第13話 初就職
翌朝、俺はモニカさんの家を訪れていた。
「アレフさん、おはようございます。宿は見付かったのですか?」
玄関に現れた彼女はパジャマ姿だった。
ちょっと朝早過ぎたかな。
パジャマ姿の事は気にしてないみたいだ。
「いや、お世話になった人にまた泊めてもらったよ」
結局夕べは色々と準備している内に夜が更けてきたので、ローレンスさんの屋敷に泊めてもらったんだ。
「それより、今日もモニカさんはファノスに芋を売りに行くの?」
「はい、畑はアレフさんが直してくれましたが、お金を返す為に少しでも売らないといけませんし」
「その事でちょっと話があるんだけど、ラルクさんは家に居るかな?」
「お父さんならまだ家に居ますよ。どうぞ上がってください」
昨日と同じリビングに案内されると、ラルクさんがお茶を飲んでいた。
「おはよう、アレフくん。今朝は随分と早いね」
「おはようございます。朝から急な話ですが、ギムガス商会に借りたお金はだいたい金貨500枚ですか?」
「あ、あぁ。今はその位になっているはずだよ。しかしそれがどうかしたのかい?」
魔法袋から、金貨の束を10個取り出す。1束は金貨50枚だ。
ローレンスさんからアリサさんを助けた謝礼に、毒蜥蜴を討伐した報奨金を合わせて貰ってきたお金だ。
「ここに金貨が500枚あります。これでギムガス商会の借金を返しましょう」
「いや、こんな大金を貰うわけには」
「あげるんじゃありませんよ。ラルクさんに貸すんです。利子は裏庭の土地を借りる分と相殺します。返済は余裕が出来てからで構いません」
ローレンスさんの考えた作戦。
それは俺がモグリの金貸しになる事だった。
借金の借り換えをすれば、ラルクさんはギムガス商会に返済を迫られる事は無くなる。麦の出荷を拒否される可能性はあるけど、その辺はローレンスさんにカバーしてもらう。
そして狙いはラルクさんを助けるだけじゃない。
同業者しかも未登録が絡んでいると知ったら、ギムガス商会が動き出すに違いないとローレンスさんは言っていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「俺がモグリの金貸しになるんですか」
「いいかい。奴等は面子が大事なんだ。ナメてきた相手を許す訳にはいかない。後に続く者が現れるかもしれないしね」
ローレンスさんがギムガス商会の行動を説明してくれた。
「だから奴等の縄張りで、モグリの金貸しに狙っていた獲物を横取りされたというのは大事だ。看板に思いっ切り泥を塗られたようなものだからね。意地でも報復に出るはずだよ」
「それを返り討ちにし続けると」
「そうなっても奴等は引けないからね。最初は子飼いのチンピラ辺りが来て。段々強い奴等が出てくる。それを壊滅させるだけでも商会には大ダメージだ。上手くすれば商会解体にまで持っていける。奴等の武器は資金力と暴力なんだから」
まぁ政治家も似たようなものだけどねと苦笑いされた。
「危険な頼み事だけど引き受けてくれるかい?」
「俺は良いですけど、モニカさん達に危険はありませんか?」
「モニカさん達とは農家の人達だね。その人達に危険は無いとは言い切れない。だから君にはなるべく農家の人達の近くに居て守ってあげてほしいんだ」
「それは問題無いです。モニカさん家の裏庭に丸太小屋を建てて寝泊まりするつもりでしたし。でも作戦を説明して了解を得られないといけませんね」
「あぁ、それは当然だよ。一応農家の近くで騎士団に野営演習をするよう手配しよう。何かあれば駆け付けれるし、奴等も騎士団の目の前では手を出せないはずさ」
◇ ◇ ◇ ◇
「という訳で、全く危険は無いとは言えませんが……どうしますか?」
「いや、こちらからお願いするよ」
ラルクさんに頭を下げられた。
家族に意見を聞いたりしなくていいのか?
「良いんですか?」
「このままだと、追い詰められていく一方だからね。娘に身売りを迫られている時点でとっくに危険だよ。それにあれだけの魔術を使える君が近くに居てくれるんだろう? なら考えるまでも無いさ」
どこか晴れ晴れとした表情のラルクさん。
モニカさんも笑顔を浮かべている。
先の見えない暗い現状を切り開く、明るい兆しに感じているのだろう。
この希望を実現させないといけないな。
その為の第一歩を今日踏み出すんだ。
「では準備をしたらギムガス商会にお金を返しに行きましょう」
◇ ◇ ◇ ◇
ファノスの大通りにあるギムガス商会本店に俺達はやってきていた。
冒険者ギルドの建物も大きかったけどこっちの方が更に大きいな。
「裏通りの店でも良かったのでは?」
「ちょっと怖いですね」
モニカさんはラルクさんの背中に隠れるようにしている。
「額が額だから本店の方が良いんですよ。あと喧嘩を売りに行きますからには、敵の本丸に攻め込まないと」
先陣を切るように扉を開ける。
大通りにあるだけあって中は明るく清潔に保たれていた。
「借金の返済に来た。借用書はこれだ。今幾らになるんだ?」
近くのカウンターに居たお姉さんに話し掛ける。
ローレンスさんには、商会にはなるべく横柄な態度で行くように言われている。
「ラルク・ブレンナー様ですね。利子も入って金貨498枚になっています」
「じゃあコレでチャラだな。500枚あるから確認してくれ。当然お釣りの2枚は返してくれよな」
カウンターの上に金貨の束を無造作に放り投げる。
カウンターのお姉さんはビックリしながらも、金貨を一枚一枚確認し始めた。
「確かに、金貨498枚返していただきました」
お姉さんから金貨2枚と完済の証明書を受け取る。
それをポケットに押し込むと、店内を見回しながら大声を上げる。
「これでもう、こちらの娘さんを、売春宿で、無理に、働かせようとは、しないよな?」
他の客に聞き取りやすいように、区切りながら声を張り上げる。
すると他の客が驚いた表情でこちらに視線を向けてくた。
大通りの本店には裕福な人達が客として来ている。
彼等はギムガス商会の裏の顔は知らないらしく、眉をひそめてこちらの様子を窺っていた。
「お客様。何か勘違いされていませんか? 当ギムガス商会では、そのような事は一切しておりません」
お姉さんは落ち着いた声で否定してくる。
俺の勘違いという事にしてしまうつもりみたいだ。
「勘違いだったのか。いやラルクさんの娘さんに、売春宿で働くよう強要する奴がいてね。その男が何度もギムガス商会の名前を出しているんだ。借金返済の為にやってる屋台も嫌がらせを受けていると聞いてね。これは放っておけなくて、俺が立て替える事にしたんだ」
「そうですか。貴方はラルクさんの親戚か友人ですか?」
お姉さんが探るような目で俺を見つめてくる。
「友人さ。出会ったばかりのね」
「出会ったばかりなのにこんな大金を出すのですか。変わってますね」
「なぁに、こっちも商売だからね」
ラルクさん達を促してギムガス商会から出る。
扉を閉める間際、店の奥から刺すような視線が飛んでくるのだった。