【第6章12】隊長と先生 5
「あっ、俺思い出したかも」
シェイがヒアの話をさえぎって言った。それにヒアは腹が立って、昔の口調でいっていた。
「お前は、父親に似て俺をからかうのが好きなのかあッ!」
「いや、からかうつもりなんてないですよ」
シェイは苦笑いしながら言った。ヒアがなんといおうと本人にからかう気なんてなかった。
「ちょっと思い出しただけですよ。まだ親父が生きてたころに、しばらくこの村で叫びまわってた“にーちゃん”でしょう? 隊長は」
「叫びまわってたんですか? 隊長、軍での普段の様子から想像できないし」
ジアスが真面目に想像しているのを尻目にリオンは面白そうに笑った。
「・・・くそっ! もともとといえばジョウがこんな村の連中に頼むのが悪かったんだ!」
「隊長、そうしなければあなたはここへは来ませんでしょうな」
「お前もかッ! リコール!」
しばらく、雰囲気の和みが続いた時トワンが、おずおずと口を開いた。
「場違いだろうが許してくれ。・・・リオン、我に転送を頼んでいたが、それは具体的にどのあたりが望みか?」
話を振られたリオンは、考えるように上を向きながら唸ると、答えを口にした。
「んー、そうだな。ネイロとの国境線に最も近い町からそれほど遠くない所、なんてところか」
「そうか。そうなると、我はその場所へ環を描きに行かねばならない。汝らをいつ運べばよいか?」
「具体的には、明日に日付が変わる時間くらいがいいんだけど。みんなの都合とかも聞いてないし」
しかしリオンがそれ程心配することはなかった。みな、大丈夫だというように頷いていた。
「ありがとう。じゃあ、頼む。トワン」
リオンがにっこりと笑うと、一瞬トワンは目を見開いたが、表情を取り戻して満面の笑みで頷いた。
「わかった!」
言うが早く、目にも留まらないはやさで飛び出していった。
わずかな間、沈黙が募ったがすぐに解散していった。
「ビル、お前一体何したの?」
リブシアが呆れたようにいうと、そうだそうだというようにヒアが頷く。
「いや、なにもしたつもりはないんだけど。っていうか続きは? ないの?」
「まだあるってば」
「んでまあ・・・、それが俺が初めてジュディーに会ったっていう話。俺は、あのあと――」
ヒアはそのときのことを思い出したのか、顔を歪めた。
それは思い出したくもないようだったが、ジュディアを語ることにおいてそれは欠かせない話だった。
ため息をもまじりつつも、吐き出すように言った。
「拉致されて、それから・・・・・・」
ヒアの話を聞いて一同は、しばらくおなかを抱えて転げまわったそうだ。
*
春とはいえ、標高が高い場所に居ると風はどうしても冷たく吹き付けるのであった。それと共に、色が沈んでいく空は沈黙を守っていた。わずかな間にオメガからアーリアへと国境を越えたレベッカは、今晩過ごす事になる場所を探していた。本人は自分がアーリアにいるとは気づいていなかったが。
彼女はすでに林というか木々の茂みに囲まれた場所におり、そこにレベッカが求めるような丁度良い場所は見当たらなかった。暗い中で長い間目を凝らすにも疲れて、レベッカは眉間をつまんでいた。これは彼女の癖である。
そのとき、パチパチという火が燃える音とおぼろげな明かり、そして煙の匂いがここまで届いてきた。
(近くに人がいるんだ! 助かった)
安堵したレベッカは少し足早に、それが聞こえる方・見える方・匂う方へと行っていた。
背の低い木のが邪魔するにも関わらず、音なんて気にならなかった。
やっと見つけた場所は、野宿に適しているといえた。
崖下にある前に獣が棲んでいたというような洞窟があり、その出入り口となる所の前には背の低い木ばかりが立ち並んだ茂みが多くあった。もし、グレイを追う敵が此処まで来たとしても、この茂みから出てこない限りは攻撃は仕掛けられにくい。
「はあ~、疲れたぁ。一休みしようよ」
「いや、休むのは少し後だ。とりあえず焚き火をしなければ」
「えぇ? どうやって点けるの、火」
ニィラに火をつける方法を簡単に教えながら、心のうちでは首を傾げたいと思っていた。
(なぜか、同じことをあの女に教えたような気がするのだが・・・)
そんなことを知る由もないニィラは純粋に笑いながら、それをじっくりと観察していた。
(やっぱり、アソコにいたときよりも面白いよ! ずぅ~っとおじさんと一緒にいるんだもん)
ニィラは固く決意するのだった。それがグレイに枷をはめるようなことだと、知ってか知らずかそう決めるのであった。
グレイが薪に火をつけると、ニィラは喜んで焚き火の周りを走った。
「こら、走るな。転ぶぞ」
グレイがそういった途端、前の茂みが大きく音を立てた。
グレイの身体に緊張がはしる。小声でニィラに呼びかけた。
「ニィラ、こちらへ寄れ」
ニィラはそれを聞いて、グレイの方へにじり寄りながら言った。
「女の人で、一人だよ」
音がだんだん大きくなって、火の明かりによって人影がはっきりとみえ始めた。
「ふう~っ。やっと人と会えた! ってあれ?」
現れたのはレベッカだった。だが、グレイとニィラはレベッカのことを知らない。
「どうしてそんな警戒態勢なの? あたしに害意はないわ」
ニィラはグレイの顔を見上げながら言った。
「嘘はついてないよ。それに疲れてるみたいだし」
ニィラにそういわれて初めて力を抜いたグレイは正面からレベッカを見据えた。
「私はレベッカ。姓は・・・いえないけど。あなたたちは?」
「あたしはね、ニィラ・ウェンイリだよ!」
「・・・・・・わしはグレイ・アーナスという」
*
それは夏の夜だった。
「おい、ヒア。手紙きてるぞ」
「ん、ありがと」
俺が特攻部隊の配属にされる前で、丁度ジュディーたちと初めて会ったときから一年ほど経ったころだった。一ヶ月に一度、手紙がジュディーから送られてくるのであった。送られ始めはすごく恥ずかしいとは思ったが、いまではもう慣れてしまった。
宛名をみるとやはり、ジュディーから送られていた。だが、いつもの丸っこくて可愛らしい文字が、別人が書いたように違っている。少し不思議に思いながら、その場で封を開けた。
“ヒアへ 急いでいるので色々略すけど
前に書いた依頼が大変な方向へ曲がってしまったの
二人が追ってたんだけど、それがヒアの町へ
来れるなら早く来て! 出来るだけ早く!
あの廃墟で
それと ごめんなさい ジュディア”
俺は内容を完全に理解した。
はやく行かなければならない! 遅れてはまずい!
俺の状態に気づいたのか、上官は
「早く行け。二、三時間なら外出していても大丈夫だ」
といってくれていた。
すばやく馬を借り、城門を後にしていた。
鋭い風が頬から体温を掠め取っていく。だがそんな些細な事は気にならなかった。
それより、手紙の文面と、『ごめんなさい』の文字がにじんでいた事が頭の中でグルグルとまわりつづけている。
そんなこと言うなよ!
それに・・・あの二人はコンビを組めば最強だったじゃねえかッ!?
こんなことで涙流すなよ!!
二人が帰ってくるときに笑って迎えるんだろうがッ!
ジョウが守っていくはずだろうが!!
暗闇に包まれていたはずなのに、向こうから赤々と明るい場所がある。
まさかっ!? 焼き討ち?
馬をもっと速く駆けさせると、その全貌が見えてくる。真っ赤な炎が町を覆っていた。焦げ臭い匂いが辺り一面に充満している。
「うそ・・・だろ?」
口から本音が飛び出た途端に、鼻が嫌な匂いを捉えた。
オイルのようなものと、腐った植物のようなものが混ざった臭いだ。
爆植物!
アレが爆発したんだ!
ドラントとモデランの二人が受けていた依頼は、増殖しすぎた爆植物をある程度に数を減らす事だ。爆植物は南部の地下や山奥に生息する怪物だ。名前の通り、爆発する気体を多く含んだ実をつけ、主な食物をこの実で捕らえている。
爆植物の繁殖はなかなか珍しく、群れで行動するも数は少ない。だが、何故か北から南下してきた爆植物の群れはおよそ数百体だったそうだ。
これほどの数になると、動物だけでは足りなくなり人の住む町も襲うようになるという。
俺が呆然と馬の上で立っていると、ひづめの音が燃える音の合間に聞こえてきた。
「・・・・・・久しぶりね、ヒア」
「ジュディー」
馬に乗ったジュディーはしばらく見ないうちに大きくなっていた。
俺達は何も話さなかった。
ただ勢いが増していくだけの炎が、町を飲み込んでいくのをただ見るしかすべはなかった。
ここに魔術師がいればよかったのに・・・!
こういうときに限って無力な自分が恨めしい。
この近くに川があるが、短時間でこれだけの炎を消せるほど近くはない。
ただ・・・見つめるだけだった。ただ・・・信じるしかなかった。
炎の向こうから、黒くすすで焼けた顔を笑わせながら、こちらへ歩いてくる二人の姿が見えることを。
俺は誓おう。
俺のために死んだ友のため
これ以上涙は流さない事を。
俺は誓おう。
俺の隣で涙を必死にこらえる少女のため
もう弱い姿を人に見せない事を。
そして俺は祈ろう。
あの世で再会できる事を。
最後の部分はたぶん意味不明だと思っていらっしゃる方が多いと思います。
いつか、何処かで、ヒアの話を一人称で書きたいと思っています。それを読んでいただければ(きっと)、この部分を理解していただけるのではないでしょうか。
それがいつかになるかと、聞かれますと困るのは私ですが;;
文章を書く力がないため、他の部分も分からないかもしれません。その場合はなんなりと、申しつけ御願いします。