【第6章5】訂正
雲がいたるところに浮かぶ春の青空に、ようやく赤みが差して暗い濃紺に蝕みはじめた。屋敷へと向かう道の中でリオンは2つの事を思い返していた。
1つ目。
「陛下、俺の事がはっきりとした所で大変になるであろうことは分かっています。それに用事が出来ました。ので、軍を抜けさせていただきます」
「・・・・・・よかろう。ではリオン、なにか伝え残すことはないか?」
「そうですね・・・。もうすぐ年が明けますが、派手に大きな祭りや祝祭は行わない方がいいですよ。北がとびきり大きな花火を打ち上げるそうですから。あ、後、ジアスお前どうする?」
「俺はビルについていきます。そこが何処であろうと」
「・・・承知した。では宿に戻るか」
マルスはキャランをつれて馬車に乗り込み、沢山の侍従や下僕と共に広場から去っていた。だが、エゴーシスとトワン、国を裏切った護衛の兵士達はそこに立ったままだ。
「我はどうすればいい・・・?」
トワンがぼそりと呟く。リオンは今気づいたかのようにトワンの方を向くと口を開いた。
「報告したのか?」
「いっいいえ。今するわ」
トワンは片手をこめかみにあて、まぶたを閉じた。
『エンドラー様、こちら操り人形108です』
『正体を見破られたんだろう?』
『ッ!はい、そうです。リオンがあなたに伝えたいそうです』
『何を?』
『まだ全ての手を使い切ったわけじゃない、と』
『フンッ』
ウォリスは鼻を鳴らすと一方的に打ち切った。
「したが、一方的に打ち切られた。これでいいのか」
「ああ。じゃあいいぞ。帰って」
「「はあっ!?」」
リスベス帝国側の人はもちろん、あまり関係がない人々も声を上げた。
「だって意味無いじゃん。お前ら切り捨ててもどうせ帝国は新しい奴を送り込んでくるだけだ。命を無駄にする奴が平和を成し遂げられるかって」
リオンはくったくのない笑みを見せた。だが、すぐに付け足した。
「こっちとして利用できるならありがたく使わせてもらうがな」
2つ目。
「おい、ビル!」
ヒアが、広場から立ち去ろうとしていたリオンを呼び止めた。
「マクシアン隊長?何か?」
「日暮れ前から使える部屋って借りられないか?」
「え?何のことですか」
「あぁ、知らないんだっけな。・・・日暮れ前から話したいことがあるんでな、お前とか色々今回の関係者を集められる部屋を貸して欲しいんだ」
「・・・どのくらいの人が?」
「俺達を入れて7人・・・だな」
「そうですか。では屋敷のどの部屋でも結構です。俺も、なら何時行けば?」
「空が赤くなり始めた頃でいい」
(長い1日だったな・・・)
リオンはつくづくそう思った。気づけば魔法を多く使った事で、魔力も体力もヘロヘロだった。それになぜか頭痛がしていた。1歩踏み出すたびに頭がキリリと痛むのだ。また1歩踏み出そうと片足を上げた途端、本日3回目の感覚に襲われた。真っ白に、見えていたものが包まれていく。
*
「兄様・・・・・・」
「ルテーナ・・・」
ポルディノの目に映る彼女はひどく悲しげだった。
(全て聞いたんだね。ルテーナ・・・)
慰めの言葉はひとつもかけず、ポルディノはルテーナを抱きしめた。
ルテーナはポルディノの服をギュッと掴み顔を彼の胸にうずめて泣いた。ポルディノも彼女に気づかれないように静かに涙を流していた。
(もし、できることなら・・・僕が代わりたい。無意味な争いになぜ巻き込まれなくてはならない?どうして僕の妹が・・・?)
「兄様。すでに知ってたのね・・・」
「ごめんよ。ルテーナ、僕にはなにも出来な・・・」
「兄様!」
ポルディノははっとして赤くはらした眼をルテーナに向けた。
「もういいの。もう・・・いいの。兄様はいてくれるだけでいい。生きて、私のそばにいてくれれば、それでいいの」
「ルテーナ・・・・・・ごめん。ずっと2人でいよう。孤独にならないように・・・」
ルテーナは今出来る限りの笑顔で頷いた。ポルディノにはその笑顔がとても哀しいものに思えた。
*
今度も白い空間にいた。この空間の主は・・・。
『レギオス!何の用だ?2回もここに呼び出して・・・』
『悪いな。先程言い忘れたことがあってな。本当はもっと早く呼び出したかったんだが、そっちが取り組み中だったものでね』
レギオスは少しも悪びれた様子をみせずにいった。
今度はリオンの正面、少し距離を置いて立っている。整った顔立ちに、すらっとした長身に、特徴的な白く長い髪をしたレギオスの姿がはっきりと見える。
『お前が・・・レギオス・ターラー。リスベス帝国現皇帝・・・・・・』
『顔を見るのは初めてだったな。ムーン』
『・・・言い忘れたこととは何だ?』
『まあ、焦るなって。その前に少しだけ二人月のことを教えてやるよ』
レギオスはそういいながら後ろを向いた。するとレギオスが向いた方向は、ただ白い空間が広がっているのではなく、みごとな星空が広がっていた。
『二人月ってのは古い伝説の存在だ。天使と悪魔と調節者がひとつとなったときに奇跡が起こる。それぞれは新しい力を手に入れる』
『奇跡とはどういうことが起こるんだ?』
『これ以上はいえない。さ、本題に入ろうか。俺が言い忘れたのは天使と悪魔の存在。天使のほうはひとまず置いておくが、悪魔はお前のずっと身近にいる。もしかしたらお前も気づいているかもしれないな。お前がヴェルターラ城に来る際、ほかの奴も連れて来い。多ければ多いほどいいと思うが、信頼できる奴とお前が悪魔だと思う奴を必ず連れて来い。そうするのならお前に向けた我が兵士を引き上げさせよう』
『・・・今日ここにいる奴らはどうするんだ』
『魔術師や操り人形は殺したのか?』
『魔術師は3人とも殺したが、トワンとあと、ヒーディオン国の内部の奴らはやってない』
レギオスがリオンのほうを振り向くと同時に、星空が消え元の白い空間がただひたすらに続くだけとなった。
『そうか・・・。なら残りはお前に任せよう。煮るなり焼くなり勝手にしろ』
『自分の配下にあるやつを敵に処理させるのかよ』
『間違ってるぞ、ムーン』
『は?!』
『お前と俺は敵同士じゃない。お前は平和を築き上げる為に、俺はリーディア全土を手中に収める為にやらなければならない。それだけだ』
レギオスがそういい終わると真っ白な世界は薄れて行き、元の道や景色が戻ってきた。
(どうすればいい?俺は・・・。何のために帝国へ向かえばいい――――?)
*
リーディアの風習で1年は4月の終わり、つまり春から夏へ移り変わる頃に始まる。5月1日が新しい年の始まりとなる。
リーディアでは4月30日が過ぎると夜空に華々しい花火が打ちあがり、3日間の祝祭が開かれる。アゴーリヴ神に1年の豊作や幸運を祈る祝祭だ。
その準備のため、各国の農村や町は大忙しでそれはここ、ポールレ山脈のアーリア公国側にある小村でも同じ事。
「さっき運び込まれた旅人さん、大丈夫かね」
「顔色がそんなに悪くなかったもんで、大丈夫やろ」
農家の夫婦が4月の上旬に蒔いた種の様子を伺いながら、話をしていた。
「こんな忙しい時期に倒れこむのもどうかしてるけどね」
2人の間を割るように少女が口を挟んだ。
「これっ!ニィラ、そんな口を叩くんでねえけろ。失礼や」
「だって・・・ほんとのことだもん!」
「世の中には、口に出してええことと口にださんほうがええことがあるんや。ええ加減、それくらいの勘定しぃや」
ニィラと呼ばれた少女はすました顔でぷいっと家のほうへ駆けていった。
妻がふうっとため息をついた。
グレイ・アーナスは始めから意識を失うほど疲労困憊しているわけではなかった。だが、正体が精霊であるはずなのに普通の人間にも見えている『操り人形』が、人並みはずれた速さで追ってきていたのを感じると、追っ手を撒くために農家の世話になっていた。
「ねえ、どうして皆を騙してるの?」
突然、グレイの耳元で声がした。グレイは目を閉じていても、大抵の人間や生き物の存在を感じ取れるが、この声の主が生まれつき持つ存在が感じられなかった。ただの少女。幼い響きの残る声だった。
興味と不安に駆られて、グレイはまぶたを開けた。声から想像したとおりの体つき、幼さの残る顔。ただひとつ、少女に似合うことの無かった瞳が彼の心を打った。
(この娘・・・・・・!)
「ねえ、聞いてるの?」
「・・・いや、娘。お主、なぜ分かった?」
「だってあたしだけ、見えるもん。『生命の源』が」
(やはり!この娘は大戦争が起きた頃いた民の血を濃く受け継いでいるのだ・・・!なんと、よく似た瞳をしておるか!)
「レオ・バスタス・ウェンイリ・カンレ・マバタ・ヨーフォコ・コオヴァ」
「・・・・・・どうして?知ってるの?この言葉」
「分かるのか?意味を」
「あなたは――つまりあたし――、昔の民の血が、多く流れている・・・?」
グレイは横になっていたのを、上半身を起こしてニィラの頬に触れた。
「娘、名はなんという」
「あたしはニィラ・ウェンイリ。おじさんは?」
「わしはグレイ・アーナス。寒冷の祝福という意味だ。お主は・・・」
「古き民、でしょ?」
「ああ、間違いなぞ無い」
今まで上げてきたものとは、違う形で掲載しました。
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