お米の神様
後もう少しなんだけどなぁ。
てか、何でお姉ちゃんのスープジャー用のスプーンを持って来たかなぁ。
絶対に帰ったらお姉ちゃんに『普通のスプーンだったじゃん。食べにくかったんだけど?』って文句言われるだろうなぁ。
いや、毎朝お弁当の準備の手伝いを私に押し付けて、自分で準備確認しないお姉ちゃんが悪いんだ。私一人のせいじゃないもん。だから文句言われる筋合はないんだかんね!
うんしょ!お、取れそう‥
ここはとある高校の2年3組の教室。先程からヘビメタ曲ばかりのお昼の校内放送を聴き流しながら、香月は角度のついたスプーンで、四角い弁当箱の隅に残った最後の米粒を掬い出そうとしていた。
「かーつき!」
トンと誰かに肩を叩かれ、格闘の末に漸く掬い出された一粒の米はポロリとスプーンの先から落ちた。
「あー!7人の神様がぁ〜」
香月は机に落ちてしまった米粒を見て、キッと落とした原因を睨みつける。
「あーごめん」
原因である同級生の少女は、いつもおっとりな香月の豹変に(米粒一つで?)と少し引きつつも謝った。
「3秒ルール?7秒ルール?」
香月は落ちてしまった米粒へ再度目を向け逡巡した様に見えたが、意を決したようにティッシュを取り出すと米粒を拾い包む。そして食べ終わった弁当箱をランチバッグに片付けると、迷いもなくティッシュをゴミ箱に捨てた。
「で、何の用?」
「あ、そうそう。さっきさぁ‥」
「なになに?」
香月は同級生とたわいない話に盛り上がって、この日の昼休みの時間は過ぎて行ったのだった。
その一方。
こちらはとある国のとある一室。
床には赤黒い色彩で円形が描かれ、中には細々とした文字らしきものが書かれてある。
それはまさに魔法陣であった。
それも時空すら超える召喚用の。
そう、ここは異世界。
「失敗したか。あと一息だったものを」
魔法陣の前で膝を立てた姿勢で祈る様に魔法陣を見つめていた男が、悔しそうに己の母指の爪を噛んだ。
香月は知らなかった。
いつもほぼ変わらない日常の学校のランチタイムに、自分が異世界からの一方的な召喚に巻き込まれていた事に。
異世界からの召喚師の呪言が響く中、あと少しで召喚の儀は完成するところだったのだった。
その日のお昼の校内放送を聴いた他の学生はこう証言するだろう。『流れていたのは三年数学の国生先生がリクエストしたバリバリの演歌だったじゃん』と。
もし同級生が来なかったら香月は異世界に消えていただろう。
最後の一粒が香月の口に運ばれてたら‥。
その日の昼休み、ゴミ箱の中のティッシュの中の一粒の米が薄らと光を放って消えていった事に気づいた者は居なかった。
その光は間違いなく7色であった。