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リオン -剣術使い-  作者: 笹沢 莉瑠
第一章 既に日常は終わっていた
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【第1章4】悩める客人に更なる問いを ♯

 初見の皆様には、少し楽しんでいただきにくい内容かもしれません。ご了承を。

 また、勝手ながら、前回の予告とは違う話になります。

 ――あぁ、わずらわしい。

 十四代目リオンは、そう思ってハッとした。疲れきった心の中から浮き上がってみると、周りに子供達がいることを思い出す。今の声が漏れてはいないか、内心ヒヤヒヤしていた。

 しかし、彼女を取り巻く子供から感じるのは、妄信するような視線。リオンの素振りに、疑問を持った様子はなかった。

 開かれた門の敷地が、彼らとリオンを隔てる唯一の、壁のようであった。

 ほっとするのもつかの間、笑わなければという気持ちが現れる。頬の筋肉を動かして、笑う顔を作り出した。


「おはよう、みんな」

 『剣の習い』の生徒たちは、一も二もあけずすぐさま挨拶を返してくる。そのずれない姿勢が、いちいち気になった。

『おはようございます、先生』

 やっぱり今日は、いろいろな意味で気がたっているのかも。そう心の奥で言葉にした。

 ざっと周りを見ると、成長期真っ最中の少年たちが揃っていることが分かる。それで彼女はあらがいきれない定めに、腹をくくる。もともと、今日だった。予感めいたささやきは、夜が明けてからずっと頭に在った。


「今日は試験をやるわよ!」

 口調を強くすれば、何十人もいる生徒に届くことはすでに承知している。笑顔も取り入れて、そう言い切って。しかし彼女の胸のうちは、暗くそれでいて安心も混じっていた。

(ほんと、“先が見えると途端に安心する”っていうのは大当たりね。長距離を走っているときでも、それが人の道でも……ね)

 リオンは驚く生徒達の顔に、ふふっと表情を和らげた。緊張状態だった顔の筋肉は、ここぞとばかりにゆるみきっている。


「さあ、どうぞ」

 久しぶりの本当の笑みを続けて、腕を広げた。

「中に昼食を用意させたわ。今年中に十五にならない子も、食べちゃってね。試験と一緒にやるから」

 やや開いた手のひらを、屋敷のほうへ動かす。そうすれば、今が伸び盛りでお腹もすかせた生徒達は揃って敷地の中へ。人間特有のたわむれ方は本能にすりこまれている。話題を鼻先にぶら下げられたのだから、しゃべらずにはいられない。

 そのため、二つの欲求を満たす行為は、走りながら口を開くという方法である。それはすぐさま実行された。


 一斉に建物のほうへ向かう子供たちを見送り、自分もそこに行こうと足を踏み出した。一歩出たところで、背後より声がかけられる。

「リオン様」

 振り向くと、無言で指された指。それは『剣の習い』の生徒たちが向かった建物とは、違う建物をさしたものだった。呼びかけた者は無口なまま、門のそばに立っていた。その男は生徒とリオンのために、敷地の境を示す門を開けた一人。屋敷のほうへ消えた後、また戻ってきたらしい。

 沈黙の意味を悟った彼女は頷く。


「わかりました。私は子供たちに指示を与えてから行くわ。あなたは『彼』にそこで待つよう、伝えて」

 そう言い終わると、リオンは走り出した。もう、食堂のある建物には、生徒が一人残らず入っている。生徒たちを待たせないためにも、彼女は出来うる限りの速さで向かった。

 “先”がどんなものであれ、もう既に見えているのだから。まだ余裕はある、まだジュディア自身がやりたいことをする時間は残っている。

 これは彼女自身のわがままなのだから、せめて最後までは……。


                               *


 扉を前に、息を落ち着かせた。見慣れた屋敷の壁紙が、彼女にとっては忌まわしき呪縛だ。扉から目を背けるのはもうやめることにする。

 昔から知っている人に会うのだとしても、この場所にいる限り彼女はリオンだ。リオンらしくあらねばならない。この屋敷にはいつも、他人の目がある。見張られた囚人かのじょは、囚人らしくあらねばならない。

 リオンは木の扉をいたわるよう、やさしく叩いた。そして取っ手に手をかけ、押し開けば立った状態の男と目があう。

「お久しぶりです、ね」

 男は、黒を基調とした長いコートを羽織っていた。懐かしい面影に、積み重ねた年月のしわが入っていて、それでも変わっていないように見える。


 男はリオンの言葉を聞いて、一瞬で顔に鋭さをにじませる。

「久しぶりですね、リオン様」

「マクシアン様、とりあえずお座りください」

 立ったままの男を、この応接間のソファにすすめた。偶然にも二人の、かつての再会もこの部屋だった。

 マクシアン、と呼ばれた者は静かに黒い革のソファに座った。鮮やかさの違う黒同士が、おだやかにとけていく。男自身の髪も暗く濃い色のため、なんともいえない混ざり方をする。


 リオンも『彼』が座ったソファの向かい側へ、腰をおろした。

「お茶も出せずに申し訳ありません。家の者たちに知られるわけにもいきませんので、このままで」

 社交辞令のような言葉に、男は無表情なまま「いえ」と答えた。

「……そういえば、マクシアン様は前にお会いしたときから、出世されましたそうですね」

 まずは当たり障りのない言葉。それで、この機会をもたせたことを匂わせて。

 男は二つのソファの間に置かれた、木のテーブルに目を落としたままであった。

「ええ、これでも特別依頼中隊の隊長になりまして。部下に年上がいるのは、何とも不思議な関係だといえますよ」


「そうなのですか、よく分かります。私も、屋敷の者や一族には年上、それもかなりのお年の方がいますから」

 男は雰囲気に波をたてないよう、慎重に話を切り出す。

「それで、今日はどういったご用件ですか」

 その言葉を耳にすると、リオンは今にも消えてしまいそうな微笑をたたえた。ゆっくり顔をあげた、男は驚きに満ちていて。

「はい。実は、今夜私を――てほしいのです」

 急にひそめた声で、『彼』ひとりだけにきこえるようにささやいた。


 みるみるうちに、男の無表情な仮面は剥がれ落ちていく。文字の意味を理解した途端に『彼』は音を立てて立ち上がり、近所迷惑になるような大声で怒鳴りつける。

「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ! ジュディア!」

 その行為に嬉しいような悲しいようなまなざしを、ジュディアは向けてすぐに顔ごとそらした。そして涙声になって息が切れそうになる前に、冷静に感情を押さえつければいい。

「静かに。お聞きいただけないのなら、副隊長のリコール様をお呼びください」

 涙という邪魔者が視界をふさぐ前に、自分でふさいでしまえばいい。


 彼女の様子に男も、ストンと力が抜けたようにソファに落ちた。ひどく悲しげな表情を宿して、指同士を組み合わせた所に額を乗せる。

 ジュディアは『彼』の姿を映さない。涙を滴らせるまいと、それだけは拒絶した。

「……理由を聞いても?」

「うん、めい」

 目をかたくつぶり、口元に手を当てたままジュディアは、単語をこぼした。かすれる声だったが、男にはしっかりと聞こえているようである。


「そうですか。おまえは…………いや、何でもない」

 『彼』は首を横に振り、昔を懐かしむような言葉をすぐに消した。それをしっかりと声音で聞き取った彼女は、服の袖口で両目をぬぐった。


 二人の雰囲気が息をついたところで、くいっとジュディアはあごを上げる。その澄んだ視線はそれることなく、向かいの男を見ていた。

「ありがとう、ヒア」

 そして、そう呟きひとつ落とした。

 しっかりとそれを拾ったヒアは、この部屋で初めて笑顔になった。ジュディアのほうも、柔らかなまなざしでそれを捉える。

 一瞬だけ、ほんのわずかに時に許された。遥かな昔のような時のなか。ある時計だけが、動く針の歩みを少し止めさせた――。

「どういたしまして、ジュディーちゃん」



 場所を変えよう、と提案したのはどちらだったのか。屋敷にいくつもある空き部屋で、二人は密談を開始した。

 古いページをまとめてめくってしまうように、仲がよく親密な雰囲気はもう現れてこなかった。彼らはそれを残念がる行為を表に出さず、実に現実的な話ばかり口にした。

 彼女が『彼』らに――れることを前提にした、それはとても冷静な話し方だった。


 彼女は、リオンだ。彼女の代で十四代目になる。リオン、つまりフェブリーヤ一族の当主は、奇妙な後継によって十四代まで受け継がれてきた。

 まず、当主本人のみが次代を決められる。次代になれる最低条件は、黒髪でフェブリーヤの血をひいていること。それらを満たした者なかから次代が選ばれると、後継の条件があうまで待たなければならない。それは、当主自身の剣が廃されていること、あるいは当主が虫の息であること。


 二種類の条件が一致すると、当主と次代は青き瞳の継承を始めるのだ。

 しかし、この言い方は語弊ごへいがあるかもしれない。当主と次代が、言葉を交わせるくらいの近さにいればいいのだ。それだけで、一方的に継承は始められる。

 当主が先代に託された言葉を、のうのうと紡ぎ、新たなリオンとなる者の本名を添えるだけ。

 そうして青い瞳は、新しい当主へ移っていくのだ。


 それほど広くもない空き部屋は殺風景である。無地の壁にもたれかかった男は、腕を組み右の人差し指だけが動く。

「……その話だと、次代を軍に引き入れることになりますね。リオンが一国に加担していいのですか?」

 男は俯きがちで、落ちてきた前髪で表情をうかがい知れない。対する彼女は、部屋の隅に寄せられた木の椅子に座っていた。目線は決してわない、わせない。

「どうせ、何も起こりません。そして誰もリオン・フェブリーヤがいることを、信じたりなどしません」

「なるほど、そうですね。ですが、私は次代に会わなければならない。あなたが死ぬ前に、死んだ後も」


 彼女が腰掛ける椅子が、ゆりかごの如く揺れた。みれば、椅子の足が弓なりに曲がった板とくっついていた。ユラユラと重心移動をしながら、少女のように幼い彼女。

「マクシアン様。あなたは知っているはずですよ、私が薄っぺらな鎧であることを」

 髪が一般的な女性よりもかなり短いことも、幼さに拍車をかけている。それを利用しているようにも、見えないことも無い。

「逆に問いましょうか。次代を選んだ理由は何ですか?」

 男の組まれた腕の上で、とんとんはねる指が宙を差し、明確な返答を要求した。


 彼女は椅子の揺れを足で引き止めた。その反動でスッと立ち上がる。

「まだ、はっきりとは決まっていないのです」

 誤字脱字などありましたら、ご指摘願います。

 また、「なろう」様での記念の日が過ぎました。今までお付き合いいただき有難う御座いました。これからもよろしくお願いいたします。

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