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リオン -剣術使い-  作者: 笹沢 莉瑠
第七章 ついに現る、平和の綻び
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【第7章9】孤独な夜明けは訪れるものなのか?

 宵闇の中勤務をまっとうする二人の衛兵は、グレイの答えを待ちそれによっては門が開けられるようにする。町に並ぶ家屋よりも、一段と巨大な門を目の前に、グレイは一歩踏み入れた。

 城門のまわりには石が敷き詰められ、天候が悪くても大型の馬車などが受け入れやすくなっている。街中の一般的な道の一部にも、石畳いしだたみはつかわれているが、ここの石はさらに硬い。

 足音が、たいまつでぼやかされた黒に逃げた。


「いいえ、衛兵の方にお尋ねしたいことがあるんですよ」

 いくら丁寧な物腰といえど、夜更けにこうしてやって来るのは警戒心を抱くのだろう。喋らなかった方の衛兵が、得物の穂先をわずかに動かす。

(……こうなったら、徹底的に演じてやろう)

 グレイは役になりきるため、両手を胸の前あたりまで上げて必死に振った。

「いっいえ! 私は、気になるといてもたってもいれられない、性質タチなもんで!」


 さっきのグレイの挨拶を返した方が、実に友好的に笑う。対する相棒は無口である。

「そうですか。ご質問は結構ですけど、夜も遅いですし物騒なコトも起こってますしね、早めにお願いしますね」

 衛兵たちの様子では、幾分か態度が軟化したことが分かる。余計な誤解が解けてよかった、とグレイは手を胸に当てほぅっと息をついた。

 これでこの“青年”の印象が決定付けられただろうか、そういった思いは演技の内に隠してしまえ。


「そうですね! 人間の三大欲求は睡眠・食欲・性欲と言われていますがね、私睡眠だけで十分ですよ。えーそれでちょっと気になったので、お尋ねしますけど『物騒なコト』って何ですか?」

 さりげなく、“青年”の姿をあくまで具体的にしておく。グレイは、言動ひとつで人の印象がガラリと変わることを知っている。

「最近、この辺りの地域で商人や旅人が襲われたり、失踪したりといったことが多いんです。そのうち、町中で起こったことは少ないんですけども、話では段々増えてきているということですし、一応旅人や商人など移動してくる人には注意を呼びかけておきませんと。

 あれ。旅人さんは、お聞きになりませんでしたか? この町へ入ってくる際に」


 自分のつくりあげた“青年”ならば、どうするか。考えればすぐに、大きく首をかしげる動作が出てきた。

「うーん。ちょっと前なんですけどねぇ、多分聞いていないですよ、はい。もしかして、その事件って結構アブナイんですか?」

 無口な方の衛兵が、穂先と一緒に頷いた。丁寧口調の衛兵は、相棒に軽く同意して事件の詳細をつらつらっと並べる。

 失踪している人よりも、無惨な死体と成り果てた人の方が圧倒的に多いこと。失踪した商人の物と思わしき荷馬車が、ひどく痛んだ状態で野にさらされていたこと。護衛を何人もつけた商人ですら、全員傷まみれの血だらけ。周辺の地域に位置する集落では、不審な集団を見かけていたらしいこと。


「えーっと。それではつまり、謎の目的を持つ腕利き集団が、町と町を移動する者を襲っている、っていうことでいいですかね?」

 グレイはかゆくもない鼻の横を、ぽりぽりかきながらまとめ上げた。

「そういうことになります」

 人のよさそうな衛兵は、神妙に肯定する。自分の手が被害者にまわらなかったことを、悔やんでいるのかもしれない。

 グレイにとっては、あまり関係ない話のように思われた。それでも、情報があるだけマシだと、ひとりごちた。


「その話によりますと、事件に巻き込まれた人は増えていく一方、まだ対策がされていないことになりますね。このままでは、危険な集団がアーリアで野放しになり、更に事件は膨れ上がってしまいますよ?」

 まるで他人の世間話。能天気なのか、それとも自分には関係ないとたかをくくっているのか。

 物腰の柔らかい衛兵は、心配ないといった様子で断言した。

「大丈夫です。国の騎士団には連絡して、こちらに何隊か応援に来てもらいましたから。丁度つい先ほど、その騎士の方たちがこの町に到着されたんですよ。これで安心できますよ」


 騎士団という単語に、グレイの口端がほんの少し反応する。衛兵があとに続けた文章で、自分の知りたかったことを知った。

「へぇ! なるほどー、私が気になっていたのはですね、よろいの音の行列についてなんです。もしかして、それが騎士団の列隊という訳ですかね?」

「ああ、そうでしたか。ええ、騎士の方々は鎧を身につけていましたから、その音はきっと騎士団のものでしょう」

 喋る方の衛兵は簡単に答えたが、尋ねた方はあまり聞いていなかった。

 もうその後は事務的な質問のようなもの。それでも、聞かなければならないことが、一つだけ残っている。


 これ以上ないと言っていいくらいの、笑み。グレイは、するする動く表情筋の上に、とっておきの覆面を用意した。それに描かれているのは、新月直前の弓だ。

「納得、納得。そういう訳だったんですねぇ。……ところで騎士団の方たちは、どちらに向かわれたんでしょう?」

 その覆面にだまされたのか、それとも道化師のように可笑しく見えたのか。あいまいな顔で衛兵はグレイを見据えた。

 すると、今まで一言も喋らなかった方の衛兵は、口を薄く開き息を吸い込む。

「城、ですよ」


 たったの五文字だった。結局吸い込んだ息は、五文字のために消費された。

 グレイはその声をしっかりと受け止めて、そうですかと呟いた。そして羽織ったままのマントをひるがえして、彼らに背を見せる。

「夜分遅くにご迷惑をおかけしました。おかげさまで、私の好奇心は満たされたみたいです。私は宿に戻りましょう」

 来たときを再現したように、グレイは片手を上げて、ほむらが届かない夜の空気へまぎれた。お気をつけてという衛兵の、心にも無い言葉を背にしながら。


 どれほど歩いただろうか。体感時間と歩行距離は比例しない。ほんの少し、たいまつで照らされた場所にいたぐらいで、目は濃い闇に惑わされていた。

 焦るように、足をどんどん前へ出しているつもりなのだが、実際それがしっかりとしたものなのか、さだかではない。やっと住宅が並ぶ地域にたどり着き、そこでようやく振り返った。

 そんなに離れていなかった。まだ周りが暗いおかげで、たいまつの明るい部分が浮いて見える。色彩にとぼしいこちら側、温かな色が彩る向こう側。


 ある程度の距離を保っても、グレイの警戒する様子は変わらなかった。幽暗ゆうあんな雰囲気をかもしだす住宅街の陰。堅い住宅の壁に身をそわせ、闇に目がなれてきた頃には、火が見守る城門付近をちゃんと捉えていた。

 夜目が揺らぐことはなく、色は青と緑を掛け合わせたような。しかし、炎の下で魅せた色とは、鮮やかさに欠ける。あの色は条件つきだから、鮮明になるのだと思わせる。

(あの声は――忘れようが無い。確実にあれは)

 それでもグレイは瞳の色など気にしていなかった。何百年と生きてきて、瞳の色だけは変わらなかったのだから。


 それよりもしきりに目を凝らす先には、言葉を交わしたばかりの衛兵達。突然グレイの様子が一転したきっかけは、そのために多くの息を費やされた五文字。

 距離があっても視線には敏感だった。衛兵達の注意が向く前に、グレイは住宅街の奥へと逃げ込んだ。

 こんな風に焦っている自分を、古びた建物の壁に預けて、落ち着けようとする。片手は額に当て、頭の頂点を壁とくっつけたら、体に入っていた力が抜けた。背中の壁を頼りに、ずるずると地面が近づく。

「はぁ、は何をやっているんだか」

 やはり、口から出る一人称は意識しないと『俺』に固定されていた。この夜の変えられない条件なのだろうか。


 夜、とふと思い顔を上げてみれば、向かいの住宅の屋根の上に青色が広がる。夜の青暗さの上に朝の澄んだ青を重ねたものだから、パッとしない色だけれども。それは、グレイの目の色に似ている。

 その曖昧で何色かの絵の具を混ぜ合わせた色、そこにうっすらと黄金色が入れば……。

 ほら。

「もう朝だ」

 空の青に金色の光が差し込み、だんだん色と色はひとつに合わさる。朝の色だ。


 朝の色にやがて登場する、丸い輝きの塊は。まだ画家の意思によって、紙の外の絵の具のままの。

 すがすがしい朝は訪れた。だが、そんな朝にはふさわしくないため息を、グレイは生きる疲労を混ぜ込んで吐き出した。

 また新しい日は始まったのだ。四月二十二日、今日が終わればこの年の残りも一週間となる。グレイはそのままの体勢で空を見つめた。そういった事実に気づいて、グレイの思考は宿に置いてきた二人へと移動した。

 そして、何も言わずに宿を出てきたことを、グレイははたと思い出すのだ。


(ニィラは『生命の根源ロディーヨフィラ』を持っているから、がいないことをすぐに気づくだろう。しかしレベッカがいる。荷物も置いてきたままだから、むやみに失踪とは決め付けはしないだろう。……だが、追っ手に捕縛されたと思われるやもしれん。一度は二人に会わねばならんな)

 空の色が段々変わっていく様を、空に干渉できない傍観者は、ただ黙って眺めることしかできない。傍観者の腕はずっと短く、不変の色を塗るには長さが足りなかった。

 だから傍観者たるグレイは、その腕を違うことに使おうとした。口を覆っていひげを触ることに。


 ところがその指は空をきる。不審に思い、再び望む行動を実現させようとした。それでも叶わない。なぜなら、昨夜彼は『老い』を失ったのだから。

「あぁ」

 そこでやっと気づき、グレイは問題を発見したのだった。

「これではまともに、会うことが出来んぞ」

 失望したような声音なのか、それとも現状を楽しんでいる調子なのか。彼のよく通る声からは判別できなかった。

お待たせいたしました。七章の八より、三ヶ月経って九をお届けしました。遅すぎるというお言葉は謹んで伺います。

 しかし、改稿から一ヶ月経たないうちに仕上げられたことを少し褒めていただければ。あぁ、すみません。おこがましいことを。

 えっと、グレイの部分はあと少し続きます。残りの進み具合によりますが。それまで、俺と思わず言ってしまう老人な青年に、お付き合いいただければと思います。

 更新スピードがのろいので、読者の皆様向けの七章のあらすじでも書いておこうかなと考えています。きっと作者の活動報告で、書くことになると思いますので、その際興味がおありの方は覗いていただければ嬉しいです。


 さて次は改稿です。現在、誰の視点にしようか思案中。

 引き続き後書きまで読んでくださることを願っております。それでは。

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