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リオン -剣術使い-  作者: 笹沢 莉瑠
間章 『君』が消えたら、
40/65

【間章】とある隊長さんと死ぬることの無き魂

 暗さは常にあった。

 心のすみ、消えていたはずの根が また巣食っているよう。


 強かった二人の死を 信じなかった一人の青年と少女。

 少女はやがて、成熟した女へと成り代わったが 弱き心は変われなかった。

 少女は今、永遠の安息を得 笑っているのだろうか。

 青年はやがて、歴戦の騎士へと成り代わったが 闇の中は変われなかった。

 青年は今、永久の格子から出 涙で頬ぬらしているのだろうか。




 それは、まだ日付が四月二十日だったときのこと。夜のとばりで大地が覆われ、常人であれば明かりなしで出歩くのは危険なほどの暗さだった。ひとりの男がもうひとりを半ば引きずるように、タイル敷きの道を担ぎながら歩いていた。

 その男は荷物の入った袋を持つのみで明かりを持っていなかった。しかし、その目は月光が無いにも関わらず、鋭いふくろうのように夜目がきくようであった。

「ド・・・いや。リコール、か」


 男は担いでいるもうひとりの声に立ち止まった。そして、リコールと呼ばれた男は静かに、ひとりを担ぐのを止めた。ドサッという音がして、くぐもったうめき声があがった。

「隊長殿、起きているのならばご自分で歩かれてはいかがかな」

「うぐぐ・・・、おっおま。本当はドラントなんじゃないのか?」

 硬いタイルに顔をつけていたヒア・マクシアンは顔を上げながら言った。リコールは半ば身を固まらせたが、立ち上がりかけのヒアが気づけるわけも無い。

 リコール・サージュは立ち上がったヒアに背を向け、静かに首を振った。


「そんなはずが・・・あるわけがない。隊長殿、頭でもおかしくなったのならいい医者を紹介いたすぞ?」

 冗談混じりに聞こえた声は、まるで独り身の老人を思わせた。事実、リコールはヒアよりも年を重ねていたのだが、家庭をもっていた。ヒアは、リコールの声を聞くと、いや聞く前から分かっていたのかもしれない、淋しい呟きをもらしたのみだった。そうか、と一言。

 男二人、ただ黙々と道をすすんでいた。ヒアには、同じような場面が生きているうち何度かあるはずなのだが、その姿はそのどれよりも物寂しい感じを受けた。


 タイル敷きの道は、住宅が集まっている部分をはずれ人気ひとけのない所へと続いていた。その道なりに進むと、村の出入り口の門へ出てしまう。だから、二人は部下達を待たせているヤコブ神父の屋敷へと向かうのだった。

 ビルという十五代目リオンの少年を狙ったリスベス帝国のひと騒動により、マルス王や王妃の身辺を洗いなおさねばならなくなった。しかし王城から、完全にスパイがいない一部隊をこっちに来させるとなると、調べるだけに時間が掛かってしまうので、明日には王城に戻るということなので無駄足となってしまう。

 そこで、かつての依頼主の弔いに来ていたヒアの隊が、護衛を任されることとなった。リスベス帝国の者だった間諜たちを倒したことで、信用するに値すると判断されたのだ。


 道から外れていくらか歩くと、夜なのにも関わらず明かりのついた教会が見えてきた。まわりが暗いせいで幻想のように浮かび上がる教会は、違う次元を魅せている。

 村でしばらく暮らしたことのあったヒアにとって、この光景は見慣れたものかと思いきやそうではなかった。村にいた間、このような姿を見たことが無かったのだ。

「隊長殿、これは?」

「いや、俺も知らないんだが。ちょっと気になるから、覗いてみるか」


 教会に近づくにつれて、光は神秘的な色に変わっていた。ステンドグラスの窓から神が覗き込んでいるかのような、荘厳さがあった。教会の大きい扉はまだ開いており、中からあふれるばかりの光が漏れている。それゆえ、入り口に立つ人の影は色濃く見えた。

 教会が目の前までにくると、その人影がはっきりとみえた。まるで二人を待っていたかのように、微笑を浮かべたヤコブ神父がたっていた。

「ヤコブ神父・・・・・・、お久しぶりです」


 驚き気味のヒアにも、変わらない笑みを向けたヤコブ神父。床に引きずってしまうほど長い裾の祭服を身に着けた神父は、まさに神話から抜け出してきたようだった。

「ヒア君、随分と大きくなって。久しぶり、だね」

 祭服の白銀の線が神聖な光や花、神官たちの姿を描き出していた。暖かそうでありながら目を刺すような鋭さを持つ光が、ヤコブ神父の背後から差し込んできている。それがよりいっそう、ここが別世界のように感じられた。


 リコールがさっと軽く頭を下げた。

「一年ぶり、でしょうな。ヤコブ殿」

「そうだろうね、リコール君。前に来てもらって以来だからね」

 ヒアはびっくりした様子で、リコールをまじまじと見た。ぶしつけな視線に一片の反応を見せないリコールは、一歩教会のなかに立ち入り視線を上に向けた。それにつられて、ヒアも視線を移した。

 ヤコブ神父が中へと、案内するそぶりをみせたため、二人は中に入っていった。


 人の何倍もの高さがある天井から、吊り下げられた大きなシャンデリアが炎ではない光で輝いていた。しばらく見ていると、目がちかちかしてくる。

「あれは、一体? 普通の炎でないようですが」

 ヒアがヤコブに訊くと、ヤコブは笑みを崩さず光のかたまりを見上げた。

「あのシャンデリアは、いわばルーンアイテムのようなものでね。フェブリーヤの名につらなる人が亡くなるたび、魔力の光を発するんだ。十四代目だからなのか、光がいつもより強くてね」


 教会の奥のほうには祭壇が置かれていた。そこに、死者を慰めるためのものと思われる無数のランナの花束が並べられている。

 ヤコブが祭壇のほうへ足を向けた。

 ランナは死者に、心から眠ることの出来る眠りをあたえる。そう言われている花だ。ランナは、今の時期に咲くポリアとは違う形の花を持っていたが、優しげな色はほぼ同じだ。

 祭壇の奥にはリーディアのほとんどの人々が信仰する、ぺディア・アゴーリヴ神の御姿をなぞらえた像が立っていた。毎日手入れされているであろうその像は、高価な白い石でできているためか、隅々までいきわたる光を受けているためか、それ自体が白く輝いているようだった。


 像の手にランナの花が一輪、持っているように見えるように、手の中に置かれていた。ヤコブは像に近づき、うやうやしくそのランナを取った。そして、シャンデリアの燦爛さんらんたる光を、ランナが受け止めるように、ヤコブはランナを持ち上げる。

 ヒアにはそのヤコブの姿が、信じられないくらい人間臭いと思えた。事実、ヤコブは正真正銘の人間なのだが、さっきまでの天使のような姿が目にこびりついていて、おかしく思えたのだ。

「ヒア君リコール君、今日天上の楽園へ旅立った彼女の墓はここにないけれど・・・」


 二人とヤコブの間の距離は離れていたのだが、音がこもりやすい建物ゆえ、ヤコブの声はちゃんときこえた。

「彼女や君の兄弟のようだった、あの二人の墓にいってやってくれないか? 墓地はここの裏にある」

 ヒアにはすぐ二人とは誰のことを指しているか分かった。だから、言おうと思った。『俺は、ドラントとモデランが死んだなんて、信じていない』と。

 しかし、それをヤコブが手で制した。

「知っているよ。君が、二人が死んだのではなく違う所にいってしまったのだと言っていることは。ならば、君は彼らに呼びかけ『戻ってきて欲しい』と正直に言ったのですか?」


 ヒアは言っていなかった。彼は言うことを思いつかなかった。彼はかつて過ごしたおだやか(?)だった日々を思い返すことや話題にしたりしたことがあっても、独り言のように本心や自分の望みをいうことはできなかった。

「信じたいのなら、お話しなさい。呼ぶ声は人をとらえてくれます。そして自分の願いも、ね」

 ヒアの本心を見透かしていることをほのめかす発言に、ヒアはぐっとこぶしを握り締めた。そして、震えないよう注意して絞り出した声は、自分のものとは思えなかった。

「――わかりました」


 ヤコブのいっていたとおり、村の墓地は教会のすぐ裏にあった。しかし、すぐ近くにあるといっても墓場は案外広く、教会のシャンデリアから発する光が隅々までいきわたっていなかった。ところどころ、石碑というか墓碑がいくつも置かれている。

 二人はまぶしすぎる光の中にいたが、夜目がきいていた。

 墓地と、そうではない土地の境として柵が地面に刺さっていた。それを軽く飛び越えた二人は、影しか常人が目にすることが出来ない闇の中で、静かに墓地を見渡した。

「あっちだ」

 ヒアが目星の方向に歩き出して、その一歩後ろをリコールがついていく。


 ヒアが指差したのは、墓地のすみだった。そちらの方には、あまり墓碑が立てられていない。もちろん、光はほとんど届かない。

 墓場を囲む柵の塗装がひどくはげていた。村がある側の柵はまだ新しいものだったが、この反対方向側ではぼろついたものを使っている。この、村の墓地の柵を越えれば、背の高い木が並び立っている。そこはヒーディオンの国土だ。(この村は本来ヒーディオンのものだったが、フェブリーヤ一族が住む場所が必要とのことだったため、村を自治区として彼らに自治権を預けたのだ。つまり、事実上別の国のようなものだったわけだ)

 ヒアはずんずんと隅の隅へ進んでいく。どんどん隅に行くに連れて、周りの暗さが濃くなっていった。そして、唐突に立ち止まった。


 いぶかしげに思ったリコールは、ヒアの肩に手をかけた。ヒアの体が震えていた。まるで信じられないことが起こったように・・・。

「隊長・・・殿?」

「モ、デラン――?」

 ハッと、リコールは身をかたくした。ヒアの震えはさらに大きくなる。息を何度か吸ったかと思うと、深夜に村人達を起こしてしまうほどの、大音量で叫び始めた。

「うわああああああああああああああああああああっっ!!」

 それにあわせていきなり、全速力で駆け出したのだ。ヒアの肩に手をやっていたリコールは、すばやく手を放してヒアの猛スピードと並んで走り、ヒアが止まるのを待った。


 無意味と思われた叫び声と急な走りは、並び立つ二つの墓碑の前で静かに止まった。ヒアは、墓碑の前に膝をついた。リコールはヒアの後ろに無言でたたずんだ。

 墓碑には所々苔が付いていたが、他に目だって汚れた部分は無かった。名前が刻まれた直ぐ下に、何か言葉がかかれていた。ヒアはそこに注目する。リコールが、二つの墓碑それぞれに書かれた同じ言葉を読み上げた。

「死ぬること無き、魂を持つ者、疲れたり時はここに来たりて、その傷を癒すがよき」

「ど、どういうことだ・・・?」


 ヒアは片方の石に手をやった。

 ――ひどいなぁ、ヒア君。そんなに怖がっちゃって、もしやビビリちゃんだったり?

 ヒアの驚きに見開かれた目が、手をやった方の墓碑に向けられた。この二つの墓碑の前にいる二人に聞こえた声。ヒアにとって忘れようがない人の声だった。リコールは驚きながらも、なぜかかすかに口を緩めさせていた。ヒアが目にした墓碑には、『モデラン・グランデ』という名前が刻まれていた。

 懐かしい声に、ヒアは恐る恐る、確認をしてみた。

「モデラン、なのか?」


 ――今更確認するー? やっぱりヒア君KYだよね。ボクはほんとーに、モデラン・グランデだよ。

 一部むかっときたヒアだったが、その口調は変わりのないモデラン・グランデのものだったので、嬉しさに目が輝いた。無性に胸の奥が熱くなって、ドラントやモデランそしてジュディアと過ごしたかけがえのない日々が、すごく懐かしいようでつい最近のことだったように感じられた。そのうち、ヒアの視界がかすみはじめた。顔が熱くなる。

「俺が言ってたのは本当のこと、だったのか・・・・・・。じゃあ、ドラントは!?」

 ――変わらず君って、バカだよねぇ。もう隣っていうか直ぐ傍にいるじゃん。


 えっ、と薄れた声で顔を向かせると、ドラントの面影が残る微笑み。

「リコールが、ドラント?」

「さっき、俺のことをドラントかって聞いてきた時、正直けっこうビビッてたんだぞ?」

 そういうと、リコールの顔からドラントの笑みが消える。ドラントらしいのではなく、普段のリコールの様子にもどった。当然の疑問を投げかけるヒア。

「どういうことなんだ? もともと、ドラントとリコールは別人なんだろ?」

 ――元は、な。・・・詳しいことを言うと、お前きっと寝るから今は省略するがな。


 ドラントの声が、リコールの中からではなく、モデランと同じように虚空から聞こえた。ヒアは、この二人の超人というべき離れ業を幾つも見てきたせいか、あの二人ならそれも当たり前かとホッとするのだった。

 ホッとしたせいで、いい年しているのに涙が出てきた。『葬式の儀アルルオシュ』で感じた引き裂かれるような痛みが、今更こみ上げてきた。

 二人に体と呼べるものがないのに、二人がヒアを包み込んだように感じた。

 ――そもそも、ここには何の為にきたんだヒア? ジュディアのためだろう。

 ――そうそう。あの子と君の関係は、ボクらがいたから成り立っているんだよ。


 二人の言葉を聞いて、涙を流しながらヒアは笑い始めた。ドラントではないリコールが、真面目な声で言った。

「頭でもおかしくなったのなら、いい医者を紹介いたすぞ?」

 さっきと同じ台詞だったが、全然違う意味に聞こえた。そのせいか、ヒアはもっと笑った。笑いながらリコールに言う。

「いや、いいんだよ。俺が狂うのは、今だけなんだからさ。ただ見ててくれよ」

 いや誰に言ったのか、ヒア自身でさえも分からなくなる。

「ジュディー、俺はお前のこと好きだったんだな。だから、今度はお前が俺を好きになれよ」



 ヒアやリコールには見ることが叶わない、ドラントとモデランの姿。だけど、今は見えない二人は見えなくてよかったと思うのだった。

 ――あれ、プロポーズか?

 ――いやぁ、なんだか聞いたことある気がするんだけどねー。

 見えない二人はそれぞれの墓碑に座っていた。思春期の少年如く、ヒアの本気(?)の告白を聞いた二人は、顔を赤くして空を見上げるのだった。動作までも若々しい二人であった。

 ――まあ、ヒアにならやってもいいがな。

 ――ちょっ、ドラントはジュディアの親じゃないでしょーが。

章わけのため、こちらへ移動となりました。ご了承ください。

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