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リオン -剣術使い-  作者: 笹沢 莉瑠
第七章 ついに現る、平和の綻び
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【第7章2】ゆるやかな流れ

 彼らは、荷物を肩にしょい出発した。方向を北、正確に言えば北東に定め、その日の簡単な計画を立てて歩き出していた。



 レベッカは、常に腰につけている小さなバッグから、短刀をとりだして鞘ごとニィラに手渡した。ニィラはそれを受け取り、しげしげとそれを眺めた。よく見ると短刀と鞘がぴったりと合っていない。

「この鞘、このナイフとあってないみたいだね」

「ナイフじゃなくて短刀よ。包丁みたいに峰と刃があるでしょ? 私がその短刀を使うのは、相手に投げる為だからいちいち鞘を拾っている暇が無かったのよ。それで大体おんなじ長さと大きさだった短剣の鞘が余ってたから、その場しのぎでね」

 そう、短刀と鞘があっていないことを説明したレベッカは、同じような短刀をまた腰のバッグから取り出した。そして、握り方を丁寧に教えた。


 見よう見まねのぎこちない手つきで短刀を握るニィラに、レベッカがふと思い出したように尋ねた。

「ニィラちゃん、あなた利き手ってどっち?」

「ききて?」

 短刀をもつ右手を開いたり閉じたりしながら、無垢な目でニィラは隣をあるくレベッカを見つめた。そんな目で見つめられたレベッカは、戸惑いを覚えてため息をつく。ニィラはそれを不思議がって首をかしげる。レベッカは困ったように、短刀を持っていない手で頭を抱えた。


 レベッカにとって、ニィラは幼すぎて穢れなんてほとんどまとっていない存在に思えた。だから、これからニィラを汚れさせていくようなことをしてもいいのだろうか、と不安に感じたのだ。

「・・・ねぇ、ニィラちゃん。私はこれからあなたに自分の身を守る術を教えようとしてる。だけどそれは、守るだけじゃなくてあなた自身をも傷つけてしまうかもしれない。それでもいい?」

 立ち止まったレベッカの口から出た言葉に、グレイも振り返った。ニィラは、伏し目がちに手の中の短刀を見つめるレベッカの目と自分の目があうように、レベッカのすぐ前に立った。そして、レベッカが強く握り締めている短刀を驚くような力でもぎ取った。


 それにびっくりしたレベッカがニィラに視線を向けた。ニィラはレベッカと目を合わせたまま一歩下がった。レベッカが持っていた短刀を握っている手をすっと前に出す。すると、合わない鞘が地面に滑り落ちて音を響かせる。

「おねえちゃん。あたしね、守ることも傷つくことも知らないちっちゃな子供だよ。だけど、あたしはあたしを守って代わりに傷ついてくれたひとの姿を知ってるもの。知っているからもう見たくない。大切なひとが傷ついてしまうところなんて」

 レベッカがか細い「あ・・・」という声を漏らした。ニィラが刃むきだしの短刀を前に出し、レベッカの目の前で仁王立ちする。風がニィラの長い髪をなびかせた。


 レベッカは震える手を口元に無理やり近づけ、乾いた声で笑った。それは直ぐに止まる。顔をさっと引き締めたレベッカは真剣に言った。

「ごめんなさい、ニィラちゃんの覚悟を疑うような真似をして。今の言葉、忘れて? ・・・おねがい」

「・・・ううん、忘れない。だってそれは正しいことだもん。ちゃんとこころの中においておくよ。さっ、おねえちゃんどうやって持つのか教えて?」

 ニィラは刃がでた短刀の柄のほうをレベッカに差し出した。レベッカはニィラの顔をみて微笑むと、短刀を受け取った。そして何もなかったように、教え始める。

「利き手が無いなら、両方いけるね。じゃあ、まず右手から・・・」


 グレイは髭の下で口を僅かにゆるめ、前を向いた。

 そして何も無かったように、三人は歩き始め道はゆるやかに進んでいくのだった。ゆるやかな、ゆるやかな。流れは、そう。止まることを知らないが、はじめのうちはとてもゆるやかで、ゆるやかで。

 流れのさなかにいるその人々はまだ、流れには気づかない。流れの外にいる人々は気づき始めた。その流れがいずれ大きくなることに。


                           *


 日は傾き西の空が赤く染まり始める。長い雲がほんのりと桃色に色づき、まだ青いところはアーリアとヒーディオンの国境になっているポールレ山脈の後ろに隠れた。そのころにはもうすぐ近くに、割と人の出入りが多そうな町が見える。そこがその日に泊まる所となった。

 町の入り口となる門の脇にはとても大きな壁が築かれている。高めの門には町の衛兵が槍を持って、構えている。

 ニィラは歩きながら、今日のうちでとても仲良くなったレベッカに話しかけた。

「ねぇ、あのおっきな壁は何?」

「あれ? あれは、城壁ね。あそこの町やその町の中にある城を守る為に作られたのよ。ほら、あの壁よりも高い建物が見えるでしょ? きっとあれが城ね」


 ニィラに分かるよう簡単に説明したレベッカは、一歩先を行くグレイの隣に並ぶと小声で聞いた。

「あの町、衛兵をおいてるってことは、当然通行者の身分証明を求めるわよね? アーナスさん、もってる?」

 グレイはそっと頷きズボンのポケットから、ちらりとそれらしき物を少しだけ見せた。レベッカは確認すると、ニィラのほうを盗み見た。

「あの子の分もってるかしら? 無いのなら、もっともらしい言い訳を考えなくちゃ」

「いや、わしは持っておらん。門についている衛兵が少ないゆえ、なくても軽く注意されるだけであろう。だから、それほど警戒しんでもよい」


 レベッカは注意深く、門の前に立つ二人の衛兵とグレイを見比べたが、今見てみるとただの見張りにすぎないように思えた。ふぅっと息をついたレベッカは、短刀を刃が出たまま靴の中に差し込んだ。それをみたニィラが、後ろから小さな悲鳴を上げる。

「おっおねえちゃん! 靴の中にたんとう入れちゃってだいじょーぶなのっ?! 刃がでたまんまだったよね」

 首をまわしてニィラをみたレベッカはにっこり笑って、さっき短刀をいれた靴を振って見せた。ニィラ顔色がやや悪くなる。

「大丈夫にきまってるじゃん。この靴のなかには、こういう短刀を収納するポケットがついてて、私の足をまもってるのよ。ふふっ、ニィラちゃん。そんなに驚くこと無いのにねぇ」

 いたずらっぽい笑みはニィラのほのかに上気した頬をふくらませた。アハハハハハッという、心から愉快そうな笑い声をレベッカははじけさせ、ニィラはちょっと不機嫌そうに眉根を寄せながらも、口元には笑みを浮かべている。グレイも目を細め、深いしわの入った頬を上げさせた。


 そんなこんなで町に近づきながらこの旅を楽しんでいる三人は、すでに門の前にたどりついた。槍をもった衛兵の一人がが三人に声をかけた。

「旅の者か? 身分を証明できるものを提示せよ」

 レベッカとグレイがそれぞれ身分証明書を衛兵に見せると、衛兵は頷き一歩後ろにいるニィラに気づいた。あごでニィラを指し示しながら、二人に尋ねる。

「後ろの者は、二人の連れか?」

 レベッカがためらいも無く肯定した。衛兵はレベッカにニィラの分の身分証明をもとめた。

「あら、ごめんなさい。この子の分、持ってないのよ」

 と、軽い調子でレベッカがいうと衛兵はふんっと、あまり機嫌がよくない様子で鼻を鳴らした。衛兵がいらつき気味で槍の柄の方で地面を叩いた。

「まあ、いいだろう。祭りも近いからか旅人も多い。いちいち警戒していたらこっちの身がもたない。通れ、そしてようこそ我らがリロイ領主様の町へ」


 衛兵の脇を通り抜け、町の中に入った三人は暗さを増し始める空を尻目に宿を探すこととなった。とはいっても、すぐに見つかった。<永久の風見鶏亭>という宿で、屋根に塗装がはげ気味の風見鶏がある。

 三人が<永久の風見鶏亭>の扉を開くと、酒や汗、ほのかに甘ったるい香水のにおいがした。むっとした熱気に包まれている。カウンターにいる宿の者は忙しく一階の酒場部分の注文を聞いてまわっては、奥に大声で叫んでいる。多くの客が酒を手にして、大騒ぎしている。

 ニィラの手をそっとつかんだレベッカは、まわりの客の間を縫うようにして先頭を行くグレイに迷うことなくついていく。グレイはカウンターまでずんずん進んでいくと、ポケットから銀貨を数枚取り出して無造作にカウンターに置いた。お金独特の金属音で、宿の者が飛びつくように現れた。


「はいっ! お客様でしょうか? 何をご注文で?」

 商売者らしい笑みを浮かべた宿の者に、グレイは無愛想に答えた。彼は普通必要なことしか口にしない。だから、こういう根っからの商人と世間話をするような性質タチではない。

「二部屋頼む。朝食付きだ」

 それを声音から感じ取ったのか、宿の者はすぐに頷き三人を二階へ案内した。案内するとそそくさと一階の喧騒にまぎれていった。

 それぞれ、部屋に入った三人は荷物を置くとまた出てきた。さきに食事を済まそうというのだ。


 階段を降りながらレベッカはグレイに聞いてみた。

「追われているんでしょう? なのに泊まっていいの?」

「無理に野宿ばかりしていては、その線で捜査されやすい。野宿と宿泊を同じくらいの頻度ですることで、向こうの捜査の手を分散させる。そうすれば、見つかりにくくなる」

 グレイの理論に納得しながら一階に着くと、また騒音の最中に引き込まれる。

 空いている席に適当に座ると、酒場の舞台となっている所に奇抜な人物が立っていることに気づいた。黒くてつばの大きい帽子を被っていて目元が見えない。僅かに見える顔の顎には髭が生えている。人物がまとう、多くの色で塗りつくされた裾の長いマントやローブのような服が、その男の全体をおかしく見せている。


 拍手となにかを求める口笛が酒場中から沸き起こった。客達の視線は舞台の謎の男か、手に握られたグラスの中の酒に注がれていた。そういった拍手などに答えるように男は深々と宮廷風のお辞儀をして、低めの声で言った。

「さて、みなさんありがとう御座います。しかし、私の方も疲れてまいりましたので、次の詩でおしまいとさせていただきますよ」

 どうやら、この男は詩人のようだった。客の間から残念そうな声が聞こえた。その声に微笑を浮かべた男は、ちらりと酒場の隅に座る三人の方を見た。レベッカはとっさに警戒したがただ見ただけで何も起こらなかった。


 男は笑みを深くし、口を開いた。

「それでは、最後の詩は・・・・・・誰も知らない歌姫ヴィデルタの詩にしましょうか」

 レベッカの目が大きく見開かれた。ニィラが、レベッカの手を握ったが、彼女は気づかない。それほどにレベッカは驚いていた。『ヴィデルタ』という言葉に。

・・・毎回恒例となってますあとがきです。どうもこんにちは。

えっと、今週は結構忙しかったですが、計画立てて今週分仕上げられました! よしっ、この調子で完結へ頑張るぞー!!


 いやぁ、この三人。やっぱり癒されますぅ。心の安らぎですね、ほんとまじで。

えっ、ジュディー(幼少期)は大丈夫なのかって? ええ、まあ。今寝てます、ヒア君下敷きにしてね。

 ヒア君の悲鳴が聞こえた気がしたけど、「ああああああああ」きこえなーい♪


なんだかんだでヒア君がすきです。それでは、またー来週!

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