第2話 魔女アオナ
[魔女捕獲命令o
魔女:アオナ
任務地:●●町]
真守はタブレット端末を開いて機関からの指令を確認した。
「真守ー、真守ー?どこにいるの?」
コトネの呼ぶ声がした。真守は、コトネがベッドで寝ている間、バスタブに風呂マットを敷いて眠っていた。
真守は体を起こして意識をコトネに飛ばした。
「(風呂場にいるよ)」
「(そんなことができるの…)」
コトネから驚愕と共に思いが伝わった。
「(一般人に対してと、担当外の魔女と教官に対して飛ばすのは魔法に反する行為に当たるけど、コトネは俺の担当だからコトネに対するテレパシーは許可されてるから)」
コトネが風呂場の扉を開けて怪訝そうに真守に声をかける。
「ほんとにいた…」
「コトネは良く眠れた?」
「う、うん。でも別にそんなところで寝なくても、」
「このほうがコトネも安心して寝れるだろ。俺はこういうのは平気だから。…それより、機関から魔女の捕獲指令が来てる」
真守は浴槽から出て、部屋のフローリングに座り込んだ。コトネも一緒になって隣に座ってタブレットを覗き込んで首をかしげた。
「魔女捕獲?」
「そう。魔界が確認されれば、機関が魔女を捕獲して管理する。魔界ってのは君がやったように、本来無いものをここにあるかのように見せられる幻覚を魔界と呼んでるんだけど、魔女を捕獲できるのは、魔界に対して耐性のある魔道士か、魔道士が管理する魔女だ」
真守はタブレットを閉じた。
「まあそういうことで俺たちに命令が来たわけだ。悪いけどついてきてほしい」
「逆らえないんでしょ?」
コトネが立ち上がろうとするのを制した。
「まず魔女と魔界と機関について、だ」
「魔女と魔界と機関?」
真守は部屋の隅にあったカバンを引っ張り、テキストを取り出した。
「簡単に説明するが、まず魔界というのは魔女が生み出す幻覚の世界だ。魔界に取り込まれた人間は魔女の能力にも依るが、その場から見えなくなるか目を瞑ったまま動かないかのどちらかに見える」
「…私が何か音を思い出したり、音を鳴れ!と思ったときになるのは魔界?ってことね」
「そういうこと。魔道士のような特殊な人間でない限り魔女の気まぐれ以外に魔界から逃れる術はない。だから魔女が魔界を作るのは魔法で禁止されている。特別許可を得た時以外は」
ポンポンと木琴のような音が鳴って、隣を見るとコトネがくすりと笑っていた。真守は肩をすくめる。
「という訳だから、勝手に魔界を作らないでくれ」
「ごめんね、これも魔界って言うのね」
「そう。で、魔法で作られた物を魔物という。魔界でついた傷や魔界で手に入れたもの、当然魔物も魔界が消えれば原則消える。ただの幻覚だからな」
「ふうん。魔物、ってそういう意味なんだ」
真守が魔物ピアノに触れた時の言葉だろう。コトネは納得したように頷いた。
「指令は主に魔界を消して、魔女を捕獲可能状態に置くこと。魔界を消すには魔女に魔界を消させるか、魔界を魔界で打ち消すかになる。魔女の魔界を見極めながら魔界を消すのが主な目的だ。魔道士は魔界の耐性があるが、魔女にはない。魔女の幻覚は信じずに俺だけ信じて欲しい」
コトネが目を見開いた後、目を伏せて小さく頷いたのを確認して、「じゃあ行こうか」と促した。
行き先は指令に書いてあった●●町。そこそこ大きな町で、周りには色々な店があって人通りも多い。コトネは周囲をキョロキョロさせながら真守の後をついて来ていた。
「すごい。ね、あれ食べたいし、あそこにも入ってみたいし、あっちにも行ってみようよ」
「買い物しに来たんじゃないんだけど…」
コトネが迷子にならないよう気をつけながら魔女を捜すべく意識を集中させる。
「こっちだね」
「わかるの?たったこの指令だけで何の情報もないのに?」
「ああ、魔道士だからね。魔界を創っている魔女の思考は独特で分かりやすいから」
魔女探しは、それらしい魔界のありそうな気配を探りながらテレパシーを使って該当人物を洗い出していく作業だ。魔女の見せる幻覚たる魔界は現実の世界とは相容れないありえない世界なので、どこかに必ず違和感が有る。そして、魔道士は魔女の意識や思考を読み取ることができる。
そして、真守のテレパシー範囲は魔道士の中でもかなり広範囲までわかるため、大体の位置さえわかればどうとでもなる。
「こっち」
真守は大通りを曲がり、路地裏に入る。そのまままっすぐ行くと、一戸建てが立ちそうな広さの空き地に出た。
空き地は背の高い雑草が無法に生い茂っていて、土地には人が入らないよう網の柵が立てられていた。網の柵には蔦が背を伸ばしていた。
「ここにいる」
真守は空き地から漂う独特の魔界の雰囲気を感じ取った。パッ見えないが、ここに魔女はいる。
植物や城、おとぎ話のような世界の気配だ。
コトネもキョロキョロとあたりを見回してから真守を見た。
「誰もいないよ?」
「いや、いる……━━━━ッ!?」
「や!なに?」
いつの間にか真守とコトネの足蔦が絡みついており、二人はそのまま空き地に引っ張られる。
「蔦が意思を持って動くわけない、幻覚だ。既に魔界の中らしい」
空き地が真守を引き寄せるかのように体を引っ張るので、真守は柵にぶつかるかと身を固め、目を閉じた。
しかし、衝撃は来なかったため、目を開けると、空き地に柵はなく、生えっぱなしの雑草は綺麗な洋風の庭園になっていた。その先には屋根が青く壁の白い西洋の城が建造されている、絵本をそのまま持ってきたかのような世界。
真守はすぐ立ち上がり、隣で目を白黒させて尻餅をついているコトネの腕を取って起こした。
「ご機嫌よう?綺麗でしょう、このバラは」
庭園に咲く色とりどりのバラに触れながら現れるは、わざとらしい言葉遣いの小学生ほどの少女、魔女アオナだろう。お姫様のような青いドレスに、髪をお団子にして真っ青なリボンで結び上げた少女はうっとりした表情で微笑んでいた。
アオナの遠くに建っているように見える城も相まって、如何にもプリンセスという雰囲気だった。
真守はテレパシーで少女を読む。少女はおとぎ話のようなプリンセスに憧れていて、洋風の城や庭園に憧れているらしかった。
魔女を捕獲するためには、魔界を消させるか、魔界を打ち消す必要がある。
つまり、魔界をありえないものだと否定して現実に引き戻すか、そのまま魔女同士魔界をぶつかり合わせて対峙する方法となる。
兎も角真守は、まずアオナに揺さぶりをかける。
「こんな小さい空き地に庭と城が建てられるわけないよ」
「そんなこと言わないでよ!私のお城なんだから!」
「この空き地は城なんて建てる余裕はないだろう」
真守はアオナと話しながらコトネに意識を向け、テレパシーを放った。
「(コトネ)」
魔女アオナと話しながらも、現状を把握できていないコトネに意識を飛ばして話しかける。
「(君の魔界でアレを打ち消す)」
「(どうやって!?)」
「(この薔薇が枯れるように意識して魔界を創ってみてみてくれ。この魔界にある薔薇が枯れたら、アオナには建物が崩れ落ちるような轟音を聞かせてやって欲しい)
「(うーん、やってみる)」
真守は自分の作戦をコトネに伝えると、コトネが理解したことを確認すると、真守はアオナに向き合いふ、と鼻で笑った。
「で、お花畑満載…余りにも稚拙だよな、この世界は」
「うるさい!!!」
キハナが叫び、トゲのある蔓が真守に向かって伸びる。真守はアオナの心を読み取ることができるので当然、自らの心臓を刺そうとしていることは分かっていた。
真守はあえてそれを避けず、そのまま蔓は真守の心臓を貫いた。
「真守!」
「集中しろ!!」
名前を呼ぶコトネを大声で静止した。コトネびくりと肩を震わせ、不安そうにしながらも、慌ててアオナに向き合った。
続けざまに2本目、3本目の蔓が突き刺さるも、真守は怯まなかった。心臓は確かに痛むし、蔓は真守を刺し貫いて流血しているが、真守はそれでも平静だ。こういった魔女の幻痛に耐えるための訓練は幾度も受けた。
真守は口に逆流してくる血を口の端から流しながら笑い、突き刺さる蔓を掴んでさらに押し込んだ。アオナには刺激が強かったのか「ひぃぅ!」と悲鳴を上げた。
「薔薇をこういうふうに動かすのは絵本の見すぎだよ、幻覚だって分かりやすすぎる」
「う、ぅ、なによ!いぢわるしないでよぉ」
「(コトネ、今薔薇を枯らせてくれ)」
真守に突き刺さる蔓を伝って、ぽたと真守の血が地面に落ちたその瞬間、足元に広がる薔薇が枯れる。
「人間の血液は塩分があるから、血液に触れると花は枯れるんだよ」
キハナは「ひぅ」っと声を上げた。
どんどん薔薇は枯れていき、薔薇の枯れた花弁が地面に落ちて、庭を茶色く染めていた。
次いで、城が崩壊する轟音が響き、キハナが振り向いた時には城が崩壊していた。
コトネがにっこりと笑った。
「どう?」
ごぉっと音がして、崩壊した城の瓦礫が少女に襲いかかる。
「いやぁぁっ!!」
パッと魔界は消えて、少女は空き地に倒れ込んだ。どうやら少女は草むらの中にいたらしい。
真守たちは、引きずり込まれたはずの空き地の中ではなく、空き地を見つけた時と立ち位置は変わっていなかった。
いつの間にか来ていた機関の者が少女を車に運び込んでいて、嫌なことを思い出したのかコトネは眉根を寄せた。
コトネもそうして機関に送られたからだ。
「いつの間にアイツらは来てるの?」
「いや、あの子の魔界に入った時から随分時間が経過していたし、機関が初めから俺たちを見守っていたんだろう。…帰ろうかコトネ」
「あの、怪我は……?」
「ただの幻覚だからね、現実の俺の体には傷一つないから大丈夫」
「でも、それでも痛みはあるんでしょう?」
「心配してくれてありがとう。心が読める俺が避けられないわけ無い。怪我しないって確信してた上で避けなかったんだ。心配いらないよ」
コトネはアオナが貫いた真守の胸のあたりを心配そうに見ていたけれど、到着した機関の車に乗せられて、真守達の住居であるアパートに戻った。
「あんな感じなのね。私、街に出るのも久しぶりで、私と同じ魔女に出会ったの初めてだった」
「だろうね。ずっと収容されてたんだろ?」
真守は、ひと仕事を終えて、ホットコーヒーとオレンジジュースを用意して任務の完遂状況を報告しつつ答えた。
コトネがオレンジジュースを飲みながら尋ねた。
「ねえ、聞きそこねてたんだけど”自分が血を流したらそれを地面に垂らすから、そのタイミングで薔薇を枯らせ”っていうの、どういう意味だったの?」
真守はああ、あの時コトネに向けたテレパシーかと思い出し、報告書を作成しながら答える。
「魔界、というのは魔女の意識からできている。血の一滴で直ぐに薔薇が枯れるわけじゃないけど、魔女自身が枯れると思ってしまえば枯れるんだ。先に張られた魔界を全否定するのは難しいから相手に枯れる、という意識を植え付ければ君も楽に相手の魔界を上書きできる。実際にすぐじゃないけど血液で花が枯れるというのは真実だ」
「ふぅん?」
「あとは君がキハナの魔界を上塗りする方向で魔界を展開するだけだ。君が城が崩れる音を鳴らすだけでキハナは城が壊れたものだと勝手に思ってそういうふうに魔界が変わる。キハナが危ないと思えば魔界は消える」
つまり、城の瓦礫をキハナに向けて襲いかからせることで恐怖を与えて魔界を消させた、ということだ。
キハナの精神はかなり幼く、少し怯えさせれば魔界は解けるだろうというのは感じていた。魔界は魔女の妄想の世界が他の人にもイメージとして見えるようなものだ。世界の支配者たる魔女が魔界を消そうと思えば消えるものだ。
「そんなこと考えてたのね」
「対魔界の戦闘についてはウチの基本訓練だからね」
真守は報告を終え、タブレットを置いてコーヒーを啜る。
「真守は、痛くなかったの」
コトネが真守の隣に座る。
「ずっと、機関の命令に従って、こうして痛い思いして、それでも良いの?」
コトネが、真守の目を覗き込んだ。
「ココでしか俺の生きてる意味はないからね。魔道士も普通の世界じゃ生きられないんだよ」
コトネと出会ったとき、魔女は普通の世界では生きられないと言ったように。
心を読む魔道士もまた、普通の世界では生きられない。だから、自分の能力を生かせる機関の任務を受けることに疑問を思ったことはなかった。
しかし、コトネは自分の言葉を返されると思っていなかったのか、目を伏せてしまった。
「飯にしようか」
「何か作れるの?じゃ、じゃあオムライス!作れる?私食べたかったの」
「作れるよ。これもウチの基本訓練だからね」
食事を作ると、寝るときになって風呂場に向かう真守にコトネは怪訝そうに見る。
「流石に私、申し訳ないんだけど」
「でも異性がいたら嫌だろ。うっかり俺に驚いて魔界を展開されたりしたら困る。俺は寝ない訓練もしたし、硬い床でも寝れる訓練をしてる」
パジャマに着替えたコトネがため息をついた。
「私の心が読めるんなら全部わかるでしょ?」
「無闇に読む訳無いだろ」
「……じゃあせめてソファで寝てよ。はい、枕。ちゃんと寝て、私の面倒みてよね」
コトネは真守に枕を押し付けて、ベッドに寝転がった。真守は逡巡して、渋々ソファに横になった。
「(おやすみって、言わせてよ)」
真守はコトネの心声が聞こえてきて、真守は照れくさくなって小さな声で「おやすみ」と呟いた。