第3話 危機一髪
森を枝伝いに進んでいく。街道まで後少しという所で一旦立ち止まる。
流石にこの勢いで街道に出たら、人が居たら驚かせてしまうよな。
《探知》の魔術で街道の様子を探ってみる。
するとどうやら街道には人が居るみたいだ。
馬車の側に2人と、それを取り囲むように6人……って5人が倒れてる!?
取り囲んだ方から、倒れた人の魔力の残滓を感じられる。
どうやら馬車の2人が、6人に襲撃されているみたいだ。
助けないと……
でも実は襲われている方が悪人ってパターンもあるよな。
まぁいいか、とりあえず割って入ろう。
俺は街道に飛び込んでいった。
街道に出ると、そこは思った以上にひどい有様だった。
血の海に倒れているのは、鎧を着た騎士ばかりだ。
もう魔力は感じられない。俺がここに来るまでに力尽きたみたいだ。
馬車近くで囲まれているのは2人。俺と同じ位の年齢の茶髪のお嬢様と、2つ3つ年上に見える金髪ポニーテールの女騎士だった。お嬢様を背後にかばって女騎士が剣を構えている。
彼女達を囲んでいるのは、見るからに凶悪な男たち。上半身裸にスパイクだらけの革鎧を着けている。
どう見ても被害者はお嬢様達の方だよな。
「やめろ!」
「んん、なんだこの小僧は?」
「早くお逃げください!」
俺の声に、リーダーらしきハゲの大男とお嬢様が同時に声を上げた。
「小僧、物語の主人公気取りか? ガキのお遊びに付き合ってるヒマはねぇんだ。おい、殺っち……っと!」
機を窺っていた女騎士がハゲに斬り掛かった。
しかしハゲは大剣で器用に弾いた。返す刀で女騎士を鎧ごと袈裟斬りにする。
「セリカ!」
「チッ、痺れ薬が効いてるのに予想外に良い攻撃してくれるじゃねぇか。思わず斬っちまったぜ」
「頭ー、勿体無いじゃねぇすか」
「うるせぇな! テメェは穴が開いてりゃ死体でも良いって言ってたじゃねぇか」
「反応がある方が良いに決まってるじゃねぇすか! まぁ大抵の女はお頭の相手したら壊れちまって、死体と変わらなっちまうんすけどね」
「違ぇねえ、お頭は精力的だからな!」
男たちが下卑な笑い声をあげている。こいつらは悪人だな。
多分野盗だろう。
「という訳で、テメェのせいで可愛い俺の手下共のご褒美が、もう壊れちまったじゃねぇか。おい、お前ら! この小僧には女騎士サマの代わりにお相手してもらえ! 後こいつのナニを切り落とした奴は、特別に俺の次にお嬢様のお相手をさせてやるぜ」
「本当ですね、お頭!」
「俺らが楽しめるようお嬢様には加減をお願いしやす!」
「中々可愛い顔をしてるな。早く痛みと絶望に染まった表情が見たい……」
ハゲの言葉に歓声をあげる手下たち。その下品な言葉に寒気まで覚えてしまった。
アイン姉の言うとおりだ。
世の中には悪い奴らが居るんだな。
「……待て」
倒れていた女騎士が、鎧を血で染めながら立ち上がる。
「セリカ、貴女はじっとしていなさい! 貴方達全員の相手は私がします。だから、セリカには手を出さないで下さい」
「アリサ様! 私だ、私がお前達の相手をする。だからアリサ様は……」
「おうおう、麗しい主従愛ってやつか。じゃあ、仲良く二人に相手してもらおうか。おい、お前ら! 賞品変更だ! ナニを落とした奴は、女騎士サマにお相手してもらえるぞ! 急がねぇと死体になっちまうがな!」
「なっ!」
「ヒャッハー! 俺が一番だぜ!」
一番近くに居たモヒカン頭が、蛮刀を振りかざして迫ってきた。
まさか初めての実戦が魔獣じゃなくて、野盗相手になるなんて思いもしなかったよ。
まぁ人殺し相手に遠慮は要らないか。
それにしても間合いを詰めるのが遅いんだな。
ファル相手の戦闘訓練なら、とっくに攻撃されてるぞ。
モヒカンは遅い上に単調だから、簡単に見切る事が出来た。
一歩下がるだけで蛮刀をかわす事ができる。
短剣を抜いて斬りつけると、あっさりモヒカンは倒れた。
「おいおい、おっ勃ったまま走って転んだのか? お前のは走るのに邪魔な程立派じゃねぇだろ!」
「うるせー! ちょっと足が滑っただけだ!」
仲間の野次を受けて、モヒカンが立ち上がる。
何故か無傷だ。
あっ、短剣に魔力を流すのを忘れてた!
……これ位で良いかな?
「そのタマ貰ったぜ!」
モヒカンが俺の股間目掛けて蛮刀を突き立ててくる。
それを弾くように魔力を帯びた短剣を払う。
初めて人を斬った手応えは全く無かった。
だがモヒカンは真っ二つになっていた。
さらには3メートル向こうで眺めていた野盗2人も、胸から血を噴き出して倒れていった。
えーと、魔力で形成された刃がそこまで届いた?
「な、何だ!? こいつまさか魔法使いか? 小声で詠唱しやがったのか?」
「魔法使いなら接近戦に弱い。左右から同時に斬りつけるぞ」
野盗2人が左右に別れると、間合いを図るようにジリジリと近付いてくる。
「魔法使いじゃなくて魔術師だよ。破門されたけどね」
さっきは思った以上に威力が出てしまった。
今度はもう少し魔力を抑えよう。
野盗の片割れが、右に回り込んできた。
《肉体強化》で強化された俺とではウサギとカメ程スピードに差がある。逆に後ろに回り込んでやった。
短剣を一閃。
野盗の首が宙に飛んだ。
続いて、左に回り込んできた野盗に斬り掛かる。
そいつは前の奴より剣の腕があるようだ。
反射的に剣で受け止めようとしてきた。
だが振り下ろされた斬撃は簡単に野盗を剣ごと斬り裂いた。
残りはハゲ一人だ。
「うーん、まだ斬れ過ぎるかな?」
「てめぇ、剣は使えるようだな。だが殺し合いはまるで初心者のようだな!」
「初心者なんだよ」
「気を付けろ! そいつは毒を使うぞ!」
女騎士が注意を促してくる。しかし、既にハゲは小袋を取り出していた。
「もう遅えよ。とっておきのバジリスクの毒で死にやがれ!」
ハゲが毒粉を撒き散らした。
バジリスクは猛毒を持つ魔獣だ。
その毒は即効性の神経毒で、すぐに解毒しないと苦しみながら死ぬと昔読んだ図鑑に書いてあったな。
「風よ! 我が呼び声に応え、疾風となって敵を討ち給え!」
ん? ハゲが叫ぶと風の魔術が発動した?
なんで叫ぶんだろう?
必要無いのに。
毒を含んだ強風が吹き荒れる。バジリスクの毒なら触れるだけでも死に至るだろう。
「これで貴様は終わりだ! 苦しみ抜いて死ね!」
毒風が到達する前に、俺は魔術を発動していた。
《水操作》と《風操作》の複合魔術だ。
毒風に風をぶつける。
2つの風の流れが停滞する。相殺したところで、空気中の水分を変化させた水滴が、毒をその中に溶け込ませていく。
「ハーハッハッハッ……ガハッ! ゲホッ! グハァッ!」
そしてその毒水を極小の氷の針に変化させた。
風を操り全てハゲに撃ち込んでやったんだ。
もし万一に備えて解毒剤を飲んでいたとしても、直接血液に、しかも大量に打ち込まれると無意味だろうな。
「毒は全部お前に返したよ。今まで何人にも使ってきたんだろう? 最期は自分でも使ってみなよ」
「た、助けて……」
「心配しなくても手下達が地獄で待ってるさ」
激痛と死の恐怖で涙を流すハゲ。
悪人の最期に相応しく、そのまま死んでもらおう。
しかしレベル1でも楽勝だったな。魔術の効果もあるけど、戦闘訓練をしてきたおかげかな?
苦しむハゲは無視して、お嬢様たちの方へ向かう。
「セリカ! ねぇ、しっかりして!」
お嬢様が涙ながらに女騎士へ声を掛けていた。
体力が尽きたのか、相当に具合が悪いようだ。