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リオン -剣術使い-  作者: 笹沢 莉瑠
番外編1 三ヶ月の訓練期間
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【番外編1-12】八時の鐘2

 深いスリットが入った黒いドレスから、白いあしがのびている。椅子に身をもたれさせ優雅に足をくむ姿は、御伽噺に出てくる女王様の如く。

 肘掛に腕をおき、スラッとした顎をのせる細く可憐な指と手のひら。腰にかかるほど長い妖艶な黒髪は、レベッカの雰囲気をかもし出している。長いまつげの下にあるは、夕方、黄昏、空の紫苑の輝き。瞳の奥に秘められた夜の色が、彼女の真意を悟らせない。

 レベッカが見つめるは、赤毛の少年。彼のこころの声が聞こえるようだった。


(もしかして――僕ら新兵の中に、リオン・フェブリーヤが?)

 濃い血のような口紅が弧を描いた。上品にこぼれた笑い声が妙に反響する。

「フフッ、あなたの予想通りよ。新兵のなかにリオン・フェブリーヤがいる」

「なぜ、僕がそんなこと――。それに、あなたは誰がリオン・フェブリーヤか分かっているのでは?」

 目に見えない力にエリムは圧倒されつつも、もっともな疑問を投げかけた。レベッカは足を組みなおしながらこたえた。


「リオンは、力を上手く・・・隠している? いえ、まだ力の全体を把握できていない。だから、リオン・フェブリーヤだという確証がないの。なぜあなたが、あたしの言うことを聞かなければいけない、かですって? それは、あなたが弱いからよ。姉と一緒ね」

「どっどこが弱いというのですか!」

 エリムはかっと怒鳴り返した。レベッカは大人びた雰囲気で顔にかかった黒髪を耳にかけた。エリムはその飄々ひょうひょうとした様子をキッとにらんだ。


「あなたは人に依存する。剣の腕は上がったかもしれない。だけど、己の性質を変えることは難しい。あなたは大切だと思った人、全てを守れるのかしら? たった一人、自分の腕からこぼれおちてしまうと、あなたはどうなるかしら? あたしならば、守れる人と守れない人で線をひく。あなたは守りたい人と守れる人の違いがわかる? あなたは冷静にすべてに線をひけるかしら?

 あたしは、あなたがまごついている間にすべてを消すことが可能なのよ。力に敏感なあなたなら、自分がよく分かっているでしょう? あなたがあたしにかなわないことは。

 あたしにあなたの守りたい人を殺されたくなかったら、リオン・フェブリーヤを見つけることに協力してくださるわよね」

 最後のみ問いかけではなく、確認だった。矢継ぎ早に、心にグサッと突き刺さるような言葉を浴びせかけられて、エリムは俯かざるをえなかった。


「・・・・・・」

 レベッカは無言のまま自分の足を見ているエリムに、繰り返して言った。

「協力、してくださるわよね」

 聞く者全てに緊張の糸を張り巡らせるような鋭い声が、エリムの顔をあげさせた。それと同時に、何か薄く堅いガラスを叩くような音が聞こえて、レベッカの眉がぴくりと動いた。

「僕の友達に手を出さないのならば、協力しま――――えっ?」


 といいかけて、エリムが感じたのは流れるように目と耳に触れた冷たい手。振り返ると、金髪金目の青年と数歩離れたところに目をひく緑髪と赤銅色の瞳の少女がいた。

 バロシオンが片手に持っていたのは、不思議な金属。精霊や魔法について知らないエリムにとっては未知の物体だった。だが、レベッカはバロシオンとその時計をみて、内心嬉しく思いながら呟いた。

「リオン・フェブリーヤは未熟、そして近くにいる・・・」

 レベッカに一番近かったエリムには聞こえず、『』をもつエーシャにも聞こえず、リオンの剣に宿る精霊にであるバロシオンにだけ聞こえたそれは、バロシオンの口元をゆがませた。


                              *


 バロシオンとエーシャが、エリムとレベッカのところにたどり着く数分前。

 バロシオンが持つ時計は、壊れて動かなくなっていた。妨害が大きすぎて、敏感すぎた時計は壊れてしまったのだ。

<どうやら、近づいているようですね>

(はい・・・)

 シャスール・アデシヤが穴の中に消えたときから、エーシャはあまり喋らなくなった。自分から話題を提供しようとせずに、さきの会話について聞こうとせずに黙々と歩き続けていた。


 一方バロシオンといえば、古き旧友の突然な登場にたくさんの疑問を抱えていた。バロシオンやアポシオンが精霊になってから、シャスール・アデシヤに会ったのは三代目に仕えていた頃だった。それ以来会っていないのだから、何百年という単位になる。

 それなのに、身長の一エル(約一センチのこと。五十エル=一ポア)も変わっていない、思春期の少女の姿だった。

 アポシオンに相談しないと、と決心する彼であった。


 ゴンッと、何かがぶつかる音がした。考えにひたっていたバロシオンが、目をやると頭を押さえて「いてて」と呟くエーシャがいた。

<見えない壁、ですか?>

 涙目で上目づかいにバロシオンを見たエーシャはこくんと頷いた。バロシオンが目の前の宙に手を伸ばすと、彼女のいうとおりガラスのような物体を感じる。

<エーシャさん、叩きながら『アドル 消えよ』といってください。おそらくこれは結界です>


 エーシャが言われたとおりにすると、結界は小さな輝きとなって崩れ去った。そして視界は開けた。

 結界の先に、赤毛の少年と年の知れぬ妖艶な女性がいた。エリムは何かを言いかけていた。

「・・・のならば、協力しま――」

 バロシオンはエリムに気づかせるため、エーシャが驚くような速さで近づき、エリムの目と耳に流れるように触れていった。

「―えっ?」

 振り向いたエリムは現れた二人の登場に、驚きながらも笑顔をこぼしている。だが、バロシオンはきらびやかな椅子に座っている黒髪のレベッカのほうを見据えていた。


 レベッカはバロシオンと彼がもつ時計をみて、とても小さな声で呟いた。

「リオン・フェブリーヤは未熟、そして近くにいる・・・」

 その呟きが唯一聞こえたバロシオンは、口元をゆがませる。それをみて、レベッカは上品に笑い声を立てた。エリムがバロシオンに並び立つと、その声はやんだ。

「くふっ、エリム・マドゥカ。協力、してくれないのね?」

「僕が全てを守るんなんて、傲慢だった。少なくともここにいる僕の友達は自分の身は自分で守れる。僕が無駄にじたばたしてただけです。あなたが何のために、リオン・フェブリーヤを追い求めるのか知りませんが、僕は協力しません」


 真剣なまなざしで、いいきったエリムには、安堵したような表情がうかんでいた。横で彼を見ていたバロシオンは、長くリオン・フェブリーヤに仕えてきた間に感じた罪悪感が沸いてでていた。

 歴代のリオンの中には己の身分を隠して旅していた者が多く、リオンに使えている二人の精霊は度々その罪悪感をもてあましていた。

「そう、ならそこの精霊さんに伝えてくれる? せいぜいあなたの主人を鍛えることね、と」

 レベッカにもバロシオンが見えているはずなのに、エリムやエーシャに気づかれないようにわざわざ言った。バロシオンは怪訝なかおつきで、レベッカをにらんだ。


「容赦しないわよ、十五代目さん・・・?」

 いかにも、十五代目のリオンに向けて言う台詞。十五代目ときいて、バロシオンの顔が一変した。エリムとエーシャは困惑した顔でバロシオンをみた。

 一般にフェブリーヤ一族の存在は伝説的な英雄の末裔、という程度の認識がある。だが、誰がその時の一族の頭か、ということについては歴史に精通している者でなければ、あまり知られていない。

 十四代目は珍しい女のリオン・フェブリーヤであったことから、知っている者がわずかに多かったが、彼女の死は村とその付近の住人でなければ、ほとんど知られていないはずだった。


<エリムさん、ひとまずここから離れましょう>

(あ、はい)

 不敵に笑うレベッカを尻目に三人は駆け出そうと、回れ右をした時それは響いた。

 キーンッカラーン、キーンカラアーン。体の芯ごと振るわせるような鐘の音。一瞬、足元が揺らいだかと思うほどの大きい音。

「時間切れね、今日はここを去るわ。だけど、必ず見つけ出してあげる。リオン・フェブリーヤを、ね」

 ウワーンという謎の耳のブレとともに、“暗黒のヴィデルタ”は消えた。頭の中がぐらぐらと動いた途端、目の前の幻想は急速に朽ち果てていた。



 余韻がまだも響く鐘の音が視界をぼやけさせた。精霊であるバロシオンは、しゃがみこんで床に手をつくと、頭がスッと冷えていくのを感じる。

<ここは・・・>

 未だなおものびている騎士に、エリムによって蹴飛ばされた大きな扉があった。次に正気を取り戻したエリムは、壁を頼りに立ち上がった。

「あれ、ここは・・・」

 ちらっと見渡して場所を特定したエリムは、意味がわからないというように首を横に振っている。寝ぼけているようなエーシャを、足元に発見したエリムは、朝方のワンシーンを思い出して顔を赤くした。そのようすをちら見していた、バロシオンはくすっと笑いを漏らした。


「うーん? ふあ・・・、ってここは?」

 寝起きそのままのような様子で目をこするエーシャは、ぺたんと床に座り込んだままエリムを見上げた。その愛らしさに、もっとエリムは顔を赤らめた。

「ここは、僕と君が会った訓練室だよ。きっとあのレベッカとかいう人に元に戻されたんだ」

 そっぽを向きながら言うエリムは、エーシャを立たせた。バロシオンもエリムの考えに頷く。

<おそらくそうだと思います。ですが、鐘は鳴りました。あの人が何者か、論ずる暇は無いでしょう。最初の広間に戻りましょう>


 バロシオンが有無を言わせない声で言うことで、戻ることが決定し戻る道すがら、質問されても答えないと、暗に言ってもいた。バロシオンは先頭に立って、倒れた扉を踏み越えていった。二人はそれに黙ってついていくほか無かった。

 こんにちは。毎度の如くのあとがきです。

今回はいささか急いで作ったので、おかしいところや、変なところがあるかもしれません。あった場合は是非お知らせ下さい。

バロシオン視点を後半かいているので、アポシオンの存在がちらつきました。あのひと、変人美形騎士と堅っくるしい生真面目騎士が登場してから全然現れていませんから、今頃なにやってんのかなーと他人事のように思って(ry


ツィードさんの呼び名のレパートリーがひじょーに少ないです。是非、うんぜひとも面白い呼び方ないですか? あったら同じくお教え下さい。


次回は、マリという侍女についていったヘックさんです。楽しみにしてらしてください。

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