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リオン -剣術使い-  作者: 笹沢 莉瑠
第一章 既に日常は終わっていた
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【第1章5】憎いのは相手だけでなく ♯

 二月に明けましておめでとうございます、……大変遅くなりまして申し訳ありません。お詫びについてはあとがきにて、ご容赦ください。

 数ヶ月も開きましたので、簡単なあらすじを載せることにしました。必要ない方はスルーをお願いします。


 【一族の中で最も血が薄い証である『リアン』の名前。それをつけられた十五歳の少年、リアンビルは村の習い事が唯一の気晴らしだった。一族と村の長であるリオンが先生となり、剣を教えているのである。

 今日はその『剣の習い』の試験の日。朝食後走るよう指示され、リアンビルは一番に走り始める。コースの終わりが見えてきたとき、彼はある少年に呼び止められる。】 

 『剣の習い』ではこんな決まりがある。

 朝食をリオンの屋敷で食べるとき、一番最後に食堂を出た者は、その後走る道は普段の逆にしなければならない。つまり、いつも走る道を逆走し仲間たちとすれ違いながら、自分が最後であったことを言外に伝える。

 それは、結構恥ずかしいらしい。週に一度きりの『剣の習い』で逆走しようものなら、一週間(場合によってはそれ以上)それを挙げてからかわられる。話題の少ない少年達の間では、数少ない盛り上がりをみせる。


 五年間ある『剣の習い』で、誰しもが一度は逆走した。もちろん、リアンビルも例外なく逆走したことがある。ただそれはひどく屈辱的なものであったから、記憶の引き出しに鍵をかけている。ときどき、鍵がさび付いて開いてしまうことがあるが、ほかの頃はおおむねしまいこんである。

 今日はリオンの屋敷で朝食を取った。試験の日といえど、この決まりは適用される。つまり、今日も逆走する生徒がいるのだ。


 ひとり、先に屋敷を出たリアンビルは、リオンに言われた通り、村を一周していた。その決まった道筋は、五年間見続けた風景が並ぶ。背丈が伸び、視点が高くなったことを覗けば、そんなに変わらない道がリアンビルは好きだった。走ることに夢中になればいいから。ふと気が付けば、黒い方の記憶へと向かってしまう思考に、いちいち腹を立てずに済むから。

 靴越しに感じる柔らかい土を踏み出し、リアンビルが速さを求めた。彼は自分自身に忘却を命じる。

(忘却セヨ!)

 対象がしっかりと設定されていなかったために、その命は遂行されなかった。しかしリアンビルが意識的にそれを思い出すのは、きっとないことだろう。引き出しの錠を開けられる鍵は、もう壊しておいてあるのだから。


 ひんやりと心にしみる空気は優しい。冬の鋭さもなくなり、丸くなった。優しい空気を体内に取り入れた彼は、風景の変化に気が付く。

 昨日の雨が残る木立に入り込む。屋敷の丁度裏側には林が広がっている。森か林か、分からなくなる広さの中、木々の間にはちゃんと道があった。そこも村を一周する為の一本道だった。輪を描く道は、木が立ち並ぶ間をぬって通っていた。


 大量の雨が降った後。木の長い腕が触れ合う頭上には、まだしずくが残っている。木の根に引っかかったりしないようにしなければ、途端に水滴は自然の摂理に従うこととなる。リアンビルも、一度は経験したくちであった。自らが先頭を走るようになってから、一度とはいえず何度も水をかぶった。

 しかし、もう五年経った。習慣づけられた足運びは、目をつぶっていても出来る。すっすっすっと、軽い足取りで根っこは上手に避けた。道のくぼみにできた水溜りの場所は、決まりきっている。


 身軽な風は、枝分かれした先の木の葉と触れ合いながら、リアンビルに追いつき先へ進んでいく。その様子を落ち着いた態度で彼は見上げた。規則的に揺れる視界で、緑色の羅列が切れかかってきた。あとは、リオンの所有する敷地の横を過ぎ、中央の広場に戻るだけで一周となる。

 ごくたまに聞こえる水の音と、自分の足音。木の集会場を抜けた先で、リアンビルは違う音を聞いた。

「よう、『リアン』?」

 その音の発信源は、『剣の習い』の決まりをちゃんと守った生徒で。


 要するに、試験の日をわざわざ選んで最後に食堂を出たのは、試験を受ける十五歳の少年で。

 走るときのみに許された無心は、この少年によってかき消されることになる。そしてどうしようもなくリアンビルを、近い未来に追い立てることとなる。

「ユタート・フェブリーヤ……」

 リアンビルは開けた視界の中で、唯一生者の少年の名を呼んだ。姓も付け加えられて満足そうな少年は、リアンビルよりしばらく離れていた。リアンビルのつめが手のひらに食い込む。


 森をすぐ出たところは、リオンの屋敷の南側にある。フェブリーヤ一族の当主が所有する敷地は、鉄の柵で囲まれている。ユタートと呼ばれた少年は、その柵によりかかり一種のけだるさを見せていた。

 リアンビルは走りを歩みへと変化させていく。少年の声を聞いた途端に、軽かったはずの足取りにいくつもの鉛が追加されていた。

「何の用だ」

 リアンビルが重々しく口を開いても、ユタートはひらひらと手を振らせるだけで、答えようとしない。


「いや、ね。事実上今日は『剣の習い』の最後になるんだしさ、『リアン』の顔をちゃんと覚えておこうかと思って」

 へらへらと締まりのない笑いをしながら、ユタートの眼光は鋭かった。ずるがしこい蛇が笑顔の茂みに隠れ、えものが罠にやってくるのを見張っているような。

 ときどきリアンビルの方へ目を向けるものの、だいたいの興味は手元でもてあそぶ小石にあった。

「ほら、さ。お前って、『剣の習い』は卒業できてもどうせ上には上がれないだろうし」

「そんなことなら、もう行く」

 ユタートはただ、いいがかりをつけるきっかけが欲しいだけなのだ。リアンビルはくだらないことで、貴重な時間を無駄にはしたくなかった。


 視線を外してリアンビルは、背の高い少年の前を通り過ぎようとする。簡単だ。全速力で走っていけばいい。今更ながら彼は、やっかむ声に足を止めたことを後悔していた。

「おいおい、逃げるなよ『リアン』」

 そんな言葉とともに、投げつけられたのはさっきまでユタートの手にあった小石。振り返りリアンビルは、自分の身に迫る石を見た。

「っ」

 軽い音。薄い木でつくられた剣と、小さな粒の石がぶつかればそんなもの。

 浮いたマフラーの動きに合わせるかのように、彼の剣先は弧を描き小石に命中した。


 ひゅー、と気の抜けた口笛にやる気のない拍手。

「おみごと。さすがはリオン先生にひいきしてもらってるだけはあるね」

 そう、石を投げた張本人が言ってのけた。そして投げつけた石をはじき返されても、ユタートは変わらないニタニタ顔。

「言いたいことがあるならはっきりと言えよ。あいにく俺には、わざわざ試験の日に逆走する暇な奴と過ごしている時間はないんだ」

 リアンビルは皮肉を返すように睨んだ。眉間にしわを寄て、黒い感情がこもった目でユタートを見る。


 視線だけで人を殺せるならば、リアンビルのそれは何人殺しただろうか。それほどに暗くくすぶる炎のような感情は、彼の中で深く根を張り巡らせていた。

 ユタートは下に向かって舌打ちし、やがてつくった笑みを消した。リアンビルに見せたその表情は、ガラスの人形の如く何の感情も映さない。

「なら……、でしゃばるなよ『リアン』」

 そんな無表情でユタートからこぼれたのは、感情を押しつぶしたような声。


 背が高く、明るい栗色の髪をもつ少年、ユタート・フェブリーヤ。血が流れていようとも、『黒髪青眼のリオン』にはなれない。

「傍系だったら傍系らしく振舞え! 流れる血が薄い癖に、リオン先生に目かけてもらってるからって、後継者になろうとしてるんじゃねえよ」

 ユタートの中にあるものは、どれほどの力強さで押しつぶしたのだろうか。しかし口調の端々から、とげのついた興奮を隠し切れない。一時に切れた情動などではなく、それは『リアン』とさげすまれてきた少年と同じだけ、積もったもの。


 ――最初に石を投げたのは誰だったか。

 石を投げた大勢はとうに忘れてしまっているだろう。覚えているのは、投げ始めた少年と無数のつぶてを受けた少年だけ。


 だからリアンビルは、こちらを射抜く視線が何を思うか気づいていた。そこに思考をめぐらせたころ、ふっと握りこんでいたこぶしが開いた。たかぶっていた黒い感情は、自然と沈静化する。火種を失くしたように、暗い炎は消える。

「俺は、『リアン』だろう? そう言ったのは誰でもないお前だ。なのに、どうしてそうなるんだ?」

 リアンビルの口から現れ出でたのは、刃こぼれしたなまくら。人を亡き者にできるようだった視線は、鋭さの欠片もない。


 抜け落ちたモノ、しかしそれは消え去らない。巡りきたる時には、生み出した者に還る。


 一瞬もユタートは目を離さずにいた。よってリアンビルの様子の変化は、まざまざと目にしていた。

 ユタートは、それまでの感情を放り出した彼を一瞥いちべつし、そしてあの笑みを取り戻す。

「ふーん? やっぱり長年石を投げ続けたかいがあったか。そうだよ、『リアン』がつくまわしい野郎なんて、フヌケがお似合いだ!」

 勝ち誇ったような態度をみせ、栗色の髪の少年は鼻をならした。気取った様子でかたっぽの手をズボンのポケットに入れ、そこからいくつかの小石を出す。


 リアンビルの顔は地面に落ちていた。そのうえ燃えていた芯を失ったままでは、花びらでさえはね返せない。だから、両腕で自分をかばうぐらいしかできなかった。

 ユタートはその石を投げたのだ。リアンビルの無様に小石をぶつけられる姿が、ユタートの瞳の奥に焼きつく。さらに地面に座りこむ少年を見て、ついにはユタートの笑い声がこぼれだす。

「あははっはは、あはははははは!」


 心の底が震えているような、心的優位を確信した高笑いにリアンビルは、自分の木剣を土にグッと突き刺した。そこには自分自身への苛立ちと何がこめられているか。

「ふざけるなよ……ユタート」

 地にうずくまり、刺さった木剣を頼りに身を支える少年の言葉は、静かすぎてユタートには届かなかった。


「ははっ! お前は一生腰抜けでいろよ、『リアン』君?」

 ユタートはそんな捨て台詞を吐いて、最後の念とばかりに蔑称べっしょうを投げつけた。そしてすぐに、くるっと体の向きを変えて走りゆく。憎々しい愉悦の声が彼の去った、木立の中から響きわたった。

 そのひどく軽快な足音と、胸の奥をくすぶらせる笑い声が聞こえなくなるまで。そのときまで、黒髪のリアンビルは立ち上がれないでいる。


 追い立てる、追い立てる。羊の群れを追い立てる牧羊犬の如く、包囲網は徐々に狭まれていく。走れ、走れ。約束の時間には、約束の場所へと追い上げねば。


 朝はきわめて沈黙した。さわさわと木の葉が揺れる間に、不快な音源は遠ざかっていた。耳元で風がささやかなければ、無音の状態に近かった。

 ゆっくりと顔をあげるリアンビル。長い息をはくように身体を持ち上げた。剣先が土に埋もれた木剣は、泥を払いながら地面から抜く。

 服についてしまった汚れをはたき落とし、同時にリアンビルは気持ちを整えようとした。一通りたたき終えると、再び走り出す余裕がでてきた。


 十五の少年は、今日一日でも耐え切るために、自分を踏み越え走り出した。

 改めまして、二月にあけましておめでとうございます。この話に取り組むこと数ヶ月、憎らしいキャラのはずであるユタートが可愛く思えてきた笹沢です。


 本当に長いことお待たせして申し訳ありません。四ヶ月近く更新できず、ご心配をおかけします。そのうえ、この話も修正がはいりそうです。もうなんといってお詫びすべきなのか、分からなくなっています。


 しかし長い時間をかけたことにより、完結に向けては考えが巡ってまいりました。ひとまず改稿の二章が終了・本編の七章、番外編1(三ヶ月の訓練期間)の終了までは、今までどおり一話ずつ投稿していきたいと思っています。改稿の修正については、その間をぬってチマチマやっていくつもりです。

 これから完結までもっと時間がかかると思います。ですが、見放さずあたたかく見守ってくださるとうれしいです。

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