第10話 芋売りの少女
冒険者ギルドを出た俺は、気を取り直して宿を探していた。
昨夜ローレンスさんから貰った袋には金貨が50枚も入っていたからね。無駄遣いしなければ、しばらくは生活に困らないだろう。
大通りから一歩奥に入った裏通りには、食料品店や食堂に酒場、宿屋が並んでいる。高級店の多い大通りとは違って庶民的な店が多いな。
無駄遣いは出来ないので、このエリアで安い宿を探してるんだけど……
「ダメだったか」
また断られてしまった。
これで3軒目だ。
理由は冒険者や商人のギルドに入っていないから。
今の店で、ギルドに入っていない場合はどうすれば泊まれるのか聞いてみたんだ。
すると信用のある人の紹介状を持っていれば泊まれると言われた。
トラブル防止の為に身元のはっきりしない人は泊めたくないみたいだ。
仕方ない、ローレンスさんに紹介状を書いてもらうしかないね。
気が付けば太陽が真上に来ていた。お昼だ。まだお腹はそんなに空いてないから、何か軽く食べて済まそう。
裏通りにも何台か屋台が出ていた。飲み物やお菓子の屋台が多いね。
軽食の屋台を探すと、他の屋台とは離れた所に芋を並べた屋台があった。
芋は工房の畑でアイン姉が育てていたな。ホクホクと美味しくて俺の好物の1つだ。
「いらっしゃいませ〜。茹で芋はいかがですか〜?」
売り子の女の子が声を掛けてきた。茶色の髪を肩に届く位で切り揃えている。どこかのんびりとした感じを受ける子だ。
年は俺より上かな。身長は結構高い。目を引くのは胸だ。大きな膨らみがエプロンを下から持ち上げている。
「1個貰おうかな。いくら?」
「あ、はい。銅貨1枚になります」
銅貨を取り出し、渡そうとした所で横合いから声を掛けられた。
「おぅ兄ちゃん、ここらじゃ見掛けねぇ顔だな。旅の者か?」
恐そうな顔のおじさんだった。後ろに若い男を連れている。
「昨日この街に来たんですけど……それが何か?」
「なに、ちょいとお節介さ」
「お節介?」
問い返すとおじさんはニタニタと嫌らしい笑顔を浮かべた。
女の子は顔を曇らせている。
「折角この街へ来たんだ。旨い物は山程あるのに、こんなマズい物を食ってちゃ可哀想だからよ」
マズい物……?
知らなかった。好きなものを貶されるのってこんなに腹が立つんだな。
「もっと良い店紹介しようか? 飯も女も良いモノを揃えてるぜ」
客引き、いや嫌がらせか。屋台の女の子は俯いている。耐えているみたいだ。
正直ムカっとはしたけど断ろう。
「いや、芋好きなんで大丈夫ですよ。ご親切にありがとうございます」
「こんなマズい物が好きだなんであんた正気か?」
「あぁっ!」
屋台の芋が地面に転がる。おじさん、いやおっさんに払い落とされたんだ。
女の子が慌てて拾い上げる。
落ちたのが石畳の上とはいえ、もう売り物にはならないよな。
「可哀想に……あんた、よっぽどマズい物を食べて育ったんだな」
――――プツッ!
アイン姉が作ってくれた料理がマズい?
頭が沸騰したみたいに熱くなる。
だけどそれは構わない。
食べた事が無い奴にアイン姉の料理の美味しさは判らないし、こんな奴にアイン姉の料理を食べさせるのは勿体ない。
しかし食べ物を粗末にした事は許せない。
「女の子と芋に謝ってください」
「はぁ?」
「聞こえなかったんですか? 謝れと言ったんです」
「人が親切に教えてやれば……おい! ちょっと痛い目に遭わせてやれ!」
指をパキパキ鳴らしながら若い男が迫ってくる。暴力を振るう事に躊躇わない雰囲気だ。
「おらっ!」
顔面を狙って殴り付けてきた。スピードはあるけど大振りだな。
避けながら手首を取って極める。
「てめぇ、離しやがれ、このクソが!」
「暴れると折りますよ?」
「痛ぇ!」
力を籠めると、男の動きが止まった。男をおっさんに向けて蹴り飛ばす。
「ふざけやがって……」
「おい、待て!」
起き上がった男が懐からナイフを取り出した。おっさんが制止の声を上げる。
こちらに飛び掛かってくる寸前、喉元に短剣を突きつけてやった。
「まだやりますか?」
「ぐっ」
「おい、行くぞ」
分が悪いと思ったのか、おっさんは若い男の袖を引いた。
「こんな物をいくら売った所で借金を返せるとでも思ってるのか? 前から言ってるように、お前さんがウチの店で働くのなら悪いようにはしないぜ」
女の子に言い捨てるとおっさん達は去っていった。
女の子は目尻に浮かんだ涙を拭っている。
「大丈夫? 何か理由があるみたいだけど」
「ありがとうございます。さっきの人達はギムガス商会の人です」
「ギムガス商会?」
当然だけど聞いたことのない名前だ。
さっきみたいなガラの良くない奴もいるって事は、マトモじゃなさそうだな。
「昨日この街にいらした人なら知らないですね。ギムガス商会はこの街で一番の商会です」
「その一番の商会が、何でこんな小さな屋台に嫌がらせをするの?」
女の子は屋台をしている事情を教えてくれた。
「実は……私の家は郊外の麦農家なんですが、去年の嵐で畑が壊滅してしまったんです。それで麦を出荷している縁からギムガス商会からお金を借りたんです」
「利子が高かったりしたの?」
「いえ、利子は領主様の決めた範囲内でした。初めの一年間は無利子にしてくれましたし。でも……」
少女の顔が暗くなっていく。
「何度業者に畑の修繕を頼みに行っても、仕事が一杯だと断られるのです。荒れた畑でも芋は穫れるので、こうやって屋台で売っています。でもこの街では芋は飢饉の時に食べる物という考え方が強く、あまり売れなくて……」
「芋は美味しいのに、そんな風に見られてるのか」
ホクホクとして美味しいのに……この街の人は損してるね。
「そんな時でした。さっきの人が良い話があると声を掛けてきたのは。私がギムガス商会のお店に働きに来たら、利子の値引きと業者を斡旋してやると言ってきたんです」
「なんだかうまい話で怪しいね」
彼女は恥ずかしげに頬を染めた。
「そのお店というのが……その、夜のお店なんです。お前なら人気が出るから、すぐ借金も返せると言われました」
「でも断ったと」
コクンと頷く彼女。
「知らない男の人と寝るなんて考えたくもありません。まだ幼い弟や妹達と離れるのも嫌ですし。お父さんに話したら、そんな店に行かなくて良いと言ってくれました。いざとなれば皆で知らない街へ逃げてしまおう、と」
「そうだよね。俺もアイン姉がそんな店に働きに行こうとしたら止めるよ」
勝てなくても必死で止めるな。間違いない。
「でも借金を返す目処も立たず、嫌がらせも続くというのなら……逃げようとしても逃げ切れるとは限りませんし、あの子達には辛い旅になるのは目に見えています。私が働きに出れば、少なくともあの子達に苦労を掛ける事は無くなるので……」
「優しいお姉さんなんだね、え〜と」
しまった。色々聞いてたけど名前は聞いてなかった。
「モニカです。モニカ・ブレンナーと申します」
「モニカさんね。俺はアルフ・ツヴァイ。借金は幾ら位あるの?」
「利子も付いて大体金貨500枚だと聞いています。」
結構な額だな。
芋が1個銅貨1枚だから5万個売らなきゃいけないのか。
「モニカさんはこれからどうするの?」
「私は芋がダメになったので、早いですが家に帰ろうと思います」
「どうせやる事もないし、送って行くよ」
「そんな悪いですよ」
手を振って遠慮するモニカさん。
「さっきの奴等が待ち構えているかもしれないよ」
「うぅっ、それは……すいません、お願いします」
モニカさんが屋台を引こうとするが、ちょっと大変そうだ。
普段はどうしているか聞いてみると、いつもは父親が送り迎えを兼ねて屋台を引いているそうだ。
「貸して。俺が屋台を引くよ」
遠慮するモニカさんから無理矢理奪い取ると、屋台を引いて郊外へ向かうのだった。