第5話 魔獣いただきます
エビルエルクを狩った後は、魔獣と遭遇もせず街道を進める事が出来た。
「大分ファノスに近付いたからな。この先魔獣は出て来ないだろう」
街に近いほど魔獣が出なくなるのは、領主が定期的に冒険者ギルドに依頼して駆除しているからだそうだ。安全に通れないと商人に敬遠されるからね。
でもエビルエルクはともかく野盗に襲われるのは珍しくないかな?
「日も大分傾いてきた。今日はこの辺りで夜営しよう」
気が付けば太陽は西の丘陵地帯に沈みかけていた。
夕食を作り始めるには丁度良いタイミングだ。
「アルフ様、お料理は出来ますか? 実は恥ずかしい話なのですか、私もセリカもお料理が出来ないのです」
「出来ないって、全く?」
「……はい。セリカは剣術の修行一筋な所がありまして。私も包丁を握ることは許されませんでした」
お嬢様だもんな。料理をやらせてもらえないのは想像がつく。
セリカは、うん、イメージ通りかも。
「じゃあ俺が作るよ。塩とか調味料はある?」
「はい。材料はこちらに揃っています。アレフ様は料理もなさるのですか?」
「まぁね。食べられる物は作れると思うよ」
「凄いな。私は料理はどうも性に合わなくてな。包丁を握るよりも、剣を握っている方が向いている」
セリカが馬車から食材の入った袋を持ってきた。
受け取って中を確認する。
中には干し肉に干した野菜や香草、豆に麦が入っている。
あ、パン発見!
でも硬いな。
スープか何かに浸して食べないと厳しい硬さだ。
塩は岩塩の塊があった。
「すぐ食べられる物は少ないね。エビルエルクの肉があるから、今日はそれを焼いて済ませよう」
荷袋からエビルエルクの胴体を取り出す。
血抜きは完璧だから食べる分だけ切り出して焼けば、塩だけでも美味しく食べられるだろう。
木の枝から削り出した串で、エビルエルクの肉を串焼きにする。
肉は背中の真ん中辺りの部分を選んだ。鹿肉なら一番焼いて食べるのに向いた部位だ。
エビルエルクもでっかい鹿だから同じだろう。
集めた木の枝に火を点ける。
遠火の強火に気を付けながら串を地面に刺していく。
少し経つと串に刺さった肉片から肉汁が滴り落ち始めた。
エビルエルク肉の焼ける香ばしい香りが辺りに漂っていく。
もうそろそろかな。
毒味がてら一串食べてみる。
「アチチ……うん、イケる」
固い肉かと思ったら全然柔らかかった。
噛むとスッと歯が入り、旨味溢れる肉汁が口一杯に広がっていく。
初めて食べたけど美味しいな。
気が付けば次の串に手を伸ばしていた。
このまま食べたいけどそういう訳にはいかない。
「はい、どうぞ。熱いから気を付けて」
「あ、ありがとうございます」
「セリカも」
「すまない」
アリサ達に串焼きを渡してから自分のおかわり分を取る。
「美味しい!」
「これは美味しいですね」
「まだまだあるから沢山食べてね。これしか無くて悪いけど」
本当は付け合わせに生野菜が欲しいところだ。
小川の辺りを探せばクレソンでも見つかったかな?
「いいえ、こんなに美味しい肉ですから文句はありませんです。それに……私、串に刺さった肉をそのまま食べるのは初めてなんです」
「初めて?」
「家でも外でもマナーに気を使っていましたので」
「大変なんだね」
工房は割と緩かったからいいけど、マナーを求められながらの食事って息が詰まりそうだ。。
「ですからこうしてマナーを気にせず串を持って食べるのが何だか嬉しいのです」
恥ずかしげに笑うアリサ。
ちなみにセリカは一心不乱に串を食べている。
昼間大怪我をしたんだし、移動中も御者として気を張ってお腹が空いたんだろうね。
結局その日の晩ご飯は3人で結構な量の串焼きを平らげてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝
俺は静かに朝食の準備をしていた。
馬車の中で眠っているアリサを起こさないようにしないと。
俺と交代で火の番をしていたセリカも寝てるしな。
晩ご飯とは別に焼いておいたエビルエルクの肉を煮込んでいく。
ある程度肉が柔らかくなったら、水に浸けておいた豆加えて更に煮込む。
味付けは干した香草で風味を付けて、後は塩だけだ。
豆が柔らかくなればエビルエルクと豆のスープの出来上がり。
それと保存の為に堅く焼かれたパンとお茶で朝ご飯は完成だ。
材料はエビルエルク以外はアリサ達のものだけど、自由に使って良いと言われている。
「しかし俺が料理出来なかったらどうするつもりなんだろうな」
俺は一応アイン姉から料理は教わってる。
まぁ普段の食事はアイン姉が作ってくれてたけど。
もし誰も料理が出来なかったとしたら怖いな。
スープが煮立ってきた頃、セリカが起き出してきた。
「あぁ、すまない。朝の用意を任せてしまったな」
「いいよ、あり合わせで作っただけだし」
「昨夜も思ったがアレフは料理が上手いんだな」
「そうかな? 俺に料理を教えてくれた人は上手いけど俺は普通だよ。普段は料理させてくれなかったし」
「そうなのか。昨日の串焼きは屋敷の料理よりも美味しかったぞ」
「それはエビルエルクの肉が美味しかったからだよ。俺はただ焼いただけ」
「それは違いますわ。単に焼くのにも料理の腕は必要ですよ。以前屋敷でセリカが肉を焼いた事がありますが、あの時はもう酷かったです」
「アリサ様、その話は忘れてください」
クスクスと笑いながらアリサが起きてきた。
皆揃ったし朝ご飯にしようかな。
スープの味を確かめる。
良く焼いたエビルエルクの肉が良い出汁を出してくれた。
その出汁を豆が吸って、さらに豆からも旨味が出ている。
煮込まれた肉はホロホロと崩れる柔らかさだ。
香草の香りがアクセントになっている。
これなら硬いパンも柔らかくなる上に美味しくなるだろう。
うん、良い感じだ。
「このスープも絶品ですね」
「上手くできたとは思うけど絶品は言い過ぎだよ」
「でも屋敷で出るスープより美味しいですよ」
「確かにアリサ様の言われる通りですね。……アレフ、屋敷へ料理人に来ないか?」
「セリカ!?」
「えぇっ!? いや、俺は冒険者になるって決めてるから」
「あぁ、わかっている。言ってみただけだ。しかしこれだけの才能は勿体無い。お前ほどの料理の腕なら間違いなく厨房を任せられるだろう。冒険者を引退する時は考えてみてくれ」
「わかったよ」
勧誘は嬉しいんだけど、冒険者デビューの前に引退後の話ってどうなんだろうな?
「しかしこれは作り過ぎじゃないか? 食べようと思えば食べ切れるが、腹が一杯で動けなくなる」
これ全部食べれるのか……結構大きい鍋一杯にスープはあるんだけど?
「いや、これは作り置きだよ。そうすれば調理の手間が省けるしね」
「セリカ、貴女……」
アリサが恥ずかしそうにしている。
「い、いや、皆で食べたらの話だ。流石に私一人では無理だぞ。それよりも作り置きだとこぼれないよう馬車の速さを落とさなければいけないな。なるべく早くファノスに着きたいんだが」
恥ずかしさが感染ったのか、早口でまくし立ててきた。
夕べから思ってたけどセリカって食いしん坊キャラだなぁ。
「それなら大丈夫。この袋に入れておけばこぼれる心配はしなくていいよ」
朝ご飯の片付けもあるので、スープは鍋ごと魔法袋に仕舞う。
これで馬車が揺れてもこぼれないし、温度も熱いままだ。
「本当に便利な物なのですね」
焚き火の始末もして俺たちはファノスヘ向けて出発した。