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誰が為のその力  作者: 魚太郎
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魔術師、登場。

 うだるような暑さがまだ身を潜めている真夏の木曜日の早朝。朝独特の落ち着いた雰囲気を切り裂くように、魔術的な機構で半永久的に動く目覚まし時計の音が鳴り響く。

 うるさい環境をものともせずベッドの中でうずくまる痩せ型の男、エルア・ユークリオッドは、学校に行くという決意を昨日固めたばかりの引きこもり魔法高校生だ。

 そう、学校に行くと決意したはずなのだが…

「うるさいなぁ…まだはやいぃ…」

 というと同時に、カチッという無機質な音が部屋に響く。

 …目覚まし時計をしっかり止めていた。

「何やってるんですか、起きて下さいよ…」

 そんな光景を見て呆れた顔でゆさゆさとエルアを起こすのは、服従も何もしていない喋る人型使い魔であるユーリ。

「ううん…はっ!?」

「やっと起きましたか、世話が焼けますね」

「そうだよ、今日は学校に行くっていう話じゃないか!アウレアさんに顔を見せられないよ!ああ、準備も済んでない…」

 ユーリを見て、昨日一日であった密度の高い出来事を思い出したエルアは焦る。アウレアに上から目線で約束してしまったのだ。休んだら馬鹿にならない。

「落ち着いて下さい。準備はしておきましたし、まだ五時です」

 冷静なユーリの声に、落ち着きを取り戻すエルア。

「あ、そうなのか。というか、準備してくれたってありがとう。次からは自分でやるよ」

「ええ、次からはぜひそうして下さい」

 この時間では朝食はまだできていない。何故こんな時間に時計をセットしたのだろう。なんて、エルアが思い当たらない思考を巡らせながら言葉を発する。

「んん…ユーリのお陰で時間に余裕が生まれたね、ありがとう」

「今考えようとしていたのに何で思考停止したんですか。思い出して下さいよ、早く起きた理由」

 そういえばユーリは何故かエルアの思考を、理不尽なことに一方的に読めるのだ。

「え?なんかあった…あ!コクトモが今日発売じゃないか!」

 エルアの愛読書であり、ほぼユーリの生みの親とも言えるコクトモ。毎週木曜日発売なのでみんなも買おう。

「善は急げだ!早速書店に急ぐぞ!ユーリ!」

「仕方ないですね...」

 エルアの家の近くには、徒歩三分の距離に書店がある。だからこそ、朝早く起きて最速で買いに行くことができるのだ。

 寝巻きを脱ぎ捨て、学校指定の体操着を身に纏って外へ駆け出す。扉を開くと、明るい光が目に飛び込んできた。

「さあ、走るよ!ユーリ!」

「ええ…」

 嫌そうな顔で声を出しながらも、しっかりついていくユーリ。

 二人が駆けている道は、まだcloseの看板が掛かっている店の多い商店街の大通りだ。

 小さい店が並んでいるように見えるこの道だが、実際は裏で店が全て繋がっている。大型の店にシェアを奪われている状況を打開すべく、店同士の連携を強める為だそうだ。

 人通りが少ない道を走る二人。まだ店はどこも空いていないのにどこへ向かっているのかというと…

「しかし、開店前の書店に入れるツテがあるなんて…」

「ハァハァ、ぼ、僕を舐めてちゃいけないっ、よ」

 疲れた様子など少しも見せていないユーリに対して、息も絶え絶えな様子で走るエルア。引きこもりの運動神経などこんなものだろう。

 全力ダッシュで走り続けることおよそ二分後…

「着きましたね、流石に疲れました」

「コヒュー、コヒュー…」

 無事に…とは行かないものの、無事扉にcloseの看板のかかった古ぼけた書店の前に着いた。

 どうやらこの店は他の店と違って裏が繋がっていないようだ。

「で、早く復活してくれないと中にはいけないんですが…」

(ユーリ、先に入っててくれ···僕の名前を出せば大丈夫だから···)

 死にかけたエルアが実質一方通行テレパシーで脳内に直接語りかける。

「便利な使い方しますね···逆に感心しますよ」

 扉に手をかけると、鍵は掛かっていないのか扉は開いた。

 扉を開けながら見える隙間からユーリが見た光景は、圧巻の光景だった。

 外から見ると狭い店に見える店内は、空間掌握系の魔法を使用しているのかとても広く。

 照明がなのにも関わらず店内は常に明るく。

 そして何よりも、この本棚の量。しかも本棚にはきっちり本が詰まっている。

 そんな光景にユーリが柄にもなく唖然としていると、頭に白いシルクハットを被った妙齢の男が紳士然とした様子で右手にあるカウンターからステッキを構えながら声をかけてきた。

「おや?エルア君かと思ったのだが···お嬢さん、まだお店は開いていませんよ」

「あ、そのエルア君の用事で来ました。多分追って来ると思います」

 ユーリが言うと、白い手袋をはめた手を顎に持っていって紳士風の男は理解したような顔で言葉を発する。

「ああ、エルア君の知りあいか。コクトモを受け取りに来たんだね?」

「はい。本人と一緒に来たのですが、今彼は全力疾走したせいで大分疲れていて…」

「ああ、成程。ちょっと待っていてね、お嬢さん」

 そう言うと紳士風の男は慣れたような手つきで手に持っていたステッキを不思議な軌道を描くようにして振った。

 すると、その瞬間。

 店の扉は勝手に開き、そこからエルアが弾丸のように飛んでくる。そしてユーリたちが今いるカウンターの前に激突して…

「グフッ!」

 …口から血を流して瀕死状態になっていた。

「…何を、しているんですか?」

 一瞬の出来事にも怯むことなく、険しい顔をしたユーリが男を威嚇する。

「まあ待ちたまえよ」

 男は涼しい顔でステッキを振る。

 エルアは緑色の炎に包まれ、たちまち目に輝きが戻り出血が止まる。が…

「あっつぅぅぅぅぅぅい!」

 すると、すぐさまエルアが跳ね起きる。

「またやったな!ハルシオン!」

「はは、毎回言ってるじゃないか。開店前に店に来るのはやめてくれって」

「え?」

 怒り顔のエルア、笑顔の男改めハルシオン、混乱顔のユーリ。三者三様の表情をしている中、エルア、ハルシオンの二名は慣れた様子で会話を続ける。

「それでも毎回半殺しにするのはおかしいだろ!」

「迷惑を考えずに来る君が悪いね。しかも今回は女の子を騙している。相変わらずの性格の悪さだね」

「うるさいな!大体…」

 ユーリ抜きで進んでいく会話。ただ一人取り残されたユーリは、純粋な疑問を口にした。

「ええと…何があったんですか?」


「僕の名前はハルシオン・クルシファー。この書店の店主で、リアレイド王国認定上級魔術師だよ。よろしく」

 エルアが続けて補足する。

「簡単に言うと、上級魔術師っていうのはレベルXまである魔法のうち、レベルVIIまでの魔法を使えるすごい魔法使いのことなんだよ」

 一般的な黒魔法でいうと、レベルIIIの魔法は銃火器並み、レベルVの魔法は戦車並み、レベルVII魔法までいくと完全武装した軍隊に匹敵する威力と言われている。

 もちろん、レベルVIIどころかレベルVの魔法を使える魔法使いすら世界で1万人程度しかいない。そのため、上級魔法使いはいろいろな面で優遇されている。

「因みに、さっき僕に打った重力操作系の魔法と回復魔法はレベルVの魔法だね」

「えぇ…」

 自分の主人が実質戦車に殴られていたという事実を受けて軽く引くユーリだった。

「ところで、お嬢さんは?」

 ハルシオンがユーリに問う。

「あ、ユーリです。一応召喚魔法で生まれた使い魔らしいです」

 そんな何気ないユーリの言葉に、ハルシオンは眉を潜めて聞き返す。

「使い魔?本当かい?話して、しかも意思を持つ使い魔なんて聞いたことないが?しかし、魔術的にも彼女が嘘を言っているとは考えられないしな...」

 一人で考え込むハルシオンに、エルアがキッパリと言う。

「ああ、ユーリの言ったことは本当だよ。何故かは僕もわからないけどね」

「ふむ…少し待ちたまえ」

 その言葉を聞くなり、ハルシオンはカウンターの引き出しを開けて虫眼鏡を取り出してユーリに向けた。

「あの…それは?」

 ハルシオンの急な行動と、失礼とも取れる態度に驚いたユーリが若干押されつつ訊く。

「ん?…ああ、失礼なことをしたね、すまなかった。これは、見た物の魔術的な構造を解析する魔道具さ」

「…?」

「まあ簡単にいうと、君が本当に使い魔なのかを確認したのさ。信じるのは少し難しい話なのでね」

「僕がそんなくだらない嘘をつくかよ…」

「……まあとにかく、()()()()()()()嘘をついてはいないようだね、君の言う通り」

「いつもはついてるんですか…」

 ハルシオンが魔道具をしまいながら、いかにも納得のいっていない表情で話す。

「それにしても、気になることがある」

「何で魔力量の少ない僕が、ユーリを召喚できたのか、だね?」

「その通りだ。実際、ここまでの使い魔は僕でも召喚できない。やったとしても、大量の魔力を消費してしまって寿命を縮めることになるだろうね」

 魔力。それは、魔法使いの生命線ともいえる重要な力である。

 魔法の威力や結果には魔効力と呼ばれる努力によって大きく鍛えられる力が関係している。そのため、一流を目指す魔法使いはこぞってこの力を鍛えるのだが、大抵の人は一流にはなれない。理由は大抵、魔力量の不足だ。

 エルアは小さい頃から魔力を練る練習をしていた為、魔効力は人並み以上にあった。しかし、15歳になって実際に魔法を使おうとしても、使うことができなかった。

 そう、魔力量の圧倒的不足である。

 例えば一般的な男子学生が魔法を使うとするならば、レベルIの魔法を連続で30回は使える。しかしエルアはその十分の一、3回程度しか使うことができないのである。

 そのため、ハルシオンでさえも召喚できない高次な使い魔を、エルアが召喚できるはずがないのだ。

 しかし、エルアには一つ心あたりがあった。それが…

「実は、ユーリは二人で召喚したんだ。すごく白魔法の得意な女の子と」

「ああ…だからこの子は不思議な見た目をしているのか」

 ユーリの髪と目はは左右で水色と橙色に分かれている。アウレアの練った魔力の色は橙色、エルアの練った魔力は水色だった。何か関連性があるのだろうか。

「私の見た目に、何で二人で召喚したのが関係するんですか?」

「そうだね、説明しようか。使い魔、特に人型の使い魔は、召喚者が魔力に込める属性によって見た目が大きく変わるのさ」

「ええと…白魔法自体の特性だよね」

 人は誰でも必ず、火・水・電撃の三つの魔力属性を持っている。しかし、それらの属性は白魔法に向いていない。回復魔方陣に火属性の魔力を練ってしまえば、回復するときに大炎上。回復どころか、見るも無残な姿になる。同じように、電撃属性も攻撃向きであり、白魔法を使うときには練ってはいけないとされている。(ハルシオンは堂々とエルアに火属性の回復魔法を行使したのだが)

 そのため、[自属性]という人がそれぞれ持っている、唯一無二の属性を白魔法に込める事が重要となる。

 自属性は先ほども述べたように、「唯一無二の」能力であるために白魔法の効果の出方に大きく影響を与えることになる。

 そのため、ユーリの見た目には、アウレアとエルアの練った自属性の魔力の影響が出ていると考えられるのだ。

「だから、二人以上での召喚によって生まれた使い魔はユーリくんみたいに不思議な見た目になる。我々上級魔術師界隈では、[混血(ハーフ)]と呼ばれているね」

混血(ハーフ)…」

「しかし、気を付けてほしいことがある」

 神妙な面持ちでハルシオンが続ける。

混血(ハーフ)の使い魔の成功例はおよそ二件。それらすべてが小動物型の使い魔だ。恐らく、ユーリくんが初の人型使い魔なんだよ」

「…というと?」

「この国は魔法技術の発展に全力を尽くしているんだ。研究家たちは、ユーリくんを被検体として欲しがるだろう。この国の研究機関には良い噂を聞かないからね」

 この国は魔法で統制され、魔法で稼ぎ、魔法で構成されている。その魔法を研究する人々は、多少のことなら何をしてももみ消されるのだそうだ。

「けど、|混血≪ハーフ≫だって事は見た目でばれてしまうよ」

「僕は上級魔術師、全国一の多属性使いだ。光の魔法で髪の毛の色までならごまかせるさ。」

 ハルシオンは手袋を外して、魔力を練りながら呪文を唱える。

「[七色の光よ、姿を隠し、輝き、収束せよ]」

 レベルⅤ魔法、シャイン・トランス。物体が跳ね返す光の色を管理して、対象の姿を変化させたように見せる魔法だ。

 唱え終わると同時に、ユーリの橙色の髪の毛が水色に変化していく。

「おお…」

「ありがとうございます」

「この魔法は対象の魔力を使っている。魔力量がなくなったり、一気に使いすぎると剝がれてしまうからね、気を付けるように」

 ハルシオンが念を押す。

 ひと段落ついたところで、エルアは当初の目的を果たすため交渉に移る。

「ところで…コクトモを売ってくれたりは…」

「…まあ、もう開店時間だし良いだろう。お代はさっきユーリくんにもらったしね」

 ……………?

「え?」

「ん?だから、お代は…」

「いや、そういうことではなくて…」

「開店時間って…言いました?」

「ああ。時刻は八時。開店時間ピッタリだね」

「学校は…何時に朝礼だっけ?」

「アウレアさんは八時十五分と言っていましたが…」

 二人だけでなく、ハルシオンまでもが察した。

「…頑張りたまえ。走ればまだ間に合うさ」



 朝食は抜きになりましたとさ。



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