【第7章4】ゆるやかな変化
新月の夜に屋根の上で、空を見上げる男がひとり。やや暖かくなってきた風は強く吹き付けることもない。しばらく身動きひとつせずに空を見上げていたグレイだったが、ゆっくりとこちらへ向かってくる大人数の気配を感じて立ち上がった。
多くのたいまつで夜道をてらしながら、こちらへ来る何かの集団行列がグレイの目にうつった。不審に思って立ったまま行列を観察していると、その行列はすでに閉じられたこの町の城壁の中に入ろうとしているようだった。行列は旗を掲げていた。炎のあかりに照らされた旗には、羽の生えた白馬を主題として盾と聖剣が描かれている。
「あれは・・・・・・」
グレイは立派で他を圧倒させるようなその旗を見て、眉をひそめた。聴覚も鋭くなった今では、風に乗って聞こえてくる鎧同士がぶつかり合う音や、馬の蹄の音もかすかだが確かに聞くことができた。
ほんの数秒、考えをめぐらせたが、グレイはすぐに動き始める。屋根から下りて器用にも、さきの部屋に窓から戻った。ほとんど音がしない。あまつさえ、夜の鳥が聞こえた。グレイは寝台で横になる為に帰ってきたわけではなかった。
少ない荷物のなかから、フードつきの暗い色のマントを引っ張り出して身に着けると、振り返りもせず窓から飛び降りた。風圧でマントが膨らみはためき音を立てたが、たいして大きくもない音に動物以外は反応しない。
多少崩れた身なりを簡単になおしたグレイは、フードを深く被り辺りに人がいないことを確認して、足音を立てない軽さで走り出した。案外近い城壁に向かって、不慣れな町でも構わずに。
*
東の空が、溶けた太陽をうつしだす。早起きの鳥達が、挨拶を交わしながら飛び立った。春も本格的に入ってきて、わずかに初夏の香りもにおわせた。澄んだ空気が開けられた窓から入り込み、古い空気と交じり合った。
冷え込むようなことはなく、新鮮な風が運んできた青い葉の匂いがニィラの鼻をいっぱいにさせる。窓辺に立つニィラは、精一杯背伸びして身を乗り出した。とはいっても、窓のへりにぎりぎり顎が来るくらいだ。早い時間から、さっぱりと目の覚めた様子のニィラは、純粋な瞳で一心に青い空を見つめている。
雲の少ない空はなんとなく孤独を思わせた。だから、見つめるのかもしれない。
ニィラは部屋の中を振り返った。小奇麗にまとめられた室内に、ぽつりと真ん中に置かれた椅子の上で、幼い子供のような様子でうずくまって寝ているレベッカ。器用にも椅子の上から落ちることなく眠っている。寒そうなので、ニィラが使っていた毛布をレベッカにかけてあげた。
ふと、、ニィラは壁の方を向いて首をかしげた。壁のすぐ向こうの部屋はグレイがとった部屋だ。
彼女の持つ『生命の根源』は、この薄い壁くらいなら遮られることなく、壁向こうの『生命の源』を見ることが出来る。それにニィラは、同じ種族だとしても個々の『生命の源』には、微妙な差異があることを把握している。だから、グレイとレベッカの『生命の源』を見分けられる。
ニィラは壁に近づいた。壁に手をあて、壁の向こうに見えるはずのグレイの『生命の源』を見た、否見ようとした。ニィラが寝る前にははっきりと見えていた、グレイの静かに輝く『生命の源』が見えなかった。
(おじさんがいない?)
胸に芽生えた疑問を振り払うように、ニィラは首をふった。長い髪が振り回される。疑問を断ち切るために、ニィラは直接となりの部屋へ行くことにする。急ぎ気味で走りながら、扉を押し開けた。
開けた途端に強めの風が吹き付けてきて、反射でニィラは目をつぶった。カーテンのはためきあう音がニィラの耳に届く。割と敏感な肌のすぐ横を何かが掠めた。
すぐに風はおさまり、ニィラも目を開けた。それほど広い部屋でもないので、入り口から部屋全体が見渡せた。だから、すぐにわかる。グレイは、今この部屋にはいない。
無駄に揺れるカーテンが、ニィラに何か言っているように思えた。開けられた窓と、使われたとは思われない寝台がただ淡々と並べられているだけだ。
寝台のすぐ下に、グレイのものとおもわれる荷袋があった。中途半端にあいた袋の口から、大き目の布と砥石が出ていた。それに、椅子が乱暴にも横倒れになっていた。これからみて少なくとも、ニィラが寝た後しばらくは部屋にいたことになる。
だが、今グレイはいない。おそらく夜が明ける前にはここを出ていただろう。しかし、荷物がまだ置いてあることも鑑みると、帰ってくる可能性が大きい。
不安をもったニィラはとりあえず、元の部屋に戻ってレベッカを起こすことにした。すぐさま駆け戻ったニィラは、若干興奮気味にレベッカを揺り起こした。
「おねえちゃん、おねえちゃん! おきてっ、ねえ」
「ん・・・」
と、すぐに起きたレベッカは寝起きのややぼんやりした様子で、ニィラを目で捉えた。椅子の上の三角座りも自然に崩れたレベッカは、目をこすりながらぼーっとしつつも挨拶をいう。
「おはよー、ニィラちゃん。今日はとっても早いのねぇ」
のんきなレベッカに、興奮の度合いが上がったニィラは大きい声で言った。
「のんびり挨拶してる、ヒマはないの! おねえちゃん、おじさんがいないのっ!!」
大きい声の成果か、内容の成果か定かではなかったが、ぱちくりと一回瞬きをしたあとのレベッカは、幾分か寝ぼけたものを様子から取り払った。それで、何割かの様子は演技だったことがわかる。
頭に血がのぼりぎみのニィラを落ち着かせるように、レベッカはゆっくりとニィラの肩に手をやった。レベッカは肩に置いた手を頭に移動させて、優しくニィラをなでてやる。そしてやわらかい声音で言い聞かせた。
「どうしてニィラちゃんはそう思ったの? おはなししてみて」
ニィラの不安をとりのぞくようなことを、言ってやりたくて、レベッカは無理やりにでも笑顔を作ってみせる。やや落ち着いたニィラはこくりと頷いて、壁を見てグレイの『生命の源』が見えなくなってたことから話しはじめた。
「きょうはきのうよりも早くおきたの。ちょっとお部屋のなかにいたときに、なんとなく壁をみたの。そうしたら、おじさんの『生命の源』が見えなかったの。あたしが寝る前には見えたんだけど、ね。それで、不思議におもっておじさんのお部屋に、いったらだぁれもいなかったの。荷物はおいてあったんだけど」
レベッカは、『生命の源』という言葉に目聡く反応した。だから、口調が少しきびしくなった。
「ちょっと待って。ロディーヨフって、『生命の源』のことよね?」
「うん、そうだよ。あたしは、『生命の根源』を持ってるよ。あっ、おねえちゃんには話してなかったんだっけ」
警戒するようなレベッカの態度に、気づくことなくニィラはごく普通に返した。レベッカは頭を回転させて、ニィラに問いを返す。ほかに、あなたが『生命の根源』を持っていること知っている人はいるの、と聞いたレベッカは目を瞑っていた。
ニィラは座って目を閉じているレベッカを見つめ、元いた農村のことはほとんど忘れることにした。明るい声で、グレイおじさんが知っているよ、というとレベッカは厳しい表情ですぐに目を開けた。そう、と静かに言ったレベッカは椅子から立ち上がり、さっきとはうって変わった陽気さで微笑んだ。
「荷物はおいてあるんでしょ? ならすぐに戻ってくるわよ。まずはご飯、ご飯食べましょう」
レベッカの変わり様に驚いたニィラだったが、昨夜はほとんど食べれていないのですぐさま頷いた。
二人で夕べは酒場だった一階に下りていった。昨日の騒ぎようは何処へやら、ほとんど客がおらず宿の主人が受付カウンターで、暇そうに座っているだけだ。レベッカがその主人に声をかけた。
「すみません、ちょっと早いですけど朝食をお願いできますか?」
あいよっという気前のいい返事が返ってきたのを確認したレベッカは、ニィラと一緒に席についた。
すぐに給仕の係が水を差し出した。給仕のひとが暇をもてあましている様子だったので、レベッカは聞いてみた。
「あの、すみません。うちの連れのおじいちゃん、知りません? 部屋にいないみたいなんですが」
暇そうだった給仕は話にのってきた。
「いやぁ、すみません。ちょっとわからないですね」
少し申し訳なさそうに、ぽりぽりと頭を掻いた給仕は、あっと声を上げた。人懐っこい動物のような笑みで楽しそうに笑った。
「そういえば、何があるのか知りませんけど、夜中のうちに国の騎士団がきたらしいですよ」
あっというまに九月も終わり、やっと秋らしくなってきたこの頃ですね。衣替えで忙しいところでもあります。
えっと、ここを読んでいらっしゃる方のなかに、作者の活動報告を見ている方がいれば、もうすでに知っているかもしれませんが、お知らせします。
始めの辺りなど、とてもじゃないけど黒歴史に入れざるをえない酷い文章を、改稿したいと思っております。今でも文はぐちゃぐちゃでしょうけど、始めの辺りよりはましになっている・・・と信じたいところですが。
そのため、大筋の話は変わりませんが、ちょっとした小話や、後々の設定を裏付けるような言動等、変わる部分が多くあることと思います。文字数的に、割り込み投稿で話数を増やさなければいけなかったりと、皆様が混乱するようなことがあるかもしれません。
ですが、その改稿作業と平行して新しい話も更新したいと思っています(欲張りです)。
えと、つまり何がいいたいかと申しますと、前に投稿した部分を大々的に書き直すので、この次の更新もその次の更新も、改稿が終わらない限り、不定期更新としたい、ということです。
週一更新が身についてきた頃でしたが、あえてこんな暴挙にでました。
もっと沢山の人に興味をもってもらいたい、というのが多分自分の中で大きいと思います。それに、こんな酷い文章でも、お気に入りに入れてくださった方や感想・評価を付けてくださった方、ここまで読んでくださっている方に、少しでも自分が成長したところを見せたいのです。
こんなことをいうのもおこがましいのかもしれませんが、自惚れていいですか? ここまで来れたことに自信を持っていいですか?
ここまで支えてくださった、姿の見えない皆さんありがとう。そしてこれからも支えてください。よろしくお願いします。