【第4章8】魔法講座 上
「魔法のキホンは本には載らない。全て口で伝えられる。お前のその様子じゃ師匠なんてのはいないんだろう?俺が教えてやるよ」
ソーンはくるりと後を向くと数歩あるいて呪文を言った。
「デオ 出現せよ」
するとどこからか椅子が2脚現れた。
「こっちに来て座れ。従わないのなら魔法で攻撃を仕掛けてやる」
ソーンは低いトーンで言った。
(彼は魔術師だ。魔法で攻撃されたらきっと俺なんかはかなわない。座るしかない)
<気をつけてください。わたくしたちが見えていないようなので精霊魔術師じゃないことは確かですが、油断しないで下さい>
精霊魔術師とは、詠唱魔法で精霊を呼び出したり、精霊の特性を借りて魔法を発動させるのを得意とし、仕事等にもよく使う魔術師のことをいう。
アポシオンとバロシオンが見える一例というのは精霊魔術師の事を指している。因みにリオンは精霊魔術師が呼び出した精霊をある程度見る事が出来る。
(分かっている)
リオンはホールに足を踏み出した。入った瞬間、血の臭いが頭の中を一巡りした。
臭いの原因を突き止めたくて目を凝らすと、ソーンや椅子の背後に血まみれの体があった。
「先生――?」
「まあ、そっちの話は後だ。魔法のキホンについて俺が納得する程喋るまで、そっちの質問は無視する」
ソーンは椅子に深く座った。リオンは警戒していつでも動き出せるように浅く腰掛けた。
「俺が教える魔法のキホンというのは呪文がどんな系統であり、自分にあっているかということだ」
「呪文に系統なんてあるのか!?」
リオンにとってそれは初耳だった。そんなことは本に記載されてはいなかったのだ。
「すべてそういうことが本に書いてあれば、リーディア中に未確認魔術師が沢山いるってことになる。それでは魔法の被害が相次ぎ、滅びてしまうから本には載せられず、口で伝えられることになったんだ」
「・・・・・・そんなことをなぜ俺に伝える?そっちに利益はないだろう?」
「関係ない質問は無視する。
呪文魔法には大きく分けて4種類ある。『強化系』、『変化系』、『召喚系』、『消滅系』の4つだ。
『強化系』の魔法は対象物の足りない所を補ったり、今以上の状態にするときにかける系統だ。『変化系』は対象物の性質を何かしら変えたり、今の状態から悪く変化させる系統。『召喚系』はその場に実際には無い物を自分の魔力で物質から作り出し構築しその場に作り出したり、人間並みまたはそれ以上の知能をもつ者と契約をかわし呼び出すときに使う系統。最後の『消滅系』は対象物に自分の魔力を入れ物質ごと破壊させる。対象物の物質が大きいと粉のようなものが残る事もある。また、誰かが発動した魔法も『消滅系』魔法で打ち消すこともできる」
「強変召滅・・・どこかで聞いたような――――?」
「少し黙っていろ。メッシュ アクター 声よ消滅せよ」
ソーンは無表情でリオンに手を向けた。
「――――!?」
「詠唱魔法は呪文魔法よりも強力だ。だが、詠唱は自ら創らねばならない。呪文魔法は既に他の魔術師が作ったものであるので利用するのは簡単だ。しかし、詠唱魔法は魔術師がそれぞれ個々に創らねば、魔法は成立しない。魔法を行使する者が誰であるかはとても重要である。この詠唱魔法行使、そして詠唱魔法作成については特にそうだといえる。
詠唱魔法作成にはその元となる呪文と呪文との合成が必要となる。また、未知の魔法を作成する場合は古代語と呪文との合成となる。合成に使う言葉の意味があまりにも正反対であれば合成は成功しないが、よく似た意味であれば成功しやすい。合成が成功すればできた言葉には創った者の魔力が残る。より強力な魔術師であればあるほどに残る魔力は強く、その残った魔力を自分の名が書かれた紙に変質させて溶け込ませる。そして呪文の合成に掛かった時間の分だけ、温度、湿度、環境があまり変化しにくい所でおき、時間が経った後取り出し、紙に詠唱が書かれていれば詠唱魔法作成の過程がこれで終わる」
ソーンはそこまでいうとふぅっと息を吐いた。
リオンにとって詠唱魔法については聞いていた。それだけでなく、
(・・・・・・そうか!あの時、2人から聞いていたんだ。強変召滅も詠唱魔法についても、魔法を創った時に2人から聞いていたんだ。だから聞き覚えが有ったんだ)
<しかし・・・・・・、この男の考えは分かりませんね。そんな事をなぜ教えるのか>
リオンは魔法が使えると分かったばかりの頃を思い出さざるをえなくなった。
その頃は見習いとして文献処理の文官の元で働き始めた頃だった。
国に仕える文官の数は軍の官位を与えられた者つまり武官よりも少なく、軍兵の下っ端が文官の仕事をやらなければならないほどだった。本来の文官は政に関連する仕事に専念しているため、国の雑用というか政治にあまり関係しない仕事は軍兵が引き受けることになっていた。
リオンがそこで働いていたのは一ヶ月で、それが過ぎた後は何処に配属するべきかの試験を兼ねた訓練に三ヶ月間身を費やしていた。なのでほとんど体を動かす事の少なかった一ヶ月間は良く覚えていた。
リオンについた文官は無口な男で仕事の概要と決められた規定を教えると直ぐに本が積みかねられた山にもぐりこんでしまった。彼から教えられた仕事は、蔵書の保管部屋内の本の整理とどの棚にどんな種類の本があるか覚える事だった。棚には種類の書かれたラベルなど貼ってあるはずもなく、とても古い本がなんとも乱雑に突っ込まれていた。本の整理をするため、本の内容を知るため、幾つも並ぶ棚に乱暴に入れられたというか押し込められた本を全て出さなくてはならなかった。
いつ掃除がされたのか分からないほど埃は溜まっており、本を出すたびに振動で上から降ってくる埃で頭が埃だらけになってしまった。頭についた埃を掃うと体の周りの空気に埃が漂っていて鼻がむずむずした。リオンは悟った。
(第一に掃除をしなければ仕事は一生終わるまい・・・・・・。それはいやだあぁぁ!)
ほとんど締め切られている窓を一気に全て開け、空気を換気させて棚の上に溜まっていた埃をはたきで掃って、床を箒で掃いてちりとりでゴミを集めて捨てて、雑巾で床を水拭きするだけで一日がほとんど過ぎてしまった。掃除道具をひとまとめに片付けて、部屋の棚を見て大体の位置など覚えようとしていると、荒っぽく棚に突っ込まれた本と本の間に背表紙の状態が綺麗な分厚い本が丁寧に入れられてあった。ほとんどの本が傷んでいたり大きな傷がついていたりして状態が悪い物ばかりだったので興味を持って手に取ってみた。
想像通りのずっしりとした重さだった。表紙も裏表紙もページも古くなってはいたが、人の手による傷などは見受けられなかった。表紙には題名など何もかかれていなかった。内表紙にはページの周りに飾った絵と題名がかかれてあった。
『初級から上級までの呪文集』
(・・・思いっきり魔法だな。そんなものがなぜこんなところに?魔法の書物なんてのは位が上の文官が管理しているべき物なのに?)
リオンは文官がいる本の山を見た。そこから出てくる気配はない。
興味本位で本のページをめくってみた。ずっしりと書かれた文字は大量だった。
一瞬ひきそうになったが、覚悟(?)を決めて丁度開いた所を読んでみた。
” 初級呪文魔法 その4
このページ以降で記載する呪文はその3よりも高度な物となる。行使する上では残りの体力と魔力をはかって考え、行動する事を勧める。中級呪文魔法より高度な魔法を使うにあたって、それは命の賭けひきになりうることであるからして、心するように。
消失魔法「オルフォンヌ 消えよ」
中級魔法の「メッシュ 消えよ」、上級魔法の「アドル 消えよ」という同じ意味の呪文があるが、消失の意味がある魔法は、何を消すかによって魔法のレベルも変わってくる。
手に乗る程度の重さと大きさであれば初級魔法の「オルフォンヌ」、無機物など・あるいは個体であれば「オルフォンヌ」で消える物が複数であるとき中級魔法「メッシュ」、大きさ・重さ・数が半端でない物は上級魔法「アドル」で消す事が出来る。しかし、初級魔法「オルフォンヌ」で複数の物体を消そうと思っても完全に消す事は出来ず、消すのに大量の魔力を消費したり場合によっては呪文にこめる魔力の調節ができずに魔力を吸い取られてしまう。”
そこまで読むとハッと今の状態を思い出した。もう日は暮れかかっているのだ。さっきまで読んだページを開いたまま、机の上に置いた。そして文官が入っていった本の山へ向かった。
そこのあたりだけ埃っぽかった。文官がいるため掃除が出来なかったのだ。本の山の中は誰もいなかった。床に1枚の紙とわずかな日の光を受けて輝く何かが置いてあった。リオンはしゃがんでそれらを拾った。1枚のメモとその部屋の鍵だった。メモにはその鍵で戸締りをするように、と書いてあった。文官はもう帰ってしまったようだった。鍵を握り締めて机の所へ行った。机の近くに置かれた椅子を引きずり寄せて座った。興味本位で机の上の本にかかれた呪文を呟いていみた。
「オルフォンヌ 消えよ」
音もなく視界が開けた。机にはリオンが置いた本以外にも数冊重ねられて置いてあった。その数冊の本が消えたのだ。本に書かれてあった事を思い出し、その本が完全に消えるはずも無いと重いあたりを見回した。背後にあった。机の上に置いてあったように重ねられている。
(ふう・・・。本当に消えなくて良かった――――?消えなくて良かっただって?どうして呟いただけで本が視界から消えたんだ?おかしいだろ!?)