引きこもり、卒業
「で、君は…?」
目の前に突如現れた謎の使い魔?にエルアが問う。
「あなたたちが召喚したのですから、あなたたちが一番わかっているはずです」
使い魔?が返す言葉は冷たく、正体を知る鍵にもならない。
アウレアは更に質問をしてみる。
「でも、使い魔にしては言葉も喋るし、服従の証もないしでおかしくない?」
「だから、知らないんですよ。あなたたちも知らないんですか?」
冷たい反応はある意味当然だった。言葉が喋れるせいで感覚がマヒしていたが、本来使い魔は自分の姿や状態なんて知ることないのだ。
「ううん、困ったぞ…」
頭を抱えたエルアに、アウレアが提案をする。
「私、この子の正体を暴くことのできる人を知っているかもしれません」
そう言われた瞬間、察しの良いエルアはその人とやらが何処に居るのかが理解できた。これだけの謎が詰まった使い魔の正体を暴くことのできる人、そんな人は勿論...
「一応聞きますけど、その人って何処に居るんですか?」
「学校です」
「知 っ て た」
彼女の事をバカにしている訳ではないが、どう考えてもそんなに身近にすごい人が居るわけない。
「まあ、取り敢えず検査のためにもこの子のためにも、学校に行かなければならないんでしょう?」
「そうなりますね」
「じゃあ、ここで解散ですかね。これ以上状況が進展することもないでしょうし、送っていきます」
「ありがとうございます。でも、今日はこの子の面倒を見てあげて下さい。まだ暗くはないですし」
「面倒を見られるほど子供じゃないんですが…」
使い魔が不服そうな目でこちらを見てくる。先程から敬語も使っているし、精神年齢は高めなのかもしれない。
「そう…ですね。じゃあ、気をつけて帰って下さい」
エルアがそう言うと、アウレアが手を小さく振って扉から出ていく。小動物のような仕草が可愛い。
…再び部屋に静寂が戻り、アウレアが来る前の部屋の雰囲気に戻ってしまう。そんな雰囲気を珍しく打ち破るように、エルアが声を発する。
「さて、どうしたものか」
「どうしたものかと言いたいのは私です。いきなり呼ばれて何をすればいいのかも分からないんですよ?」
またもや平坦な声のトーンで冷たく返されてしまう。
「そうだね…まさか召喚できるとは思ってなかったし、やることって言われてもなぁ…」
普通の使い魔は使命を果たすと消えてしまう。今回は召喚すること自体が目的だったので、召喚に成功した時点で消えてしまうはずなのだ。やはり、この使い魔はどこかおかしいようだ。
「誰がおかしいんですか?」
「………え?は?え?うん?あれ?ん?お?」
?、??????。?????????、?????。
「ふざけすぎましたかね、驚きましたか?…って、わかるんですけど」
「…え?」
「あなたの心の中を読めるみたいです、私」
「噓でしょ?なんで僕だけ読まれるの?ていうか困るんだけど?」
思春期男子の頭の中はピンク一色だ。それを読まれるのは少し惨いものがあるだろう。
「私だって読みたくはないんですけど、流れてくるものはしょうがないですね」
「なかなかに言うね…」
毒舌とまではいかないものの、厳しいことを言ってくる使い魔だった。
その後もそんな調子で談笑し続け、二人の仲がそれなりに深まったような気がする時、気づけば時刻は二十時となっており、引きこもりのエルアが部屋から出る珍しい時間である夕食の時間がやってきた。
しかし、ここで一つの問題が発生する。
「君の分の夕飯、どうしよう…」
「私は別に構いませんが」
「そういうわけにもいかないから、母さんに事情を説明してみるよ」
「また脛をかじる…」
「うるせぇ」
母親に事情を説明して、信じてもらえるかが問題なのだが。
「まあ、とりあえずいくか」
「そうですね」
立ち上がり、扉から外へ出ていき階段を降りて食卓へ向かう。四人用の机には、なぜか暑い夏に似合わないシチューが並んでいた。
エルアは母親に事情を説明すべく、キッチンに向かって声をかける。
「母さん?ちょっと話があるんだけど」
こちらを向いて母親が返事をしようとするが…
「なに?エル…え?なにその可愛い子は!」
可愛いものや子供が好きな母親が、年甲斐もなくはしゃぎだす。もう四十過ぎになるのだが…
「それを今から説明するんだよ···」
エルアはコクトモに載っていた魔法理論のこととアウレアとの召喚について、信じてもらえるよう母親に詳しく話した。
信じてくれるのかが気になる所だったが、母親は意外にもあっさり信じてくれた。
「まあ、大体この子が家に入ってきたのを見てないから、それしかあり得ないわよねぇ」
「で、今度から食事はこの子の分も作ってくれないかな?」
「構わないわよ。使い魔なんて、家族みたいなものだしね」
「ありがとうございます、お母様」
母親は頭の回転が昔から速い人だったが、ここまでの理解力があったとは驚きだ。こんな引きこもりの現実離れした話を信じて食事まで用意してくれるなんて。
「シチュー、二人で先に食べてていいわよ。わたしは出来合いで済ませるから」
「え、そんなわけには…」
断ろうとする使い魔を制して、母が笑いながら言う。
「いいわよ別に、夏にシチューなんて食べても暑いだけだしねぇ」
「じゃあなんで作ったんだよ…」
エルアは呆れ顔で言う。作ってもらえるだけ良いのだが、流石にこれは酷い気がしたのだ。
「エルア、シチュー好きでしょ?学校行くってさっききた可愛い女の子に聞いたから作っておいたのよ」
学校に行くのをやめてずいぶん経つからだろうか。何故だかムッとして、立場を弁えず自分勝手にこう返してしまう。
「別に、行かないっていう選択肢もあるし…」
母はわかっているかのように優しく返す。
「あなたが行かないなんてあるわけないじゃない。本当は魔法、諦めきれてないくせにねぇ」
「なっ…」
事実、そうなのだ。半年も続いた引きこもり生活は、理由もなく簡単に終えられない。学校に行く気になったのは仕方なくではなく、検査を受けてみたら自分にも魔法の適正が見つかるかも知れないという自分勝手な考えに、アウレアがきっかけを持ってきてくれたからなのだ。
「…別に、そんなことないよ。魔法なんて、もう懲り懲りだ。絶対海外に出て働くからね、僕は」
「素直じゃないですね」
心が読めるこの使い魔相手には、強がりなど通用しないようだ。
エルアはそれに気づいて、顔を真っ赤にして柄でもなく言い返す。
「うるさい!」
「こーら、可哀想でしょ、この子が…って、この子に名前はないの?エルア」
ふっと湧き出た母の素朴な疑問。確かにそうなのだが、この空気感ではエルアは返せない。エルアはすでに机に突っ伏し、それこそ年甲斐もなく拗ねている。
「知らないよ、僕は…こいつに聞いてよ…」
「あなたが召喚したのですから呼び名ぐらいつけて下さいよ…」
投げやりなエルアの態度に、使い魔が呆れ顔で返す。最早お馴染みの冷たい目だ。
「じゃあ、私が呼び名…名前をつけてもいいかしら?」
そんなエルアの様子を見て、母親がここぞとばかりに使い魔に問う。
「ええ、ありがたい限りです」
使い魔もこれに首肯し、母の名付けを待つ。
「そうね…」
長い間考えて、母はやっと答えを出す。
「ユーリなんてどうかしら?結構いい名前だと思うの」
そんな母の案に、使い魔が頷く。
「いい名前ですね、ありがとうございます。気に入りました」
いつのまにか復活しているエルアが、シチューを爆速で食べながら続いて頷く。
「僕もいいと思うよ。改めてよろしく、ユーリ」
「立ち直るの早いですね…」
使い魔改めユーリも驚きの早さ。主に二つの意味で。
「よし、ごちそうさま!明日は早速学校だから早く寝るよ!」
そのまま光速を超えた速さでシチューを飲み干すと、速度を保持したまま洗面所へ向かう。
「あらまあ、どうしたのかしら、エルアったら…」
母の口をついて出た疑問に、ユーリが答える。
「なんだかんだいってますけど、楽しみみたいですね」
その答えに母は苦笑し、誰にも聞き取れなかったであろう独り言をもらす。
「今日の夜は短くなりそうだねぇ…」
こうして、夜が更けていく………
だいぶ無理のある展開かも知れませんね…すみません。
最後まで見てくださってありがとうございます!