第16話 クレーム入りました
「うわー! モニカ姉ちゃん、凄いよ凄いよ!」
「ダレン、走り回っちゃダメよ」
「あら、蛇口をひねると水が出てくるのね。便利だわ」
「井戸で水汲みしなくていいの!?」
「……お風呂も立派。入りたい」
お昼ご飯を食べた後、ブレンナー家の魔法樹見学ツアー(父親不参加)をしてるけど皆興味津々だなぁ。
ダレン達はあちこち家中探検して、モニカさんに追いかけられている。
クラリスさん達は家事をしているせいか、キッチンやお風呂が気に掛かっているようだ。
「ねぇ兄ちゃん。窓は無いの?」
「ガラスが無いからね。そのうち作るつもりだけど」
「せっかくだから上の所に窓を作ろうよ。きっと遠くまで見えるよ」
高い所だと見張り台にもなるな。
そのアイデアもらっておこう。
「それは良いね。バルコニーも面白そうだ」
「じゃあその時は登らせてよね」
「良いよ」
「やったぁ!」
ダレンが飛び上がって喜びを表現する。
「あーっ! ディーンばっかずるい! 俺にも見せてよ」
……ダレンじゃなくてディーンだった。
瓜二つだから見分けが付かないな。
「すいません。あの子達がワガママばかり言って」
「好奇心が強くて良いと思うよ。モニカさんはもう見学は終わり?」
「弟たちと一緒に見ましたよ。それに私はアレフさんが作っているところを後ろから見ていましたし」
モニカさんと喋っていると、ドアが叩かれた。
お客さん?
誰だろう?
「はぁ……やっぱりアレフか」
ドアを開けると、顔に疲労の色を浮かべたセリカが立っていた。
「セリカじゃないか。どうかした?」
「どうかしたのはアレフの方だ。何だ、この大きな木は……まぁいい。ローレンス様がお呼びだ。農家の人も一緒に来てもらえないだろうか」
魔法樹の前には大きな馬車が2台止まっていた。
全員に来てもらう為だろう。
「あら、どうかしたの?」
「クラリスさん。実は領主様が俺達に来てほしいそうなんです」
「あらあら、じゃあおめかししなくちゃね」
いそいそと家に戻ろうとするクラリスさんをセリカが制止する。
「いえ、そのままで結構です」
「あらそう? 主人はどうしましょう? 畑に行ってるのだけど」
「では途中で御主人にも合流して頂きましょう。こちらの馬車2台に分乗して下さい」
前の馬車には俺とセリカとクラリスさんとモニカさんが乗り込む。
クラリスさんは平然としているが、モニカさんは少し緊張している。
ラルクさんは合流後にこっちに乗ってもらう予定だけど、緊張するだろうな。
後ろの馬車には残りの子供達が乗り込んだ。
ダレンとディーンは馬車に乗れて大喜びだ。セシリアちゃんは不安げな表情をしているが、カレンちゃんはどこか期待した顔をしている。
同じ双子でも真逆の反応なのが面白いな。
全員が乗り込んだ所で馬車が出発した。
しかし俺だけじゃなくてモニカさん達も呼ぶって、いったい何だろうな。
◇ ◇ ◇ ◇
畑でラルクさんと合流した俺達は、そのままファノスのローレンスさんの屋敷にやってきた。
案内されたのは応接室といった感じの部屋だ。
そこでローレンスさんを待ってるのだけど、ラルクさんが可哀想な位ビクビクしている。
「農作業からそのまま来たけど大丈夫かな……」
「領主様がそのままで構わないと言われたそうだから平気よ」
クラリスさんに話し掛けてはあっさり返されるラルクさん。
モニカさんとセシリアちゃんはダレン達を必死に抑えている。
屋敷に入るなり駆け出そうとしていたからね。
カレンちゃんはそんな家族には目も向けず、興味深げに飾られている彫刻や絵画を眺めている。
「待たせてしまったようだね。この地を治めるローレンス・ファノスだ」
会議室に入ってきたローレンスさんが挨拶をすると、ラルクさん達は跪いた……ダレン達は姉達に無理矢理させられたけど。
「あぁ、そんな事は無用だよ。椅子に座ってくれ」
「しかし、私は畑仕事をしていたので、椅子が土で汚れてしまうのでは無いでしょうか?」
「急に呼び出したのはこちらなんだ。気にしないで座ってくれ」
恐る恐るといった様子で腰掛けるラルクさん。
他の皆は普通に腰掛けてるのにな……と思ったらセシリアちゃんも若干緊張気味だ。
ローレンスさんが軽く手を挙げると、メイドさんが飲み物とお茶菓子にクッキーを並べる。
飲み物は俺とモニカさんを含めた大人にはお茶、子供達にはジュースだ。
「お茶でも飲みながら話そうじゃないか。口に合えば良いんだが飲んでくれ」
「は、はい」
ラルクさんがカチコチと音を立てているような動きでお茶を口に運ぶ。
領主様に呼び出されて何事かと思ったら始まったのはお茶会だ。
あんなに緊張したらお茶の味は分からないだろうな。
「甘くて美味しいです」
「あら美味しいわね」
「姉さんもお母さんももう少し遠慮してよ。でも本当に美味しいわ」
「……美味しい」
女性陣はクッキーにご満悦のようだね。
ダレン達も無言でジュースとクッキーを口に詰め込んでいる。
「おい、もう少し遠慮しないと」
「構わないよ。私とギムガス商会の政争に貴方達家族を巻き込んでしまったからね。この場はそのお詫びも兼ねているんだ。遠慮せずに食べてくれ」
食べ物に夢中な家族を止めようとしたラルクさんだけど、ローレンスさんは気にも留めない。
「さて、アレフ君。あの巨木について説明をしてくれないか?」
お茶を飲んでひと息ついた時を見計らってローレンスさんが本題に入った。
ローレンスさんの眼光がちょっと鋭い。
これは正直に話した方が良いな。
「土砂崩れで倒れた死の森の木がまだ生きていたので、まとめて1つの魔法樹にしました。丸太小屋代わりに住もうと思って」
それを聞いてローレンスさんは頭を抱えてしまった。
「街の外を見張っていた兵士から、突然大木が現れたって報告が上がって混乱してるんだよ。街道にいた旅人からもね。アレフ君が言っていた農家のある方角だったからこれは君が関わっているなと思って、セリカを迎えに出したんだ」
「……すいません」
平野だから遠くからでも丸見えな事を忘れていた。
「とりあえず調査するから近付かないようにとお触れを出したおいた。幸い野営演習の為に兵士を集めていたからね。すぐに向かわせる事が出来たよ」
「元の木に戻しましょうか?」
流石にここまで大事になっちゃうとね。
最初に考えた通り丸太小屋にしようかな。
「いやそれは悪手なんだ」
「どうしてです?」
「人々の間でもう噂が流れてるんだよ。「ミーシア様の奇跡が起きた」ってね。ここで大木が無くなってごらん。ギムガス商会は「領主のせいで奇跡は消え去ってしまった。ミーシア様を失望させたんだ」といった感じで噂を流すだろうね。立場が逆なら私もそうするし」
利用出来る物は何でも利用するのか。
本当に怖い世界だ。
「だからその魔法樹はそのままにしてほしい。でも奇跡を演出する為に、根本から泉が湧いているように出来るかな。聖なる泉はミーシア様の象徴なんだ」
「それぐらいは出来るけど、中に俺が住んでても良いのかな。ドアも付いてるし」
「バレなきゃ住んでも良いけどドアはね。そのうち巡礼者が訪れるようになるだろうから、あんまり俗世的な物が目に入っては困るな」
魔法樹を崇める人達を横目に幹のドアから出てくる俺。
うん、神聖なイメージぶち壊しだ。
モニカさん家に地下室を作って、そこから魔法樹に入れるようにしようか。
「分かりました。戻ったらすぐに改装します」
「私も一緒に行こう。実際にどんな物なのかこの目で見ておきたいからね」
こうしてお詫びのお茶会兼事情聴取はあっさり終わった。
皆は立派なお屋敷で美味しいお菓子を食べて大満足したようだ。
……ラルクさんだけは心体ともに疲れ切ってたけどね。