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リオン -剣術使い-  作者: 笹沢 莉瑠
第一章 既に日常は終わっていた
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【第1章1】弱き者よ、神に祈り給え ♯

改稿済みです。

  どうぞ私を 連れて行ってください

  私はもう一度 戦う力なんてとっくに尽きました

  今の私は昔に戻ることなど できないのです

  だけど、 たった一つ。

  弱くてわがままな私の願いを 聞いてくださるのならば

  どうか、せめて彼に 優しい幻想を抱かせて――――。



 少女、いや女は目を開ける。ただ楽しかった日々の記憶に浸ることをやめ、机に顔を伏せているのをやめた。眠れぬ夜を、過去に閉じこもって過ごした彼女の瞳には、懐かしきひとの面影が映りこむ。

 椅子に座りなおしたジュディアは、机の上の分厚い本の表紙をなでた。彼女がリオンになってから十年近くになるが、その間ずっとその本に色々書き付けていた。なかの白紙のページも、何度も破って手紙の便箋がわりにした。だけど、その本のページが途切れることはない。

「ヒア……」

 かすれた声は、彼を呼ぶ。唇だけがそのあとの言葉を紡ぎだす。『あなたは大人になった』と。

 そして残りを付け加える。彼女の胸の内には、どんな気持ちが思い出があるというのか? そう尋ねる人があっても、もう彼女は口をつぐんだまま開かない。

「私はもう戻れないの」


 *


 日がまだ現れてこない、東の空がうっすらと白くみえる頃。まだまだ早い朝の時間に、一人の少年が家から出てきた。マフラーからもれ出る白い息が、冷たい風に流されて消える。少年の手には、使い込まれた木剣がある。

 冬の早朝の空気を吸い込んだ少年は、自分に気合を入れるようにさけんだ。

「よしっ!」

 叫ぶ声は広い空に吸い込まれて消える。少年は足首を振り、手や肩をまわしたあと、ゆっくりと走り始めた。はじめはゆっくりと、そして徐々に速く……!


 風がうなり声をあげて、少年のわきを通り過ぎていく。少年はうっすらと笑みを浮かべ、邪魔なマフラーに手をかけ、取り払った。途端に冷気が彼の首に襲い掛かるが、少年は気にとめた様子もなく走り続ける。村の外へつながる道をはずれて、走っていった少年の目の先には教会があった。

 これは少年の日課だった。教会を訪れ、神を模した偶像に頭をたれること、それがしばらく静けさを保ってくれる。


 教会の前までやってきた少年は、かじかんだ赤い手で教会の扉を押し開いた。きしむ音もせず、白い石の上を木がすべり、神秘の空間へ参入した。教会の中に一歩はいると、少年は深々と頭を下げて呟いた。

「ぺディア・アゴーリブ様、今日も無事に新たな一日を迎えることが出来ました」

 音がこもる性質らしい教会のなかで、少年の声が反響して聞こえた。マフラーと木剣を隅において、教会の奥の祭壇までゆっくりと歩いていく少年。たてに広い教会の中で、足音がおくれて反響する。


 不意に彼が見上げると、高い天井から大きなシャンデリアが吊られている。それは白い大輪たいりんを逆さまにしたようで、今にも花弁が落ちてきそうである。

 教会の壁の大きい窓には綺麗なステンドグラスがはめられ、神秘的な空間をより魅せる。

 祭壇のさらに奥には、この世界リーディアの人々の多くが信仰する神、ペディア・アゴリーブ神の御姿をなぞらった白い石像が立っていた。少年は祭壇のすぐ前まで来、ひざまずき手を組み合わせた。


 白い手を差し出すその神を、まっすぐ見上げる少年は、まだ声変わりのしていない高い声で祈りをささげる。まぶたの下に瞳を隠した少年が神にささげる祈りは、とても心地よく教会内で響き渡った。

「神よ、わたしに今日という日を健やかに過ごす祝福をお与えください。その清らかなる御心みこころで、あなたの名を呼ぶこのわたしをお見守りください」

 満十五歳にしてまだ変声期が訪れていない少年。リアン(・・・)ビル・フェブリーヤは黒い目を開け立ち上がった。


 祈りをすませ戻ろうとリアンビルが振り返ると、丁度はいってきた人とばっちりと目が合った。

 その男は神父の格好をしていたが、普段その者たちが着ている黒い服ではなかった。深みのある赤に金の刺繍がシンプルにほどこされた祭服を身にまとい、首から白銀のペンダントをさげている。そのペンダントは、ペディア・アゴーリブ神が最も愛でたといわれる花をかたどったものだ。

「おや、おはようビル君」

 はいってきた男はにこやかにリアンビルに挨拶した。その声に好意を感じ、やや低めにリアンビルも挨拶を返す。

「おはようございます、ヤコブ神父様」


 この神父は、少年を対等に扱う数少ない人だった。だがリアンビルはヤコブ神父に対する態度を、はっきりと決めかねていた。

 辛い境遇から助けてもらった、いわば恩人だった神父。それでも関係が昔のままで、とはいかない。


 ヤコブは扉を静かに閉めて、リアンビルのほうに近づいく。その途中で、隅にリアンビルが置いたマフラーと木剣を見つけて、歩みをとめた。神に仕える神父は、リアンビルに聖職者の笑みを向けて話しかけた。

「今日は、『剣の習い』の日なのかね?」

「はい」

 やわらかい笑みをヤコブに見せるリアンビル。ただあまりにも、その笑みは本物だった。どう接しるべきか考えあぐねているリアンビルでも、その話題については純粋でいられた。

 口端を意識して上げなくてもすんだ。常に顔は緊張しているが、こうした時だけは素でいられる。


 目の前の修道服は、少し安心したようだった。リアンビルよりも頭一つ分高いヤコブ神父は、丁寧にうなずく。

「……そういえば、そろそろ『剣の習い』の卒業が近いな。試験がいつか決まったのかね?」

 おもむろに切り出された話題は、きっと今の季節と木剣が重なった結果だろう。それでいて、当たり障りもなくリアンビルも素直に参加できる話題だった。

 訂正。リアンビルでも素直に参加できる話題のはずだった。

 彼が、神に仕える聖職者への態度に困っているのは、この話題を避けたかったからなのだ。


「いえ? 先生っていつもその場で決めるんです。その日の『剣の習い』がはじまらないと、分かりませんよ」

 かたい声でリアンビルが答えたにも関わらず、「あのジュディアめ」とばかり。

 リアンビルは首をかしげた。だが、ヤコブ神父は独り言をかき消すように、新たな言葉を付け加える。

「いや、気にしなくともいい。さあ、そろそろ時間だろう。ぐずぐずしていては遅れてしまうよ?」

 話の向きを変えたヤコブは、さりげなくリアンビルに出口を指し示した。

 あっ、と時間のことを思い出したリアンビルは、血相を変えて走り出す。跳ね回るように軽い足音は、マフラーと木剣を置いたところで止まった。


 急いで荷物を引き上げ、あわてて祭壇の奥に向かって一礼する。寒さに鼻を赤くしながら少年は、逃げるように外へ出て行った。

 閉じられた扉に寄りかかり、一息。口からは白い吐息、そのうちけてなくなるうたかた。

 リアンビルにこれから向かうべき場所があっても、時間にまだ余裕がある。今の頭では、なかなか練習に集中できないであろうことは、簡単に予想できる。

 整理できるのはこのときしかない、リアンビルはそう思った。教会から距離をとり、考えるために歩き始めた。


「なんで……」

 そう何歩も進まないうちから、疑問は泉のように湧き出てくる。それでも足は止めず、思考を上手く回転させて。

 リアンビルはさっきのヤコブの目を思い出す。今日初めて会ったとき、期待するような甘さが含まれているような気がしていた。

(俺は、神父様の期待に応えられないんだ)

 この『穢れた血の薄い(リアン)ビル』なんかに。村人ならば、そう付け加えただろう。しかしヤコブの方はそう思っていないようである。


 ――彼は次のリオンになりうる人だろう。


 馬鹿らしい。

 心内で一蹴いっしゅうしたリアンビルは、自嘲の笑みをもっと歪めてしまう。

(俺はそんな奴じゃない。俺は今でも、苛めてきた奴を恨んでいる。『英雄』の名なんて、誰かが継ぐに決まってる。それなのに……俺には今だけで手一杯なんだ)

 走って顔に受けた冷たい風のせいか、その少年の笑みは引きつっているように見えた。すでに彼は、己の小ささを知っている。だが、少年はあまりにも小さくて、ほかの心を知らない。

 ダンッ。と強く大地を踏み込んで、黒髪をなびかせて泥の水溜りを飛び越えた。風で鈍い色のマフラーがはね上がる。


 リアンビルが水溜りをこえ、一歩地面に足がつく。勢いで泥が飛び散り、彼のズボンのすそを汚した。

 昨夜の雨で泥だらけになった道を飛び越え、泥のついた靴のままリアンビルは、白いタイル敷きの広場へ入っていった。

 見渡せる平面の広場では、人の群れが良く目立つ。ひときわ大きな屋敷の黒塗りの門の前で、リアンビルと同じ『剣の習い』の生徒が何人も集まっていた。新たに入ってきたリアンビルの足音は、かたいタイルで音が鳴る。

 音に気づいた数人が、こちらに振り向いた。途端に一人が、まだ気づいていない生徒の肩をたたき、嘲りの笑みを浮かべて言い放った。


「おい、『リアン』が来たぞ!」

 無遠慮に指を指し、その侮辱の名前に周りはどっと笑い声が上げた。笑っていないのは、生徒の輪の中で二人しかいない。

 リアンビルはその二人をちらと見たが、すぐにケラケラと笑っている不愉快な奴らに目を向けた。

 ほら。彼は自分の憎悪に気づき、さらにたきつけてしまいたくなる。

(あぁ、やっぱり。俺の憎しみは薄れてないじゃないか。心まで腐りきったあいつらを殺してやりたいとまで思っている! そんな奴が、先生のような『リオン』になれる訳がない)


 自分で心情を確かに認識した。リアンビルは、大きな声で笑い出したくなった。

 だけど笑い出すのは、自分の性分ではないと、マフラーの上から口元を押さえた。そうすると、自然と笑いはひいて、まだ笑っている多くの生徒を無視することができた。

(今日は、『剣の習い』だ。週に一回だけしかない機会なんだ。

 『リアン』でも『リオン』でもない。俺はただ剣の練習をしに来ているだけ……。自分自身のために)


10’11’27

 改稿しました。スローペースですが、ちゃんと進めたいと思います。

 未改稿部分と矛盾するところがありましたら、ご報告ください。


 11’11’2

 序章の修正に続き、一章にも手をつけていきます。

 大幅な修正の為、時間が掛かってしまっています。しかし、途中で「彼は、 」というように切れてしまってはいけないと、思います。ですので、一時的に移動することにいたしました。

 新たに読んで頂いている皆様には、大変不便であると思われます。申し訳ありません。しかし、この移動は一時的なものであり、修正がされ次第こちらで表示させていただきます。数ヶ月かかる、とは申しませんが、できる限り早く修正を終わらせるつもりであります。

 【1章1♯】から始めて、現在更新されている改稿分まで修正したいと思っております。その間、大変読みづらいとは思いますが、どうぞよろしくお願いします。


 11’12’12

 お待たせして申し訳ありませんでした。修正版をお届けしました。今年はどうにも忙しいので、次の修正も、新話も大変遅くなるかと思います。それでも、お待ちいただけると嬉しいです。

(※改稿・修正した部分にはこうした記録をつけます。大体はくだらないことなので、すっ飛ばしてもらって結構です)

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