【番外編1-9】暗黒のヴィデルタ
フェリアーノ、いやその偽者はにんまりと笑った。
「正解、気配サーチ能力は伊達じゃないね」
エリムは冷たく、掴んでいた手を振り払った。その頬には流れ落ちる途中の涙があって、振り払った拍子にきらきら輝きながら落ちた。
ほんのすこし、目が赤くなっているのは泣いていたせいだろう。エリムとよく似た緑色の瞳の偽フェリアーノは、髪を揺らした。エリムは静かに目を閉じた。
「まあ、いいよ。あたしの今日の目的は達成されたから」
「目的?」
「あなたに、あたしの存在を知らせること。ああ、そういえば。出来るなら言っておけっていわれてたんだっけ・・・」
先程までのフェリアーノらしい態度と一変して、ただ容姿が似ているだけの他人のようだった。
「ねえ、あなた。結構冴えるらしいし、その能力も便利なことだし、ジアン・マクシアの傍にいることだし、こっちにこない?」
いたずらっぽい目つきでエリムをちらりと見やるその姿だけ、フェリアーノそっくりだった。
「そんなことが出来る訳ないだろう! ジアンは僕の友達だ。何処に友達を売る馬鹿がいる!?」
そのせいか、エリムの怒りはいくらか大きいようだった。
それをただの子供の茶番と見下す、偽者は不敵に微笑んだ。気づくと、偽者の唇に真っ赤な口紅が塗りつけられていた。だんだん、そばかすがある肌は水晶のように透明へ。燃える炎を連想させる赤い髪は光沢のある長い黒髪へ。今までフェリアーノと瓜二つの姿だったはずなのに、急に姿が変わり始めついには服をも変えた。露出の多いシンプルなドレスが丈長く床になびいている。
「おどろいた? エリム・マドゥカ」
女性にしては低めの声に、なぜかびくっとさせられた。
それに、姿が変わった途端、偽者が放つ力の大きさが異常なまでに大きくなった。エリムは驚きを隠しきれない。
「あたしは――、そうね“暗黒のヴィデルタ”。レベッカと呼んでくれればいいわ。前にいった暗黒の~は称号みたいなものだから気にしないで。
それで、本題なんだけど。あなたがジアン・マクシアとの友情を大事にしたいという気持ちは幾分か理解したわ。それなら、全く関係のないリオン・フェブリーヤを売ってくれないかしら」
“暗黒のヴィデルタ”、レベッカは妖艶な姿で椅子に座った。
そう、何処からか椅子が現れたのだ。まるで一国を治める女王の如く、我が物顔で椅子の肘掛にひじをついてふんぞり返った。
エリムは開いた口がふさがらない、とばかりの顔だった。
(もしかして――僕ら新兵の中に、リオン・フェブリーヤが?)
*
空気を切り裂いた斬撃は、壁をも大きな音を立てて破壊する。
音がこもるダンスホールの壁にひびが入り、見事な装飾が一部粉々になっているが、俺には関係ないね。だって、奴が避けたから壁にあたったんでしょうが。
気づくと、奴の透き通るような肌に一筋の傷が出来て、血がたれている。はっ、いいざまだね。
「君は・・・・・・」
ついさっきまでハァハァいっていた息が、もう元に戻った気にくわない美形が真摯な様子で続きをいう。そう本当にいけすかないが、奴はびっくりするような『いけめそ』であるらしい。
あー、俺としてはうん。同じ美形のシェイさんのほうが、年相応・親しみやすいよな。
「フェ――いやなんでもない。君は剣術使いだったのか、そうか・・・」
ぅをい、『いけめそ』であるらしい馬鹿は何を言いかけた? 俺の記憶に間違いがなければ、このように発したはず。
ふ、に小さい、ぇ。つまり、『ふぇ』だ。
そして、『ふぇ』といいかけた、その短い間奴は口をすぼめなかったか? う、うが母音であることば、を言うときみたいに。
つまり、『ふぇ』+う行。
俺が思ってしまうのは、『フェブリーヤ』。これならぴったりだし、言いかけたそれが、「君はフェブリーヤなのか?」の類だったら大当たりだ。
「なんなんだよ、もう戦意喪失かよ」
奴に、言いかけた『ふぇ』について考えていたと感づかれないように、大振りな態度をとってみた。すると、奴は態度を一変させて変人に戻った。
「ああ、ジアン君ー。よかったよ、自分の期待を裏切るほど君が強くて。これなら思う存分・・・いやそれはちょっと無理かな~、気持ちよく『碧血・黒水』を起こせるよ」
ぴれねっしゅ こくすい?
変な剣の銘に俺が首をかしげると、嬉々とした馬鹿が持つ黒い剣に、青く輝くもやのようなものが刀身に漂い始めた。奴からも不可思議なオーラを感じてならない。
「白き川は人を濁らせ 人は黒き流れを掠め取り 黒き流れは紅を流れ去り 真紅の紅は碧を染め 気高き碧は白き川を追う」
高らかに謎の詩をうたいあげる奴に、俺はもう一度言う。
「なんなんだよ」
明らかに詩を言ったあとと前では、黒に隙間無く染められた剣がもつ青い輝きが違う。言う前では、細かい砂が光る程度の輝きだったが、言ったあとは夜空の一番星並みの輝きだ。
「ただの呪文と思ってくれて構わないさ。ところで、ジアン君」
「ジアン君言うな」
「うん、そうじゃなくてね。自分、魔法使いじゃないって言ってただろ?」
あー、普通にスルーされたわ。軽く避けられるのって結構ムカつくんだな。
「それ、撤回するよ」
「はぁ?!」
いきなり爆弾発言。・・・今更だけど俺、この変人に振り回されてやいないか?
大きく頷いた奴、後でシバくぞ?
自分は魔法使いだ、といったも同然じゃないか。でも、なんで言ったり、撤回したりすんだよ。
「君が剣術使いなら、自分は魔法使いだよ。なんせ、自分は普通の人達がいう魔法を使えるんだからねー」
ん? なんか変なことを頭がおかしい子が言わなかったか?
『自分は普通の人達がいう魔法を使える』
魔法は普通の人が言おうと、そっち方面に特化した人が言おうと、変わらないんじゃないの? そりゃまあ、価値とかは違うだろうけどさ。
そーいえば、文官見習い期間のころ。ビルに聞かれたことがあるかもしれない。
『なぁ、ジアン。魔法って何だと思う?』
『はあ? いきなり何だよ。魔法? 伝説化してる大戦争時代の魔法とか?』
夜、普段とおなじように割り当てられた部屋を抜け出して、屋上でビルと素振りをしていたときだ。夜の冷たい風が吹いていたのにも関わらず、俺達は汗をかいていた。
ビルは俺の答えを聞き、ふーんと言ったあとに俺の背後の闇を見つめていた。
『じゃあ、剣術は?』
剣術についても聞かれたんだっけ。でも俺らは『剣の習い』どまりだったから、『剣術の習い』に行っていない。
『えー? 何だろ。剣士が使う独自の業、かな』
俺がそう答えると、ビルは笑った。
『じゃあ、さ。俺達で剣術編み出そうぜ!』
『え?』
『お前にとっての、剣術は自分だけの技。それなら、自分でつくるしかないだろ?』
笑いながらいうビルは、今までよりも楽しそうに見えた。心から自然に笑うそんな姿が、すごくうらやましくなって。だから、手を伸ばした。
心を縛り付けていた錆びついた鎖が、粉々になっていくのを感じた。心が軽く、いや全部俺自身が、空とぶ鳥のように軽くなった。
俺は気づかぬまま、心から笑った。
『いいな! 俺だけのカッコイイ技を編み出してやる!』
回想から現実に引き戻された俺は、ビルが『魔法』と『剣術』を並べて質問した真意と、ムカつく野郎が言った『普通の人達が言う魔法』が何か関係していると思う。それは何だろう?
「どういう意味だよ」
俺は思わず聞いていた。なんの知識も興味も無かった俺だけど、今興味がわいてきた。
奴は眉をぴくっとさせたが、そ知らぬ顔でひょうひょうと言う。
「そのまんまの意味だよ? まあ、ジアン君が興味を持ってくれたのはうれしいけど、自分はちょっぴり急がなきゃいけないみたいなんだよね」
「あ、そ。ならお前が、この対決をやめればいいんじゃねえの? あと、俺へのふざけた呼び名も」
「それはどっちもちょっと無理な相談だねー。だから、第三の答え」
くそ・・・、また軽くスルーされた。こいつスルースキルが並外れてレベルが高い!
「次で決着つけよーよ」
怖いほど口の端がつりあがった笑みを奴はした。笑みのはずなのに、にっこりと目が細められているのに、そこに楽しいだとか幼稚な表情がない。この戦いと俺との会話を心底面白がっているようにも見えるけど、笑う寸前に目が見せた表情がそれを否定していた。
ときどき、『剣術の習い』生徒の練習を見ることがあった。一瞬、年上の生徒と目があったことがある。その目と同じ色だった。殺意の色。濃さは違うけど、人の核なるものを消し去るような明確な敵意は俺を震え上がらせた。
「へぇー、そんな目すんだな。お前も」
俺がゆっくりというと、奴はもっと笑みを深くさせた。
「本当に君は・・・・・・、自分の鼻に間違いは無かったね。了承、と受け取ってもいいかな?」
「ハッ、好きに受け取れば? 俺がどうせ勝つけどね!」
――残り時間数十分。
今回、通告なしに遅れてしまった上通常より、少なめとなってしまいました。申し訳ありません。
次回の更新は予定通りできるよう、頑張りますのでよろしくお願いします。