第2話 一晩明けて
目を開くと、そこは鬱蒼とした森の中だった。
「はぁ、お師様には困ったもんだ。せめて昼間に追い出してくれれば良かったのに」
そうすれば、アイン姉にお別れぐらい出来たんだけど。
まぁ、お師様の無茶振りは今に始まった事じゃないか。
気を取り直して周囲の様子を探る。
木々の合間から満月が顔を出している。月光と木の影で夜の森が縞模様になっている。
「工房の近くの森とは生えてる木が違うな」
工房周辺は細くて曲がった木が多いけど、ここは太くて真っ直ぐとした木が多い。
とりあえず一眠りして、明るくなったら動きだそう。
眠る場所を作りに魔改造をする。
近くの木に手を触れ《成長》の魔術をかける。すると根本がみるみる膨れ上がっていき、ドーム状の大穴が現れた。
《成長》は対象に魔力を流して成長を促すという、俺の魔改造と相性が良い魔術だ。
「寝床はこれでいいか」
穴に潜り込んで横になる。触った感触はゴツゴツと硬いが、意外と寝心地は良かった。
一晩過ごすには問題なさそうだ。
「早く冒険者になって宿を借りないとな」
遠くから狼の遠吠えが聞こえてきた。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝起きると、雲一つない快晴だった。
魔術で水の玉を作り、顔を洗ってから気が付いた。
顔を拭くものが無い。
というか餞別の装備以外は着の身着のままだ。当然朝ご飯なんてある訳が無い。
何かないかとあちこち探ると、ポケットから銅貨が5枚出てきた。
「これが俺の全財産か。大事に使おう……早く使える場所に行かないと」
とりあえず水を飲んで、空腹を誤魔化して歩き出す。高いところから見渡せば、周辺の地理が判るだろう。
山を登ること小一時間程。
見晴らしの良い場所を見つけた。
尾根の開けた場所で、辺り一面を一望する事が出来る。
今いる山から平野にかけて、深い森が広がっている。
森の向こうには西が草原、東には荒涼とした岩山と荒野になっていた。
草原から岩山と森の間に土色の線が見える。どうやら街道のようだ。
一方、背後には谷を挟んで山々がそびえ立っていた。人を拒むような険しい山脈だ。
「山越えは大変そうだし、森を抜けて草原へ街道を進むのが一番良いかな」
寝床と飲み水は魔術で何とかなるし、食べ物は鳥でも捕まえればいいか。
空に鳥の姿を探すと、丁度こちらに向かって飛んでくる鳥がいた。何か獲物をぶら下げた猛禽類だ。色は赤色…ってファル?
「あー、居た! 何黙って出て行ってるのよ!!」
「痛てっ!」
ファルは急降下から直前で急上昇し、ぶら下げた物で叩いてきた。
獲物に見えたのは小さな革袋だった。
「マスターが心配していたわよ。私も心配して夜通し探し回ったし」
「心配かけて悪かったな。いきなりお師様に放り出されたんだよ」
「はぁ? 私がなんでツヴァイを心配しなきゃいけないのよ。勘違いしないで、私が心配したのはマスターだけなんだからね」
ツーンと顔を背けるファル。
本当に可愛くないな。
「まぁいいわ。グランドマスターに話を聞いてマスターも落ち着いたしね。私はマスターに頼まれて荷物を持ってきただけなんだから」
そう言うと革袋を投げつけてきた。
受け止めて中を開けると、着替えと小さな袋とお弁当とポーションが10本が入っていた。
袋に入るはずのない量が入ってた……袋の中の空間を広げてあるみたいだ。
アイン姉が作った魔法袋だな。
「よく聞きなさい。マスターからの伝言を伝えるわ。『アレフ、一生懸命頑張ってきてね。困った人に会ったら出来る限り助けてあげるのよ。悪い人はどこにでも居るから気を付けなさい。凄く悪い人はやっつけてやるといいわ。仲の良い女の子が出来』 ……いえ、何でもない、続けるわ。『歯はちゃんと磨きなさい。下着は毎日着替えてね。おこづかいは1日銅貨3枚です。無駄遣いは駄目よ』 以上よ」
袋の中の小袋を開けてみると銅貨が3枚入ってた。
「やっぱり。まるっきり子供扱いだな。まぁアイン姉らしいといえばらしいか」
アイン姉は姉代わり親代わりとして、俺を育ててくれた人だからな。
未だに小さな子供のように扱われるのはどうかと思うけど。
ちなみにお師様は親代わりでも放置主義な親だった。
「じゃあ用も終わったから私は工房に戻るわ。ツヴァイがどうしてもって言うなら、ちょくちょく様子を見に来てあげるから感謝なさい」
そう言うと、ファルは大きく羽ばたいて飛び去っていった。
「いや、頼まないから……しまった、どうせなら町の方向を聞けばよかったか」
折角のチャンスを逃して悔しがりながら、俺は小さくなっていくファルを見送った。
腹の虫が空腹を訴えてきたので、景色を眺めながらお弁当を食べることにする。
お弁当はアイン姉特製のサンドイッチだった。
俺の大好物だ。
石窯で焼いたパンに、庭の菜園で採れた野菜やハーブ、近くの森で獲ってきた猪肉の塩漬けを挟んである。
味付けは、猪肉の塩気と脂だけというシンプルなものだけど、採れたての野菜の爽やかさを引き立てていてとても美味しい。
空腹だけあって、あっという間に食べ尽くしてしまった。
もうアイン姉のご飯は食べられないのか……
お師様に土下座して工房に帰ろうかと一瞬考えてしまった。
頭を振ってバカな考えを振り払う。
「さて、まずは街道を目指すかな」
《肉体強化》の魔術を使う。筋力と瞬発力だけじゃなく持久力も上げる魔術だ。
その分魔力を消費するから、長時間使い過ぎるたり強化し過ぎると倒れそうになるけどね。
道の無い地面を行くより、枝を飛び渡っていく方が楽だな。
俺は斜面を駆け降りると、そのまま森の中に飛び込んでいった――