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三十路越えたから魔法使い飛ばして神様になる

作者: ささかま 02

ちょっとお下品。


 三十過ぎて童貞だと魔法使いになれる、等という話を仲間内でして笑い合ったのは確か高校の頃だったと思う。

 もしあの頃に戻れるのなら俺自身に是非こう言ってやりたいね。大学に入ったらいい感じの子が出来るから、その子に土下座してでも筆下ろししてもらえってな。

 「あなたって実は面白味のない人よね」なんて長い爪でミルクティーみたいな色の髪を触りながら言ったりっちゃんも、悔しいけど今日は本当に綺麗だった。


 何が楽しくて自分の誕生日に、昔付き合いかけた女の結婚式に出なきゃいけないんだ。帰ってバームクーヘン食うのが辛い。

 何が「あなたの事は人として好きよ、これからもいい友達でいてね」だ。そんなことより一発ヤらしてくれ。そしたら俺は魔法使いライフを送らなくて済んだんだ。


 のろのろと重い体を引きずって帰路に付く。

 俺の気分と同様に空はすっかり日も落ちているが、駅前の大通りは今日のりっちゃんみたいにきらきらして眩しい。

 なんて、柄にもなく詩人っぽいことを言ってみたがノスタルジックな気分は牛丼屋の前を通った時に嗅いだ旨そうな匂いに掻き消えた。


 明日も仕事があるからと中座した二次会では俺とりっちゃんの事をよく知る友人たちにからかわれ続け、碌に酒も飯も食えなかったので小腹が空いてきた所である。

 まぁだからと言って流石にこの時間から牛丼は重いし、何よりまだ大丈夫と言い聞かせてきた腹回りの肉が少し怖い。ビールっ腹にだけはなりたくはないんだ。

 勿論俺の名誉の為に言っておくが、別に給料日前で手持ちがなくてケチっている訳じゃない。むしろ貢ぐ相手がいないからそれなりに蓄えはある方だ。


 やめよう、気分が萎えた。

 仕事は、自分でいうことじゃないけど人並みには出来る方だと思う。必要なら資格も取ったし自主的に勉強もした。

 趣味や遊びがなかったわけではないが、多分そういうところがりっちゃんの言う「面白味のない人」というやつなんだろう。


 そんなんだからすごすごとバームクーヘンを受け取り引き下がることになるんだ。

 自分の手にしっかりと握られた引き出物の紙袋を恨めし気に睨みつけるが、かといってまだ食べられる物をそのまま捨ててしまうことも出来ずみみっちい自分が嫌になる。

 明日以降これを食べなきゃいけないのも気が重い。


 いっそ誰かに押し付けてしまおうか。

 信号待ちの交差点でちらりと隣を見ればイヤホンとスマホを装備した仕事帰りのOLが俺と同じように歩道の前で立っている。

 いやいやいや。いきなり見知らぬ男にバームクーヘン押し付けられるとか恐怖でしかないだろう。

 どうあっても自分で処理するしか道は残されていないらしくため息が出た。


 不意に視界の端から光が差した。

 見慣れた店や看板の光ではなく、本当なら真正面から浴びることのない二対の光だ。


 ああ、俺は楽しい魔法使いライフも送らせてもらえないのか。

 迫ってくるヘッドライトに気付いていないらしいOLを咄嗟にガードレールのある方へ突き飛ばす。

 突き飛ばした女と目があった。何処となく、雰囲気がりっちゃんと似ている気がした。


 もっと早くこんな風に動けたらロマンスだとかもうちょっとだけいい思いもできたかもしれない。

 子供が投げた玩具みたいに簡単に振っとんだ体はべしゃりと無様に落ちた。

 体は動かないが不思議と痛みはない。随分と騒ぎになっているようだが頭を打ったのかぼんやりしていて誰が何を言っているのかわからない。


 あのりっちゃんに似たOLは無事だろうか。

 唯一動きそうな目を動かせば、OLの代わりに潰れたバームクーヘンの紙袋が見つかった。しっかり握り込んでいたはずなのにぶつかった衝撃でいつの間にか手放していたらしい。


「勿体ねぇな」


 最後に出た言葉がそれかと、自分の貧乏性に笑えた。





 と、いう感じで居眠りだったか脇見だったかは知らないが、車に吹っ飛ばされて死んだはずの俺は、なぜか死後もデスクの上でパソコンに向かってカタカタとキーボードを叩いている。

 何が悲しくて死んだ後も社畜しなきゃいけないんだよ。

 確かに明日も仕事だって言ったが死んでまで仕事がしたかったわけじゃない。


 あの後気が付いたらいつの間にか見知らぬロビーのようなところにいた。

 一瞬夢でも見ていたのかと思ったが、引き出物の紙袋の代わりに握っていた感熱紙の番号札の感覚が妙にリアルだった。

 一先ず番号を呼ばれて窓口の指示に従ってみたんだが、今思えばあれは職安のようなものだったんだと思う。


 あ、君マクロ組めるのね。おっけおっけ、じゃあこっちの部署行ってねー。

 なんて軽い口調で振り当てられた場所に行けば、あれよと言う間に仕事と済む場所を紹介されてしまった。

 死後でも役立つとかエクセル勉強しててよかったわという感想が来てしまった。


「おーい新人君、区切りのいいところで休憩行くよー」

「うーす」


 目の前の資料を一時保存して先輩の休憩に付き従う。

 思っていたのとは大分違う死後の環境だが、やっていることが生前と似たようなことなので幸い何とかなっている。


「どうよ、お仕事慣れてきた?」

「ぼちぼちっすね」


 パブリックスペースに設置された自販機のコーヒーをちびちびとすすりながら先輩はにやりと笑った。

 何かと気にかけてくれるこの女性は俺の教育係で色々と俺の疑問を解決してくれるありがたい存在だ。

 仕事内容もどうして俺がここにいるのかも大抵彼女が教えてくれた。


 そう、仕事内容だ。

 俺がやっているのは云わば事務だ、事務仕事なんだ。その中身を理解するのにかなり時間がかかった。

 何なんだよ、多重世界の運営とバグ修正って。


 死後の世界って言うだけでもなかなか気持ちの整理がつかなかったのに、自分が生きてきた以外にも世界が複数あってそれを正しく運営するための事務処理をしろとかマジで意味がわからなかった。

 しかも俺のよく知る世界とは違い剣とか魔法の使える世界があったり、もっと化学が発展して宇宙に住んでる世界なんかもあったりする。


「やってることファンタジーすぎて俺の頭の方がバグりそうっす」

「ははは、でも死後の世界も十分ファンタジーでしょ」

「確かに」


 現地に派遣されてる社員が計測したデータを推移を確認し、異常があればその都度原因の究明と修正案を出すというのが主な仕事内容だ。

 やってることは非常に地味だが指先一つで世界をどうこうできるなんてあるで神様にでもなった気分だ。やっていることはただの事務職なんだが。

 因みに俺のいる部署以外には神様要素を前面に押し出した、新しい世界の企画や設計を担当する人気部署もあったりする。


「そういや先輩って、もともと現地調査の方の部署にいたんすよね」

「そうそう、現場仕事やってたのよ」


 猫舌なのか少しずつしかコーヒーを減らさない先輩がへらりと笑う。

 熱いのが苦手なら最初からアイスコーヒーを買えばいいのに、いつもホットを買ってちびちびすするのは何か拘りでもあるんだろうか。


「生きてた頃も確かに色んなとこ行ったけど、死んでまでいろんなとこ行く思ってもみなかったわ」


 生前はバックパッカーをしていたという先輩の死因は、あまり治安の良くない地域に行ったときに事件に巻き込まれたんだとこともなさげに言った。

 人は刺された時、痛みより先に困惑を感じるらしい。何があったのかを脳が把握してからやっと痛覚が動き出すんだとか。

 あまり気持ちのいい感覚ではなさそうなので、先輩には悪いが四輪車両に吹き飛ばされた身としては痛みを知覚する前にこちらへ来れたのは運がよかったのかもしれない。


「どんなところ行ったんですか?」

「色々行ったわよー、国内はもちろん紛争地とかにも色々」

「へぇ、なんでまた」

「人探しよ。ある日突然いなくなっちゃった幼馴染ね」


 日本でも年間約八万人もの行方不明者がいる。

 事件性のあるものや家出の様に姿を消した者まで様々だ。

 中でも近年は十代、二十代の失踪者が増えてきているのはカラオケボックスやネットカフェなど、手頃な価格で夜を明かせる場所が増えたからだろうか。


「……見つかったんですか?」

「見つかったわよー、死んでからだけどね」


 なんでもない顔で、いかにも自分はさっぱりした性格ですという風を装ってはいるが、この先輩は存外重い。

 ここは死後の世界なんで自分の死因程度なら「お前どこ出身?」くらいのノリで飛び交うが、そういう生前の根幹みたいなものはそんなにフランクに話さないでほしかった。


「ほら私が担当してる世界の」

「死んでからって、アンタがかよ」

「あははー」


 生前女の子とのいちゃねちょを望みながら終ぞその願いを叶えられなかった俺からすれば、年の近い女性と気安い雰囲気で話し合えるのはとても進歩なのだが如何せん先輩はちょっと……。

 好きな人もいるんだろうが、ヤンデレとか他所に向けたクソデカ感情抱えている人とは少し幸せになれる未来が見つけにくいので。


「子供の時にね、この子と約束したことがあるのよ」

「なんの?」

「私が世界を征服したら、その半分をあげるって」


 悪戯染みた笑みを浮かべた先輩は、りっちゃんには似ていないが美人な方だと思う。

 俺に対しては感じのいい先輩なのでどうか俺とは違う人と幸せになってほしいものである。

 例え発想がグレートマザーアースであっても、どこにも迷惑を掛けず幸せそうにしているのなら無問題というやつだ。


「ある意味叶ってるじゃないっすか」

「そうなの、笑っちゃうわよね」


 軽口を叩いて残っていたコーヒーを一気に飲み干す。

 そろそろ休憩も終わる頃だろう。余計な詮索は空き缶と一緒にゴミ箱に投げ入れて蓋をしてしまうのが良いに決まっている。

 そうして比喩ではなく、世界を担う企業戦士として神様みたいに世界の運営を始めるのだ。


 まさか魔法使い飛ばして神様になるとは思いもしなかったが、正直少しだけ現状を楽しんでいる自分がいる。

 もちろん、ここに俺の事を好きな美女が表れてくれるなら言うことがないのだが、そういうわけにもいかないので今は自分に対しては無害な先輩を眺めるだけで我慢する。

 願わくば。今生、と言っていいのかどうかはわからないが、死後のこの世界ではできるだけ早いうちに魔法使いを卒業できますように。


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