武神令嬢エカテリーナ ~伯爵令嬢の優雅で苛烈な学院生活。特待生の庶民が何やら喚いていますが、知ったことでは御座いません。~
気晴らしに書いてみました。一応、乙女ゲーム、異世界(恋愛)をタグ付けしていますが、あまりそういった要素は期待しない方が良いかもしれません。
察しの良い方は、主人公が誰を参考にしたのか、タイトルだけで直ぐに分かるかと思います。
「ぐわああああ――――!!」
「テ、テリオン様―――~!?」
皆々様ごきげんよう。私の名はエカテリーナ・ヴァンシェイグ。由緒正しき武官の伯爵家当主であり、ライオネル第二騎士団団長、ジルベルト・ヴァンシェイグの長女に御座います。短い間かもしれませんが、私の学院生活を語らせていただきますわ。
今、大柄なリザードマンのような悲鳴を上げて、盛大に吹き飛び、訓練室の壁にめり込んだのは同じく武官であり、レーヴェリオ第一騎士団団長の長男であるテリオン・マリケルス様で御座います。
私が剣の扱いが苦手、と申告しましたら「情けない奴」と申されましたので、その情けない者の剣を披露させていただいたところで御座います。
この有様で今期の入学生の中でも一番の武闘派というのですから、私とお父様の希望は叶わないと見てよろしいでしょうね・・・。
「な、なんでこんな事するんですか!?酷いです!」
「酷いのは相手の実力を推し量る事も出来ずに、自尊心に駆られて相手に対して優位に立とうとして、不用意に軽はずみな言葉を口にした、マリケルス様の短絡さですよ?彼が私の、ヴァンシェイグの武力を侮辱しなければ、そのような醜態をさらす事など無かったのですから。完全にマリケルス様の自業自得です。」
「なっ!?そ、そんなっ・・・。だって、テリオン様は・・・。ハッ!?テ、テリオン様!?しっかりしてください!今、治癒魔法をかけますから!」
何故かマリケルス様の傍について、彼に必死で拙い治癒魔法を施しているのは、確か特待生のモニカ・セーカ、庶民の方でしたか。
私に対して酷いと仰っていましたが、何故このような事になったのかまるで理解できていない御様子です。
希少な治癒魔法の素質があるとの事で特待生としてこの王立学院に入学したそうですが、今のままでは宝の持ち腐れですわね。魔法の使い方がまるでなっていませんわ。
アレなら、さっさと壁にめり込んだマリケルス様を引きずり下ろして、保険室に連れて行くべきでしょう。モニカさんが治癒魔法を施すよりも、本職の方に診てもらった方がずっと早いし確実ですわ。アレならまだ私が治癒魔法をかけた方が早く治るでしょう。やるつもりは全く御座いませんが。
私が指摘する事でも御座いませんわね。それはそれとして、あのモニカさん、マリケルス様だけでなく、王子殿下や宰相の令息、筆頭宮廷魔導師の令息といった、高い地位の家柄を持つ殿方と妙に親しくなろうとしていますね。
そして何をどう感じたのか分かりませんが、あの方々、全員幼い頃から婚約者がいる筈にも関わらず、何故かモニカさんにばかり気にかけているようなのです。
殿方の考える事と言うのは、いまいち分からない時が御座いますわ。
コホン、彼女達の事などハッキリ言ってどうでも良いのです。私には、私の目的があってこの学院に通っていますもの。他人の事情などに気を取られている場合では御座いません。
「エカテリーナ様、エカテリーナ様は、気になる殿方はいらっしゃいますか?」
「やっぱり、アルバート殿下が素敵ですよね!?私もあんな素敵な殿方と添い遂げられたら・・・。」
「殿下の側近候補の方々も素敵だわぁ・・・!あの辺りだけ、なんだか空間が煌めいているように見えてしまいますぅ・・・。」
「・・・・・・皆様、あの方々、幼い頃から婚約者がいらっしゃいますよ・・・?」
「分かってますよぉ。でも、憧れる気持ちに嘘はつけませんもの・・・。」
ここは、学院の設備の一つ、貴族令嬢専用の特別サロン。この場所には例え国王陛下であっても入室する事は出来ません。この場で私が会話をしているのは、私と目的を同じくした貴族令嬢の方々で御座います。
ええ、そうです。家から嫁ぎ先、もしくは婿殿を見つけてくるように言われている方々で御座いますわ。私以外の御令嬢の方々は皆、ご自分の理想に適った殿方を見つけたようですわ。どなたも婚約者がいらっしゃるようですが、その点は第二、第三夫人になれれば、それで良いのでしょう。
皆様、礼儀作法もマナーもしっかりと学んでいるみたいですし、器量に関しましても、同性の私から見てもお世辞抜きにお美しい方々だと思います。余程の事が無い限りは、この方々の望みは叶うのではないでしょうか。
問題は、私ですわ。私も貴族令嬢の端くれに御座います。礼儀作法に各種マナーは十全に納めていますとも。それに、自慢では御座いませんが、客観的に見て私の容姿は、ここにいる方々に劣るものとは思っておりません。
現に、私の姿絵を載せた釣書を見た殿方からは、縁談の申し込みが絶えませんでしたもの。
・・・・・・全員、お断りさせていただきましたが。
あまりにも私が断るので、お父様から、それならば自分で理想の相手を探しなさい、と学院で理想の殿方を見つけるよう言われておりますの。
私も期待していたのですよ?入学するまでは。素敵な殿方にお会いできるかもしれない、と胸を弾ませていたものです。
「皆様が羨ましいですわ。理想の殿方を見つけることが出来て。」
「エカテリーナ様は、気になる殿方がいらっしゃらないのですか・・・?」
「エカテリーナ様の理想って、どのような方なのです?」
「私は・・・お父様のような殿方が好みなのです・・・。ですが、この学院にいらっしゃる方々は・・・。」
「エカテリーナ様のお父様って・・・え゛っ!?」
何やら、花も恥じらう乙女が出してはならない声が聞こえた気がしますが、それどころでは御座いません。
そうなのです!この学院に、私の理想とする殿方が、一人もいないのですっ!!
「この学院に通う方々もそうですが、私、幼少の頃より、この国の殿方はもっと筋肉を付けるべきだと思いますの!この国の殿方は線が細すぎますわっ!もっとこう、お父様みたいな、動物で言うなれば、そう、熊のような殿方が良いと思うのですっ!!」
「く、熊はちょっと、大きすぎませんか・・・?た、確かに第二騎士団長様はよく他の方に熊に例えられていますが・・・。」
「ええっと、筋肉がついている方でしたら、あっホラ!殿下の側近候補にいらっしゃるじゃないですか!?マリケルス様など、いかがですか!?」
「・・・私から見たら、あの方も他の方々とまるで変わりませんわ。先程、ブチのめして差し上げましたところですの。あれならば、お兄様方の方がまだ筋肉がついています。五十歩百歩ですけど・・・。はぁ、せめて、抱擁ぐらいは何の気を遣うことも無く行いたいものですわ・・・。」
「・・・・・・・・・。」
皆様、一言も発しなくなってしまいましたわ・・・。皆様、私の事情を知って同情してくださっているのですね。優しい方々です。私、殿方には恵まれておりませんけれど、お友達には恵まれたようですわ。
「あの、エカテリーナ様が抱擁を行えないのって・・・。」
「ええ、皆様とてもか細く、軽く抱擁をしただけでペキッと逝ってしまいそうで・・・とてもではありませんが、触れる事すらできそうもありませんの。」
「・・・・・・・・・。」
再びの静寂・・・。そうですよね。抱擁も出来ないなんて、辛いですもの。気持ちをご理解していただき、とてもありがたいですわ。
この際ですから、いっそのこと、学院での生活で理想の殿方を見つける事は諦めてしまいましょう。
お父様も無理に理想の相手を見つけなくても良いと仰っていました。ならば、私は、他の御令嬢の方々の恋の応援をしつつ、自身の学院生活を思いっきり楽しんでしまいましょう!ええ、そうですとも!学院生活自体は、とても素晴らしいものなのですから!
気心知れた友人に恵まれ、豊富な知識を与えてくれる座学授業。私の経験を存分に生かせる実戦形式の実技授業も素晴らしいです!
・・・実技は、残念ながら私に合わせられる方が一人もいらっしゃらなかったのでいつも私一人か、遭遇した魔物が相手では御座いましたが。
ええ、そうで御座います。私も武門の家に生まれた身。であれば、武芸に興味を持ち、嗜むのは当然の事。私が六歳の頃に、二人のお兄様方がお父様に稽古をつけていただいているのを、一目見て興味が沸きましたの。
ですが、私にとって、剣という武具はどうしても軽すぎたのですわ。どうにかできないかお父様に相談した際、我が家専属の鍛冶師の元へ赴いたのですが、その時に立派なハルバードを見つけましたの。
一目惚れですわ。早速、当時の私の体に合わせたハルバードを打ってもらい、手に持って、振り回し、これぞ我が生涯の友と認識して以降、長物が私の得意武器となりました。
私、魔力も生まれつきとても高く、生まれながらにしてお父様の魔力を上回っていたそうですわ。勿論、幼少より研鑽を重ね、今ではあらゆる魔法を使用する事が可能で御座います。
最近は、本で読んだ架空の冒険者の戦い方に倣い、極めて強固な魔法杖、名付けて"グランスタッフ"の先端に魔法によるハルバードの刃を生成させて振り回す、という戦闘スタイルを確立できましたの。これならば、あらゆる属性に対して自在に対応可能ですもの。
おかげさまで僭越ながら、領民の方々から『ヴァンシェイグの武神令嬢』、と呼ばれるまでに至りましたわ。この呼ばれ方、気に入っていますし、誇りにも思っていますの。
学院に入学するまでは、領内で愛馬と共に戦場を駆け抜け、我が領土に土足で踏み入る不届き者共を、"グランスタッフ"をブン回して蹴散らしておりましたわ。
そんなわけですので、長物に比べて非常に短く、軽すぎる剣という武器の扱いは苦手なのですわ。稽古は基礎に留めてますの。
それを事もあろうに、"情けない"などと・・・。マリケルス様は人の話は最後まで聞くべきですわ。
私、自分の武力には誇りを持っていますので、侮辱されれば当然不愉快にもなりますし、分からせて差し上げたくもなりますの。
話を戻しましょう。私が語るべきは、学院生活の事ですものね。
学院での生活は、先程も申し上げました通り、とても充実した生活でございます。授業の内容は勿論の事、学院の設備も素晴らしいですわ。圧倒的な蔵書量を誇る大図書館。私の六割の力までなら、一度は耐えきる事の出来る耐久力を持った、強固な訓練施設。そして、家の料理人に勝るとも劣らないほどの料理人を常時配備している大食堂。全て、存分に利用させて頂いておりますわ。
ごく稀に、例の特待生のモニカさんが視界の端に映り込みますが、私が気にすることも無いでしょう。と思っていたのですが、あの方、何かにつけてトラブルの原因になってますのよね。それも、自分からトラブルへと突っ込んで行くような形で。
私の理解の範疇を越えていますわね。モニカさんが自分から突っ込んで行ったトラブルに見舞われると、その時になってようやく殿下を筆頭に、殿下の側近候補の方々もモニカさんの元へ駆けつけて、こぞって彼女を労わりますの。
阿呆なのでしょうか?
そんなに労わるのでしたら、最初からトラブルに突っ込ませなければ良いだけの話ですのに。あの方々、モニカさんに関わり始めてから、日を重ねるにつれて阿呆になっている気がしますわ。
例えば殿下。確か、幼少の頃は婚約者であらせられる公爵令嬢のフランシスカ様と仲睦まじい関係だったと記憶にありますわ。他の方々もそう。
皆様、婚約者の方々との関係は良好だったはずなのですが、あのモニカさんに関わるようになってからというもの、婚約者の方々と疎遠になり始めましたの。
特に殿下とフランシスカ様の関係の悪化が酷く、今では口が裂けても仲睦まじい等とは言えない、非常に険悪な関係になってしまいましたわ。この件に関しては全面的に殿下に非が御座いますので、今更元の関係に戻る事など出来ないでしょう。
私が皆様を阿呆と呼んでいるのは、そこなのです。あの方々、自分達のしでかしている事がまるで理解できていないのです。
あの方々の婚約は個人の間で行われた感情的なものでは御座いません。家同士の政治的、経済的な策略も加味した政略結婚なのです。
それでも、婚約が決まった当初は、皆様方仲睦まじい様子でしたので、憧れもしたものですわ。
ですが、それを個人の我儘で台無しにしようとしているのが、今の殿下達なのです。まさに阿呆で御座います。
それだけでは御座いませんわ。モニカさんの周りにいらっしゃる皆様は、口を開けばモニカさんの名前が出てきますので、皆様揃ってモニカさんに御執心のようなのですわ。
モニカさんと結婚できるのは一人だけだと言うのに、あの方々、皆仲が良ろしいのですよ?どうやら、将来全員で結婚できるなどと、本気で思っているご様子ですのよ。
まさしく、阿呆の極みではないでしょうか?
そんな方々を視界の端にたまに映しながら、私は学院生活で初めての冬を迎えましたの。モニカさん達が起こした最大級のトラブルが起きましたわ。
私が特別サロンで御令嬢の皆様と談笑していますと、突然にこの学院の上空から禍々しい悪意に満ちた魔力が学院の管理する採石場の中心に落下しましたの。
「エ、エカテリーナ様、こ、この魔力は・・・。」
「皆様はすぐに教師の方々の元へ、此処よりは安全なはずです。」
「エ、エカテリーナ様はどうなさるのですか?」
「無論、ヴァンシェイグの務めを果たします。」
サロンを出て、現れた魔力の元へと向かいます。そこには、どす黒い魔力を全身に纏った巨大な悪魔が、こちら側を睨みつけていましたの。
正確には、採石場の近くにいた王子殿下の事を、ですわ。殿下の両手には、所々を神聖な魔力を注ぎ込んだ金と銀の装飾に覆われた、蓋の開いたドス黒い壺がありました。殿下の周りにはモニカさんと、いつもの側近候補の方々もいらっしゃいますわね。
やってくれやがりましたわね。
殿下が手にしている壺の特徴は、学院の図書室で何度か目を通したことがありますの。あれは初代国王陛下が、国を立ち上げるきっかけとなった大悪魔を封印した壺で間違いないでしょう。確か、本で読んだ内容通りなら、宝物庫にて厳重に保管されていた筈で御座います。
殿下には当然、大悪魔を封印した初代国王陛下の血が流れております。大悪魔には、それが分かるのでしょう。殿下の事を怨敵がごとく睨みつけたままです。
殿下の元へ行き、事情を聴かせていただきましょう。
「失礼します。殿下、アレは殿下の事を睨んでいるようですが、何をなさったのですか?」
「し、知らないっ!モ、モニカが、この壺を開ければ聖女になれるというから・・・。」
「わ、私の力が覚醒して、もう一度あの大悪魔を封印するの!そうすればみんな私の事を認めて殿下とも結婚できるはずなのよ!」
・・・訳が分かりませんわ。モニカさんには、確かに希少な治癒魔法の素質がありました。それもこの国の筆頭治癒師になれるほどの。ですが、それはしっかりと魔法について勉学を励み、理解をして、実技的にも、知識的にも研鑽を重ねた先にあるものです。
入学してからというもの、モニカさんは自分の魔力の性質に頼った強引な治癒魔法でしか治療を行った事がありませんの。一応、それなり以上の魔力がありましたから治療は出来ましたが、本職の治癒魔法師と比べれば、拙いなんてものでは御座いません。
その上、魔法の授業も碌に受けずにいるため、知識も身につかず、未だに治癒魔法もどきしか使えないのです。
「モニカさんでは無理でしょう。覚醒というのであれば、既に貴女の魔力は覚醒しています。」
「だから、これからあの大悪魔を封印できる魔法を・・・!」
「ですから、無理です。魔法のマの字も理解していないでしょう。」
「そんな事無い!!私の治癒魔法は聖女の力なんだから!!」
「そうだ!彼女の魔力は聖女と言うのに相応し」
「そもそも、貴女が治癒魔法と言っているものは、治癒魔法などではありませんからね?」
「えっ?」
「ど、どういう事だ!?彼女は確かに、今日まで傷付いた僕等の傷を癒してきたんだぞ!?」
ええ、そうです。彼女が治癒魔法と呼ぶものは正確には魔法では御座いません。治癒の性質を持った魔力を押し当てているだけなのです。原理を正しく理解し、手順を踏まえれば、治癒魔法は誰にだって使用できます。勿論、他の魔法であってもそれは同じ事です。やけに困惑していますが、構わず話を続けましょうか。
「貴女には確かに治癒魔法の素質があります。ですから、貴女の魔力を当てるだけで、治癒の効果が生じます。貴女がこれまで治癒魔法と呼んでいたものは、その治癒の効果がある魔力を浴びせていただけですわ。原理を理解して正しい手順を踏まえれば、誰にでも今の貴女以上に迅速に、確実に治療できる魔法が使えます。現に、魔法の授業を真面目に受けている方々は、今の貴女以上の治癒魔法を既に各地で実施しています。というか、筆頭宮廷魔導師の御子息である貴方が知らなくてどうしますの?」
「ば、馬鹿なっ・・・!?治癒魔法が誰にでも・・・!?」
「そ、そんなハズは・・・!?だって、この世界は『キミキス』で・・・!?私がヒロインで・・・!?」
何の話でしょうか?良く分からない単語を呟き始めましたわ・・・。モニカさんが言う聖女とやらの魔法の詠唱でしょうか?あ、ちなみに、魔法に詠唱は一切必要ありません。
あら、大悪魔が大量に眷属を召喚しましたわね。地上と上空から此方に向かって来ています。
「だ、大悪魔が眷属を・・・!?」
「い、いけないわっ!?こんなところで無駄話してる場合じゃない!!私が浄化しないと!」
「必要ありません。」
「何を言っている!?この数だぞ!?国の総力を挙げて食い止めねば!!」
「マリケルス様。この国を侮るのも大概にして下さいませ?この程度の戦力で国の総力を用いるなど、この国の方々に対して、無礼千万にも程があります。私一人で十分です。」
「なっ!?!?」
一々この方々を相手にしていたらキリが無いですし、時間の無駄ですわ。まずは足に魔力を込めてこの場で地面を踏みつけます。
私の魔力を、踏みつけた勢いのまま地上から向かってくる眷属に向けて行き渡らせて、火炎魔法と岩石魔法を融合させた溶岩のトゲを、地上にいる眷属達の足元から発生させて急所に突き刺していきましたの。
・・・うち漏らしはありませんわね。これで地上の眷属は一掃完了ですわ。
続いて"グランスタッフ"を取り出し、先端に風魔法によって暴風の球体を凝縮して発生させます。
「な、なんだそれは・・・?お前、戦いが苦手なんじゃ・・・?」
「苦手なのは、あくまで剣の扱いだけですわ。短い上に軽すぎるんですもの。」
私、マリケルス様にはずっと、戦いそのものが苦手だと思われていたようです。剣が苦手だと申告したはずですのに、どうしてそういう考えに至ったのでしょうね?マリケルス様にとって戦いとは、全て剣で行われるものなのでしょうか?
だとしたら、学院に通う年齢にもなって、恥ずかしいにもほどがありますわね。あの年齢になっても、騎士団の訓練などに加わった事が無いのでしょうか?
・・・過ぎた事ですわね。とにかく、上空の眷属共を始末してしまいましょう。眷属共の群れの中心部に"グランスタッフ"を振るう事で、生み出した暴風の球体を投げ飛ばします。
ちょうど眷属共の群れの中心部に球体が到達したところで凝縮していた暴風が弾けました。球体の中心へと吸い込むかのように暴風が吹き荒れ、上空にいた全ての眷属が巻き込まれて消滅していきましたわ。
これで、眷属共は文字通り全滅ですわね。一体たりとも残っていません。
「何なの・・・?アンタ何なのよぉ!!」
「何と言われましても、初日に自己紹介は済ませたはずでしてよ。この国の武官の伯爵家の娘、エカテリーナ・ヴァンシェイグですわ。」
「そんな事聞いてないっ!アンタは『キミキス』には居なかったのに!何でここにいるのよ!!」
「意味が分かりませんわ。殿下、それと皆様も、彼女の言う言葉に心当たりはありまして?」
「い、いや・・・知らない。」
「たまに良く分からない単語を口にする時があるが・・・。」
「そ、そういうところも可愛らしいんだ!」
今はそういう話をしているわけでは無いのですが・・・。どうにも彼女、何らかの手段で未来を知っている、と言うような印象を受けますわ。そもそも、なぜ彼女が大悪魔を封印していた壺の存在を知っていたのでしょうか。
「貴女はまるで未来を知っているかのような発言をしますのね。」
「未来じゃないわ!!この世界は『キミキス』の世界なの!!私はヒロインなのよ!!眷属も大悪魔も封印して、聖女として認められて皆と幸せになるの!!『キミキス』にアンタなんて登場しなかったのよっ!!」
彼女の駄々をこねるかのように吐き出された言葉を必死に精査して、彼女の言い分を纏めると、つまるところ。
「貴女はこの物語の主人公で、未来が決まっているから、私がいる事がおかしい、と。そういう事でよろしくて?」
「そうよ!!分かったのな」
「知ったことでは御座いません。」
「なっ!?!?!?」
「貴女が思っている通り、この世界の未来が決まっているというのであれば、そして貴女の言う物語通りの未来ならば、私はこうして存在などしていませんわ。こうして私が存在している時点で、この世界は物語の世界でもないし、まして貴女は物語の主人公でも何でもないという事ですわ。」
「だ、だって、国の名前も、私の名前も、殿下やみんなも・・・。」
「貴女の言う物語の世界や内容がどういうものかは存じませんが、単によく似ているというだけの話では?」
「そ、そんな・・・。」
モニカさんが膝から崩れ落ちましたわね。そのまま力無く、何やらブツブツと小声で呟き続けています。
それにしても彼女、いくら何でも楽観的過ぎませんこと?物語の登場人物の人数と現実の人々の数など、比べるべくも御座いません。関わろうと思えばいくらでも関われたでしょう。その時点で、彼女はこの世界が物語では無く、現実だと気付くべきでした。今となっては今更ですが。殿下にもちゃんと伝えておきましょう。
「殿下。」
「な、なんだ?」
「彼女の処遇は殿下に一任します。」
「あ、ああ・・・。」
何やら安心しているようですが、状況を分かっているのでしょうか?他の方々もそうですが、やはりモニカさんに関わってからこの方々、阿呆になっていますわ。
「彼女の処遇によって殿下の処罰も決まりますからね。」
「は?わ、私の処罰!?」
「当然でしょう?殿下、ご自分が何をなさったのか、ご理解出来ていますか?今も殿下を睨みつけているアレが何か分かりますか?アレを解き放ったのは、間違いなく殿下御自身ですのよ。」
「わ、私は知らなかったんだ!!モニカが聖女になるのに必要だと言ったから!!」
「でしたら、そう証言すればよろしいのでは?それでも宝物庫から無断で宝を持ち出した罪は消えませんが、王族という事もあり、軽い処罰で済むでしょう。」
「そ、そうか・・・!」
御自身に此度の責任が降りかかると聞かされた殿下が、激しく反論しています。ですので、そのままを証言すれば軽い罪で済むことを伝えたら、とても安堵してしまいましたわ。
自分で言っていて、誰に責任が向かうか、分かっているのでしょうか?
「その場合、確実にモニカさんは処刑されるでしょうけど。」
「っ!?!?」
「何故そのような反応をするのですか?当然で御座いますよ?例え未遂で終わる事になっても、この国を窮地に陥れようとしたのですから。」
「彼女にはそん」
「そんなつもりが無い、などという言い訳は通りません。事実が全てで御座います。改めて殿下、彼女の処遇は殿下に一任致します。御自身の処遇と彼女の処遇。どのようになさるか、十分にお考えの上で決めて下さいまし。」
殿下にお伝えしたい事は伝え終わりましたし、そろそろこの茶番を終わらせると致しましょう。
大悪魔の元へと足を運ばせます。
「ま、待て!エカテリーナ嬢!何をするつもりだ!?」
「当然、ヴァンシェイグの務めを果たすのですわ。」
「ヴァンシェイグの務め、だと・・・?」
「この国の敵にいの一番に立ち向かい、その後ろに向かわせること無く殲滅する。ヴァンシェイグが始まってから今もなお続く伝統ですわ。」
「あ、相手は大悪魔だぞ!?」
「知ったことでは御座いません。この国の敵であるならば、真っ向から叩き潰すのみに御座います。」
「なっ・・・!?」
「ああ、この辺りも巻き込まれる事になりますので、校舎がある辺りまで下がっておいたほうがよろしいですわよ?」
忠告もしましたし、これ以上彼等と話す事など御座いません。さっさと大悪魔を征伐いたしましょう。このヴァンシェイグの前に敵として現れた以上、封印などと生ぬるい事は致しません。一応、自分から封印されると言うのであれば、見逃して差し上げますが。
大悪魔と対峙してみましたが、思っていた以上ですわね。
『小娘、何用だ。去ね。我を誰と心得る。』
「誰でも構いませんわ。貴方。再び封印される気はありまして?あるのでしたら素直に封印されてくださいまし?その方が手が掛からなくて良いですわ。」
『死ね。』
あら。大悪魔が私に向けて魔力塊を高速で打ち出してきましたわ。普通の方ならば、何が起きたかもわからずに死に至っていたのでしょう。普通の方ならば。
ですが私にはまるで無駄です。その程度の魔力量と速度と圧力では、当たったところで痛みはおろか衝撃すら感じませんとも。
本当に、思っていた以上に私の想像を下回っていましたわ。
ですが攻撃してきたという事は、それが答え。封印される気は無い、という事でよろしいですわね?
『小娘。何をした?』
「何も。強いて言うなれば、突っ立っていただけですわ。私が行動するのはこれからに御座います。」
魔力を足に込めて地面を思いっきり踏みつけます。衝撃で私を中心として、採石場の地面全体がヒビ割れ、地形が変化していきます。ですが、この程度はあくまで余波に過ぎませんわ。足に込めた魔力をヒビを伝って大悪魔にまで届かせ、岩石魔法で硬質化させた無数の岩のトゲを大悪魔に突き刺します。更にそのトゲを通して魔力を大悪魔に流して存在を固定させて逃げられないようにいたします。
『何だ、これは。動けん。小娘。待て、何をする気だ。』
「もはや、問答無用ォッ!でぇやあっ!!」
今更、大悪魔が私に何かを言いたげにしていますが、遅すぎですわ。私は叫び声をあげるとともに大地をしっかりと踏みしめて、その場で雲の高さに届くほどまで跳び上がります。
跳躍の勢いが止まる前に跳び上がった先に魔法の壁を作り、逆さの状態で天空に張り付きます。魔法の壁を蹴りつけ、大悪魔の元へと急降下です。
"グランスタッフ"に魔力を流して先端にハルバードの刃を形成させ、更にその刃に火炎魔法と水氷魔法を同時に纏わせ、反発する魔法を練り混ぜて純粋な破壊エネルギーを産み出します。これならば、例え大悪魔と言えど無事ではいられません。存在そのものを消し飛ばす事でしょう。
後は、未だに動けずにいる大悪魔に乾坤一擲の一撃をぶつけるだけで御座います。
「チェェイヤァァァァァッ!!」
爆発。
採石場のほぼ全域が私の一撃によって無慈悲に消し飛び、巨大なクレーターを作り上げました。ちょっと周囲の影響が大きすぎましたので、後で魔法で修復しておきましょう。
大悪魔は・・・姿はおろか、その魔力すらも完全に消滅してしまったようですね。征伐完了で御座います。では、決め台詞の一言でも言わせていただきましょう。
たとえ相手が何者であれ、戦いに勝利したのであれば、勝鬨を上げるのは大事な事でしてよ?
「『ヴァンシェイグに、敵う者無し』、ですわっ!」
あの大悪魔の一件から早四ヶ月。私も平穏無事に二学年へと昇級することが出来ました。
殿下達やモニカさんですか?さぁ、どうなったのでしょうね?私にとってはどうでも良い方々でしたし、あの方々がどうなろうとも、私の知ったことでは御座いませんから。
そんな事よりも、です。我が国はこの度隣国と同盟を組むことになりましたの。元々国家間の関係は良好でしたけれど、先の大悪魔の一件以降、トントン拍子に話が進んであっという間に同盟成立ですわ。
現在はその同盟成立の記念パーティーの真っ最中ですの。
この国の貴族の方々は勿論、同盟国の貴族の方々もパーティーに参加して、皆々様とても楽しそうに談笑していますわ。
私もお父様に誘われてこのパーティーに参加しましたの。理由は勿論、殿方探しですわ!
結局、我が国には私の理想に叶った殿方は見つけられませんでしたの。ですので、隣国の殿方に期待を寄せているのですわ!お父様から、隣国の方々は、我が国よりも屈強な方々が多いと聞き及んでいますの!期待も自然に膨れ上がりますわ!
ですが、今のところ、私の目に映る殿方は、皆様あまり我が国の殿方とお変わりない体型ですわね。この国でも私の理想の殿方は見つけられないのでしょうか。
そう思って、諦めかけていた時ですわ。
私の視界に、熊のような巨躯に、服越しからでもわかるような、鋼のように鍛え上げられた肉体を持つ殿方を見つけましたの。
モカブラウンの短めで艶のある髪は、まさしく熊を連想させるような風貌で、凛々しくも愛嬌のある顔立ちをしていましたわ。それに、鋭い眼光の内側に、確かに存在する理知的なまなざしも、とても私の心を魅了しました。
「お父様!!あちら!あちらの殿方をご存じですか!?」
「ん?あぁ、あの方は隣国のギュスターヴ・ヘムウィック侯爵だね。侯爵家の現当主でありながら、騎士団の団長も務めている方だよ。エカテリーナ?」
「ふふっ、うふふふふふっ。」
ギュスターヴ・ヘムウィック様、と仰りますのね。あの御方が何人の妻を迎えていようとも、私の知ったことでは御座いません。私の、理想の殿方。
ミ ツ ケ マ シ タ ワ
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