ての力を込める。


 「ははっ、なんだこれ⋯⋯なんだこれ!」

 世界が止まった。そう錯覚するほどのスピードで俺は走っていた。


 「このスピードなら⋯フンッ!」

 思いっきり力をこめて隕石を踏み込む。体が軽い。まるで瞬間移動しているみたいだ。


 「後、二つ⋯後二つだ!」

 

 ブレスの先、古代龍の頭はもう、すぐ目の前だ。


 「最後の一個⋯よし、いっけぇぇぇぇ!」


 「⋯よもや我が本気を出さねばならぬとは」


 ラストの隕石を踏んで頭目掛けて飛び込んだ瞬間⋯時が止まったかのようなスローモーションの世界で古代龍がポツリと呟いた。


 「よくぞ、ここまで昇ってきた⋯しかし我の頭は人間が踏めるほど軽いものではない」


 古代龍はブレスを放ったその口を大きく開いて、空中を飛ぶ俺に牙を向ける。


 「くっ⋯そぉぉぉぉ!喰われてたまるかぁぁぁ」

 足場のない俺にできる事はない。いくらスピードが上がろうと、空を走る事はできなかった。


 古代龍の牙が振り下ろされる⋯このスピードなら牙が当たるよりも早く、自ら口に飛び込むことになりそうだ。だけど⋯諦める気も負ける気もない。


 「こなくそっ、おぉぉりゃァァア!!!」


 この状況で出来ることは一つだけ⋯


 「古代龍さん⋯その舌、踏ませてもらうぞぉぉぉ!」


 ⋯大きく開いた口が、牙が、閉じ切るよりも速く足を踏み込んで飛び出すしかない。


 「超高速ターンならお手のものだ!」


 着地の瞬間、足を止めて、前に進もうとする反動を利用して体を(ひね)る。


 「ぐぅぅぅぅぅ⋯」


 いつものように、ただ、足を踏み込む。


 「⋯おぉぉぅりゃぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ドンッ




 「⋯⋯はぁ⋯はぁ⋯はぁ⋯スピード勝負なら⋯俺は負けないぞ」


 古代龍の口が閉じきる寸前、スローモーションに流れる激流の時の中で、ギリギリ、勝負に制したのは俺だった。


 「⋯見事だ。よもや我の本気を」

 「すごいよー!まさか本当に3分間、逃げ切れるなんて!!最後とか、あぁがんばれー!って気づいたら自然と応援しちゃってたよ!キミは本当に凄い!おめでとう!」

 「⋯おめでとうなのだ」


 ダンジョンの主が物凄い勢いで古代龍の話をぶった斬って来た。


 「ありがとう⋯古代龍さんもありがとう!最初から全力で来られてたら絶対に無理だったよ」 

 周りが止まって見えるほどに速く走れるようになった時は無敵状態⋯なにかに覚醒したと思った。古代龍さんは、その速さで動けるにも関わらず、俺が近づくまでは黙って見ていた。これは完全に手加減されていたって事だろう。


 「そうだよ、古代龍君!急に本気出しちゃってさ!ダンジョン制覇者が出るまでは力をセーブしておく約束でしょ!」


 ⋯そんなルールが在ったのか。もしかして、階層主達がゆるい感じだったのもそれが原因なのか?

 

 「すまなかった。つい、面白くなってしまってな⋯⋯⋯この人間ならば我が本気を出しても乗り越えてくるであろう確信はあった」

 ほんとかな?怪しい顔だぞ。


 「嘘つきっ!絶対に今考えたでしょ!」

 俺もそう思う。


 「⋯とにかく、こやつは我に勝った。ダンジョンの頂上へと進む資格があるという事だ」

 

 「もー!⋯ごめんね?だけど、本気の古代龍君の攻撃を耐え凌ぐなんて、本当に予想外の存在だよキミは!時間も5分を超えてたしね!」


 「えっ、そんなに経ってたの!?じゃぁ最後の勝負は⋯」


 「あはは、夢中になって止めるのを忘れてた⋯かな?⋯よぉし、キミは望みを三つ叶える権利と1000階へと至る資格を得た。僕たちは先に上で待ってるから、ゆっくりと一歩一歩踏みしめておいで!」

 ダンジョンの主も古代龍さんも、二人そろって誤魔化すのが下手だ。


 「あっ、望みなんだけど先に言っててもいい?ちょっと⋯何も考えずにやりたい事があるから」


 「ん?やりたい事?⋯それなら、まずは一つ目の望みを聞こうか!」


 「ありがとう!一つ目は、もっと簡単に、子供でも挑戦できるようなダンジョンを作って欲しいんだ!制覇したら望みを叶えるとか、そういったのは無しでいいから!遊び感覚で気楽に挑戦できるダンジョン!!」 


 ダンジョン攻略は安全とはいえ、怪我をしても何があっても元通りになる感覚を覚えてしまうと日常生活で危ない目にあいかねない。それなら、怪我をしない程度に探検感覚で挑戦できるダンジョンがあったら⋯子供の頃の俺は大喜びしたと思うんだ。


 「ははっ、そんなのでいいの??キミは本当にダンジョンが好きなんだね!」


 「こんな楽しい遊び他にないからな!じゃぁオッケーってこと??」


 「もちろん、というより何でも叶える約束だしね!」

 本当に何でも叶えてくれるのか⋯。やっぱりダンジョンの主って


 「それで、二つ目の望みは何かな??」

 

 「あっ、⋯二つ目はちょっとワガママなんだけど⋯1000階まで辿り着いたら望みを叶えてくれるってのは残したまま、2000階までダンジョンを増やして欲しいんだ!」

 もう一度、一階から挑戦するのにはモチベーションが足りなくなりそうだ。続きを作ってもらえるのなら、その方が嬉しい。


 「ワガママはいいんだけど⋯頂点を2000階にするんだったら、僕に会うのも頂点でいいんじゃない??」


 「そうなると真っ当な方法で1000階を目指してきた人たちに悪いって言うか⋯なんか、人類の敵認定されそうじゃん?余計なことしやがって!みたいなさ!」

 大半の人は望みを叶えるためにダンジョンに挑戦しているだろうからな。


 「なるほどね!それなら、新しく2000階まであるダンジョンを作ろうか?そうじゃないとダンジョン制覇を目標にしている人たちに恨まれるんじゃない?」


 「あっほんとだ!じゃぁそっちでお願いしたいんだけど⋯このダンジョンの階層主達もそっちに移って貰ったりできる?」

 勝ち逃げのままじゃ怒られそうだ。


 「⋯我もそれを望む。次こそは通さぬ」


 「あははっ、2人ともアツアツだね!いいよー!それは三つ目の望みとは別に叶えてあげる!」

 

 よかった⋯それならアレをお願いできるぞ!


 「じゃ、最後に三つ目の望みを聞こうか?」


 「三つ目は⋯999階のセーフティールームで手をつけれなかったバイキングの料理と⋯あのキングサイズのベッドを下さい!!!」


 叶えてくれる望みが三つに増えた時、心の中でガッツポーズを決めていた。あの美味しすぎる料理とフカフカで心地の良いベッドをゆっくり味わいたかったんだ!


 「⋯そんなのでいいの???好きな食べ物が好きなだけ出るボックスとかでもいいんだよ??」


 「それは、そそられるけど⋯そんなの貰っちゃったらダンジョン攻略の楽しみが減るかなって!親にプレゼントしたい気持ちもあるんだけど⋯」

 悩むなー。


 「それなら⋯このボックスをあげるよ!これをダンジョンと繋げておくから、キミがセーフティールームのボックスを開くと、同じ料理がこのボックスにも出るようにしてあげる!」

 まじかー!!

 

 「なにそれ、すげぇ!ありがとう!!⋯手をつけれなかった料理も貰って帰ってもいい?勿体ないし!」

 流石に帰ってすぐダンジョンに入らないだろうし。


 「あははっ、いいよ、このボックスに入れといてあげる!」


 「ありがとう!⋯最後にこれは質問なんだけど⋯キミって神様?」

 あなたって言った方が良かったのかも知れないけど⋯今更わざとらしいしな。


 「そうだよ!僕は楽しい事が大好きな神様なのだー!」


 「やっぱり⋯暇つぶしにダンジョンを地球に作ったの??」


 「暇つぶし⋯そうだね!だけど僕の暇つぶしじゃなくて、キミたちの、だけどね!みんな退屈そうな顔してたからさ!」


 「そうだったんだ⋯ありがとう!神様のおかげで俺はとっても楽しいよ!」


 「それは僕のおかげだけじゃないけどね⋯キミが、未来を楽しくするために必要な事を楽しみながら頑張れたからだよ!おかげで、僕もすっごく楽しめた!感謝してるのは僕もだよ!」


 「ははっ、神様にそう言われると照れるな⋯ありがとう!」


 「どういしたしましてっ!ふふっ、それじゃ望みは三つとも分かったから安心して⋯やりたい事をやっておいで!僕たちは先に頂上で待ってるね!」


 そう言い残して、神様と古代龍は消えた⋯本物の瞬間移動かな?やっぱり神様はすごいなー。


 「さて⋯それではさらば999階⋯ついに!ダンジョン制覇だぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 神様は一歩一歩、踏みしめておいでって言ってたけど⋯やっぱり最後もこれじゃないと!


 「ギアチェンジ!|フルバースト!うぉぉぉぉぉ覚醒した俺のスピードは⋯誰にも止められないぜぇー!!!!」


 999階から1000階⋯誰も足跡を付けた事がないこのダンジョンの頂上へと至る道を俺は走る。



          ・・・・・



      地球にダンジョンが現れ数百年。


     誰も辿り着く事の出来なかった人類の夢,


         ダンジョン制覇。


     それを成し遂げたのは,一人の少年だった。


      彼は武器を持たず,防具をつけず,


        身につけていたのは,


      お気に入りのTシャツに半ズボン。


      それと,履き慣れたシューズ。


       今,笑顔で街を走り抜ける,


      その少年が,彼とは誰も思わない。


      いつか,教科書を覗く事があれば,

    

        きっと驚く事になる。


      そこにはふざけた顔をした写真と共に


        こう書かれているだろう。

 

       ダンジョンを走り抜けた少年。


        ダンジョンランナー⋯と。


           

読んでいただき、ありがとうございます!

コメントや広告の下にある☆5評価宜しくお願いします!


メインで乗せている小説に評価やコメントが全く貰えず息抜きに書き始めたんですが、書いている内に楽しくなって想定より長い物語になりました。

いくつか短編でジャンルレス(ファンタジーは多くなりそう)に書きたい話もありますので、もしよければまた読んでください!


メインで書いている『今日はどこ行く?異世界へ!』の方も読んでもらえると嬉しいです!序盤は堅い話もありますが、シリアスなし残酷な描写なしで、徐々にコミカルになっていきます!宜しくお願いします!!


長々と書きましたが、読んでいただきありがとうございましたー!感謝!

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