【第4章3】環
マルス王は部屋の窓辺へ歩み寄り、空を眺めていた。
絶えず誰かの視線を感じながら。
「いい加減にしたらどうかね?そうやって忠実に仕えている振りなどをせずに、さっさとやって操り人形に王座を空ければいいものを・・・・・・」
「なにをいうんでしょうか?国王陛下、わたくしめの誠実な数年間はどこへ行ったとおっしゃりますか。」
「ふぉっふぉっふぉ、エゴーシス。お前は本当に’心’から忠誠を誓っておったのかね?」
エゴーシスと呼ばれた男は気配を消すのを辞め、サッと姿を現した。そしてマルス王の背後に近寄った。
「このようにいつか首に剣やナイフをつきつけられるとお考えでしたか?」
エゴーシスは衣服の裾に隠していた短剣をマルスの首に突きつけた。
その首筋には薄っすらと赤い筋ができていた。
「それではお門違いで御座いましょう。本当に警戒すべき者は護衛の中にいるのではありませんでしょうか。」
エゴーシスはふっと笑みを浮かべ、短剣を収めた。
「騙すのなら、そういったことはしないじゃろうなぁ・・・・・・」
「お分かり頂けたようで。・・・ところで、陛下。先ほどのお言葉、どういった意味でしょうか?」
「なにか言ったかのぅ?」
「陛下が我が国伝統の選りすぐりの詩集を読み終わりになられ、椅子から立ち上がって呟かれた言葉で御座います。」
「・・・・・・はて、なんといったかのぉ。最近はどうもボケておるようじゃ。悪いの」
マルスは言葉と裏腹に内心では冷たく言い放った。
(それはお前だ、エゴーシス。お前の裏でやってきた事は全てこの頭に入っておるわ!)
「・・・・・・そうでございますか。ではこれ以上申し上げない事に致します。あなた様に名誉と誇りによってアディスの御庇護が・・・・・最後までありますように」
エゴーシスは深く一礼し部屋から出て行った。彼の顔には冷笑が浮かんでいた。
*
「レギオス様、ご報告が遅くなりまして誠に申し訳有りません。」
王座でくつろぐ、若干20代に見えるレギオス・ターラーは目の前に跪くスパイを胡散臭そうに見ていた。
「よい。戯言を述べる前に報告をしろ。」
「はっ、申し訳有りません」
―――――こちらリスベス帝国ヴェルターラ王城。他の4国よりも北にあり、その領土はリーディア一。
また、財力はいうまでもなく豊かで、他国と戦う力は着々と増える一方だった。
「レギオス様のご指名された者は着々と我が軍へ入隊またはその場で向こうに送っております。今週だけを数えましても、名の良く売れた兵8人と天才的才能の魔術師1人を我が軍に引き入れております。」
「残りはあと何人だ?」
「はい・・・・・・、だいたい8人です。」
(8人か・・・微妙だな。戦力のある奴でなければこれほど絞れんだろう)
レギオスは片手に顎を乗せ問うた。
「どれくらいかかる?」
「2〜3週間程頂ければ・・・・・・」
「それでは遅いっ!10日で終わらせろ。」
「とっ10日ですかっ?」
それは結構な短さである。このヴェルターラ城からヒーディオンのコードメモリア城間を往復が約5日間かかるのだ。
「・・・できぬか?―――ならば仕方あるまい。ジェイフェンを呼・・・」
「いえいえっ。出来る限りやらせていただきますっ!」
ジェイフェンというのは側近であり、その仕事が好きだった。とくにkillが。
スパイはそういうとそそくさとその場を去った。
レギオスはスパイに与えた情報のファイリングを手に取った。
(残り8人か・・・)
そのファイルにはこの世から去ったor軍に入隊した人はもう抜けている。
必要ないから―――。
パラリとファイルの表紙をめくる。初めに出てきたのはグレイ・アーナスという男。年齢不詳。
彼はかつての世界戦争でなくなった国の出身だとかいうそう。
次にはルテーナ・ダジリスという少女14歳。
さっきの報告にあった魔術師よりも才能を秘めた子供。
パラパラとめくると最後のページである。名はリオン・フェブリーヤ少年16歳。脇には『15代目』とメモ書きがある。かなり最新の情報だった。
彼には平和と言う使命を使って軍の士気を一気に上げる餌だった。
(コイツが重要だ。この餌がなくてはどの魚もよりつかない。よほどおろかでもない限り・・・。10日、そのために俺はしなければならない。)
*
(なぜ先生は死んでしまったのだろうか・・・・・・?)
リブシアはそれを初めに疑問に思った。
彼にとってジアスは『なりたい人』であり、『憧れの人』であり、『越えたい人』でもあった。
そんな彼がいなくなったのは彼女がこの世から去った日。
そして、リオンもいなくなったのはその日。
・・・・・・実質、3人の人が村から去ったのだ。
ここまで考えれば、大抵の人間はこう考える。
”2人が喧嘩していて、あまりにも感情がたかぶったため、剣を持ち出す事態になって
そこに彼女が現れて、一時停止するものの事態が悪化して刺し違える”
だが、それならばどうして彼女の体はわざわざ部屋に入れたりするのだろうか。
さらに、そうしたのなら喧嘩のあった場所から彼女の部屋までの距離間になぜ血痕が見当たらないのかという問題が起こる。そして更に考え出された事態は、
”3人が一緒に彼女の部屋におり、そこに偶然か奇襲が押しかけ2人を庇おうと彼女が前に出るも
部屋が狭い為、力を発揮できずに倒され、残り2人となると2人は敵に対抗するも連れさられる”
という呆気なく馬鹿げた考えである。少年2人なら、14代目を倒した敵にとって眼中に無いはず。
ならばなぜ手にかけずさらっていったのだろうか。
そもそも2つの考えに共通する問題は、
(もしそうであるならば)次代、15代目が存在しない
という大問題である。そうならばこれからは碧眼のリオンの看板をぶら下げて剣を自慢する事さえできなくなる。つまり、形式上の次代が存在したとしても真なるリオンは14代で終わった事になる。
そうなれば村も、フェブリーヤ家も終わりである。
村はフェブリーヤ家の力をほぼ頼って経営してきており、フェブリーヤ家は代々排出される剣の名手による恩恵のお陰でかなりの財力を持っている。しかしその筆頭となってきた碧眼のリオンがいなければそんな恩恵を受けられるはずも無い。
(本当に大問題を今日この日まで引きずっていたのか?僕らはそんなに大きい事だとは知らずに――――。
本当に僕は鈍い。本当に知るべきことを知らずにいた。まだ僕の知らないことはあるはずだ。ビルとジアスが通じ合っている事とか・・・・・・)
そこまで考えてリブシアはかぶりをふった。
(っ!?・・・・・・ああ、僕は何を考えているんだ。2人が通じ合っているわけ無い。彼らはここらから出て行く前には、互いを嫌いあっていたはずなのにっ・・・・・・?)
リブシアはジアスをリオンが奪ったという感覚を拭えないでいた。
「奪われたのなら奪えかえせばいい」
低い声に振り返った。
「どうして僕の考・・・っ!?お前は帝国の者かっ。」
帝国の軍服。間違えようも無い。アルファスが連れていた人たちもこんな紋章の付いた真っ黒な軍服を身にまとっていた。
「どうしてかと聞いたな?答えてやろう。俺は魔術師だ。」
「ウィ・・・魔術師?」
「簡単に言えば魔法使いだ。それより計画はどうなっているのだ?この辺りを見回るのは俺の所管であったはずだが?」
「え・・・・・・っとその。誰かがここを通りませんでした?」
「誰か?通れば俺にわからないわけないだろう?通った奴などいないっ」
「確かですね?・・・じゃあなぜ彼はここにこられたんだろう?」
後半部分は呟きに近かったが自分の事を魔術師と名乗った男は聞こえたようだ。
「っ?なんだって?そっちの方向に行くにはこの場所を行くしかないのだろう?」
「・・・・・・ええ。離れの入口はすぐそこです。」
「俺はこの半径10ポア(50m)の動きを完璧に探る事ができる。そのくらいの距離をなぜ・・・・・・?」
男が問いを口にした瞬間、男もリブシアも体に衝撃が奔った。
(何?この感覚・・・・・・?)
「っ!?あの高飛車女め、なにナズスの魔法を使ってやがるんだぁっ!?」
「魔法っ?」
「注目を集めるだろうがっ?!」
男はかなり動揺しているようだった。
「あの、・・・僕見てきますね。そこに彼がいるかもしれない。」
「それなら俺が行く」
「ここの地形は僕の方が知っています。それにここの見回りがあなたのお仕事でしょう?」
「・・・・・・」
リブシアにいわれて男は冷静さを取り戻したようだ。そのまま無言である。
リブシアは用心深く背を向けると走り出した。
ようやく門が見えてきた。ほっそりした体格の割りに足は遅いのでかなりの短時間である。
門のかんぬきを開け、押す。
ギィィィィー
懐かしい音がしてふと指を止めた。
(そうだ。・・・あの時の試験がきっかけなんだ。偶然じゃないんだ。シェイさんが相当疲れた様子で帰っていったり、ジアスの相手がブランさんになったり、ビルが皆の前で合格を言い渡された事も全て。全部、全部、繋がってたんだ。僕の知らない所で。
シェイさんがビルと手合わせして、シェイさんが負けてその応用力と才能の差に疲れてしまったんだ。きっと。それでそれを知った先生とブランさんが上手く回して枠に収めたんだ・・・。
本当に僕は知らないんだね。
先生にだって、ビルにだって言われちゃったよ。
自分を信じろ
って。僕はそんな事ができる自尊心を持っていないのに――――。
だけどやり遂げて見せるよ。僕の為にも、レベッカの為にも・・・・・・。)
大幅更新して話数を減らして、話内の字数を増やしました。