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彼らの恋は気付かれない(仲良し男女5人組)

作者: 飛鳥井作太


 昼休み。

 高校二年一組の教室は、にわかに騒がしくなる。

 昼食時独特の賑わしさ……というだけはなく。

「春野先輩、これ貰って下さい!」

「私のも、良かったら!」

「武蔵野先輩、私のクッキー貰って下さい!」

「アタシのやつも!!」

 本日は、下級生女子たちの、キャッキャッとはしゃぐ声がプラスされているのだ。

「何だアレ」

 自分の席で、そのキャッキャッを眺めながら、少年・花野縁はなのゆかりは、つまらなそうな顔をした。

 下級生女子たちの華やかな輪。

 その輪の中心にいる二人が、彼の友人たちだからだった。

 一人は、春野朋はるのとも。猫っ毛の髪に、中性的な面立ち。その割には上背があり、声も腰に響く良い低さ(テニス部員談)。そのお蔭で、大層モテる。

 もう一方は、武蔵野麻琴むさしのまこと。サラサラの黒髪は、清潔に短くまとめられ、切れ長の瞳は怜悧な印象だが微笑むと優しい。まるで王子様との評が高い。ゆえにやはりとてもモテる。ちなみに麻琴の性別は女子。女子だが、女子に大モテであり、その人気は春野と二分する。

 男テニの王子と女テニの王子。テニス部の二大王子様。

 この二人が、花野(顔も成績も平々凡々、身長が平均より高く、王子たる二人よりも高いことだけが唯一の取柄)の小学校時代からの親友である。

 くさくさしている花野の元に、一人の女生徒がやって来た。

「あれでしょ、一年生の家庭科調理実習。その成果をお気に入りの先輩に献上ってやつ」

 お弁当を持って、近くの椅子を引いてくる。

 彼女の名前は、荒谷志摩乃あらたにしまの。小柄で、幼い顔立ち。黒髪のおかっぱ。それらが妙に相まって、何となく座敷童を想像してしまう。

 志摩乃も花野の友人で、中学時代からの付き合いだ。

 ここに別クラスのもう一人を足して、五人でいつもつるんでいる。

「あー。クッキーなんか焼いたっけ」

「焼いたよ。うちらの班のクッキーが黒こげになったあの実習だよ」

「ああ……」

 思い出したくなかった……と花野が、顔を覆った。

 彼ら五人が作ったクッキーは、使用したオーブンの故障により、ものの見事に黒こげになった。

「去年も、成功した班があんな風に先輩たちに持って行ってたよ」

「そういやぁ、飯田がそれで告白成功してたな」

 飯田は、当時彼のクラスメイトだった男子で、班員たちの協力により、美味しいクッキーを作ることに成功。それを部活のマドンナに渡したところ、いい雰囲気になり告白を成功させたとか。

 クラスで結構、話題になった。

 腹立たしい……ケッ。

 当時も花野は羨ましさから顔を歪ませ、そして今も思い出して顔を歪ませた。

「男の後輩が調理実習のお菓子くれるってあんま無いっぽいし、グッと来たんじゃない?」

 そんな花野を、志摩乃は当時と同じく呆れた顔で見つめている。

「しかし……」

 視線を現在、囲まれている友人たちに戻すと。

「いいなあ。俺にも誰かクッキーくれないかなぁ」

 花野は、改めてため息を吐いた。

 隠しもしない羨望の顔。

「武蔵野と春野にクッキー渡してるのって、同じテニス部員でしょ? あそこに突撃して来たら?」

「ばーか、白い目で見られて俺の株が下がるだけだろーが!」

「だろうね」

 志摩乃が、肩を竦めた。

「受け答え雑すぎね?」

 花野の指摘をサクッとスルーし、「先にご飯食べよ」と志摩乃はお弁当を開ける。

「てか、お前はどうなのよ。あんな風にモテたいとか思わんのか」

 女からでも男からでもさ。

 そんなクールな友人が何となく許せず、花野が追及するも。

「うーん……」

 志摩乃は、小首を傾げると、

「そんな叶いもしない望みを持つほど、夢見れないからなぁ。自分に」

 クールにきっぱり、

「だれも私になんか見向きもしないよ。自分の華の無さとか魅力の無さについては誰よりもよくわかってる」

 そう言い切った。

「……お前、言ってて悲しくなんね?」

 真顔で言うなよ。

 思わず、花野がツッコんだ。

「だって事実だもん」

 言い切る志摩乃には、悲壮感も羨望も何も無かった。

 淡々と自らが思う真実を語っているだけという清々しい態度だけがそこにあった。

「事実ねぇ……」

 花野が、己との温度差にため息を吐いたとき。

「副部長ぉ~!」

 教室の出入り口から、志摩乃を呼ぶ声がした。

「あれ、飯島くん?」

 ちなみに、志摩乃は剣道部の副部長だ。

「……」

 後輩のもとに急ぐ志摩乃を、何とも言えない目で花野が見送る。

「どうしたの?」

「あの、実はうちのクラス、さっき家庭科実習で、その……」

 後輩男子が、今まさにクッキーを差し出そうとした瞬間だった。


 ダンッ


 入口の壁を、拳で叩く猛者、現る。

「通行の邪魔や」

 舌打ちしながら部屋に入ろうとしている彼こそ、花野の友人五人のうちの一人・入江篤弘だった。

 花野に次ぐ長身。長めの前髪から覗く眼は、恐ろしく目付きが悪い。そして、西の方の方言。本人は真面目な一般男子だが、雰囲気だけはその道の人に通じる何かがあった。

「あ、篤弘」

 だが、そんな柄の悪さを気にも留めない志摩乃。

 彼女と篤弘もまた、幼稚園からの幼馴染だ。

「今、飯島くんがクッキー持って来てくれたんだよ」

「! あ」

 飯島くんが、何かを言う前に、


 ギロッ


 入江が、その眼光でもって彼を見下ろした。

「ッ!」

 飯島くんの顔が、さーっと蒼褪める。

 ご愁傷さま、と花野は心の中で手を合わせた。

「ぶ、部長と副部長のお二人に……」

 飯島くんは、そう言うとクッキーの入った袋を二人に差し出した。

「ありがとうね」

「……ありがとう」

 その袋は、志摩乃が受け取るより先に、入江に取られる。

(自分の幼馴染が周りを牽制しまくってるお蔭で言い寄る奴がいないってだけなんだよなぁ~。アイツの場合)

 花野が、やれやれとため息を吐いた。

「なーに見てんだい?」

 ガタン、と椅子をひく音。

 花野がそちらへ視線を戻すと、

「お、王子サマのご帰還か」

 大量のクッキーと共に凱旋した麻琴がいた。

「あっちの王子様はまだまだかかりそうだけどね」

「おー、盛況そうだな」

 春野への貢ぎ物は、まだ続いている。

「ね。……で、何見てたの?」

「ああ、あれ」

 くいっと花野が、親指で出入り口の方を指し示した。

「……あー」

 入江、志摩乃、後輩クン。

 入江の手にクッキーの袋。さっそく開けて、二人がそれをつまみ、後輩クンに感想を告げている。

 後輩クンの、何とも言えない笑顔。

 それだけで、何が行われたのかをあらかた察したらしい。

 麻琴の「あー」には、「なるほどね」と「ご愁傷さま」の両方が込められていた。

「あれだけ周りを牽制するなら、早く告れってのにな」

「色々あるんでしょ」

 麻琴が苦笑する。

「志摩乃は全然意識してないっぽいからね」

「それな」

 あれだけ分かりやすいというのに。

 まったく、俺の友人は鈍感なものだ。

 花野は再度ため息を吐いて。

「あー……! 青春いいなあ。俺も青春したい」

 思わず唸った。

 こっちはキャアキャア。あっちはもだもだ。

 どっちもいい。どっちも青春だ。

 それなのに、俺と来たら。

 花野は、忸怩たる思いでいっぱいになる。

「具体的には?」

「女の子からクッキーとかもらいたい! 調理実習で作りましたとかって!」

「あははは、具体的すぎ」

 素直な吐露に、麻琴はまた苦笑した。

「流石に彼女たちのお心をお裾分けっていうのは出来ないから」

 それから、ごそごそと自分の鞄を漁る。

「私が作ったので良ければ」

「おー!」

 そうして出て来たのは、そっけない透明ビニールに入れられた焼き菓子。

「今日はマドレーヌか」

「そ。縁には、このチョコレートマドレーヌを一個多くあげようね」

「おー、マジか、サンキュ!」

「ただいまー」

 花野の機嫌が上向いたところで、春野、入江と志摩乃も戻って来た。

「おかえり! 今日は麻琴のお菓子があるぞ」

「やったね」

「ありがとう、麻琴」

「どういたしまして」

 ちら、と三人の視線が、ひとつ多めに分けられた花野の手元に集まった。


(((鈍感だなぁ……)))


 三人全員が、同時に思った。

 いつだって、彼女のお菓子は一つ多く花野に分けられる。

 あまりに何気なくそうなるから、未だ花野は気付かない。


「今日はお菓子が大量だ」

「そうだね」

「いいよなー、お前らは」

「クッキー、美味しかったね」

「俺らのもああだったら良かったんやが」


 彼らの恋は、まだまだ気付かれない。


 END.



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