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リオン -剣術使い-  作者: 笹沢 莉瑠
番外編1 三ヶ月の訓練期間
43/65

【番外編1-3】エーシャ・アデシヤ

 扉の向こうで、なにかを置くような音がした。

 あまり寝ていないエリムはむくりと起き上がり、窓を見た。空の色の明るさは、薄暗い。真夜中ほど暗くはないものの、太陽が十分に昇っていないせいで空が青く感じられない。それに、エリムがいる宿舎からは空を見渡せるほど高くない。城壁の隙間から見えるだけだ。


 エリムは寝台からおりて手早く服を着替えると、扉をそっと開けた。本格的な冬が過ぎてからそれほど経っていないから、朝の空気は冷たかった。かすかに白い息が自分の腕に触れていく。

 扉の前にはキンキンに冷えた水の入った桶がタオルと添えられて置いてあった。廊下に出てみてみると、ほかの部屋の前にも桶と粗悪品のタオルが置いてある。

(これで顔を洗え、ということか)


 エリムは桶とタオルを部屋の中に持ち運んだ。それぞれ割り当てられた個室は似たような作りだったが、手荷物の少ないエリムにとってその部屋は無駄に広く感じられた。

 とりあえず桶とタオルを小さなテーブルの上に置き、冷たい水の中に手を浸した。

 水が手の温度をじわじわと奪っていく。手のひらで水をすくって、顔に水をたたきつけた。はじけて水のしずくが床の木板に落ちた。


 ドンドンッ。この部屋の扉はがたがたのボロボロなので、そんなに強く叩かないで欲しい。そんなエリムの思いもむなしく、静かに音が部屋中に響き渡った。

 エリムは仕方なくタオルで顔を拭きながら、扉を開いた。監督だった。

「一番早く起きたのはお前か、エリム・マドゥカ。悪いがみんなを起こしてやれ」

 う、という声が漏れたのは秘密にしてもらいたい、とエリムは考えるたちである。


(はあ・・・)

 声にならないため息を盛大に心の中でついたエリムは、ビルの部屋を後にした。

 次で最後だと思えば、気力がわずかに湧く。

 エリムは自分の好きなこと以外では、面倒くさがり屋だったりする。

 最後に残った部屋の扉を叩いた。


 ・・・沈黙がしばらく過ぎたので、一応声を掛けてから扉を押し開けた。

「ひっ?!」

 中にいる今まさに、着替えようとしている途中の少女が、顔を真っ赤にさせてこちらを見た。一瞬遅れてバッと服で身体を隠したが、エリムのいい動体視力が仇となって、エリムにはちゃっかり見えていた。

「し、ッ失礼しましたー!!」


 さっきよりもとてつもなく大きいため息が口からこぼれる。壁にもたれかかりながら、手を頬にそえた。なんだか、熱くなっていた。

(・・・見えたのは気のせい、気のせい、気のせい気のせい気のせい)

 自己暗示をしてみても、一瞬のあのシーンだけが脳裏にくっきりと色濃く残ってしまっている。

 やがて扉がゆっくりと開いた。エリムは律儀に謝ろうと、彼女に近寄った。


「あっあの、さっきはごめんなさい。僕知らなくて・・・」

「えっあっ! いえこちらこそ・・・?」

 彼女も同じようにぺこりと頭を下げた。少しとまどったエリムはとりあえず自己紹介をすることにした。

「あの、お名前は? 僕はエリム・マドゥカ、十六歳です」

「あっ名前ですね。私、エーシャ・アデシヤといいます。もうすぐ十五歳です」


 エリムはほがらかに笑った。

「じゃあ、エーシャだね。新兵の集合がかかってるから、早めにおいでよ。じゃ、先に行ってるから」

「はい!」

 言葉がくだけて安心したのか、エーシャも輝くような笑顔で頷いた。エリムは自分の鼓動が大きく聞こえるような感覚を覚えた。



 かくれんぼの開始からしばらく経った頃。エリムはヘックやジアンと合流していた。

 エリムにはこのリク城にいる鬼の割合は多いと思える。なぜなら、合流するまえから鬼に出くわす確率が高いような気がしてならないからだ。実際合流したての今でも、騎士の重い鎧の音が耳の横を通り過ぎていく。

「はあ~、緊張すんなぁ。これ」

「それより、俺はなぜビルがあそこに残ったのか分からない。これも訓練の一部だろうに」

 ジアンが不思議そうに天井を見上げた。エリムは率直に疑問に思ったことを聞くと、ジアンは少し傷ついたように微笑みながら言った。エリムにはそれはなぜかビリーが浮かべた笑みとよく似ていたように思えた。


「・・・まあ一応そうなんだけど。ここに来てから、よく分からない行動ばっかりなんだよ」

「まー、ビリーは不可解だからな。とりあえず逃げきらんと、どうにもらんとさ。移動してからにしようや」

 ヘックがジアンの肩をポンッと叩きながら足で床をつついた。

「まあ、そうだよ。ここで止まって考えるよりはいいんじゃない? だって・・・」

 音を立てぬように歩いてきた騎士の気配を感じたエリムは妙に声を潜めた。


「鬼が来てるんだしッ!」

 自分の意図が分かってくれるように祈りながら叫んだ。

(鬼をひきつけるッ!)

 エリムは視界の端で二人が右へ曲がるのを捕らえながら、駆け手を剣の柄に置いた。

 自分を追ってきている騎士が、ちゃんと追ってきているか、わざと視認して開けた場所を探した。

(触れなければいい、それなら・・・)



 エリムは、室内訓練に使うであろう広く強度の強い部屋を見つけた。扉を蹴り飛ばし、振り向きざまに自分の剣を鞘から引き抜いた。普通の剣よりも細い刀身が光る。

「触れなければいい、そうですよね?」

 剣を構えるその目は射抜くような力強さがある。騎士もエリムが何をしようというのか、理解して剣の柄をつかんで鞘から抜き出した。


「まあ、端的にいえばそうなるな。だが、簡単にできるだろうかな? 経験の違う相手で」

 騎士は偉ぶった様子で腰に手を当てた。騎士は貴族であろう顔で、鼻をならした。

「経験? まあ、それも実力のうちですけどね。だから僕に感じられるあなたの力、同じように僕の力が分かりますか?」

「はっ! お前なんかが私に勝てるわけが無かろう。お前からは何も感じないよ!」


 騎士は勢いよくエリムに向かって駆け出した。装飾が無駄なほど派手に飾り付けられた剣が、そばかすのあるエリムの白い顔に落ちてきた。エリムはそれに動ぜず、静かに剣を顔の前に上げた。

 キンッ、音を立てて剣同士がせめぎあう。だが、剣を持つ腕が激しく震えているのは騎士の腕だけだ。


「それを言うなら、あなたこそ蚊ほどの力を持たない! あなたは自分の実力と相手の実力を測りきれない愚か者ですかっ!」

 エリムは軽く剣を横にはらった。それだけで騎士は横に飛ばされてしまう。エリムは無様に後ずさりする騎士に近づきながら言った。

「あなたは、僕らの足元すら及ばない弱者だ。貴族だという特権意識以外に自分が得意になれることでも見つけることだ」


 そしてエリムは剣を鞘に戻し、鎧で覆われていない騎士の首を鞘に入ったままの剣でしたたかに打った。

「がっ」

 急所を打たれて力が抜けた騎士は、床に崩れ落ちた。エリムは剣を腰のベルトにまた差しなおすと、改めて訓練室なるものを見渡した。

 広くきれいに整頓された室内に、ゴミといえるものはエリムが蹴り飛ばした扉の木屑くらいだった。部屋の両隅のベンチや大きい窓、荷物でも入れて置くようなロッカーが壁にくっつくように置かれていた。

 どれも庶民にはため息が出るほど高い品であろう。


 ここから出ようと振り向きかけ、奇妙な気配を背後に感じたエリムは、いつでも抜剣できるように手を剣に伸ばしかけた。

「ッ!?」

 耳とまぶたに冷たい感触がして、おもわずその場にしりもちをついてしまう。何事かと見上げると、金髪に金色の眼をした美青年がエリムを見下ろしていた。

<大丈夫ですか? エリム・マドゥカさん>

 耳、というより心に直接響いてくるような美声が、エリムを安心させた。ほっと息をついたところで、その青年の正体を聞くことにした。


「あなたは何者ですか? ここの騎士でも新兵でもないようですが」

 それを聞いた青年はパッと顔を輝かせた。

<あなたは気配、というよりそれぞれが持つ力を感じることができるんですね! パロネもそうでした!>

 パロネ・・・? とエリムは戸惑ったが、まだ質問に答えてもらっていない。

<あ、ごめんなさい。僕はバロシオン、ビルの使いとして来た精霊です>


(精霊かあ、初めて見るなあ。だから、僕が知らない力を感じたんだ)

 それを読み取ったバロシオンは、やわらかく微笑んだ。それにつられてエリムも微笑んだ。

<本当にあなたはパロネとよく似ている>

 バロシオンは昔のいい思い出を懐かしむように目を細めた。だが、次の瞬間にその表情が消えることとなった。

「誰・・・? ポ、じゃない。あなたは数百年前、精霊界から姿を消したバロシオン?!」


 かすかな興奮と驚きのまじった高い声にエリムは振り返った。エリムが蹴り飛ばした扉の上にエーシャが立っていた。

「エーシャ・・・?」

 エリムの口から名前がこぼれたが、気にせずバロシオンは目を大きく見開いた。

<あなたは、『』をもっているんですか! それにどうして精霊界のことを・・・>

「すごい! 一生あなたと会えないと思っていたのに。じゃあ、アポシオンも人間界こっちに来ているの! やった、うれしい!」


 エーシャは朝とは全然違う様子ではしゃいでいた。エリムはわけが分からないというように首をかしげていた。バロシオンはエーシャの言葉に何か引っかかったようで、渋い顔をしていた。

<あなたは・・・騎士を目指しながらも召喚魔法を行っているんですかッ!?>

「え、そうだけど・・・?」

 真剣な面持ちで鋭い声を発したバロシオンは、エーシャにつかつかと近寄ってその頬を叩いた。

 ピシャッ。


<無知は災いを呼ぶ。魔法のことを何も知らないくせに、召喚魔法ができるくらいで調子に乗るなッ!!>

エーシャは何が悪かったのか分からないという顔で、バロシオンとエリムを見上げた。エリムも魔法なんてものに関わりが無かったせいで、バロシオンを見つめることしかできない。

ふと、ポロッとエーシャの新緑の瞳から涙がこぼれ落ちた。

バロシオンは顔を背けた。

朝っぱらからどうもすみません。バロシオンが病んでます。

ちなみに、エーシャが言いかけた、「ポ、じゃない」。さて何を言いかけたんでしょうか。ヒントは6章の最後に、ビルが口走った「バロシオン!」辺りですよ。

あと、アポシオンは誰かとそっくりなんでしたっけ。


おっと、宅配便のようです。


5/31

「誰・・・? ポ、じゃない。あなたは数百年前、精霊界から姿を消したバロシオン?!」

のあとに、エリムがエーシャの名前をいう部分を追加しました。


追記になりますが、次回更新はビル視点から始まりますので、混乱しないようにお心を準備くださいませ。

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