第15話 新居完成
「おかえりなさい、アレフさん」
郊外に戻ってきた俺を、モニカさんが出迎えてくれた。玄関前で待っていてくれたらしい。
ラルクさんは農作業に出たのか姿は見えない。
「用事は終わりましたか?」
「あぁ、掃除をしただけだから終わったよ」
「お掃除なら私もお手伝いしましたのに」
「ちょっと厄介な掃除だったからね。危ないから1人でやったんだよ」
なるべくモニカさん達を巻き込みたくないからなぁ……もう十分巻き込んでしまっているけど、直接的な危険は可能な限り避けないと。
「さて、小屋を建ててしまおうか」
裏庭とはいえ死の森の木を山積みにしておくわけにはいけないからね。
手早く処理してしまわないと。
どういう感じに木を使うかな。
木の状態を確かめる為に触れると、なんと木はまだ生きていた。
去年の土砂崩れから今日まで、根が剥き出しの状態で生きているとか凄い生命力だな。
うーん、単純に丸太小屋にするのは勿体無いな。
「ねぇモニカさん。丸太小屋とは形が違うけど良いかな? ちょっと家が日陰になるかもしれないんだけど」
「え~と、お母さんに聞いてきますね」
あ、お父さんじゃ無いんだ。
家の事はお母さんが決めているんだろうか?
そんな事を考えていたら待っていたら、モニカさんが小走りで戻ってきた。
「アレフさん、大丈夫だそうですよ」
「ありがとう。じゃあ早速やってしまおう」
山積みになった死の森の木に魔力を送り込み、木が持っている魔力と融合させる。
木々に魔力が充分行き渡ったところで魔改造だ。《成長》と《回復》の魔術を発動させる。
融けるように木々が絡み合うと光に包まれていった。
光が散らばるとそこには、1本の大きな樹が立っていた。
魔法樹とでも名付けよう。
「……えっ、ええぇっ!?」
モニカさんが驚くのも仕方ないな。
モニカさんの家も大きいけど、魔法樹の幹周りは更に大きい。高さも4階建ての建物程はあるしね。
巨大樹と言っても間違いない大きさだ。
「え~と、この木に住むんですか? どうやって?」
「これは魔法樹だよ。たくさんあった木を1つの木に合体させたんだ。住むのは内部で、これから仕上げるんだ」
魔法樹の幹に手を当ててドアをイメージする。
するとまるで彫り上げるようにドアが浮かび上がった。
ドアを開けて幹に玄関になる空間を作る。そこからリビング、キッチン、寝室に風呂場と進みながら生活するスペースを広げていく。
テーブルやベッドを作ったところでひとまず完成だ。
緑に囲まれた心安らぐ自然な家……まぁ木そのものだしね。
「こんなところかな」
「凄いですね……木の中に部屋がポコポコ出来てくるだなんて。天井も光ってますし」
作業をしてる間後ろに付いてきていたモニカさんが感嘆の声を上げる。
「葉っぱから日光を取り込んで室内にまで届くようにしてあるんだ。光を貯める事も出来るから夜もランプは必要無いんだよ」
「ふわぁ〜、本当に凄いですね。キッチンに蛇口があるのはファノスにあるっていう水道ですか?」
「水道じゃないよ。地下水を根から吸い上げて出てくるんだ。綺麗な水だからそのまま飲めるよ」
「ファノスの豪邸でもこんな凄い設備は聞いた事がありませんよ」
「設備というかこの樹の力だね。中の温度も一定に保ってくれるし、トイレとかの下水も養分として吸収してくれるようにしたんだ」
これなら快適に暮らせるだろう。
住むところを確保したところで、腹が大きな音を立てて空腹を訴えてきた。
「ふふふ、そろそろお昼ですね。お母さんがアレフさんの分もお昼ご飯を作ってますよ」
「そうなんだ。ん〜、折角だしご馳走になろうかな」
家の隣に大きな魔法樹を建てた事を謝らなきゃいけないしね。
◇ ◇ ◇ ◇
「待ってたわよ、アレフちゃん」
ご飯を食べに行くとモニカさんのお母さんが満面の笑みで出迎えてくれた。
やっぱりモニカさんのお母さんは若いなぁ。モニカさんのお母さんというよりお姉さんといった感じだ。
「すいません、ご馳走になります。え~と……」
そういえばお母さんの名前を聞いてなかったぞ。
「クラリスよ。アレフちゃんが畑を直してくれて借金も立て替えてくれたのよね。ありがとう!」
「わっ」
クラリスさんに抱きしめられてしまった。
ちゃん付けで呼ばれるし、子供扱いされてるな。
モニカちゃんより大きな胸が押し潰されて動くに動けない。
助けを求めてモニカさんの方を向くと、クラリスさんを引き離そうとしてくれた。
「お母さん!」
「アレフちゃんが優しい良い子だからよしよししてあげようもしたのに。アレフちゃん、本当にありがとうね」
モニカさんに引き剥がされながらクラリスさんがお礼を言ってくる。
「いえ、俺の方こそ危ない事に巻き込んじゃって、更には隣に大きな木も植えちゃってすいません」
「ラルクも言ってたでしょ? 気にしないでいいって。それより本当に大きな木よね〜。ダレン達が気になって見に行ってるわ。そろそろ戻ると思うんだけど」
ちょうどその時、玄関の方が騒がしくなった。
「ただいまー! 凄かったよ!」
「ただいまー! 大きかったー!」
「ただいま。あー、疲れた。この子たちがあちこち見たがって何周もさせるのよ」
元気な双子のダレンとディーンが駆け込んできた。
後には二人の見張りをしていたらしく、疲れた表情のセシリアちゃんが続く。
「「母さん、お昼ー!」」
「はいはい、ちょっと待ってね。今カレンを呼ぶから」
「……いい。もう来ている」
全く気が付かなかったけど、いつの間にか女の子が1人テーブルの端に座っていた。
彼女がカレンという子みたいだ。
セシリアちゃんと同じ顔だけど、この子たちも双子なのか。
セミショートヘアのセシリアちゃんとは違い、髪を長く伸ばしているから弟達とは違って見分けは付くな。
「……初めまして。モニカ姉さんの妹のカレンです。よろしく」
「俺は」
「知ってる。アレフさん。隣の木の家の持ち主でしょ。今度でいいから中見せて」
「あぁ、良いよ」
「やったー、ありがとう」
ちょっと言葉少なで抑揚の無い話し方をする子だな。
「あーっ、カレン姉ちゃんずりー!」
「俺もあの木の中に入りたいー!」
「あんたたち! アレフさんの迷惑になるでしょ! ……でも良かったら私も中見てみたいです」
騒ぐ弟達を注意しながらも、頬を染めてセシリアちゃんがお願いしてきた。
「じゃあお昼ご飯食べたら皆で中を見に行こうか。でも作ったばかりだから何も無いよ?」
「この子たちは何があるかじゃなくて、中がどんな風になってるのか気になってるのよ。勿論私もね」
テーブルに料理を並べながらクラリスさんがウインクをする。
お昼は蒸した芋に野菜スープ、サラダに目玉焼きだった。
「ごめんなさいね。食事に招いているのにこんな物しか用意出来ないのよ」
恥ずかしげにクラリスさんが謝ってきたが、出来立ての料理は美味しそうだった。
「この目玉焼きの卵は俺が世話してる鶏が産んだんだぜ!」
「ダレンだけじゃなくて俺も俺も!」
「鶏小屋の掃除は逃げるくせによく言うわね」
「……サラダの野菜は私と母さんで育てた」
それぞれが自分の仕事を自慢し合っていている。
本当に仲の良い家族だな。
ちなみにラルクさんは弁当を持って畑に行っているそうだ。
男手1つでやるのも大変だろうし、今度畑作業も手伝って来ようかな。
一家団欒にお父さんが加われないのは可哀想だしね。
俺は忙しすぎる大黒柱に同情してしまうのだった。