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第9話 終焉の魔女マカミ

 翌朝、真守が端末で指令を確認すると、指令は教官が直接伝えるのでコトネと機関に来るようにとのことであった。


「また私も?あの場所嫌いなのだけど」

「うーん、基本的には魔女を連れて行かないといけないからね」

「ではなくて、前みたいに指令だけそこにいれたらいいじゃない」


 ソコ、と指さす先は機関から支給された端末だ。


「教官も何かお考えがあるのかもしれない」


 コトネは口を尖らせながらもそれ以上食い下がりはせず、コトネを伴って機関へと向かった。

 真守が会議室に入ると教官がおり、真守は一礼した。


「そこに座れ」


 教官は、そう言って教官の前にある椅子を顎で示す。


「コトネは」

「コトネは悪いが席を外してくれ」


 コトネは教官を睨みつけるが、それ以上追求することなく踵を返す。


「わかった。真守、私談話室にいるね」


 そう言ってコトネが会議室を出たのを確認してから、真守は教官を見た。


「お前には最強の魔道士かつ、終焉の魔女を管理する者としての責任を果たして欲しいと思っている。具体的には、現在機関で確認されているが未捕獲の終焉クラスの魔女の捕獲だ」

「終焉の…」

「終焉クラスとして確認されているのはコトネと、魔女マカミ。この2人だけだ。だが、同じ終焉クラスと言っても…はっきり言って魔女マカミの魔界は別次元だ」


 真守はじっと教官の話を聞く。


「魔女マカミの魔界に触れた人間は…悪くて即死。良くても廃人は免れない。魔女マカミの姿を見たものすらいない程だ。どんな魔界か、どんな魔女かも不明だ。村上にはコトネと共にこの魔女の捕獲…が無理でも新たな情報を得て帰ってくることを指令とする」

「承知致しました」

「場所は入れておいた。健闘を祈る」


 教官が席を立ち、会議室から出ていくのを一礼して見送ってから真守は端末を確認する。


[魔女捕獲命令E

魔女:マカミ

任務地:●●

添付文書:チケット2枚 行き方]

 

 任務の内容や情報は相変わらず、終焉級でも変わらないようだった。ただ、情報があってもなくても指示通り行うだけだ。

 しかし、任務地はかなり遠い場所にあるため、行き方や電子チケットが添付されているようだった。

 真守は端末を閉じると、会議室を出て談話室へと向かった。


「コトネ……?」


 コトネに声をかけると、コトネは振り返ったが、コトネは複雑な怒りを滲ませて真守を睨んでいた。真守は管理する魔女を怒らせた恐ろしさと、何故ここまで怒っているのかという疑問を抱いたが、表情の深くに押し込めて、努めて平静にコトネと話す。


「私が怒ってるの、気づいたよね。気になるなら私を見たらいいわ」

「…外に出よう」


 機関の人間である魔道士や教官は、個人差もあるがテレパシーを使ったことがわかる。機関の人間には察知されたくない内容のものだと感じた真守はコトネを外に連れ出し、少し遠くにある公園で話すことにした。

 コトネは大きな瞳を真守に向けて凛とした声音で言う。


「率直にいうけど、機関はおかしいよ」

「…前にも言ったけど、ここにしか俺達の生きる場所はないんだ」


 真守は、心臓が跳ねるのを感じたがじっとコトネを見つめ返し、コトネの記憶を読む。

 コトネの怒りの原因は先ほど、会議室から出て談話室に向かうときに起こったようだった。


 ━━━━コトネが会議室を出て談話室へ向かう場面。


「…居心地悪いな。真守だけでいいなら真守だけ呼べばいいのに」


 コトネは、ぶつぶつとひとりごちる。自分だけ厄介扱いされているようで心に靄がかかったような気分だった。機関を歩いていても男性しかいないので居づらいことこの上ないし、やることもないのだ。コトネは、僅かに余った時間を使って機関の中を少し見て回ることにして、少し寄り道して談話室に向かう。

 すると、ふと左手に扉が見えて、コトネは気になって少し扉を開いてみると、何枚かの扉があった。すべての扉には、扉の下部に小さな窓が付いていることに気がついた。

 何をしているのだろうと思うとコトネは屈んでその様子を伺うと、全身の血が逆流するほどの衝撃を受けてコトネは身震いした。

 それは、部屋の中で少年たちが拷問されている光景だった。

 コトネが見たその窓の部屋は、コトネと同じか、それより幼い少年が全身を切りられていて、苦悶に身をよじらせていた。体は真っ赤で、涙を流して叫ぶ少年の声は完全防音になっているようで叫び声までは聞こえなかったが、コトネは気分が悪くなり、怒りと悲しみで心がグチャグチャになった。

 やはり、ここはおかしいんだ。

 この扉の部屋の全ては恐らく……。

 コトネは談話室に向かって走った。真守を待っていた。


 真守は目を開いてコトネを見た。


「あれは魔道士だよ、訓練中の」

「真守もあんな訓練を受けたの?何故断らなかったの?あんな訓練、死んでしまわないの?」

「死ぬかと思ったことは何百回もあったけど、訓練で死んだ魔道士はいないよ」


 真守は目を伏せた。コトネはじわりと目に涙を溜める。


「おかしいよ…やっぱり!ずっと思ってたけど、機関は魔道士なんてどうでもいいと思ってるよ。それなのに命令されて、聞いて、痛い思いもして…私といるのも命令なんでしょう?自由なんてないの?」


 真守は複雑な気持ちでコトネの話を聞いていた。口を開こうとしては声を出せず、息を吐く。真守は何も言えなかった。


「……そう思っていたんだ。コトネは。俺はね、それが不幸と感じたことはないし、機関に所属する以外に何かできるとも思えないんだよ。コトネといるのは確かに機関の命令だけど、だから嫌だということもないんだ。俺は、」

「わかった……、わかったわ」


 真守は、申し訳なさそうに、絞り出すような声でコトネに伝えると、コトネは頷いて涙を拭った。


「真守もどうしようもないものね、ごめんね。とりあえず指令?出されたんでしょう?」

「うん。今度はかなり強い魔女らしい。」

「行こう」


 コトネは、納得したというよりは保留にする気持ちらしかった。停戦状態のしこりを残した状態のまま二人は指令のあった土地へ向かう。

 二人は移動中も会話という会話もないまま、現地に着いた。

真守達の立っているそこは、町外れのトンネルの入口だった。トンネルは赤いレンガで作られていたようだったが、レンガは黒ずんで所々にコケが生えていた。入口からは風が吹いていて、トンネルは繋がっているはずなのに先は真っ暗で見えない。


「ここだ」


 終焉の魔女がいると確信できるほどにおぞましいトンネルだった。真守のテレパシーは、魔道士の中でも広い探索範囲とはいえ、かなり遠くから異様な雰囲気を感じ取っていた。トンネルの中に魔女と思しき意識が1人分だけ。トンネルの周辺も含めて人はいないようだった。

 コトネはじっとトンネルの中を見つめていた。


「行こう」


 真守が歩き出すとコトネもそのあとを付いてくる。

 トンネルに一歩踏み入れた瞬間、何とも形容することができない気持ち悪さで全身が満たされた。

 全身を虫が這う感覚?違う。

 人の死体や肉片を見た時?違う。

 獣の唸り声を聞いた時?耳を掻き毟りたくなるような異音を聞いた時?突然目の前の景色が反転した時?刺された時の痛み?焼かれる痛み?内蔵が浮かび上がるような感覚?麻薬が切れた時の強烈な不安?どれもこれも言葉で形容することができない程のおぞましい感覚に襲われる。


「ああああああああああああああああ!!やめろ!出たい、殺してくれ!!ぅぅああぐかぁぁ、ぁ」


 真守は叫んで頭を振った。

 魔界というものは魔女の思考が人の思考に作用するものである。だから、現在存在する痛みや感覚に耐えられれば魔女の魔界にも耐えられるからこそ訓練を耐え抜けば大抵の魔界に対して耐性ができる。そのはずだった。

 だが、人間を根底から揺さぶるような感覚は初めてだった。


「ぁ、ふ…」


 自分が喘いでいるのか、どこにいるのかも分からなかった。目を閉じても、耳をふさいでも皮膚を掻き毟っても魔界を消すこともできない。もはやコトネに指示することもテレパシーを使うこともできなかった。少しでも早くここから出たかった。

 魔道士の訓練をやめなかったこと、魔道士となったこと、指令を受けたこと、ここに来たこと、引き返さなかったこと、死なななかったこと、生きてしまったこと、全てを後悔した。

 こんな魔界を持つ魔女が存在するということが、恐怖以外の何者でもなかった。どういう思考をすればこんな魔界が出るのかもわからなかった。


「初めて。私の魔界に入ってきても無事な魔道士なんて」


 声がした。

 自分が立っているのか、座り込んでいるのか、横になっているのかもわからない。

 吐き気がするような、大凡生き物が発するとは思えない声がした。


「一緒に入ってきた女の子は動かなくなっちゃったみたいよ」

「…ころ、し」

「あら、まだ話せるんだ」


 真守は1秒たりともこの苦痛から逃れられるためなら死んでしまいたいと思っていた。


「私の魔界に入った人はもう入ってきた人とは別人になってしまうのよ、そんなつもりはないんだけどね。でも貴方、かなりこういった耐性はあるのね。…うん、だからここに無理やり派遣されてきたのかな?」


 おぞましい視界の中にあるのは、ぼやけた女性の姿。魔女は少女が多い中、女性の姿であるというのはそれだけ長く生きているということだろう。


「全部知ってるのよ、私。貴方も知っていて彼女を連れてるんでしょ?貴方の所属する機関が、魔女を最期どうするのか」


 そう、最期は、管理している魔女を魔道士が殺すのだ。

 女性は、魔女に対して絶対に知らされることのない掟も知っているようだった。


「彼女、私と同じ魔女なんでしょ。可愛そうねえ…残酷。ああ、私、別に怒ってないのよ。だからこんな魔界ってわけじゃないの。好きにしたらいいのよ?ただ、彼女はやっぱり危険よ」


 女性の姿は魔女マカミだろう。魔女マカミが笑う気配がした。


「彼女を信用させて、利用するだけ利用して殺して。でもね、そう簡単にいかないと思うわよ。特に彼女は」


 真守は朧げな視界の中、彼女の聞くのも憚られるような声ははっきりと聞こえていた。


「終焉の魔女。私の魔界がもし世界全てに広がったら…本当に世界の終焉になっちゃうわね。気が向かないからやらないけれど、気が向けば魔界をひろげてしまうかもしれないわ。彼女は終焉といっても、私ほどの魔界を持っているのかしらね?貴方たちも、そう思うんじゃない?貴方たちの言う…禍級程度ではないかって」


 女性はそう言うと、あ。と言った。


「彼女…自力で起きたみたいね…」


 突然、魔界の音声はクリアになって、心の苦痛が和らいだ。

 空間に立っていたのは、コトネだった。


「彼女は終焉級だと思うわよ」


 真守は腕を引かれて、気が付けばトンネルの入口にいて、目の前には座り込んで肩で息をするコトネの姿だった。


「あ……」

「真守、大丈夫…?」


 コトネは涙と涎でグチャグチャになりながらも、真守を気遣っていた。

 真守が自分の唇に触れると、吐瀉物が付着していた。慌ててハンカチとティッシュを取り出し、コトネに渡して自分の顔も拭き取った。


「真守…もう、」

「いいよ、帰ろう…もういい」


 真守はコトネを抱きしめた。コトネの身は冷たく震えていた。コトネは魔女を捕獲できなかったことを申し訳なく思っているようだったが、同時に自分と同じ恐怖を体験してしまって、二度目トンネルに入ることに対して拒絶したいという思いが混ざっていたようだった。

 後ろには機関の人間が待機していたので、真守は機関の人間に首を振った。


「情報は手に入れた。ただ魔女の捕獲は無理だ」


 機関の人間は何も言わず、車の扉を開けたので、二人は機関の車に乗って帰った。

 車の中は、ずっとしんとしていた。

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