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リオン -剣術使い-  作者: 笹沢 莉瑠
第一章 既に日常は終わっていた
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【第1章6】重なる ♯

【リオンの依頼で村にやってきたヒア(男)だったが、頼まれた事をやるまでに時間があった。そこで『剣の習い』の卒業試験を見ようと、生徒が屋敷に戻ってくるのを待っていると】

『まだ、はっきりとは決まっていないのです』

 凛とした彼女の声がよみがえる。彼女はあのとき、心から真剣に言ったのだろう。だが。


 男は屋敷の敷地に生えている木々の間に、まぎれれ込むように立っていた。王城にも連絡し、自らの隊から信用できる隊員を呼び寄せてある。このフェブリーヤ一族の村と王城は、馬で駆ければ一時間という距離だ。彼女が試験とやらを終える前には、やって来れるだろう。

 男は自分の部下が来るまで待ち、その間に試験を見学していることにした。生徒たちは朝早い今、身体を温める走りをしているらしい。


 生徒たちが戻ってくるまで、男は久しぶりに会ったリオンのことを思い返していた。

(彼女はあくまで変わらない。どんなにその心を疲れさせても、彼女の本質が変化することはない)

 またよみがえる。今度はあのときの仕草もともなって。

 男が知る幼い彼女は、思いつきで行動する超行き当たりばったり人間であった。本人は大真面目に言って、その思いつきを叶えるために周りを巻き込んだ。そして思いつきが実現したあかつきには、輝く笑顔が見られた。


 揺れる椅子から立ち上がった彼女の目は、ヒアが知る、思いついたときの目。表情には出さなかったが、その後の一挙一動が跳ねていた。おそらく今、願望を叶えんと動いていることであろう。

(最後には、笑ってくれるだろうか。昔のように……)

 彼女がかたる運命は、今日一日のみを残した。そのわずかな時を日常として過ごすこと、それがジュディアの願いだった。


 ヒアは見守ることに決めた。彼女がそう望むのならば、出来うる限り叶えてやりたいと常々思っていたから。ヒアがそうすることを、彼女の運命が見込んでいようといまいとかまわなかった。ジュディアに最後のときでも、必要とされた、それだけが今の彼の心を占める。


 例え、彼女の望みが自分のそれとは逆であろうとも。

 ヒアをすくいあげた、残るただひとりのために。

 自身だけが置いてきぼりになろうとも。

 ただひとりのために。



 男は茂みから抜け出し、建物の陰に身をひそめなおした。

 一定の規則性をもった足音が、門をくぐりぬけて近づいてくるのだ。

 戻ってきた生徒第一号を見てやろうと、男の顔が陰から現れた。男が見たのは黒髪の少年の後ろ姿。何となく既視感を覚えて、男は首をひねる。


 その感覚を言語化させる前に、少年が動いたので確認できなくなった。

 少年は屋敷の方へ数歩歩き、頭をさげる。つい今しがた、男と同じく少年の気配につられて出てきた、師のリオンにむかって。

「……おはようございます」

 気の張った声ではなく、疲れたような声が男のもとに届いた。


「二度目だけれど、おはようビル。今日は少し時間がかかったんじゃない?」

 そんな少年の様子にもお構いなく、リオンは笑顔でハキハキと喋った。変声期前の少年は、最小限のことしか話さないようにしているように見える。

「そこでユタートと会ったので」

「あら彼は今日が最後だからって、全員と話すつもりかしら。別にもう会えないってわけではないでしょうに」


 そのビルという少年とリオンは、何ということもない雑談をしていた。会話を聞くに男は、今年試験を受ける生徒が五人いる、と理解する。そのうちのひとりが、話している少年であると。

 数分にも満たない会話は、リオンの「あっ」と何かを思い出したフリで打ち切られる。

 男はそのリオンの態度で、深い記憶の底がくすぐられた。


「ねえ、ビル。今日は『剣の習い』の試験だけじゃなくて、『剣術の習い』も一緒にやろうと思うのよ。彼らはもう、森の広場に集まってると思うから、伝えてきてくれない?」

 始めからそれを言うつもりだったリオン。思いつきに知らずと巻き込まれた少年は、素直に従った。

「分かりました。……行ってきます」

 きびすを返して、受け答えの少ない少年は行った。


 終始物陰に隠れていた男は、少年を追うべきか、別の生徒がやってくるのを待つべきか、迷う。

 彼が試験を見学すると決めた理由は、暇潰しだけではない。リオンの後継者選びであろう、この場に居合わせたかったのだ。彼女の望みに付き合いたいと思うのだ。

 だから、『剣術の習い』なるものに所属する生徒がいるなら、候補者の幅を広げることになる。どんな可能性から、リオンの名前を託すのか見届けたいのだ。


 そう、強者の思案する様は、頭に集中しており、自分の身体には隙だけがあった。そのために、

「……あんた、誰ですか」

 張りのないボーイソプラノで話しかけられるまで、事態に気づいてすらいなかった。

 飛び上がらんばかりに驚き、男は自分の背後を取った人物を見る。その場には、見たことのない人物など存在しなかった。


 わずか十五歳の少年しか。


 目を見開き言葉を発せられない男に、なおも声をかける。

「聞こえてませんか? あ、そっか。俺は別に、名前や身元が知りたいんじゃありませんよ。ただどういうワケでこの敷地にいるのかが知りたいんです」

「俺は、リオン様に招かれた客だよ。何でも試験とやらがあるらしいが、それを見に」

 男が声を取り戻し、会話が成り立った。少年は小さく首を傾げるが、表情はそのままにこう提案する。


「さっきの話、聞こえてましたよね。じゃあ『剣術の習い』の奴らがいる所まで案内しましょうか?」

 少年の発言は、またもや男を驚かせた。

 リオンと少年の雑談の間、身をひそめ気配を殺していた。それに感づいていたということ。そして先ほど背後を取られたばかりだというのに、男がそこまで考えがまわらなかったということ。その二つの事実を突きつけられて。

「あ、ああ。そうしてくれ」

 迷いは予想外の方向から、『剣術の習い』に傾いた。


 二人が行く。走りながら男は少年に『剣術の習い』のことを簡単に尋ねた。流れていく木が風でざわめく。さざなみのように、常葉樹が色をなびかせる。

 急ぐ必要があって走ることを希望した少年は、息も切れずによどみなく答えていた。

「俺たちは『剣の習い』の生徒です。『剣術の習い』ていうのは俺たちの中から、試験で受かったのが行くものですよ。何をやっているのか知りませんけど、三年間そこで修行してます。

 ……詳しいことは、後で本人たちに聞いてください。隠し事もありますけど」


 不思議なことに、男は誰ともすれ違わなかった。それは少年が避けたのか、それともほかの生徒たちが大回りしていたのか。

 男が少年の話に相づちを打ちかけて、思考は途切れる。黒髪の少年が足を止めた。

 木々に囲まれた広い空間がそこにあった。


「ブラン……さんか、シェイさんはいますか?」

 少年が呼びかけると、広場に影が増える。

「何の用だよ、汚れたリアンがさぁ?」

「そうそう。お前が、年長の二人に話すことなんてねぇだろ」

「へへへっ」

 ニタニタと見下し笑い、十数人がそこに集まっていた。男と、この差別を受けて顔ひとつ動かさない少年が、ここへたどり着いたときには誰の姿も見えなかったにも関わらず。


「あん? リアンお前、誰を連れてきてんだよ」

 リアンの意味を唐突とうとつに思い出した男は、少年が木剣を握る手の甲に血管を浮かせるのを認めた。

 そうして、ヒアはこの小さい少年に、前に見たような印象を受けた理由を知った。

「こちらはリオン先生のお客さんだそうです。俺が伝言するついでに、案内してほしいと頼まれました」


 ――彼はその感情のはけ口を知らないのだ。重いものを背負い続け、悪意にさらされて転ぶたびに、更なる重荷もしょいこんでしまう。頼りにできるものがなく、自分の力で身を立て続けたのだろう。

 男はかつて同じく、助けを求められないほど独りだった。それだから、少年の後ろ姿に共感し、懐かしさとからい鉄の味を思い出したのだ。

 小さな森の広場に乱雑に並ぶ、あいまいな年頃の男たち。そのなかの誰が、リアンに仲間意識をもつのか、いやもつはずがない。


 少年が呼んだ二人らしき人物はいまだ現れず。リオンの客という立場の男に、びた視線が向く。視線を送る青年らは、将来の職を求めて師の関係者に取り入っていた。

 彼らには、蔑まれるべき少年が邪魔であった。

「それならさっさと用を済ませて帰れ。その方はこっちで案内するからよ」

「いえ、ことづてならお客さんも知ってますから、伝えてもらってください。俺は早く戻るんで……」

「はいはい、ご苦労様~」

 あからさまに邪険にされ、少年はそこで従順なふりをして逃げ出した。男はこの場の青年たちがリオンに選ばれはしないだろうな、と見切りをつけた。


 少年の走る後ろ姿を再び見る。心身を押さえつけられる気分で、この広場にやってきただろうリアン。常に馬鹿にする相手を探している年上には、反抗する素振りも見せずに従った。同年代にはどう接しているのか、ヒアは気になりだしていた。

「さあ先生のお客様。リアンの奴がご迷惑をおかけしましたねぇ。すみませんけど、とりあえずブランさんとシェイさんに知らせてください」

 立ち並ぶ中から一人進み出てくると、違う人間が近寄ってくる。男は狭い村社会の勢力がとても小さいのだと、否応なしに思い出された。

「二人がいるところまでご案内しますよ。……失礼ですが、お客様の名前を尋ねてもいいですか?」


 そう長くはない道のりに、質問攻めを大勢から受ける。だが、男は適当に流してまともに答えてなどいなかった。彼の意識が浮上したのは到着を告げる声ではなく、交差する真剣の金属音。

 ひときわ背の高く枝の少ない木々が集まる辺り、決して戦闘場所として優れたところではない。男の後ろをついてきた青年たちとは一味違う二人が、そんな条件下で戦っていた。木と木の間は二人の大人が並ぶには少し狭い程度、剣の軌道を制限される難しい場所だ。

「すごいでしょう、あの二人? 体ほぐしはもうすぐ終わりますから、しばらく見ていてください」

「……っ」

 男は思いがけないものを見つけたように、目を見張っていた。驚愕きょうがくの対象はもちろん戦っている二人であったが、くだらない青年らの想像通り二人の技術に驚いているのではなく。


「そろそろですよ」

 勝手についてきた青年のひとりが、離れた地面を指差した。男が見ると、そこには砂時計が置いてある。上の方に残った砂は、もう少ない。

 最後の追い上げとして、二人の距離が詰まる。

 長い背丈の方は大きく振りかぶり、少し低い方は得物を下から振り上げた。


「はあっ」

「ぐっ」

 砂が一粒落ちた。

 二人の剣が再び音合わせることはなく、直前の瞬間を切り取られた。一方が下ろし、一方が上げた剣にはさまれた空間、止まった二人の姿勢。


「これで終わりかな?」

「ああ……、体感時間の調整は終わりだな」

 男は驚いていた、二人の面影と剣さばきに。男が最も慕う二人とどちらもよく似ていることに。そして覚えのある練習が今なお行われていることに。

 打ちあいを寸前で止めたブランとシェイは、練習を切り上げて男のほうを見た。

 男の驚きは確信に変わる。


「それで? 用件は何だ」

「こら、ブラン。年上には敬語を使えってば。ああ、すみません。あいつは口下手でして」

 仲のよい様子でこちらをうかがう。その二人が男には違う人物のように見えていた。直感がささやく言葉に、男は平静を取り戻した。

「いや、構わない。私も君たちの邪魔をしたようなものだ。すぐに用は済ませよう」


「リオン様からの伝言だ。今日は『剣術の習い』も試験をする、とのことだ」

 リオンのことづては、青年たちの歓声を呼んだ。湧き上がる周りをよそに、受験をする本人らはさしたる感動も見せなかった。



 やがて最後の日常が吐き出される。

 はい、長々とお待たせしております改稿です。ヒア君の思い出を巡る話っぽくなってますが、次回より試験開始で、内容展開は速くなる予定です。

 いわゆる前座ですね! たぶん、二章までヒア君のまともな登場はないかと思われます。巻きでいきましょう。


 本編は元おじいさんのグレイ視点。できればグレイ視点をそろそろ終わらせるためにも、巻いていきます。カットシーン多めになりますが、話のテンポをよくするための措置ですのでご了承ください。またしばらく掛かりますが、よろしくおねがいします。


追記 12年8月9日

修正はまだしておりませんが追記。作者の活報にて番外編のような息抜き小説公開中です。お暇なときにどうぞ。

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