【番外編1-10】八時の鐘1
「大丈夫か?」
身体の安否を尋ねられたヘックはゆっくりと首を上げた。と、いっても地面に伏しているので大して上がらないが。
「まあ、何とか生きとるわ」
ヘックは土に汚れた顔で弱弱しく微笑んだ。ワイスは腰をかがめて手を差し出した。ヘックはその手を借りてよろけながら立ち上がったが、ワイスの助けが無ければ一歩も歩けそうにない。
「自分の見込みは確かだったようだ。君のしたたかさは、群を抜いて優れている」
「伊達に師匠らに連敗しとらんさ。それで鍛えられとったよ」
ヘックはさっき飛び降りてきた窓を見上げた。びろびろに破られたカーテンが揺れているのが見えた。
「どうやりゃ、戻れっかな?」
独り言ともとれる言葉に、ワイスは反応した。すっと自分が蹴ったわき腹と反対側について、ヘックの腕をワイスの肩にかけた。
「案内をしながら、肩を貸そう。君がいくら頑丈であっても、時間内に緑の間に戻ることは難しいだろうからな」
「そりゃ、どーも。ところで、今何時か知ってんか?」
ワイスは空を見上げることはせず、ただ剣の柄に目をやって答えた。
「午前七時十五分弱だ」
どうして時間がわかるのか、ヘックは疑問に思うことはなく、手助けなしで緑の間に四十五分以上かかる、ということにちょっとげんなりしていた。
ワイスの手元には小さな鐘。鬼に渡された鐘だ。本当にさりげなく、雑音に混じるように小さく鳴らした。
*
カラァン。静かだけど、さりげない音を俺の耳が捉えた。だけど、俺と奴はそれに反応せずに、この距離をつめることに専念した。
奴にも聞こえたはずだ。それは紛れも無い、鬼が新兵を捕らえた証拠。だけど、出会ったらルール? だっけ。それに縛られた俺たちには、他の鬼の介入が有効じゃない。だから、関係ない。
俺と奴の距離がおおよそ八ポア(約四メートル)になった刹那、奴が叫んだ。
「幻想・閃光!」
叫びのはじめに天井へ向けられた、奴の黒い剣先から白い光が出で、すっと高く飛び上がった。そして視界は音も無く白い光で埋め尽くされた。
っ捉えた。奴が風を斬る音。
条件反射で体が動く! 目がくらんで見えない状態のまま、感覚を頼りに剣を持ち上げた。
俺の剣が奴の剣から伝わる衝撃を感じる寸前、頭の中が黒になった。
殺セ
白く浮かび上がる文字。腕の受けた力と互いの金属を蝕み合う音でそれは掻き消える。
奴が軽い足運びで移動した。感覚のままに体勢を立て直し、次なる奴からの攻撃を待つ。
っきた! 目もおぼろげに見え始め、確かな動きになっていく。
風の悲鳴。目に見えない埃の舞い上がる音。剣のうなり声。
切リ刻メ
また黒になった。うっとうしい!
目が周りを見渡せるようになった。今まで使った感覚を限界まで鋭くして、奴がいる場所を探す。
いな、い? 視覚・聴覚・嗅覚・触覚、全てが奴の存在を否定する。味覚は論外だから、排除!
・・・まてよ。あいつは、オプショルだか知らないけど、シックスセンスがないと、あの真っ黒な剣の声は聞こえないと言ってた。つまり、シックスセンスを俺と奴は少なくとも持っていて、黒剣の声を聞くことが出来ない人は、そんなんを持っていないことになる。
俺が、いま使ったのは四感。だけど奴は『普通の人がいう魔法』を使えた。実際さっき光を発生させてたし。それを使えば、俺の感覚を惑わせるかもしれない。
それなら、どうやって奴を見つける? 奴は言った。『君が剣術ならば、自分は魔法だ』と。
魔法に対抗するために、剣術を使う? それは・・・つまり剣術の基本の『気』を使え、ということ?
だけど、シックスセンス云々は何?
あっ、もしかして『気』とシックスセンスは実は、同じものだったり!?
それならば、気を使えば奴を見つけられるかもしれない。
・・・・・・はい? 気について説明しろと?
はあ。じゃあ、説明しますよ。はいはい。
ビルが俺に剣術について言い始めた頃、注目したのは、『ピンチになったときに突然わいた力』について。
全くもって判りにくい? すいませんね、書いているのが未熟者なもんで。ってなんで俺が作者についてフォローしてんだよ。
そっちの世界にことわざがあるだろ? 『火事場の馬鹿力』って。それのことだよ。その力にビルは注目したんだって。
(今、思い出すと前々から、ビルが剣術の気について知っていたような気がするけど。まあ、今はつっこむのをやめよう)
で、なんでその力はピンチにならないと出てこないのか。それはきっと俺たちの体について、ほとんど知らないからじゃないのかって俺は思っている。
意識すれば腕が動くし、物をつかめる。だけど無意識のうちに、息をしていたり癖がついていたりする。息は、しないと生きれないからしている。だけど、癖はどうだろう? 生きるためには必要がないと、思えるはずだ。なのに、俺たちは癖を受け入れ、そこに疑問を抱かなかった。
そういう風に、人間っていうのは適応しすぎて自分自身が持つ力について、気づかなかったんじゃないかな?
って何、話ずらしてんだ俺。
その力を引き出すためには、自分がもつ力があるということを確信しなきゃいけないらしい。実際、俺はそれを確信して、『気』を扱えるようになった。誰だってやれば気が使えるみたいだし。
気は自分の内なる力だ。気は自然の力でもある。『火事場の馬鹿力』の馬鹿力は=気だ。普段は人間が形を保つために、体中に散らばっているらしい(普通に自然の中にも気はあるけど、人間が使うのはむずかしい)。だけど体が大きな損傷を受けたり、自意識で危険でも行いたいことをしようとすると状況に合わせて気は、さまざまな場所に集まり始める。
例えば、俺がへばっている状態で左腕に大きな怪我を受けたとする。すると、気は患部だけでなく体全体の筋肉に集まり始め、さらには頭でも集まる。そうなれば、体力とはまた別の気が体を立つために支え、状況把握のために使う頭がすっきりする。
それに、『火事場の馬鹿力』をたとえにすると、火事で家が燃えている。そこにとおりすがった俺は危機を感じてそこに飛び込んで、倒れた重い家具の下敷きになっていた子供をたすけた。この場合、気は俺の腕に集まって、一人じゃ到底持ち上げることすら叶わない家具を持ち上げて、子供を移動させた。
気は無意識に集まるし、意識的に集まることもあるということ。
たとえがイマイチだったけど、それは俺のせいじゃないからな。まあ、これからも読んでくれればきっとわかってくれるだろう。ということで俺からの気についての説明終わり!
気は意識を自分の内側に集中すると見つけた。皮膚の下でこの形を保たせてる。
そいでビルは、気を発見したあと、意識的に気を一定の場所に集まらせようと言った。とりあえず、座って気を確認する。そしてその気を、この腕を持ち上げるために動かそうとした。一時間ぐらいでクリアしたよ。次にビルは、じゃあ今度は剣に気を集めてみよーぜ、って言った。
無理じゃね? と、俺は思ったけど現に今できるんだよね。剣をもって気を確認。それで、まずは気を剣握る手のひらに集めてそれから、剣を体の一部だと考えながら剣へ移動させる。十数分でできたよ。
最後に、ビルは言った。それじゃー、剣先から気が放出っていうか出て行く? のを想像して出させてみよう。
はい、ここまでこれば分かるかなー。想像の部分をどう変えるかで、剣術は変わるんだ。はい、これで剣術の作り方終わり!
ということで、まずは気を体内から体外へ出してみよう。
すでに本来俺のからだの一部ではない、剣から気を移動させて放出できるんだから、すぐにできた。なるべく全体に広がるように、俺から出た気をホール中に移動させた。そこに気が感じ取れるものがあれば、すぐにわかる。
あっ、見つけた! 俺はすぐさま気を取り込み、駆け出した。
奴は魔法らしきもので身を隠していたが、気づかれたと知るやいなや、また叫んだ。
「現実・火炎!」
奴が黒い剣を横に振るうと、炎の波が襲ってきた。床が微妙に焦げている。
「疾風の斬撃!」
俺の剣術でそれを打ち消すと、奴はものすごいスピードで間合いをつめた。
風の音とともに、黒の軌跡が俺に向かって迫る。俺はそれに飛び込むように床を蹴った。
黒い剣筋を受け止めるかのように、俺は剣を滑らせたが体をひねってそれを避ける。俺たちが交差したとき、俺は振り返って技名を叫ぶことなく疾風の斬撃を発動させる。
奴も空中で回転し、こちらを向いて手を突き出した。
「強固・防御っ!」
手の平からうすい膜のようなものが現れて、見えない斬撃がもろに当たったが、奴は無傷。
だけど、斬撃の威力に押されて床に奴の足跡がある。お互い様だ。
さあ、これから! 絶対に勝ってやる!
思った途端、このダンスホール、いやリク城を震わすほど大きな音が聞こえた。
キーンッカラーン、キーンカラアーン。
「・・・あーあ、鳴っちゃったね~」
え、もしかして今のは。まさかの?!
「もしかして、今ので八時?」
「そ。残念ながらジアン君は、合格でーす」
えええええええぇぇぇえぇ・・・。やっとやる気になったと思ったら、変な詩が聞こえて? 疾風の斬撃を初公開しちゃって? 目の前の年上として敬いたくない奴が「普通の人~」とか言い初めて? 頭の中が真っ黒になって? 魔法vs剣術面白いぜ、ってなったら終わりとか、どういう筋書になっとんねん!
「俺は一生、主人公に手柄を横取りされる脇役かよ!!」
それがかわいそうだから、ジアン(ジアス)を番外編1の主役にすえてあげたのに・・・。
はい、一度呼んでいただければ判るはずです。つまりジアン視点のところで四十五分も掛かっているわけなんですよ。ジアンの中ではほんのちょっとなんですけど、実際は何十分もかかっていた、という感じです。
わからないですよね、はい。では、また来週たのしみに待っていらっしゃってください。もうすぐかくれんぼ編が終わりますので、本編ももうすぐですよ。
7/19
お気に入りに十人も! 本当にありがとうございます!
まだまだいたらないところばかりですが、自分なりにやっていけるように頑張りますので、引き続き応援よろしくお願いします。