【第4章6】変貌 涙
「いっいやぁ、バクネスさんのお知り合いに似ているなんて光栄です・・・は、は、は」
ジアスはもろにバレてしまいそうなほど、ぎこちなく笑った。パロネはそれが聞こえなかったかのようになにやらぶつぶつとつぶやきながら、考え事をしていた。
「まあ、いいか。よろしく頼むぞ」
「いえ、こちらこそ」
2人は軽く頭を下げるとそれぞれ反対方向に歩いて場を広く取った。
シンッ――――――
場の空気が変わった。
「我パロネ・バクネス、汝に決闘を挑まん。汝、答えよ。良か否か」
「我リオンジアス・フェブリーヤ、汝の決闘を迎えん」
「「ペディア・アゴーリヴ神のご加護において、我の勝利に祝福をっ!」」
2人は静まる場で、『決闘の言』を唱え、最後の言葉を言い終わる前に走り始めた。
キーンッ!
初めて剣と剣が交じり合う。2人は互いの息遣いが聞こえるほどの近距離で向かい合っている。
ジアスはグッと剣を握る両手に力を込める。
「グウゥッ!」
余裕などジアスには無い。それなのにパロネは視線をちらりと下に向けて声を発した。
「ん!?この剣・・・軍で配られた剣だろう?」
「うっ・・・・・・くっ!は、話は後にしませんか」
ギチギチギチッ!
剣と剣が重なりあった所から奇妙な音が発する。一拍置いて、2人は背後に身を引いた。
「うむ。さすがだ!しかし、気になる。なぜ君は軍が支給した剣を持っている?」
ジアスはすこしひるんだ。そして剣を見下ろす。
(まさか、証拠によって軍兵ということがバレるなんて・・・・・・!言い逃れできないから開き直っちゃおうか――――)
「話さないと何かご都合が?」
「本気で・・・いや、誰にも使った事のない技であの世に送ってやろう」
「それほど重要ですか?では、送ってください。あの世に」
「は?――――いまどきに、命を自ら持っていけと言う奴がどれほど少ないか知っているか?」
「砂漠の中で落とした涙ほどに」
灼熱の太陽に焼かれている砂漠では、涙一粒でも落とすとジュッといってすぐさま蒸発してしまう。つまり、直ぐになくなってしまうという例えである。
「そうだ。そういう奴はすぐさま死ぬからな」
「・・・・・・」
ジアスはうつむいたまま、剣を見下ろしていた。
「死んでも結局、何を思っていたか関係ないしなー」
「俺が、ただ死ぬだって?」
うつむいたままだったが、その声色は恐ろしく変貌し始めた。ジアスの明るい声がいきなり低くて暗い声に変わり始めた。
「俺が、ただ死ぬだって?」
もう一度繰り返す。声は完全にジアスのものではなくなった。
「俺がただ死ぬという状況に陥る事は不可能だ。この剣に誓って!」
ジアスはバッと顔を上げ、剣先を空に向けて持つ。光を受けて剣がギラリと光る。
その眼は、顔は、表情は、剣は赤黒かった。まるで血に飢えた悪鬼のように――――。
もう彼ではなかった。リオンを信頼し、心配し、助けたり、笑ったり、泣いたり、怒ったり、するリオンジアス・フェブリーヤではなかった。ジアン・マクシアでもなかった。では誰なのか――――?
彼はいきなり猛ダッシュしてパロネの間合いに入った。そして、大上段で大きく振りかぶってパロネに斬りつける。パロネは剣を横にしてそれを受ける。彼はその状態の位置を胸の前あたりまで下げると思い切り体重をパロネ側にのせて、円を描くように一周回る。もう二周回ると回転中に作動した動きの反動を使って力の限り前に突いた。
ガギィィィィインッ! グシャ
鈍い金属音。手先には忘れそうに無い不気味な感触。頬についた冷たい鉄の匂い。
それに気づいた彼は大きく目を見開いた。彼は、ジアスに戻っていった。
「!――――――どういうこ・・・と・・・・・・だ?」
真っ赤に血塗られた手。無残にも砕け散った鎧。パロネの胸に突き刺さった赤黒い剣。
『あと、3人。3人冥界に送れば、時は満ち足りん!』
さきほど、ジアスの体を奪っていた不気味な声がジアスの頭の中で響く。
『さあ、残りはお前がやれ。やり方はしっかりと体が覚えているだろう?さあ・・・!』
「うぐああああああああああっ!・・・俺、俺、!?」
ジアスは激しい吐き気に見舞われた。足がすくんで座り込んでしまった。
「俺、オレッ・・・・・・!?どう・・・すりゃいいんだよ?」
パロネの体がジアスの方に倒れ掛かってきた。ぎこちなくその体を受け止めた。その体にはまだ息が残っている。
「・・・・・・ハア、ジッジアス君――――。ひとつだけ・・・・・・聞いて欲しい」
かすれ擦れの声でパロネは言った。いや、ささやきに近かった。
「バクネスさんっ!喋らないでください。傷が・・・」
「もう、いい。どうせふさがらない。・・・・・・わたし、いや、もういいか」
パロネはフウッと息を吐く。するとパロネの顔は若々しい青年の顔に変わった。
「魔法・・・・・・?」
「僕の本当の名は、 パロネ・フェブリーヤ。ゴホッ、今から言う事を・・・・・・彼に伝えて欲しい」
パロネ・フェブリーヤと名を改めた彼は、咳が出始めたのにも関わらず話し始めた。
「僕はかつての2代目だ・・・・・・。ケホッコホッ、僕を妬む・・・・・・魔術師が僕に何百年も続くのろいをかけたんだ。ゴホッゴホッ!」
「そんな――――――」
「僕にも、一応魔法の体得はあるから・・・・・・ケホッ、最悪の状態は免れたけれども呪いのせいで・・・帝国の裏犬とならざるを得なかった」
「じゃあ・・・あなたはやっぱり――――?」
「確認・・・するまでもない。だから、帝国の――――一部だが――――裏を教えたい」
「必ず・・・・・・伝えます」
「帝国は、リーディア中から・・・優秀な人材を引き抜いている。間違いなく・・・・・・年明けと共に戦争の幕が開くだろう――――。コホッコホッゴホッ、その中に、君や彼の名前が入っているはずだ。生き残らねばならない。君と彼は。むやみに戦って命を落としてはならない。なぜなら君達は――――」
パロネはそこで間をおいた。
「二人月なのだから・・・・・・」
彼はそこで息途絶えた――――――――。
*
リオンは『平和の章』を元の、机の上に置いた。ふと気になって、机の隣にある本棚の一番上の段の左端の本を棚から出した。
『平和の章 000~000』
(これも、平和の章?)
棚から出した本の表紙を開いた。パラッ。
”世界ばリーディアと呼ばれし。時は剣と剣が火花散らすばかりなり。我は
『腕達の剣士』と呼ばれし者なり。我ばどの王にも申されたり。
「我が軍ば指揮くれようものならば、汝の望み叶えたり。」
我ばどの王にも申したり。一つ間違うことなかれ。
「ならば、白旗をば揚げよ。とびきり大きな旗を。」
リーディアのほぼの王は従ったり。従わなかった王ば明日の陸を支配する者なり。
明日の陸を支配する者ば我に特権を与えし。それば、我の子孫に我の名を語ること
許し。しかし血の繋がりのある者のば最も優れた剣士である事ば。
リオン・フェブリーヤ”
そう一代目の筆跡だった。リオンは大きく目を見開いた。
<・・・・・・これ!パロネの――――!?>
アポシオンは驚いた様子で次のページを指差した。バロシオンも本を覗き込む。
<どういう・・・ことだと思います?アポシオン!このインク!>
<まさか?――――そんなはずは、ありえな・・・・・・いわ>
(どうしたんだ・・・?2人共?)
<彼が――――――生きている>
その声はやっと出た言葉だった。
「彼って・・・・・・まさか!?何百年も生きていられるなんて」
<ああっ!>
アポシオンの叫びに2人は彼の文字を見つめた。文字はまだインクが乾いていないかのようにてらてらと光っている。そして・・・・・・スゥと文字は乾ききってほかの先代の文字と同じになった。
<亡くなった・・・・・・>
(・・・・・・どうしてこの文字を見るだけで書いた本人の生死が分かるんだ?)
<文字は書いた人が生きている限り、黒く輝きます。その人が亡くなると、輝きを失って色あせるんです。なぜそうなるのかは知りませんが。――――十五代目、しばらく呼ばないで頂きたい。僕達はすこしショックが大きいようで>
<・・・・・・すいません。十五代目、わたくしたちにとってパロネの存在は大きいのです>
(ごめん――――。俺が悪かった。戻っていいよ。呼んでいい時は合図してくれ)
2人は剣の宝石のきらめきと共に消えた。リオンの周りには物音しかしなくなった。
リオンは椅子に座った。机に向かい、机の上の『平和の章』と手に持った『平和の章 000~000』を交換した。本を開いて最後に文字の書かれたページを探す。あった。
”今日が最後の日だわ。皆に会える最後の日。人間として感じる事ができる『あたりまえ』があたりまえである最後――――。ああ、このままこの世を去るのは惜しい!残りたい!けれど・・・・・・私は縛られている。その縄を断ち切ることは無理に等しい。
もし、ここをビル。あなたが読んでいるのなら、忘れないで欲しい。
私たちリオンはここにいる。あなたの記憶に無くても、ここに記憶の欠片がある。いつでも頼って?
彼ら精霊には2代目からの無限のように長い記憶がある。あなたが知りたい事は彼らに聞きなさい。
・・・・・・もう行かなくては。皆が待っている。さよならをいえない皆が。唯一言えるあなたに言いましょう。
さよなら
ジュディア”
涙が溢れた。本当に伝えたかったことはもっともっと膨大な量に及ぶだろうに、こんな短くまとめてしまった。
『さよなら』
それだけが妙に心が温かくなって、心が寂しくなって――――。
(戻れるのなら・・・あの、『剣の習い』だけが・・・・・・楽しく感じられたあの頃に、あの頃に戻れるのなら・・・)
『そんなこと言ってはダメよ?』
リオンはハッと顔をあげた。
『今のあなたはとても格好いいのに、そんな弱音吐いたら、格好悪い人弱音吐けないじゃないの』
かすかに、彼女の微笑が見えたような気がした。涙がすぐに瞳のふちにたまっていく。
「先生・・・・・・、さよならは哀しいよ。俺には――――耐えられない」