【第4章7】また・・・
いつになく残酷です。
気をつけなさいませ――――。
「・・・というわけなんです――――。ごめんなさいっ。みんなを帝国に売るようなまねをして!」
リブシアは頭を深く下げた。今まで彼は広場にいる人に自分のしたことを伝えた。
「リブシア・・・・・・」
シェイはリブシアに近づくとそのまま抱きかかえた。その途端、何かの糸が切れたようにリブシア泣き始めた。
「ごめんっなさっい・・・・・・僕の・・・ヒックせいだよ。ほんっとに・・・ごめん・・・・・・うぬぼれってたっんだっ・・・」
「もういい。いいんだよ?リブシア・・・」
リブシアの体から力が抜けていく。そのまま、道に座り込んだ。シェイも座り込んで肩を引き寄せた。
ギィィィィ~~
また鉄門が開く。そこにやってきたのはアルファスだった。
広場にいる人は視線を音の主に集めた。彼の目は血走っていた。
シェイは立ち上がるとうっすらと作り笑いを浮かべさせた。アルファスのほうへ歩き始めた。
「どうしたんですか?メーギストさん?その様子だと屋敷内を見てきたようですね」
「・・・・・・」
アルファスは広場のはしで座り込んでいるウェナたちに視線を捕らえたままだ。
「あの方達ですか?あの方達は、あなたもご存知のようにウェナ王女様とその護衛さんで、わざわざ歩いてこの屋敷を見にやってきたようです」
「それはありえない。あの魔法を発動した衝撃は?どう説明する?」
「あなたが屋敷で何があったのか正直にそして正確に(・・・)説明して下さるのなら」
「・・・・・・お前は知っているのか?誰が15代目であるか」
「もちろん」
「だが、お前の方がふさわしいのではないのか?」
「俺を帝国に誘うのですか?無意味ですね。誘うのであらばあちらの村役場に行かれてはどうですか?」
「おい、シェイ!」
「マクシアンさん。気になさらず。ここはもうフェブリーヤから独立したのですから、俺には関係ありません。俺はフェブリーヤ家の血を引いているわけではありませんが15代目を支えていく覚悟はあります」
「・・・そうかフェブリーヤではないのか。では無理か」
「どちらから説明しますか?」
「説明する気はない」
「そうですか・・・・・・。じゃあ、ここで殺してしまってもいいんですね」
シェイの冷徹な声に‘殺す’の文字を普段耳にしない者は凍りついた。リブシアはびくりと体を震わせた。
『ごめんな・・・。赦してくれなくていいよ。もともと赦されてはならない行為だから――――――』
かすかに聞こえた気がした。リブシアには。
春の強い風が吹いた。その瞬間、風に乗るようにしてシェイの体が動く。すっとアルファスの背後に回り、手にしていた剣で肩甲骨の下のあたりを突く。アルファスは突かれる前に振り向いてシェイの剣をはね返す。シェイは姿勢を低くしたままアルファスとの間合いをとる。そして剣のやりあいに持ち込まれる。二合、三合、と数が増えるうちにシェイは手に力が入らなくなってきた。元々彼は、腕力は特化していない。どちらかと言えば技術派なのだ。一方アルファスは力で押すタイプだ。試合の時は、いまほどに力が加えられてなかったようで、手がだんだんとしびれてきた。ここで手首に剣の腹でも打撃を加えられたら剣を落としてしまう。そう感じた時、間合いから突き抜けて目の前に剣が現れ、手首を強打させようと落ちてきた。
シェイは本能的にその剣を左手で掴んでいた。指の間から血が流れる。温かいような冷たいような不思議な感覚に包まれながら、そのまま剣を放さず、動きの止まったアルファスからもぎ取ると後方へ投げた。どくどくと指の間から血が絶え間なく流れ落ち、道に血痕を残している。目を白黒させているアルファスに近づくと一気にその左胸を突いた。
『ごめんな』
リブシアへの呟きと共に――――。
*
「あら?どうされたんです?」
可憐で上品な言葉遣いだった。ジアスは声の主を見た。背後に侍女をしたがえた、金髪の女人だった。
「キャラン王妃殿下・・・・・・!」
キャランはジアスよりもそこに横たわるパロネをひとめ見た瞬間扇で隠した。
「そっそこのものはなぜ倒れていらっしゃる?」
「わかりかねます。わたくしめにはさっぱり」
自分が殺してしまった、と告げられるはずも無い。そもそも王妃はリスベス帝国がこの国をのっとろうとしているのを知っているのだろうか。とジアスは思いにとらわれた。それも一瞬だったが。
「そう・・・・・・あなたはなぜこちらに?」
「国王陛下、すなわち王妃殿下を広場にご案内せよとの御伝えされまして、こうして参りました」
「そうなのですか。マルスを呼んできましょう。あなたは、待っていてくださる?」
「はい。宜しく御願い致します」
ジアスは頭を深く下げた。キャランは向きを変えて行ってしまった。
*
「皇帝陛下、フラン・ローシャが謁見を求めております」
「通せ。あと、他の奴は下がらせろ」
「はい。お望みのままに」
リスベス帝国の最高位は皇帝である。レギオスは前皇帝の従兄弟だった。
下僕が下がると同時に扉から一人の男が入ってきた。
「陛下、度々ご連絡させていただきましたローシャといいます。今後も宜しく御願いします」
「いつになったら本名を教えてくれるのだ?」
レギオスは答えを楽しみにしている様子で目を細くした。
「わたくしのお話の後で・・・・・・お教えしましょう」
「楽しみは最後に取っておくということか。・・・まあ、いいだろう」
「ご承知頂き、感謝しています」
男は頭を深々と下げた。顔を上げると、満面の笑みで話し始めた。
「わたくしを雇っていただきたいのです」
「ほぉ・・・?」
「わたくしは陛下がこの大陸を動かした方が平和の為の得策と見たためで御座います」
「そうか。・・・で、なぜ直々に謁見を求めた?」
「今からお話することは陛下が一番に耳になさるべきと思ったからです」
男はそこで一呼吸置いて、鋭く光る瞳をレギオスに向けた。
「陛下は、様々な分野で優秀な者を帝国に引き入れていると聞いております。その中にリオン・フェブリーヤの少年も入っているのでしょう?少年が二人月の調節者ムーンだということも知っていらっしゃいますね?」
レギオスは内心詳しい事に少し驚きながらも、平常な顔で頷いた。
「陛下はその天使エレルでいらっしゃいます。では悪魔ディエレは誰かご存知ですか?」
これはさすがに顔に出たようで、レギオスの目は大きく見開かれた。
「お前はそれが誰であるのか知っているのか?」
「ええ。本人はディエレであると自覚していませんので、陛下が知っていなくとも不思議ではありません。しかし、本人には悪魔のささやきが聞こえてくる頃。本人が自覚する前にムーンに自分が調節者であると分からせなければ、暴走しますので、ムーンが分かる前に陛下にお知らせいたします」
「――――?風が何処からか入ってくるようだが?」
「この話は当事者と関係者以外聞けば、即死ぬ運命にありますのでご安心を」
「・・・気に入った。二人月の話は興味深い。お前を雇う事にして、この話は後日としようか」
「仰せのままに。陛下、わたくしの名は――――――」
*
(・・・・・・こんなことしてる場合じゃない。先生の体を捜そう)
リオンは腕で涙を拭った。二振りの剣の宝石がキラキラと輝いた。2人の声が頭の中で響く。
<わたくしたちも行きます>
<いつまでも喪にひたっていればその場で動けませんからね>
(そうか)
リオンはそれぞれの宝石に手をかざし、精霊を呼び出した。『平和の章』を先程置いた本の隣に置く。部屋の扉を開いて、彼女の部屋を出て階段を降りた。降りる途中で階段の段に結構新しい血痕があった。
(これ・・・・・・)
リオンはしゃがむとその血痕を指でなぞった。
<新しいですね>
(うん。血が手に付くほど新しくはないけど)
<十五代目、ここにも血痕があります>
バロシオンが階段を降りた先のところで言った。リオンは立ち上がって階段を駆け下りると、確かにそこに血痕があった。
(きっと彼らが先生の体を運ぶ時についたものだろうね。どこかにまだある?)
<こっちにありますよ>
ついていくとかすかに点々と血が床についていた。血痕を追っていくうちに離れの中で一番の大きさである部屋の前まで来た。この部屋は、いや部屋というかホールはかなりの広さで、離れの角にあたり、彼女の部屋の下にあたる。
<きっと残酷でしょうね。この扉の向こうに待ち受けるものは、魔法の匂いがするわ>
「ああ・・・・・・、このホールは先生の部屋の真下だから先生に関する魔法――――特にルーンの環が描かれる魔法――――がかけやすいだろう。魔術師がきっといる。この先に。2人共、少し力を借りるよ」
<十五代目、いちいち言わなくてもいいことです。僕らはそれを承知で何百年も生きているんです>
バロシオンとアポシオンは優しく微笑んだ。アポシオンのそれがとても、彼女に似ていたので一瞬体が震えたが。
扉の取っ手に手をかけた。弱めに押してみる。動かない。引いてみても結果は同じだった。
今度は数歩下がって扉に体当たりをしたがびくともしない。思い切り引いてみても、木がキィキィいうだけだ。
「メッシュ 消えよ」
魔法を扉の取っ手に向かってかけてみた。すると取っ手は消えて、扉は難なく開いた。
「ようこそ。魔術師もどきの剣士さん」
ホールの中は少し薄暗かった。そのため人影は確認できても顔は見る事が出来ない。
「お前は誰だ?その様子から俺がくるのを予想というか予定していたようだが?」
リオンはホールの中には入らずに扉を開けた位置から動かなかった。
「まあ、ソーンと呼んでくれ。しかし、本当にいたんだな。魔法が使える剣士なんて」
「剣が使える魔術師なんてのはいないのか?」
「いないさ。魔術師が持つべき物は杖さ。才能に恵まれているんだな」
ソーンはうらやましそうに言う。
「望んでもらった才能ではない」
「何処で魔法を習った?師匠は?」
「お前に教える程、俺は口が軽くない」
「・・・・・・つまり、キホンは押さえられてないのか」
ソーンは手を顎に当て何か考えているようだった。
「どういう意味だ?」