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リオン -剣術使い-  作者: 笹沢 莉瑠
第一章 既に日常は終わっていた
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【第1章2】リオンとは、リアンとは、 ♯

 不意に肩を叩かれた。とっさに振り返れば、同い年の少年がいた。

 リオン・・・ジアス・フェブリーヤの肩を叩いた少年は、指で広場の入り口を指す。それと同時に口から、嘲笑の言葉が出てきた。

「おい、『リアン』がきたぞ!」

 リオンジアスの視線は、少年が指差す『リアン』の方をふらっと行ったが、すぐに白いタイルへ落ちていく。

 周りの少年たちはどっと笑い声をあげ、その笑い声を侮辱の意味として、『リアン』と呼ばれた少年に浴びせかける。年少の者(十歳の子供)も、年長の者(十五歳の少年)も、ただ二人を除いて笑っていた。


 リオンジアスは、以前のように彼らと同調してせせら笑うことも、彼を『下種げす』な者として見下すことも出来なくなっていた。

 前は、自分の名に冠された『直系のリオン』の名前におごり、『血の薄いリアン』を徹底的に侮蔑した。だがいつからか、それが出来ないようになっている。

 まだ耳障りな笑い声がしている。耐えられなくなったリオンジアスは、ばっと視線を上へ持ち上げた。その途中で見えた、『リアン』ことリアンビルの笑み。


 ぞくり、と背筋が凍りついた。あわてて背を向けたリオンジアスは、身がきしむような寒気を覚える。木剣を握り締めるリオンジアスの腕が少し震えているのは、気のせいじゃない。

(殺気だ。真剣を用いた実践も経験していないはずなのに……なんでリアンビルは?)

 周りの少年たちの大半は寒さを訴えながら、リアンビルから背を向けた。背を向けなかった者の多くは、氷になってしまったようにその場で固まっている。少年たちみんな、薄々気づいている。彼らが感じた悪寒は、冬の冷気のせいではないと。

 リアンビルがマフラーで口元を押さえたからか、リアンビルから発せられる殺気は和らいだ。


 こわばっていた肩をほぐしながらリオンジアスは、固まったような白い顔でリアンビルのほうをすごく見つめている少年を見つけた。その顔に浮かぶのは、真剣な表情だ。

 気になったリオンジアスは、その少年に近づいた。

「リブシア? どうしたんだよ」

 呼びかけると、ハッとしたような顔つきでこちらを振り向いた少年。名はリブシア・アークメモリアという。くすんだ茶色の髪をもつリブシアは足早にリオンジアスに近づいてきた。


 ひそりと背後まできたリブシアは、気まずそうにぼそぼそと言った。

「僕、あれを感じたことあるんだ。父さんからなんだけど。ねぇ、どうしてビルはあれを?」

 お前も感じたのか、とリオンジアスは頭の中でうっすらと思ったが、なぜか引っかかったことがある。

「あれお前って、奴のことそう呼んでいたっけ?」

「ビルのこと? ずいぶん前から、『リアン』抜きで呼んでると思うけど。……どうかしたの、今日は」

 フェブリーヤ一族とは血縁関係が一切ないリブシアは、むやみにリアンビルを軽蔑したりしない。本人の理由はもっと違うらしいが。


 フェブリーヤ一族で、血の濃さが優劣の原因のようになってきたその訳は、至極単純だ。今までのリオン・フェブリーヤたちが、初代の血筋に近い者ばかりを次代へ、としたためだ。意図して、選んだわけではないだろうが、才能と固い意志を持つ者を選んだ結果がこうだ。

「えっ? 俺、何か変か?」

 リオンジアスは、リブシアの言葉に首をかしげた。分かっていないようなリオンジアスに、リブシアはふぅと息をつく。白い息がリブシアの口から出てきた。

「ぼぉーっとしてるけど、ジアス。本当に自分で分かってないの? ビルの殺気で固まっていた僕でも、分かるくらいなのに」


 身に覚えはないんだけど、とリブシアに言葉を返そうとする。リオンジアスがそうする寸前に、聞きなれた音が飛び込んできた。

 それすなわち、始まりを告げる音。

 広場で集まっていた少年たちは、誰もが一斉に目を向けた。閉じられていた屋敷の門は二人の人によって、きしむ音を上げながら開かれる。その音こそ、『剣の習い』が始まる合図。

 完全に開かれ戻らないようにしてから、門を開けた二人の人はすぐに屋敷のほうへ消える。

 『剣の習い』の生徒たちの視線は、現れるべき人を待つ期待がこもっていた。


 しばらくして、現れた。つやのあるやや短めの黒髪と、目をひく綺麗な青の瞳をもつ彼女は。

 一瞬にして、周りの少年たちの視線は陶酔ぎみなものに変わった。そうでない者も、彼女にむけるまなざしは尊敬がこめられている。

 十四代目リオン・フェブリーヤである彼女は、寝不足の疲れを押し隠して微笑んだ。生徒の誰も、それが無理をしたものだとは気づかなかった。

「おはよう、みんな」

『おはようございます、先生』

 生徒の少年たちは、統率された軍隊でもあるようにそろった声で挨拶を返す。リオンジアスもその中に入って声を上げていた。


 全員この広場に集まっていることを目で確認したリオンは、ひとつ爆弾を落とす。

「今日は試験をやるわよ!」

 毎年、この時期だ。冬の寒さに世界全体が覆われている中、やっと春の訪れの兆しが現れる頃。その年に十五歳になった生徒らに、『剣の習い』卒業の試験を教師リオンは行うのだ。

 ただ。その時、その瞬間に思いついたように始まるのだから、生徒たちはびっくり驚いている。

毎年毎年、皆の目が見開かれるので一瞬疲れも忘れて、くすりとリオンは笑った。

 リオンジアスは嬉しさで体が温まってくるのを、じんわりと感じた。


 ざわめく彼らにリオンは、屋敷のほうへ手を伸ばして指し示す。

「さあ、どうぞ。中に朝食を用意させたわ。今年中に十五にならない子も、食べちゃってね。試験と一緒にやるから」

 それを聞いた少年たちはこぞって門の内へ駆け込み、朝食が用意されているという建物の中へ入っていく。 走って行きながらも少年たちは、試験を受けることになった十五(または十四)の者を中心にし、興奮した様子でしゃべっていった。

 ただ、十五歳なのに周りの輪ができていないのは彼ひとりだけ。


 試験が今日行われると聞いて、口までせりあがってきそうな驚きと、試験が良ければ見えてくる未来にリオンジアスは、自分が気になっていたことを、忘れた。



 フェブリーヤ一族が住まうこの村。一族の頭首が代々、村長も兼ねて治めてきたここでは、村人の三割がフェブリーヤの姓をもつ。村のわりに大きいここでも、多い割合だった。

 剣豪といわれたリオン・フェブリーヤの子孫であるため、血のつながりがある者の多くが戦闘的才能を開花させる。そういった者は、リーディアの各国に仕えるために村を出て行った。だがそれでも、村におけるフェブリーヤ一族の多さは変わらない。


 村、であるわりには大きいが、やはり村には違いなく。町のように、商店が立ち並んだり旅人が行き交ったりしない。

 外から流れ込んでくる勢力がないため、村で大きい力をもつのはやっぱりフェブリーヤの者だ。厳密にいえば、村長である現十四代目リオン・フェブリーヤにはナンバーツーくらいの影響力があるものの、ナンバーワンは彼女の年重ねた叔父。

 血の濃い者をナンバーワンが多くとりこみ、徹底して血の薄い者を迫害する。 その忌むべき伝統を、守るべき伝統であるかのように、現在まで連鎖させてきた。



  今年、試験を受けるのは五人だ。まだ誕生日を迎えていないものの、来月には十五になるリブシアも受けることとなる。五人を中心に次々と、屋敷の食堂へ入っていくのを見届けたリオンも、後を追うように中に入った。

 たくさんの生徒たちは並べられた長机に向かい、屋敷で働く者たちがそれぞれに朝食を配り始めた。

 湯気のたった朝食を目の前にして、早朝から腹をすかせているリオンジアスたちは、エサを前にしたしつけのいい犬のように、食堂に入ってきていたリオンを見上げた。


 全員に朝食が配られたのを見て取って、給仕をしてくれた者たちが厨房のほうへ引っ込んでいくと、リオンは彼らに言う。

「さあ、どうぞ。今日のパンは焼きたてよ?」

 それを聞くないなや、成長期の少年たちはパンに手をのばし、スープの入った碗を持ち上げて、口へどんどん運んでいく。お世辞にも上品とはいいがたいも、元気な年頃の少年の食べ方に、リオンは思わずくすっと笑ってしまう。

 誰も彼も空腹を満腹に変えるため、せっせと口の中へ食べ物を放り込んでは流し込んでいる。


「食べながらでいいから、聞いててね」

 ふと、リオンが話し始めたので、食事にひたすら集中していたリオンジアスらは顔を上げた。

「食べ終わったら、各自村を一周してちょうだい。そうしたらまた指示だすから」

 投げやりのような言葉を残すと、じゃあねとばかりに手を振りながら食堂から出て行った十四代目リオン。

 ぱたん、と扉の閉じる音が聞こえた途端、生徒たちは目の前の食べ物を片付け始めた。それも、さきほどよりも猛烈に速いスピードで。


 食器やコップと机、フォークやスプーンと食器。それぞれがぶつかり合う音。十五歳の生徒に卒業の試験を受けさせる、と聞いて広がった興奮なんて虚無のことだったみたいに、人の声はしない。

 無言でひたすらに食べている空間の中、一番早く席を立ったのは『リアン』だった。黙ったまま食器を重ねてから、マフラーと木剣をもって外に出て行った。

 椅子にすわって食べている生徒たちの警戒する視線に見送られた。リアンビルが出て行ってしまうと、静かにしゃべり始めた一部の生徒たち。それに煽られて、全体が食べつつもしゃべりだす。

「なあ、お前さ。『リアン』が試験に受かると思うか?」


 彼らの話題はやっぱり試験のことだ。試験内容はどうだとか、合格した先輩なんかはこういうことをしたらしいとか。

 『剣の習い』の卒業。それには二種類ある。まずは合格、それは一段階上の『剣術の習い』へ通うことを許されること。『剣術の習い』では、すごい技を教えてもらえるらしい……。

 合格しそこねると、『剣術の習い』にはいけない。ただそれだけのこと。ただ、合格しなかった人が圧倒的に合格した人より多かったそうだ。

 リオンジアスは、徐々に騒がしくなる話し声を耳にしながら、手の中の碗を見つめていた。


 やっと終わりました。ついでにサブタイトルも変更しました。

 遅ればせながら、あけましておめでとうございます。改稿第三弾(?)【第1章2】をお送りしました。

 非常におそいペースで申し訳ありません。年末年始はどこでもそうでしょうが忙しく、前回のえっと【第7章6】騎士団事情。 でしたか、その話の更新より一ヶ月経ってしまいました。

 次の更新は七章のほうですね。また遅くなってしまうと思いますが、「長期連載休止中」のレッテルが貼られないうちに上げたいです。


 これは愚痴になりますが、なぜでしょう。アクセス解析で、新しい話を投稿したわけでもないのに、ユニークが一日で100を超えてました!

 なんでなんでしょう。ちょっと怖くなります。でも、お気に入り登録が一件増えていたりして、嬉しかったり。


 追記 リブシアの年齢について。

 リブシアの年は、ビルやジアスの一つ下という設定でしたが、この際に変えさせていただきます。なお、その部分はすでに修正しているつもりですが、修正されていない場合は、ご指摘願えますと嬉しい限りです。

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